蓋し

(けだし)[/法学/]


国語辞典に記載されている通常の意味は、次の2つである。()かなりの確信をもって推量する意を表す。他の言葉であらわせば、「確かに」、「おそらく」、「たぶん」となり、かなり巾がある。これだけの巾をもった別の言葉は、「思うに」であろう。もう一つの意味は、()疑いの気持ちをもって推量したり仮定したりする意を表す。他の言葉であらわせば、「もしかしたら」、「ひょっとしたら」(三省堂『大辞林』)。最初の意味の例文として、「公示催告の申立があるという一事を以て書換を拒むことを得ないのは蓋し当然であつて、これと異る見解に立脚する所論は採り難い」(最判昭和29.2.19民集8-2-525頁)を挙げることができる。「多分」の意味で使われている例として、次の文を挙げることができる:彼はこのように言うておるが、「その出所を示しておらぬから断言は出来ないが、けだし誤謬であろう。」(穂積陳重『法曹夜話』(岩波文庫、1980年)188頁)。

法律の世界では、理由を説明する際に、「けだし・・・だからである」という形で使われることが多い。本来は、「思うに」あるいは「確かに」の意味で使われているのであるが、あまりにも頻繁にこのような文脈で使われたため、意味の転化が生じ、「なぜならば」と同義と感じられるほどになってしまった(もちろん、国語学上は、この場合でも、「思うに」「確かに」の意味である)。古い判決では、「蓋し」が頻繁に使われたが、最近は少なくなっている(しかし、まだ使われている)。


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2001年 2月 21日(水)