関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法(判決手続)春学期の
練習問題の参照判例


目 次

  1. 最高裁判所 平成16年4月8日 第1小法廷 決定(平成15年(許)第44号)  製品を名古屋港から輸出している原告が不正競争防止法に基づく差止請求権を主張する被告に対して差止請求権不存在確認の訴えを名古屋地方裁判所に提起した場合に、この訴えは民訴法5条9号の不法行為に関する訴えに当たり、名古屋地方裁判所は管轄権を有するとされた事例。
  2. 最高裁判所 平成11年9月28日 第3小法廷 判決(平成8年(オ)第754号)  宗教法人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める訴えが、法律上の争訟に当たらず、不適法とされた事例
  3. 東京高等裁判所 平成6年5月30日 民事17部 判決(平成5年(ネ)第3904号)  高齢の父と同居する息子が、父の印鑑及び登記済証等を無断で持ち出して、原告に対する自己の債務を父が連帯保証する旨の契約書を作成すると共に、父所有の不動産に根抵当権を設定し、さらに、父に対する保証債務履行請求の訴状および期日呼出状が父宛に送達されても父に引き渡さずにおいたため、父が期日に欠席して敗訴判決を受け、その判決正本が父に送達されても父に引き渡さずにいた場合に、控訴期間経過後に父が提起した控訴が適法とされ、原判決が取り消され、事件が第一審に差し戻された事例。
  4. 最高裁判所 平成3年12月17日 第3小法廷 判決(昭和62年(オ)第1385号)  係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されず、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。
  5. 最高裁判所平成10年6月30日第3小法廷判決(平成6年(オ)第698号)   別訴において一部請求をしている債権の残部を自働債権として相殺の抗弁を主張することは、特段の事情の存しない限り、許される。
  6. 最高裁判所 平成16年3月25日 第1小法廷 判決(平成13年(オ)第734号,平成13年(受)第723号)  債務不存在確認請求の本訴に対して当該債務の履行を求める反訴が提起された場合には,もはや本訴に確認の利益を認めることはできないから,本訴は不適法として却下を免れない。
  7. 最高裁判所平成10年6月12日 第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号)  訴訟物を異にする場合であっても、後訴が実質的には、敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸返しに当たる場合には、後訴の提起は信義則に反して許されない。
  8. 最高裁判所平成10年12月17日 第1小法廷判決(平成6年(オ)第857号)  被相続人が貸金庫内に保管していた預金証書および株券を共同相続人の一人が密かに持ち出して、預金の払戻金および株券の売却代金を着服したので、他の共同相続人が損害賠償請求ならびにまだ売却されていないと考えた株券の引渡請求の訴えを提起し、その訴訟の係属中に不当利得返還請求を追加した場合に、当初の請求には不当利得返還請求権の行使の意思が表れていたと見ることができ、不当利得返還請求権についても催告が継続していたと解すべきであり、不当利得返還請求の追加により、右請求権の消滅時効について時効中断の効果が確定的に生じたものと解すべきであるとされた事例。
  9. 最高裁判所 平成25年6月6日 第1小法廷 判決(平成24年(受)第349号)  明示的一部請求の訴えが提起された場合,債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど,残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り,当該訴えの提起は,残部について,裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずるというべきであり,債権者は,当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより,残部について消滅時効を確定的に中断することができる。
  10. 最高裁判所 平成8年5月28日 第3小法廷判決(平成7年(行ツ)第67号)   不適法なことが明らかであって当事者の訴訟活動により適法とすることが全く期待できない訴えについて、口頭弁論を経ずに、訴えを却下する判決又は却下判決に対する控訴を棄却する判決を下す場合には、訴状において被告とされている者に対し訴状、控訴状又は判決正本を送達することを要しない。(上告棄却により確定した判決の無効確認の訴えが却下された事例)。
  11. 東京地方裁判所 平成12年10月17日 民事第46部 判決(平成12年(ワ)第16890号)  実用新案権の侵害を理由とする損害賠償又は不当利得返還請求の訴えが、内金請求又は一定の台数分の被告製品についての請求という形に細分化して多数回にわたり提起されたが、すべて請求棄却あるいは訴え却下の判決がなされている場合に、それにもかかわらず更に提起された訴えが、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した者が残部請求の訴えを提起することは原則として許されない旨の判例の趣旨に照らしても信義則に反し、また、実質的に同内容の前訴について訴え却下の判決が確定しているにもかかわらず本件訴訟が提起されたことからすれば訴権の濫用に当たるとして、却下された事例。
  12. 最高裁判所 平成11年6月11日 第2小法廷判決(平成7年(オ)第1631号)   遺言者の死亡前に提起された遺言無効確認の訴えは、遺言者が心神喪失の常況にあって、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ないとしても、不適法である。
  13. 最高裁判所平成11年1月21日第1小法廷判決(平成7年(オ)第1445号)  建物賃貸借契約継続中に賃借人が敷金返還請求権の存在確認を求める訴えにつき確認の利益があるとされた事例。

栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成16年4月8日 第1小法廷 決定(平成15年(許)第44号)


要旨:

 製品を名古屋港から輸出している原告が不正競争防止法に基づく差止請求権を主張する被告に対して差止請求権不存在確認の訴えを名古屋地方裁判所に提起した場合に、この訴えは民訴法5条9号の不法行為に関する訴えに当たり、名古屋地方裁判所は管轄権を有するとされた事例。

 .民訴法5条9号の規定の趣旨等にかんがみると,同号の「不法行為に関する訴え」の意義については,違法行為により権利利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者が提起する侵害の停止又は予防を求める差止請求に関する訴えをも含むものと解するのが相当である。
 1a.不正競争防止法3条1項の規定に基づく不正競争による侵害の停止等の差止めを求める訴え及び差止請求権の不存在確認を求める訴えは,いずれも民訴法5条9号所定の訴えに該当する。

/知的財産権/無体財産権/不正競争防止法/

/参照条文/民訴.5条9号/不正競争.2条1項1号/不正競争.3条1項/

内容:

 件 名 移送申立て却下決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件(破棄差戻し)

 原 審 名古屋高等裁判所 (平成15年(ラ)第284号)


主    文

 原決定を破棄する。
 本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理    由

 抗告代理人赤尾直人の抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
 抗告人は,相手方に対し,抗告人が原々決定の別紙物件目録1及び2記載の各製品(以下「本件製品」という。)の販売又は輸出をする行為は不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に当たらないことを理由として,相手方が抗告人に対し本件製品の販売又は輸出について不正競争防止法に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める訴え(以下「本件訴え」という。)を,名古屋地方裁判所に提起した。
 抗告人は,抗告人が本件製品を名古屋港から輸出していることから,この地を管轄する名古屋地方裁判所は,本件訴えにつき,民訴法5条9号により管轄権を有すると主張した。
 これに対し,相手方は,本件訴えについては,上記規定の適用はないから,同地方裁判所は管轄権を有しない旨,仮に同地方裁判所が管轄権を有するとしても,訴訟の著しい遅滞を避け,又は当事者の衡平を図るために移送する必要がある旨を主張して,本件訴えに係る訴訟を,民訴法16条1項又は17条により,相手方の住所地を管轄する大阪地方裁判所へ移送することを求める申立てをした。

 2 原審は,不法行為の効果として原状回復請求権又は差止請求権が発生することが一般に承認されていると解することは困難であり,本件における不正競争防止法に基づく差止請求権についても,個別的な法律の規定に基づいて物権的請求権に準ずるものとして認められているにとどまるから,本件訴えは,民訴法5条9号所定の「不法行為に関する訴え」には当たらず,名古屋地方裁判所の管轄に属しない旨を判示して,民訴法16条1項により,本件訴えに係る訴訟を大阪地方裁判所に移送する旨の決定をした。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 民訴法5条9号は,「不法行為に関する訴え」につき,当事者の立証の便宜等を考慮して,「不法行為があった地」を管轄する裁判所に訴えを提起することを認めている。同号の規定の趣旨等にかんがみると,この「不法行為に関する訴え」の意義については,民法所定の不法行為に基づく訴えに限られるものではなく,違法行為により権利利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者が提起する侵害の停止又は予防を求める差止請求に関する訴えをも含むものと解するのが相当である。
 そして,不正競争防止法は,他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の商品等表示を使用するなどして他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為等の種々の類型の行為を「不正競争」として定義し(同法2条1項),この「不正競争」によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は,その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができることを定めている(同法3条1項)。
 民訴法5条9号の規定の上記意義に照らすと,不正競争防止法3条1項の規定に基づく不正競争による侵害の停止等の差止めを求める訴え及び差止請求権の不存在確認を求める訴えは,いずれも民訴法5条9号所定の訴えに該当するものというべきである。
 そうすると,本件訴えは,同号所定の訴えに該当するというべきであるから,これと異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,民訴法17条による移送の可否等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉 コ治 裁判官 才口千晴)


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判例掲載誌  

本判決を引用する裁判例


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最高裁判所 平成11年9月28日 第3小法廷 判決(平成8年(オ)第754号)


要旨:

 宗教法人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める訴えが、法律上の争訟に当たらず、不適法とされた事例

/宗教団体の内部紛争/血脈相承/不適法な訴え/訴訟要件/日蓮正宗/阿部日顕/創価学会/信仰/教義/

/裁判.3条/民訴.2編1章/民訴.140条/

内容:

 件 名 代表役員地位確認、建物明渡請求上告事件(棄却)

 原 審 大阪高等裁判所

意見


主    文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人小見山繁、同河合怜、同片井輝夫、同仲田哲、同竹之内明の上告理由について

 上告人の請求は、上告人が被上告人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求めるものであるが、原審は、要するに、阿部日顕が被上告人の包括宗教法人である日蓮正宗の法主として上告人に対してした住職罷免処分の効力の有無が本件請求の当否を決する前提問題となっており、阿部日顕が日蓮正宗の教義にいう血脈相承を受け右処分の権限を有する法主の地位に就いたかどうかが、本件紛争の本質的な争点となっているとともに、右処分の効力を判断するために不可欠であるところ、右の点を判断するためには、日蓮正宗の教義及び信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが必要であるから、本件訴訟は、結局、法令の適用によって最終的解決を図ることのできない訴訟であり、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないとして、これを却下している。

 所論は、原審の右判断の違法、違憲をいうが、本件記録によって認められる本件紛争の経緯及び当事者双方の主張に照らせば、本件は、宗教団体とその外部の者との間における一般民事上の紛争などとは異なり、宗教団体内部における教義及び信仰の内容を本質的な争点とするものであり、訴訟の争点につき判断するために宗教上の教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないものであるから、本件訴訟は法令の適用によって最終的解決を図ることのできないものであって、上告人の訴えを却下すべきものとした原審の判断は、是認することができる。また、所論は、本件請求が法律上の地位の確認を求めるものであり、請求原因事実に争いがないのであるから、宗教上の教義及び信仰の内容に係る抗弁事実を不適法として排斥し本件請求を認容すべきであるというが、法律上の地位の確認を求める請求であっても、請求の当否を判断するために抗弁事実について判断することが不可欠であり、かつ、当該抗弁事実が宗教上の教義及び信仰の内容に係り裁判所がこれを審理判断することが許されない場合においては、抗弁事実のみを不適法として排斥することは許されず、当該訴えは不適法として却下されるべきものである。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は採用することができない。

 よって、裁判官元原利文の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官元原利文の反対意見は、次のとおりである。

 一 本件は、上告人が、被上告人の代表役員及び責任役員の地位を有することの確認を求めるのに対し、被上告人は抗弁として上告人に対する住職罷免処分の存在を主張し、上告人は再抗弁として右処分の無効を主張している事件である。上告人が処分の無効を主張する根拠は、懲戒処分を行った阿部日顕が日蓮正宗の管長の地位になかったこと、懲戒処分が宗規に定める手続にのっとり行われていないこと、上告人に宗規に反する行為のなかったこと等である。

 二 多数意見は、右抗弁並びに再抗弁を判断するに当たっては、日蓮正宗の教義及び信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが必要であり、そのためには教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないから、本件訴訟は法令の適用によって最終的解決を図ることができず、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというのである。

 三 そこで考えるに、宗教法人がその信教の自由に基づいてした宗教上の行為や宗教上の事項の決定、あるいは宗教上の役職員の任免等の効力につき判断をせず、裁判所はかかる事項について裁判権を有しないとして判断を回避するとすれば、宗教法人を法の適用範囲の外に追いやることとなるであろう。その結果、宗教法人は、礼拝施設等の所有・管理や、法人の事業のための取引などの世俗的行為、さらには教義の普及、信者の教化、役職員の任免等の宗教上の行為を行うことに著しい支障を来すであろうことは、容易に想定することができる。

 憲法に特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有する裁判所としては、かかる結果を回避するために、宗教上の行為や宗教上の事項の決定、役職員の任免等の効力に関しては、宗教法人自らが宗教上の行為を行ったこと、宗教上の事項の決定や役職員の任免を自律的に行ったことが認められる場合には、その結果をそのまま承認し、それを前提として裁判をすることができると解すべきである。このように解することが、宗教法人法八五条の趣旨とする宗教法人の自律権を尊重することになると考える。

 四 日蓮正宗においては、代表役員は管長の職にある者をもって充てるとされ、管長は法主の職にある者をもって充てるとされており、さらに、次期法主の選任手続は法主が「血脈相承」という宗教的儀式によって「選定」するとされているところ、「血脈相承」は日蓮正宗の教義ないし信仰の内容にかかわる宗教的儀式であるから、その意義と内容は、裁判所の判断の対象となり得ないことは明らかである。しかしながら、日蓮正宗が自律的に法主の「選定」をしたかどうかは、「血脈相承」の有無を直接判断することなく、代表役員選任登記のある法人登記簿の謄本や、登記申請書に添付された宗教法人法六三条二項に定める登記事由を証する書面の存在、就任式の挙行や就任あいさつ状の送付、あるいは新法主による儀式の開催の事実等によって、教義や信仰の内容に立ち入ることなく認定・判断することが可能であると考える。

 また、上告人に対してされた罷免処分の効力についても、その処分が日蓮正宗の宗規に従い、被処分者に懲戒条項に該当する行為があったとして、宗規に定める手続により行われたか否かを審理すれば足り、懲戒条項への該当性の判断が宗教上の教義の解釈を要するときは、法人が自律的にした判断を尊重して判決するをもって足りると解すべきである。

 五 以上説示したとおり、第一審裁判所は、本件訴えを不適法として却下すべきものではなく、日顕の日蓮正宗における代表役員及び管長の地位の有無並びに上告人に対する懲戒処分の効力について判断をし、進んで上告人の請求の是非につき本案判決をすべきものであった。よって、第一審判決を正当として上告人の控訴を棄却した原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、本件を第一審に差し戻すのが相当である。


(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)


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東京高等裁判所 平成6年5月30日 民事17部 判決(平成5年(ネ)第3904号)


要旨:

 高齢の父と同居する息子が、父の印鑑及び登記済証等を無断で持ち出して、原告に対する自己の債務を父が連帯保証する旨の契約書を作成すると共に、父所有の不動産に根抵当権を設定し、さらに、父に対する保証債務履行請求の訴状および期日呼出状が父宛に送達されても父に引き渡さずにおいたため、父が期日に欠席して敗訴判決を受け、その判決正本が父に送達されても父に引き渡さずにいた場合に、控訴期間経過後に父が提起した控訴が適法とされ、原判決が取り消され、事件が第一審に差し戻された事例。

 .補充送達が有効とされた事例。
 1a.送達機関が、送達を実施するに際し、送達名宛人と同居者との間の事実上の利害関係の有無を、外形から明瞭に判定することは極めて困難であり、そのように外形上客観的に明らかでない事情によって送達の効力が左右されるとすることは、手続の安定を著しく害することとなるから、右両者間に事実上の利害の対立関係がある場合であっても、同居者の送達受領権限は否定されない。

 .控訴の追完が認められた事例。
 2a.控訴人が高齢でその経歴を考慮すれば自ら訴訟追行することは期待できず、また、弁護士を訴訟代理人に選任するだけの資力を有しなかったことを考慮して、控訴の追完期間の始期が、控訴人が法律扶助決定の通知を受けて訴訟代理人弁護士を委任しうる状態となった日とされた事例。

 .第一審の手続に法律違反はないが、本案につき実質的な審理が全くなされていないため、控訴審が原判決を取り消して事件を差し戻した事例。

/訴訟行為の追完/

/参照条文/民訴.106条1項/民訴.97条/民訴.305条/民訴.308条/

内容:

 件 名 貸金請求等控訴事件(取消、差戻)

 控訴人  甲野太郎
  右訴訟代理人弁護士 高橋聖明

 被控訴人 山ノ内町農業協同組合
  右訴訟代理人弁護士 山本道典  同 戸崎悦夫


主    文

 一 原判決を取り消す。
 二 本件を長野地方裁判所に差し戻す。

事    実

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴の趣旨
主文と同旨

二 控訴の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
 1 本件控訴を却下する。
 2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(本案の答弁)
 1 本件控訴を棄却する。
 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二 当事者の主張

(本案前の主張)

一 控訴人
 1 本件について、控訴人を名宛人とする判決の言渡しがなされているが、控訴人は、次のような事情により、訴状、期日呼出状、判決等の送達を全く受けていないから、判決言渡後いつでも控訴を申し立てることができるものであり、したがって、本件控訴の提起は適法である。
 (一) 控訴人は、妻甲野花子、長男甲野一郎(第一審被告、以下「一郎」という。)及び一郎の妻子とともに冒頭の肩書住所地において同居生活をしていた。
 ところが、一郎は、控訴人に無断で、控訴人の実印、印鑑手帳及び控訴人所有不動産の登記済権利証を控訴人方から勝手に持ち出した上、控訴人名義を冒用して、昭和六一年一二月一五日付けで控訴人が被控訴人に対し、一郎の被控訴人に対する消費貸借契約取引等による債務を担保するため、控訴人所有の右不動産につき極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定するとともに、右極度額の範囲内で右債務につき連帯(根)保証するとの趣旨の根抵当権設定契約書を作成し、これをその登記関係書類とともに被控訴人に交付し、その後被控訴人から一〇〇〇万円を借り受けたが、約定の期限にその弁済をしなかった。
 (二) そこで、被控訴人は、平成五年三月二六日控訴人及び一郎を共同被告として右一〇〇〇万円の支払を求める本件訴訟を提起した。しかし、一郎は、控訴人の同居人として同年四月一九日控訴人に対する本件訴状及び口頭弁論期日呼出状等を受領しながら、控訴人名義を冒用して被控訴人との間で前記契約書を交わすなどしたことが発覚することを恐れ、右訴訟関係書類を隠匿して控訴人に交付しなかった。そのため、口頭弁論期日に控訴人が出頭しないまま、同年五月三一日控訴人に対し被控訴人勝訴のいわゆる欠席判決が言い渡され、同年六月七日その判決正本が控訴人と同居していた一郎に送達されたが、一郎は前記の理由でこれも控訴人に渡さなかった。
 (三) 控訴人は、同年八月中旬ころ一郎が控訴人の名義を冒用するなどして高利貸しから多額の借金をしていることを知り、その後無料法律相談で知り合った弁護士小林正に右債務整理を委任して調査するうち、やがて被控訴人から本件訴訟が提起されているらしいことが判明した。
 しかし、控訴人は、経済的な資力が乏しく訴訟費用等を用意することができなかったため、右弁護士を通じて同月二三日法律扶助の申込みをし、同年九月一〇日法律扶助決定を得て、やっと控訴人訴訟代理人弁護士高橋聖明に本件控訴の提起と遂行を委任した。同弁護士は、同日、原審記録を閲覧して原判決の内容を確定的に知り、直ちに本件控訴を提起した。
 (四) なお、右のとおり、一郎と控訴人との間には利害関係の対立があり、一郎が受領した控訴人に対する判決等を遅滞なく控訴人に交付することは期待することができないから、同居者たる一郎に対する送達をもっていわゆる補充送達としての効力を認めるべきではない。
2 仮に右判決等の送達が控訴人の同居者に対する補充送達として有効であるとしても、前記のような事由があり、控訴人の責めに帰すべからざる事由によって控訴期間を遵守することができなかったものであり、その事由が止んだのは、控訴人が本件控訴を提起しうる状態となった平成五年九月一〇日であるから、同日に提起された本件控訴は、民事訴訟法一五九条の追完により適法になされたものというべきである。

二 被控訴人
 1 控訴人に対する訴状、期日呼出状、判決等は、控訴人の同居人たる一郎によって受領されており、いずれも適法に補充送達されている。
 特に、控訴人に対する訴状の訂正申立書は、控訴人の同居の妻甲野花子によって控訴人の自宅で受領されており、たとえ右書面が甲野花子から一郎に渡されたとしても、その補充送達の効力があることは何ら左右されるものではない。また、甲野花子と控訴人の間においては事実上の利害対立関係も存在しない。
 2 本件控訴は、控訴期間満了後になされた不適法な控訴であり、却下されるべきである。
 控訴人は、その責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかった旨主張するが、すべて否認する。前記のとおり、本件の訴状訂正申立書は、控訴人の自宅で控訴人の妻甲野花子に交付されているのであるから、控訴人は、通常の注意を払っておれば、本件訴訟の提起を知り、その判決の言渡しや判決の送達を知り得る立場にあったものである。また、控訴人は、遅くとも、平成五年八月二三日に代理人弁護士小林正を通じて本件記録を閲覧し本件判決の存在を知ったのであるから、右の日をもって控訴期間の起算日とすべきである。

(本案の主張)

一 被控訴人の請求原因
 原判決添付別紙訴状の請求の原因に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

二 控訴人の認否
 請求原因一項及び三項の事実は知らない(ただし、一郎が被控訴人から一〇〇〇万円を借り受けたことは認める。)し、同二項の事実は否認する。

第三 証拠関係《略》

理    由

一 まず、控訴人は、原審において本件訴状、口頭弁論期日呼出状、判決等が控訴人に対し送達されていない旨主張するので検討する。
 1 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
 (一) 控訴人は、大正二年七月三〇日生まれで、農学校卒業後、昭和一四年以来分家独立して農業を営み、肩書住所地において妻甲野花子と同居生活を送っていた。控訴人の長男一郎は、昭和五一年ころから控訴人の農業を手伝うようになり、昭和六〇年ころ控訴人と同じ屋敷内に別棟を新築して妻及び子供三人と同居していたが、右自宅では寝泊まりをするだけで、食事等は妻子と共に控訴人宅で行っていた。そして、控訴人宅と一郎宅は住居表示が同一であり、郵便受箱も両家で一個しかなく、郵便物は、その受箱から出されると一旦控訴人宅の応接間のテーブルの上に置かれ、その後、各名宛人によって受け取られるのが通常であった。また控訴人と一郎は、毎年四月ころから夏場にかけては、早朝から夕方まで戸外で農作業をしているため、帰宅後、右テーブルの上から自己宛ての郵便物を受け取ることが多かった。
 (二) ところで、一郎は、農業の傍ら民宿を経営することを計画し、被控訴人からその資金を借り受けて新潟県内に土地建物を購入したが、その後被控訴人から担保の提供を要求されたため、控訴人に無断で控訴人宅から、控訴人の実印、印鑑手帳及び控訴人所有の控訴人宅敷地の登記済権利証を持ち出した上、控訴人名義を冒用して、昭和六一年一二月一五日付けで、一郎の被控訴人に対する借受金等債務を担保するため、一郎がその所有の一郎宅建物につき極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、さらに、控訴人がその所有の控訴人宅の敷地につき右同額の極度額の根抵当権を設定するとともに右極度額の範囲内で右一郎の債務につき連帯保証する旨の根抵当権設定契約証書を作成し、これをその登記関係書類とともに被控訴人に交付した。その後、右各不動産につきその旨の根抵当権設定登記が経由され、一郎は、右借受金の借替えなどを繰り返したすえ、平成二年一一月二二日被控訴人から五〇〇万円二口合計一〇〇〇万円を借り受けたが、弁済期限の平成三年五月一七日にその返済をしなかった。なお、一郎は、平成四年ころからいわゆる高利貸しからも借金をするようになり、負債額を増大させていった。
 (三) 被控訴人は、平成五年三月二六日控訴人及び一郎に対し、連帯して貸付金一〇〇〇万円を支払えとの本件訴訟を提起した。控訴人及び一郎に対する本件訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状等は、同年四月一四日個別に特別送達郵便で発送されたものの、控訴人宅及び一郎宅の家人が不在であったため送達されず、不在通知葉書二通が両人宅の共通の郵便受箱に投函されただけで、一旦郵便局に留め置かれたが、その後帰宅して右葉書を見つけた一郎は、同月一九日、これら二通を持参して郵便局窓口において、自己宛ての書類とともに、控訴人宛の訴状等をその同居人として受領した。しかし一郎は、控訴人に内緒で前記の契約書を作成するなどしていたため、控訴人に対し右訴状等を渡さず何も話さなかった。同年四月二四日、控訴人の妻花子は、控訴人宅において、控訴人と一郎に対する訴状の訂正申立書二通の特別送達郵便物をその同居人として受領した。一郎は、帰宅後、控訴人宅応接間のテーブルの上に置いてあった右書類を見つけて二通とも取り上げ、控訴人宛の右書面を隠して控訴人に渡さなかった。その後、控訴人及び一郎が原審の第一回口頭弁論期日に出頭しなかったため、同年五月三一日両名に対し、被控訴人勝訴のいわゆる欠席判決が言い渡され、控訴人と一郎に対する右判決が特別送達郵便により発送されたが、家人不在でそのまま郵便局に留め置かれていたところ、一郎は、同年六月七日、前記と同様に、一郎宛てと控訴人宛ての二通の不在通知葉書を持参し郵便局窓口において、自己宛ての判決と控訴人宛の判決を受領した。しかし一郎は、余所でお金を工面して支払を済ませることができるものと考えて、控訴人には右判決を渡さずその事実を隠していた。
 なお、同年四月上旬ころ控訴人所有にかかる控訴人宅建物及び一郎宅敷地について長野地方裁判所の仮差押決定が、また同年五月中旬ころには前記根抵当権の実行たる競売開始決定がそれぞれ控訴人宅に送達(郵便局窓口における送達を含む。)されたが、一郎は、自己宛てと控訴人宛ての両方の書類を受け取ったまま、競売されるまでに借金を返済しようとして金策に奔走し、右書類を控訴人に渡さなかった。
 (四) 控訴人は、同年八月ころ、高利貸しから度々一郎の借金の返済請求を受けるようになり、同月一五日、親族と共に一郎を問いただした結果、はじめて一郎が一億円を超える巨額の借金を負っていることや被控訴人から差押えを受け競売手続が進行中であることを知らされた。そこで、一郎の姉乙山春子は、翌一六日町の無料法律相談所に赴いて弁護士小林正に相談し、さらに翌一七日、控訴人と春子は、同弁護士の法律事務所を訪れて、高利貸しなどに対する控訴人名義の負債整理を委任したが、その際、控訴人は、同弁護士から、本件第一審判決がすでに言い渡されているらしいことを知らされた。さらに、同月二三日、控訴人は、本件記録のうち送達報告書三通だけを謄写して判決等の送達の事実を確認した同弁護士からその旨を告げられ、驚いて、右判決に対し不服申立てすることを依頼したが、訴訟費用等を負担する資力がないとしてこれを断られた。そこで、控訴人は、同弁護士に勧められた法律扶助協会の扶助をうけることとして直ちにその申込みをし、同年九月一〇日ころ右扶助を与える旨の決定の通知を受け、同日、控訴人訴訟代理人弁護士高橋聖明に本件控訴の提起とその遂行を委任し、本件記録全部を閲覧した同弁護士を通じてはじめて本件判決の内容を明確に知り、本件控訴を提起した。
 なお、控訴人は、二六歳ころから専ら農業に従事しており、平成五年七月三〇日で満八〇歳に達し、当時、視力や聴力が相当に衰え、記憶力や思考力も低下していた。
 2 右認定の事実によれば、控訴人に対する本件の訴状、期日呼出状、判決等は、いずれも、控訴人がその住所地に不在であったため、同住所地又は郵便局窓口において、控訴人の同居人である妻花子又は息子一郎に対し適法に交付されているのであるから、民事訴訟法一七一条所定のいわゆる補充送達として控訴人に対し適法に送達されたものというべきである。
 控訴人は、控訴人と一郎の間には事実上の利害対立関係があるから、一郎に対する書類の交付は、控訴人に対する補充送達としての効力がない旨主張する。しかしながら、送達機関が、送達を実施するに際し、送達名宛人と同居者との間の事実上の利害関係の有無を、外形から明瞭に判定することは極めて困難であり、そのように外形上客観的に明らかでない事情によって送達の効力が左右されるとすることは、手続の安定を著しく害することとなるから、右両者間に事実上の利害の対立関係がある場合であっても、同居者の送達受領権限は否定されないものと解するのが相当である。
 そうすると、平成五年九月一〇日に提起された本件控訴は、判決送達の日である同年六月七日からすでに三か月以上を経過し通常の控訴期間が過ぎた後に申し立てられたこととなる。

二 しかし、控訴人はその責めに帰すべからざる事由により、控訴期間を遵守することができなかったものである旨主張するので、この点について検討する。
 前記認定の事実関係によると、控訴人に対する本件訴状、期日呼出状、判決等は、いずれも、同居人である妻花子又は息子一郎に交付されたが、一郎は、これらの書類をすべて隠匿して控訴人に渡さず、また控訴人にその事実を秘していたこと、控訴人は、平成五年八月一七日ころ別件の債務整理を依頼した弁護士小林から、控訴人に対する本件判決が言い渡されているらしいことを知らされ、さらに同月二三日送達報告書を謄写した同弁護士を通じてその言渡しの事実を確認したが、経済的資力が無かったため、法律扶助の申込みをし、同年九月一〇日ころその付与決定通知を受けて、ようやく控訴人訴訟代理人弁護士高橋に本件控訴の提起とその遂行を委任することができたこと、そして控訴人は、同日、同弁護士を通じて本件記録全部を閲覧し、はじめて本件判決の内容を明確に知り、本件控訴を提起するに至ったこと、控訴人は、当時満八〇歳の高齢で視力等が相当に衰え思考力も低下していたことなどが認められ、これら前記認定の諸事実を総合的に考慮すると、控訴人は、その責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかったものというべきである。
 被控訴人は、控訴人は、通常の注意を払っていれば本件訴訟の提起や判決の言渡しを知り得たものであるから、これを知らなかったことにつき過失があるし、また、控訴人は平成五年八月二三日に弁護士を通じて記録を謄写し判決の存在を確認したのであるから、その日をもって控訴期間の起算日とすべきであると主張する。たしかに、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、控訴人は、平成五年四月二四日に妻花子から裁判所発信の控訴人宛て特別送達郵便物が届いていることを告げられたにもかかわらず、一郎が関与している事柄であると思い込んで、これを見ようとしなかったこと、控訴人は、同年八月一五日に一郎から右郵便物の内容である訴状の訂正申立書を見せられたが、自分で解決するとの一郎の言葉を信用して、特に関心を抱かなかったこと、控訴人は、同年八月一七日弁護士小林から判決の言渡しがされているらしいと知らされ、同月二三日には同弁護士に委任し本件記録中の送達報告書を謄写して右言渡しを確認していることがそれぞれ認められる。
 しかしながら、一郎は、控訴人名義を冒用して根抵当権設定契約書を作成したことなどが発覚することを恐れて、本件訴訟が提起されていることをひたすら控訴人に隠し続けようとし、訴状訂正申立書を見せた際も、控訴人に安心させるようなことを言い詳しい事情を知らせなかったこと、控訴人は、当時、約五四年間も農業一筋に従事してきた満八〇歳の高齢者であり、思考力や視力が衰えて自ら訴訟行為を行う能力が低下し、また、資力が無く訴訟代理人となる弁護士にそれを委任するだけの経済的な余裕も無かったこと、控訴人は、判決言渡しがされていることを送達報告書で確認したのちは、判決に対する不服申立てをするため可能な限りの方法で速やかに行動を起こしており、同年九月一〇日にはじめて判決の内容を明確に知るとともに、法律扶助により本件控訴提起の手続を行ったことなど前記認定の諸事情に照らすと、判決の言渡しを知らなかったことにつき控訴人に過失があったとまでは認定し難いし、また、控訴人が法律扶助決定の通知を受けて訴訟代理人弁護士を委任しうる状態となった平成五年九月一〇日をもって、民事訴訟法一五九条にいう「事由の止みたる」ときと認めるのが相当である。
 そうすると、本件控訴は、民事訴訟法一五九条一項の追完により適法に申立てされたものというべきである。

三 本件においては、前記のとおり、原審において本案につき実質的な審理が全くなされていないから、原判決を取り消したうえ、本案につき更に審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差し戻すのが相当である。

四 よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して本件を原裁判所に差し戻すこととし、民事訴訟法三八六条、三八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 市川頼明)


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判例掲載誌  判例時報1504号93頁


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成3年12月17日 第3小法廷 判決(昭和62年(オ)第1385号)→紹介


要旨:

 係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されず、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。

/民.505条/民訴.114条2項/民訴.142条/

内容:

 件 名 契約金等請求上告事件(棄却)

 第一審 東京地方裁判所 昭和58年2月25日判決(昭和55年(ワ)第10397号)
 原 審
 東京高等裁判所 昭和62年6月29日判決(昭和58年(ネ)第528号)

 上告人  株式会社諸江製作所
 被上告人 新日本貿易有限会社


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人松本昌道の上告理由について

 係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第一四〇六号同六三年三月一五日第三小法廷判決・民集四二巻三号一七〇頁参照)。すなわち、民訴法二三一条が重複起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること、等の点を考えると、同法二三一条の趣旨は、同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものであり、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。

 これを本件についてみるのに、原審の確定した事実関係は、次のとおりである。すなわち、(一) 被上告人は、上告人に対し、右両名間の継続的取引契約に基づくバトミントン用品の輸入原材料残代金等合計二〇七万四四七六円及びこれに対する昭和五五年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴を提起し、(二) これに対し、上告人は、同六〇年三月一一日の原審第一一回口頭弁論期日において、本件原審と同一部である東京高等裁判所第一民事部で併合審理中であった、上告人を第一審原告、被上告人を第一審被告とする同高裁同五八年(ネ)第一一七五号、第一二一三号売買代金等請求控訴事件において、被上告人に対して請求する売買代金一二八四万八〇六〇円及び内金一二三〇万八〇六〇円に対する同五四年七月一四日から、内金五四万円に対する同年九月二六日から各支払済みまで年六分の割合による遅延損害金請求権をもって、前記(一)の債権と対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。右事実関係の下においては、上告人の右主張は、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張するものにほかならないから、右主張は許されないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)


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判例掲載誌  最高裁判所民事判例集45巻9号1435頁* 金融・商事判例906号3頁

本判決を援用する裁判例

判例研究等


判例


最高裁判所平成10年6月30日第3小法廷判決(平成6年(オ)第698号)


要旨:

 別訴において一部請求をしている債権の残部を自働債権として相殺の抗弁を主張することは、特段の事情の存しない限り、許される。

/民訴.114条2項/民訴.142条/

内容:

 件 名 不当利得請求上告事件(破棄差戻)

 原 審 東京高等裁判所

意見


主    文


 原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
 前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

 上告代理人柏崎正一の上告理由第一点について

 原審の確定した事実関係の下においては、上告人が、自ら申告、納付すべき相続税額につき、被上告人の出捐により法律上の原因なく利得をしたとの原審の判断は、結論において是認するに足りる。論旨は採用することができない。

 同第二点の一について

 預金債権その他の金銭債権は、相続開始とともに法律上当然に分割され、各相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解される(最高裁昭和二七年(オ)第一一一九号同二九年四月八日第一小法廷判決・民集八巻四号八一九頁参照)。これに対し、金銭は、相続開始と同時に当然に分割されるものではなく、相続人は、遺産分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないものと解される(最高裁平成元年(オ)第四三三号、第六〇二号同四年四月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一六四号二八五頁参照)。

 上告人は、被上告人が亡父新太郎の遺産である預金及び現金を保管しているとして、その法定相続分相当額の支払請求権を自働債権とする相殺を主張するものであるが、右のとおり、預金については、銀行に対し、自己の相続分に相当する金額の払戻しを請求すれば足り、また、現金については、いまだ相続人間で遺産分割が成立していないというのであるから、被上告人に対してその支払を求めることはできず、右相殺の主張はいずれも失当である。したがって、これと結論を同じくする原審の判断は、是認するに足り、審理不尽をいう論旨はその前提を欠く。

 同第二点の二について一 記録によれば、本件訴訟の経過は次のとおりであると認められる。

 1 上告人は、平成二年六月五日、被上告人の申請した違法な仮処分により本件土地及び建物の持分各二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされ、その差額二億五二六〇万円相当の損害を被ったと主張して、被上告人に対し、不法行為を理由として、内金四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟(最高裁平成六年(オ)第六九七号損害賠償請求事件)を提起した。

 2 一方、被上告人は、同年八月二七日、上告人が支払うべき相続税、固定資産税、水道料金等を立て替えて支払ったとして、上告人に対し、一二九六万円余の不当利得返還を求める本件訴訟を提起した。

 3 本件訴訟の第一審において、上告人は、相続税立替分についての不当利得返還義務の存在を争うとともに(上告理由第一点参照)、予備的に、前記違法仮処分による損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺を主張した。

 4 また、上告人は、本件訴訟の第二審において、右3の相殺の主張に加えて、預金及び現金の支払請求権を自働債権とする相殺を主張し(上告理由第二点の一参照)、また、前記違法仮処分に対する異議申立手続の弁護士報酬として支払った二〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の合計二四七八万円余の損害賠償請求権を自働債権とする相殺を主張した。

 二 原審は、右事実経過の下において、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないとした最高裁昭和六二年(オ)第一三八五号平成三年一二月一七日第三小法廷判決・民集四五巻九号一四三五頁の趣旨に照らし、(1) 前記違法仮処分により売買代金が低落したことによる損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺の主張、及び、(2) 弁護士報酬相当額の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張は、いずれも許されないものと判断した。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 民訴法一四二条(旧民訴法二三一条)が係属中の事件について重複して訴えを提起することを禁じているのは、審理の重複による無駄を避けるとともに、同一の請求について異なる判決がされ、既判力の矛盾抵触が生ずることを防止する点にある。そうすると、自働債権の成立又は不成立の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有する相殺の抗弁についても、その趣旨を及ぼすべきことは当然であって、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することが許されないことは、原審の判示するとおりである(前記平成三年一二月一七日第三小法廷判決参照)。

 2 しかしながら、他面、一個の債権の一部であっても、そのことを明示して訴えが提起された場合には、訴訟物となるのは右債権のうち当該一部のみに限られ、その確定判決の既判力も右一部のみについて生じ、残部の債権に及ばないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁参照)。この理は相殺の抗弁についても同様に当てはまるところであって、一個の債権の一部をもってする相殺の主張も、それ自体は当然に許容されるところである。

 3 もっとも、一個の債権が訴訟上分割して行使された場合には、実質的な争点が共通であるため、ある程度審理の重複が生ずることは避け難く、応訴を強いられる被告や裁判所に少なからぬ負担をかける上、債権の一部と残部とで異なる判決がされ、事実上の判断の抵触が生ずる可能性もないではない。そうすると、右2のように一個の債権の一部について訴えの提起ないし相殺の主張を許容した場合に、その残部について、訴えを提起し、あるいは、これをもって他の債権との相殺を主張することができるかについては、別途に検討を要するところであり、残部請求等が当然に許容されることになるものとはいえない。

 しかし、こと相殺の抗弁に関しては、訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するものであるから、一個の債権の残部をもって他の債権との相殺を主張することは、債権の発生事由、一部請求がされるに至った経緯、その後の審理経過等にかんがみ、債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存する場合を除いて、正当な防御権の行使として許容されるものと解すべきである。

 したがって、一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許されるものと解するのが相当である。

 4 そこで、本件について右特段の事情が存するか否かを見ると、前記のとおり、上告人は、係属中の別件訴訟において一部請求をしている債権の残部を自働債権として、本件訴訟において相殺の抗弁を主張するものである。しかるところ、論旨の指摘する前記二(2)の相殺の主張の自働債権である弁護士報酬相当額の損害賠償請求権は、別件訴訟において訴求している債権とはいずれも違法仮処分に基づく損害賠償請求権という一個の債権の一部を構成するものではあるが、単に数量的な一部ではなく、実質的な発生事由を異にする別種の損害というべきものである。そして、他に、本件において、右弁護士報酬相当額の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情も存しないから、右相殺の抗弁を主張する ことは許されるものと解するのが相当である。

 そうすると、重複起訴の禁止の趣旨に反するものとして上告人の右相殺の抗弁を排斥した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。右相殺の抗弁について審理不尽の違法があるとする論旨は、前提として右の趣旨をいうものと解されるから理由があり、原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件については、右相殺の抗弁の成否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。

 よって、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

 私は、法廷意見に同調するものであるが、論旨で取り上げられていない前記二(1)の売買代金低落分に関する相殺の主張の許否の問題と、この種事案の実務上の取扱いについて、若干意見を述べておくこととしたい。

 一 第一は、前記違法仮処分により売買代金が低落したことによる損害賠償請求権のうち、四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺の主張の許否に関する問題である。前記のとおり、上告人は、被上告人の違法仮処分により本件土地及び建物の持分各二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされ、その差額二億五二六〇万円相当の損害を被ったと主張して、被上告人に対し、不法行為を理由として、内金四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟を提起するとともに、本件訴訟において、右損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺を主張している。法廷意見の述べる一般論からすれば、右相殺の主張も訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り許容されることになるが、本件においては、別の手続上の理由から、もはや差戻審において右相殺の抗弁の成否について審理判断をする余地はない。

 すなわち、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である(最高裁平成九年(オ)第八四九号同一〇年六月一二日第二小法廷判決参照)。これを本件について見ると、別件訴訟については、本判決の言渡しの日と同日、当裁判所において上告棄却の判決が言い渡され、右損害賠償請求権の数量的一部請求(四〇〇〇万円)を棄却した判決が確定した。その結果、特段の事情の存しない本件において、上告人としては、もはや残債権について訴えを提起することができないこととなり、したがって、これを自働債権とする相殺の主張も当然に不適法となったものというべきである。

 二 第二は、この種事案の実務上の取扱いである。前記のとおり、本件においては、上告人が平成二年六月五日に別件訴訟を提起した後、被上告人が同年八月二七日に本件訴訟を提起したところ、上告人が右相殺の主張をするに至ったものである。そして、別件訴訟と本件訴訟とは、その後も別々の裁判体で審理され、売買代金低落を理由とする損害賠償請求権については、別件訴訟の第一審判決がこれを認めなかったのに対し、本件訴訟の第一審判決はその一部を認めて被上告人の請求を棄却しており、裁判所の判断が異なる事態が生じている。

 法廷意見も述べるように、一個の債権の一部について訴えが提起され、その残部をもって相殺の主張がされた場合には、原則としてこれらは重複起訴の関係に立たないが、民事訴訟の理想からすれば、裁判所としては、可及的に両事件を併合審理するか、少なくとも同一の裁判体で並行審理することが強く望まれる。このことによって、審理の重複と事実上の判断の抵触を避けることができるとともに、当事者、裁判所の負担の軽減にもつながることになるからである。もっとも、実務においては、様々な理由から裁判体相互間における関連事件の割替えが行 われず、本件のように、これが別々の裁判体において審理裁判されることが少なくない。そのために、しばしば、審理の重複と事実上の判断の抵触が生じたり、訴訟経済に反する事態が生じている。 しかし、必要とあれば適切な司法行政上の措置を講じて関連事件の円滑な割替えがされるよう配慮すべきであり、本件のような問題に対しては、そのことによって根本的な解決を図る必要があることを強調しておきたい。


(裁判長裁判官 園部逸夫  裁判官 千種秀夫  裁判官 尾崎行信  裁判官 元原利文  裁判官 金谷利廣)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーに掲載されていた時のままである。

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最高裁判所 平成16年3月25日 第1小法廷 判決(平成13年(オ)第734号,平成13年(受)第723号)


要旨:

 生命保険契約に1年内自殺免責特約がある場合に,自殺の主たる動機,目的が,保険金を保険金受取人に取得させることにあったとしても,1年内自殺免責特約の反面解釈として,保険会社は,自殺を理由に死亡保険金の支払義務を免責されるものではないとされた事例。

 .1年内自殺免責特約は,責任開始の日から1年内の被保険者の自殺による死亡の場合に限って,自殺の動機,目的を考慮することなく,一律に保険者を免責することにより,当該生命保険契約が不当な目的に利用されることの防止を図るものとする反面,1年経過後の被保険者の自殺による死亡については,当該自殺に関し犯罪行為等が介在し,当該自殺による死亡保険金の支払を認めることが公序良俗に違反するおそれがあるなどの特段の事情がある場合は格別,そのような事情が認められない場合には,当該自殺の動機,目的が保険金の取得にあることが認められるときであっても,免責の対象とはしない旨の約定と解するのが相当である。
 1a.このような内容の特約は,当事者の合意により,免責の対象,範囲を一定期間内の自殺による死亡に限定するものであって,商法の上記規定にかかわらず,有効と解すべきである。
 1b.被保険者の自殺に至る過程において犯罪行為等が介在した形跡はうかがわれず,その他公序良俗にかかわる事情の存在もうかがえない場合には,その自殺の主たる動機,目的が,保険金を保険金受取人である上告人らに取得させることにあったとしても,上記特段の事情があるとはいえない。

 .債務不存在確認請求の本訴に対して当該債務の履行を求める反訴が提起された場合には,もはや本訴に確認の利益を認めることはできないから,本訴は不適法として却下を免れない。

/確認の利益/訴訟要件/訴えの利益/権利保護の必要/

/参照条文/商法:680条1項1号/民法:90条/民事訴訟法:2編1章/

内容:

 件 名 保険金請求請求,債務不存在確認本訴請求・保険金反訴請求 各上告・上告受理申立事件(一部破棄差戻し,一部破棄自判,一部棄却)

 原 審 東京高等裁判所(平成11年(ネ)第2692号)


主    文

 1 原判決主文第一項を破棄し,同項に係る部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 2 原判決主文第二項のうち次の部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
  (1) 被上告人日本生命保険相互会社,同大同生命保険株式会社,同明治安田生命保険相互会社及び同住友生命保険相互会社の上告人A株式会社に対する債務不存在確認請求に関する部分
  (2) 被上告人明治安田生命保険相互会社及び同朝日生命保険相互会社の上告人Bに対する債務不存在確認請求に関する部分
 3 前項の部分に係る被上告人らの訴えを却下する。
 4 上告人らのその余の上告を棄却する。
 5 第2項及び第3項に関する訴訟の総費用並びに前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

理    由

 第1 事案の概要

 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人A株式会社(以下「上告会社」という。)は,Cが昭和42年7月に防水建築請負を主たる目的として設立した会社であり,Cは,平成7年10月31日に死亡するまで,その代表取締役であり,Cが死亡した後は,その妻である上告人Bが代表取締役に就任した。
 (2) 上告会社は,平成2年度以降,毎年度の売上高が4億円前後であったが,未処理の損失が次第に増加し,平成6年度には,その額が1億0419万1512円となり,また,同年度末(平成7年3月31日)における借入金の総額は2億7194万4385円であり,平成6年ころの上告会社の経営状態は,相当厳しい状況にあった。
 (3) 上告会社は,平成6年6月1日,別紙契約目録記載1〜4の保険会社欄記載の各保険会社(同目録の同欄記載の各保険会社は,原判決言渡時の商号により表示する。なお,被上告人らについては,次のような組織変更等があった。大同生命保険相互会社は,平成14年4月1日,大同生命保険株式会社へと組織を変更し,また,明治生命保険相互会社と安田生命保険相互会社は,平成16年1月1日を合併期日として,前者を存続会社,後者を消滅会社とする合併をし,前者の商号を明治安田生命保険相互会社に変更し,同月5日,その旨の登記を了した。)との間で,Cを被保険者,上告会社を保険金受取人として,同目録記載1〜4の各生命保険契約を締結した(以下,これらの生命保険契約を「平成6年契約」と総称する。)。
 (4) 上告会社は,平成7年5月1日に別紙契約目録記載5〜7の保険会社欄記載の各保険会社との間で,同年6月1日に同目録記載8の保険会社欄記載の保険会社との間で,Cを被保険者,上告会社を保険金受取人として,同目録記載5〜8の各生命保険契約を締結した。また,Cは,同年7月1日,同目録記載9,10の保険会社欄記載の各保険会社との間で,Cを被保険者,上告人Bを保険金受取人として,同目録記載9,10の各生命保険契約を締結した(以下,これら6件の生命保険契約を「平成7年契約」と総称し,また,平成6年契約と平成7年契約とを合わせて「本件各生命保険契約」と総称する。)。
 (5) 本件各生命保険契約に適用される約款には,終身保険及び定期保険の死亡保険金の支払事由は「被保険者が死亡したとき」と定められており,また,保険者の責任開始の日から1年内に被保険者が自殺した場合には保険者は死亡保険金を支払わない旨の特約(以下「1年内自殺免責特約」という。)が定められている。
 (6) 上告会社は,平成7年8月から9月にかけて,複数の損害保険会社との間で,被保険者をCとする5件の傷害保険契約(保険金の合計額は3億円)を締結した。
 (7) 上告会社及びCが支払うべき保険料の合計額は,平成7年7月には,本件各生命保険契約のみで月額209万8176円となっており,同年9月には,別件の養老保険及び上記(6)の傷害保険の各保険料を加えると月額225万円を超える金額に達していた。
 (8) Cは,平成7年10月31日の午前中に上告会社が屋上防水補修工事を請け負っていた埼玉県北足立郡a町所在の集合住宅用建物3棟の中間検査に立ち会った後,同日午後2時30分ころ,1人で上記建物のうちの1棟の屋上に上がり,同所から転落し,脊髄損傷等により死亡した。上記の死亡事故は,上告会社及びCが,上記のとおり,多数の保険会社との間で,多額の保険金額の本件各生命保険契約等を締結していること,当時の上告会社の経営状態は相当に厳しく,月額200万円を超える保険料の支払を継続することは相当困難な状態にあったこと,上記死亡事故に至るCの行動については合理的な説明ができないことなどから,自殺によるものと認めるのが相当である。

 2 上告会社は,被上告人大同生命保険株式会社(以下「被上告人大同生命」といい,他の被上告人の各保険会社についても,同様の略称を用いることとする。),被上告人朝日生命,被上告人三井生命及び被上告人明治安田生命(以下「平成6年契約関係被上告人4社」という。)に対し,平成6年契約に基づく各保険金及びその遅延損害金の支払を求めている(以下「第1事件」という。)。
 また,被上告人三井生命を除く被上告人ら(以下「平成7年契約関係被上告人5社」という。)は,上告会社又は上告人Bに対し,平成7年契約中の主契約に基づく死亡保険金について保険金支払債務の不存在確認を求め(以下「第2事件」という。),これに対する反訴として,上告会社は被上告人大同生命,被上告人日本生命,被上告人明治安田生命及び被上告人住友生命に対し,上告人Bは被上告人明治安田生命及び被上告人朝日生命に対し,平成7年契約に基づく各保険金及びその遅延損害金の支払を求めている(以下「第3事件」という。)。
 なお,上告人らの上記各保険金請求のうち,災害割増特約及び傷害特約の各災害死亡保険金に関する部分については,原判決において請求を棄却すべきものとされ,これに対して上告人らから上告がされていないため,上記部分は,当審における審理判断の対象とはなっていない。

 第2 上告代理人山本隆夫,同根岸隆,同久利雅宣,同増田英男の上告理由について

 1 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由に該当しない。

 2 職権により判断するに,第2事件の平成7年契約関係被上告人5社の上記保険金支払債務の不存在確認請求に係る訴えについては,第3事件の上告人らの平成7年契約に基づく保険金等の支払を求める反訴が提起されている以上,もはや確認の利益を認めることはできないから,平成7年契約関係被上告人5社の上記訴えは,不適法として却下を免れないというべきである。
 したがって,原判決主文第二項のうち,上記保険金支払債務の不存在確認請求に関する部分は,破棄を免れず,同部分につき第1審判決を取り消して,同請求に係る訴えを却下することとする。
 なお,本判決主文第2項及び第3項に関する訴訟の総費用については,民訴法62条の規定を適用し,上告人らの負担とする。

 第3 上告代理人山本隆夫,同根岸隆,同久利雅宣,同増田英男の上告受理申立て理由第三について

 1 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判示して,第1事件につき,上告会社の平成6年契約関係被上告人4社に対する平成6年契約に基づく主契約の死亡保険金の請求を棄却した。
 商法680条1項1号は,保険者の責任開始後の経過期間を論ぜず,被保険者が自殺した場合を保険者の保険金支払義務の免責事由の一つとして規定しているが,一般に,生命保険契約の保険約款においては,本件と同様の1年内自殺免責特約が定められている。そして,当該生命保険契約の保険約款に1年内自殺免責特約が存在する場合には,同特約の反対解釈として,被保険者が責任開始の日から1年以上を経過した後に自殺したときには,保険者は保険金支払義務を負うことになるものと解される。これは,上記の1年経過後の自殺の場合には,保険金取得目的に出たものは一般に少なく,通常,それは,生命保険契約とは無関係な動機,目的による自殺であり,専ら又は主として保険金の取得を目的としたものとはいえないと推定されるから,これに対して保険金の支払がされたとしても,商法の上記規定の趣旨を没却するものではないとの判断によるものと解される。
 しかしながら,1年内自殺免責特約の趣旨が上記のようなものであるとすると,責任開始の日から1年経過後に被保険者が自殺した場合であっても,保険者において,その自殺が専ら又は主として保険金の取得を目的としてされたものであることを主張し,立証したときには,同特約の存在にもかかわらず,保険者は,商法の上記規定に基づき,保険金支払義務を免れるものと解するのが相当である。
 前記の事実関係の下においては,Cは,専ら又は主として,本件各生命保険契約に基づく各保険金をその受取人である上告人らに取得させる動機,目的の下に自殺したものと認められるから,平成6年契約関係被上告人4社は,平成6年契約に基づく各保険金について,1年内自殺免責特約の存在にかかわらず,その支払義務を免れるものというべきである。

 2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 商法680条1項1号は,被保険者の自殺による死亡を保険者の保険金支払義務の免責事由の一つとして規定しているが,その趣旨は,被保険者が自殺をすることにより故意に保険事故(被保険者の死亡)を発生させることは,生命保険契約上要請される信義誠実の原則に反するものであり,また,そのような場合に保険金が支払われるとすれば,生命保険契約が不当な目的に利用される可能性が生ずるから,これを防止する必要があること等によるものと解される。そして,生命保険契約の約款には,保険者の責任開始の日から一定の期間内に被保険者が自殺した場合には保険者は死亡保険金を支払わない旨の特約が定められるのが通例であるが,このような特約は,生命保険契約締結の動機が被保険者の自殺による保険金の取得にあったとしても,その動機を,一定の期間を超えて,長期にわたって持続することは一般的には困難であり,一定の期間経過後の自殺については,当初の契約締結時の動機との関係は希薄であるのが通常であること,また,自殺の真の動機,原因が何であったかを事後において解明することは極めて困難であることなどから,一定の期間内の被保険者の自殺による死亡の場合に限って,その動機,目的が保険金の取得にあるか否かにかかわりなく,一律に保険者を免責することとし,これによって生命保険契約が上記のような不当な目的に利用されることを防止することが可能であるとの考えにより定められたものと解される。そうだとすると,上記の期間を1年とする1年内自殺免責特約は,責任開始の日から1年内の被保険者の自殺による死亡の場合に限って,自殺の動機,目的を考慮することなく,一律に保険者を免責することにより,当該生命保険契約が不当な目的に利用されることの防止を図るものとする反面,1年経過後の被保険者の自殺による死亡については,当該自殺に関し犯罪行為等が介在し,当該自殺による死亡保険金の支払を認めることが公序良俗に違反するおそれがあるなどの特段の事情がある場合は格別,そのような事情が認められない場合には,当該自殺の動機,目的が保険金の取得にあることが認められるときであっても,免責の対象とはしない旨の約定と解するのが相当である。そして,このような内容の特約は,当事者の合意により,免責の対象,範囲を一定期間内の自殺による死亡に限定するものであって,商法の上記規定にかかわらず,有効と解すべきである。
 このような見地に立って本件をみるに,前記の事実関係によれば,Cが自殺したのは,平成6年契約の責任開始の日から1年を経過した後であるから,1年内自殺免責特約により,上記特段の事情がない限り,商法の上記規定の適用が排除され,保険者は,平成6年契約に基づく死亡保険金の支払義務の免責がされないものというべきところ,当時,Cが経営する上告会社の経営状態は相当厳しい状況にあり,上告会社及びCは,前記のとおり,多数の保険会社との間で,多額の保険金額の本件各生命保険契約等を締結していたこと等が明らかであるが,その自殺に至る過程において犯罪行為等が介在した形跡はうかがわれず,その他公序良俗にかかわる事情の存在もうかがえない本件においては,その自殺の主たる動機,目的が,保険金を保険金受取人である上告人らに取得させることにあったとしても,上記特段の事情があるとはいえないものというべきである。
 そうすると,上告会社の平成6年契約に基づく主契約の死亡保険金の請求については,1年内自殺免責特約により,商法680条1項1号の規定の適用が排除されるものと解すべきである。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決主文第一項は破棄を免れない。そして,上記請求について更に審理を尽くさせるため,同項に係る部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,上告人らの平成7年契約に基づく保険金請求に関しては,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉 コ治 裁判官 島田仁郎)


(別紙)

        契約目録
 1 契約日    平成6年6月1日
   保険会社   大同生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 1億5000万円
   保険期間   平成6年6月1日から10年間

 2 契約日    平成6年6月1日
   保険会社   朝日生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 1億5000万円
   保険期間   平成6年6月1日から5年間

 3 契約日    平成6年6月1日
   保険会社   三井生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 2億円
   災害割増特約の災害死亡保険金 9000万円
   傷害特約の災害死亡保険金 1000万円
   保険期間   平成6年6月1日から5年間

 4 契約日    平成6年6月1日
   保険会社   明治生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 1億円
   災害割増特約の災害死亡保険金 9500万円
   傷害特約の災害死亡保険金 500万円
   保険期間   平成6年6月1日から5年間

 5 契約日    平成7年5月1日
   保険会社   日本生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 2億円
   保険期間   平成7年5月1日から5年間

 6 契約日    平成7年5月1日
   保険会社   大同生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 1億5000万円
   災害割増特約の災害死亡保険金 1億円
   保険期間   平成7年5月1日から5年間

 7 契約日    平成7年5月1日
   保険会社   安田生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 9000万円
   災害割増特約の災害死亡保険金 9000万円
   傷害特約の災害死亡保険金 1000万円
   保険期間   平成7年5月1日から5年間

 8 契約日    平成7年6月1日
   保険会社   住友生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 2億円
   災害割増特約の災害死亡保険金 9000万円
   傷害特約の災害死亡保険金 1000万円
   保険期間   平成7年6月1日から10年間

 9 契約日    平成7年7月1日
   保険会社   明治生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険
   保険金額   主契約死亡保険金 9000万円
   災害割増特約の災害死亡保険金 5000万円
   傷害特約の災害死亡保険金 500万円
   保険期間   平成7年7月1日から5年間

10 契約日    平成7年7月1日
   保険会社   朝日生命保険相互会社
   保険の種類  定期保険特約付き終身保険
   保険金額   主契約死亡保険金 250万円
   定期保険特約の死亡保険金 4750万円
   災害割増特約の災害死亡保険金 5000万円
   保険期間   主契約 終身
   定期保険特約 平成7年7月1日から10年間
   災害割増特約 同日から19年間


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判例掲載誌  

判例研究等


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所平成10年6月12日 第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号)


要旨:

 .金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない。

 .訴訟物を異にする場合であっても、後訴が実質的には、敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸返しに当たる場合には、後訴の提起は信義則に反して許されない。

/訴えの客観的利益/訴えの利益/既判力/紛争の蒸返し/

参照条文//民訴.2条/民訴.114条/民訴.2編1章/民訴.114条/

内容:

 件 名 報酬金等請求事件(破棄自判・控訴棄却)

 原 審 東京高等裁判所


主    文

 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人川尻治雄、同大江忠の上告理由について

 一 原審の適法に確定した事実及び記録によれば、本件の事実関係の概要は次のとおりである。

 1 被上告人は、不動産売買等を目的とする会社であり、上告人から福岡県宗像市所在の約一〇万坪の土地(以下「本件土地」という。)を買収すること及び右土地が市街化区域に編入されるよう行政当局に働きかけを行うこと等の業務の委託を受けた。

 2 上告人と被上告人は、昭和五七年一〇月二八日、前項の業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)の報酬の一部として、上告人が本件土地を宅地造成して販売するときには造成された宅地の一割を被上告人に販売又は斡旋させる旨合意した(以下「本件合意」という。)。

 3 上告人は、本件土地の宅地造成を行わず、平成三年三月五日、宗像市開発公社に本件土地を売却した。

 4 上告人は、平成三年一二月五日、被上告人の債務不履行を理由として本件業務委託契約を解除した。

 5 上告人と被上告人との間の前訴において、被上告人は、(1) 本件業務委託契約に基づいて本件土地の買収等の業務を行い、商法五一二条により一二億円の報酬請求権を取得したと主張して、うち一億円の支払を求め(主位的請求)、(2) 上告人が本件土地を売却したことにより本件合意の条件の成就を故意に妨害したから、民法一三〇条により、本件合意に基づく一二億円の報酬請求権を取得したと主張して、うち一億円の支払を求めた(予備的請求)が、右各請求を棄却する旨の判決が平成七年一〇月一三日に確定した。

 6 被上告人は、前訴の判決確定後である平成八年一月一一日、本訴を提起し、(1) 主位的請求として、本件合意に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額が二億九八三〇万円であると主張してその支払を求め、(2) 予備的請求の一として、商法五一二条に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額が二億九八三〇万円であると主張してその支払を求め、(3) 予備的請求の二として、本件業務委託契約の解除により報酬請求権を失うという被上告人の損失において、上告人が本件土地の交換価値の増加という利益を得たと主張し、不当利得返還請求権に基づいて報酬相当額二億六七三〇万円の支払を求めた。

 二 原審は、(一) 本訴の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴の各請求とは同一の債権の一部請求・残部請求の関係にあるが、本訴が前訴の蒸し返しであり、被上告人による本訴の提起が信義則に反するとの特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はない、(二) 予備的請求の二は、前訴とは訴訟物を異にするものであり、前訴の蒸し返しとはいえない、と判断して、被上告人の本件各訴えを却下した一審判決を取り消し、一審に差し戻す旨の判決をした。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。

 これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。

 2 予備的請求の二は、不当利得返還請求であり、前訴の各請求及び本訴の主位的請求・予備的請求の一とは、訴訟物を異にするものの、上告人に対して本件業務委託契約に基づく報酬請求権を有することを前提として報酬相当額の金員の支払を求める点において変わりはなく、報酬請求権の発生原因として主張する事実関係はほぼ同一であって、前訴及び本訴の訴訟経過に照らすと、主位的請求及び予備的請求の一と同様、実質的には敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかである。したがって、予備的請求の二に係る訴えの提起も信義則に反して許されないものというべきであり、右訴えを不適法として却下すべきである。

 四 以上によれば、被上告人の本件各訴えはいずれも不適法として却下すべきであり、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右各訴えを却下した一審判決を正当として、被上告人の控訴を棄却すべきである。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田 博)


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判例掲載誌

本判決を引用する裁判例


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所平成10年12月17日 第1小法廷判決(平成6年(オ)第857号)


要旨:

 被相続人が貸金庫内に保管していた預金証書および株券を共同相続人の一人が密かに持ち出して、預金の払戻金および株券の売却代金を着服したので、他の共同相続人が損害賠償請求ならびにまだ売却されていないと考えた株券の引渡請求の訴えを提起し、その訴訟の係属中に不当利得返還請求を追加した場合に、当初の請求には不当利得返還請求権の行使の意思が表れていたと見ることができ、不当利得返還請求権についても催告が継続していたと解すべきであり、不当利得返還請求の追加により、右請求権の消滅時効について時効中断の効果が確定的に生じたものと解すべきであるとされた事例。

 .金員の着服を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟の係属中は、右着服金相当額の 不当利得返還請求権につき、時効中断事由としての催告が継続するとされた事例。
 1a.株券引渡請求の訴訟の係属中は、当該株券売却代金相当額の不当利得返還請求権につき、時効中断事由としての催告が継続するとされた事例。

/消滅時効/裁判上の催告/訴訟物/

/参照条文/民.724条/民.709条/民.703条/民.147条/民.149条/民.153条/民訴.147条/民訴.143条/

内容:

 件 名 共有物確認等、株主権確認、証券所有権確認請求上告事件(棄却)

 原 審 仙台高等裁判所


主    文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。

理    由

 上告代理人長谷川靖晃、同森山博の上告理由第一、第二について

  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人らと上告人甲野秋夫は、いずれも昭和五〇年八月二日に死亡した甲野太郎の相続人である。
 上告人秋夫は、昭和四八年一〇月一日から昭和五〇年七月一六日までの間に、太郎が株式会社弘前相互銀行青森支店の同人名義の貸金庫内に保管していた同人所有の銀行預金証書、株券等の全部をひそかに持ち出した上、順次預金の払戻しを受け、あるいは株券を売却して、払戻金や株券売却代金を着服した。
 2 太郎及び被上告人甲野春夫は、昭和五〇年七月一六日、上告人秋夫が右貸金庫内の太郎所有の預金証書、株券等の全部を持ち出していることを知り、同上告人に対し、持ち出した預金証書等を返還するよう求めたが、これを拒まれた。
 同上告人は、太郎死亡後にされた遺産分割協議の席上でも、持ち出した財産の内容や処分の全容等を秘匿して明かさなかった。
 3 被上告人らは、昭和五八年六月六日、上告人秋夫を被告として本件訴訟を提起し、同上告人が着服した預金払戻金及び株券(弘前相互銀行の株券を除く。)の売却代金相当額につき、被上告人らの相続分に応じた損害賠償を請求するとともに、弘前相互銀行の株券につき、同上告人がいまだ売却せずに所持しているものと考えて、共有物の保管者である被上告人春夫への引渡し等を請求した。
 4 被上告人らは、昭和六三年四月一四日の第一審口頭弁論期日において、前記弘前相互銀行の株券は既に上告人秋夫により売却されていることが判明したとして、引渡し等の請求を右株券の売却時における価額相当額についての被上告人らの相続分に応じた損害賠償請求に変更した。
 5 また、被上告人らは、同年一一月三〇日の第一審口頭弁論期日において、上告人秋夫による預金払戻金及び前記各株券売却代金の着服を理由とする不当利得返還請求を追加した上、平成元年二月一五日の第一審口頭弁論期日において、従前の損害賠償請求の訴えを取り下げた。
 6 その後の第一審口頭弁論期日において、上告人秋夫は、抗弁として、被上告人らが追加した不当利得返還請求については、被上告人らが貸金庫内からの預金証書等の持出事実を知った日である前記昭和五〇年七月一六日から一〇年の時効期間の経過により、右請求を追加する以前に消滅時効が完成している旨主張し、時効を援用した。

  1 右事実関係の下においては、被上告人らが追加した不当利得返還請求は、上告人秋夫が預金払戻金及び株券売却代金を不当に着服したと主張する点において、昭和五八年六月六日に提起した本件訴訟の訴訟物である不法行為に基づく損害賠償請求とその基本的な請求原因事実を同じくする請求であり、また、同上告人が不法に着服した預金払戻金及び株券売却代金につき被上告人らの相続分に相当する金額の返還を請求する点において、前記損害賠償請求と経済的に同一の給付を目的とする関係にあるということができるから、前記損害賠償を求める訴えの提起により、本件訴訟の係属中は、右同額の着服金員相当額についての不当利得返還を求める権利行使の意思が継続的に表示されているものというべきであり、右不当利得返還請求権につき催告が継続していたものと解するのが相当である。そして、被上告人らが第一審口頭弁論期日において、右不当利得返還請求を追加したことにより、右請求権の消滅時効につき中断の効力が確定的に生じたものというべきである。
 また、前判示のとおり、上告人秋夫が持ち出した前記弘前相互銀行の株券を既に売却していたことを秘匿していたため、被上告人らは、当初、同上告人が右株券を所持しているものとして右株券の引渡し等を求める訴えを提起したものであって、その時点で右株券が売却されていることを知っていれば、訴え提起時に他の株券と同様、相続分に応じた売却代金相当額の損害賠償請求権を行使する意思を有していたことは明らかというべきである。したがって、被上告人らのした右株券の引渡し等の請求には、被上告人らの当該株券売却代金相当額の損害賠償又は不当利得の返還を求める権利行使の意思が表れていたとみることができるから、本件訴訟の係属中、右不当利得返還請求についても催告が継続していたものと解するのが相当であり、その後の口頭弁論期日において被上告人らが不当利得返還請求を追加したことにより、右請求権の消滅時効につき中断の効力が確定的に生じたものと解すべきである。
 2 原審は、被上告人春夫が本訴を提起したのが昭和五八年六月六日であり、不当利得返還請求権の消滅時効は本訴の提起により中断したというべきであるとして、上告人秋夫の消滅時効の抗弁を排斥したものであるが、右に判示したところによれば、原審の右判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないで若しくは原審の認定しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。一部仮名に変更した。

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最高裁判所 平成25年6月6日 第1小法廷 判決(平成24年(受)第349号)


要旨:

 債権者が金銭債権の時効完成の直前に催告(第1の催告)をし,その時から6ヶ月以内に明示的一部請求の訴えを提起し,第1の催告の時から6ヶ月経過後であるがその訴訟の終了前に別訴により残部請求の訴えを提起した場合に,明示の一部請求の訴えは残部について裁判上の催告の効力を有するが,催告の繰返しによって時効の完成を遅らせることはできないとの法理は第2の催告が裁判上の催告の場合にも妥当するので,第1の催告の時から6ヶ月が経過した時点で残部について消滅時効が完成していたと判断された事例。

 1.数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合,当該訴えの提起による裁判上の請求としての消滅時効の中断の効力は,その一部についてのみ生ずるのであって,当該訴えの提起は,残部について,裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずるものではない。
 1a. 明示的一部請求の訴えが提起された場合,債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど,残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り,当該訴えの提起は,残部について,裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずるというべきであり,債権者は,当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより,残部について消滅時効を確定的に中断することができる。
 1b. 消滅時効期間が経過した後,その経過前にした催告から6箇月以内に再び催告をしても,第1の催告から6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなかった以上は,第1の催告から6箇月を経過することにより,消滅時効が完成するというべきであり,この理は,第2の催告が明示的一部請求の訴えの提起による裁判上の催告であっても異なるものではない。

/参照条文/民法:147条;153条/民事訴訟法:147条/

内容:

 件 名 未収金請求・上告事件(棄却)

 原 審 大阪高等裁判所 平成23年11月24日 判決 (平成23年(ネ)第1492号)


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人今村峰夫ほかの上告受理申立て理由について

 1 本件は,亡Aの遺言執行者である上告人が,被上告人に対し,亡Aが死亡時に有していた未収金債権(以下「本件未収金債権」という。)の支払を求める事案である。上告人は,既に,本件未収金債権の一部を請求する訴えを提起し,この請求を全部認容する旨の確定判決を得ており,本件訴訟は,その残部を請求するものである。上記の一部請求に係る訴えの提起が残部についても消滅時効の中断の効力を生ずるか否かが争われている。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,平成10年9月3日に死亡した亡Aの遺言により,その遺言執行者に就職した者である。
 (2) 本件未収金債権は,商行為によって生じた債権であり,その消滅時効期間は5年である。
 (3) 被上告人は,平成12年6月24日,上告人に対し,本件未収金債権につき,残高証明書を発行し,その債務を承認した。
 (4) 上告人は,平成17年4月16日到達の内容証明郵便で,被上告人に対し,本件未収金債権の支払の催告(以下「本件催告」という。)をした。
 (5) 上告人は,平成17年10月14日,大阪地方裁判所に対し,被上告人を被告として,本件未収金債権のうち5293万3243円の支払を求める訴え(以下「別件訴え」という。)を提起した。上告人は,別件訴えに係る訴訟において,本件未収金債権の総額は3億9761万2141円であり,その一部である5293万3243円を請求すると主張した。これに対し,被上告人は,本件未収金債権の上記総額には,相殺処理によって既に消滅した分が含まれていると主張した(以下,この主張を「別件抗弁」という。)。
 (6) 大阪高等裁判所は,平成21年4月24日,別件抗弁に理由があると判断した上,現存する本件未収金債権の額は7528万3243円であると認定して,上告人の請求を全部認容する旨の判決(以下「別件判決」という。)を言い渡し,別件判決は同年9月18日に確定した。
 (7) 上告人は,平成21年6月30日,本件訴えを提起し,別件判決の認定に沿って,現存する本件未収金債権の額は7528万3243円であり,別件訴えに係る訴訟で請求していなかった残部(以下「本件残部」という。)の額は2235万円であると主張して,その支払を請求した。これに対し,被上告人は,本件残部については,本件催告から6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなかった以上は,消滅時効が完成していると主張して,これを援用した。

 3 原審は,本件残部について,その額が2235万円であると認定したものの,消滅時効が完成していると判断して,上告人の請求を棄却した。

 4 所論は,{1}別件判決においては,本件未収金債権の一部が消滅している旨の別件抗弁に理由があると判断された上,現存する本件未収金債権の額が7528万3243円であると認定されたのであるから,別件訴えの提起は,請求の対象となっていなかった本件残部についても,裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずる,{2}仮に上記{1}のように解することができなくとも,別件訴えの提起は,本件残部について,裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずると解すべきであり,別件訴えに係る訴訟の係属中に本件訴えが提起されたのであるから,本件残部につき確定的に消滅時効の中断の効力が生じているというのである。

 5(1) 所論{1}について
 ア 数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合,当該訴えの提起による裁判上の請求としての消滅時効の中断の効力は,その一部についてのみ生ずるのであって,当該訴えの提起は,残部について,裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずるものではない(最高裁昭和31年(オ)第388号同34年2月20日第二小法廷判決・民集13巻2号209頁参照)。そして,この理は,上記訴え(以下「明示的一部請求の訴え」という。)に係る訴訟において,弁済,相殺等により債権の一部が消滅している旨の抗弁が提出され,これに理由があると判断されたため,判決において上記債権の総額の認定がされたとしても,異なるものではないというべきである。なぜなら,当該認定は判決理由中の判断にすぎないのであって,残部のうち消滅していないと判断された部分については,その存在が確定していないのはもちろん,確定したのと同視することができるともいえないからである。
 イ したがって,明示的一部請求の訴えである別件訴えの提起が,請求の対象となっていなかった本件残部についても,裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずるということはできない。
 (2) 所論{2}について
 ア 明示的一部請求の訴えにおいて請求された部分と請求されていない残部とは,請求原因事実を基本的に同じくすること,明示的一部請求の訴えを提起する債権者としては,将来にわたって残部をおよそ請求しないという意思の下に請求を一部にとどめているわけではないのが通常であると解されることに鑑みると,明示的一部請求の訴えに係る訴訟の係属中は,原則として,残部についても権利行使の意思が継続的に表示されているものとみることができる。
 したがって,明示的一部請求の訴えが提起された場合,債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど,残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り,当該訴えの提起は,残部について,裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずるというべきであり,債権者は,当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより,残部について消滅時効を確定的に中断することができると解するのが相当である。
 イ もっとも,催告は,6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなければ,時効の中断の効力を生じないのであって,催告から6箇月以内に再び催告をしたにすぎない場合にも時効の完成が阻止されることとなれば,催告が繰り返された場合にはいつまでも時効が完成しないことになりかねず,時効期間が定められた趣旨に反し,相当ではない。
 したがって,消滅時効期間が経過した後,その経過前にした催告から6箇月以内に再び催告をしても,第1の催告から6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなかった以上は,第1の催告から6箇月を経過することにより,消滅時効が完成するというべきである。この理は,第2の催告が明示的一部請求の訴えの提起による裁判上の催告であっても異なるものではない。
 ウ これを本件についてみると,上告人は,本件催告から6箇月以内に,別件訴えを提起したにすぎず,本件残部について民法153条所定の措置を講じなかったのであるから,本件残部について消滅時効が完成していることは明らかである。

 6 以上の次第であるから,上告人の請求を棄却した原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇 裁判官 山浦善樹)


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判例掲載誌  


栗田隆/小判例集


最高裁判所 平成8年5月28日 第3小法廷判決(平成7年(行ツ)第67号)


要旨:

 不適法なことが明らかであって当事者の訴訟活動により適法とすることが全く期待できない訴えについて、口頭弁論を経ずに、訴えを却下する判決又は却下判決に対する控訴を棄却する判決を下す場合には、訴状において被告とされている者に対し訴状、控訴状又は判決正本を送達することを要しない。(上告棄却により確定した判決の無効確認の訴えが却下された事例)。

/訴えの客観的利益/訴えの利益/

/参照条文/民訴.140条/民訴.138条/民訴.290条/民訴.255条/

内容:

 件 名 判決無効確認並びに年金裁定請求事件(棄却)

 第一審 東京地方裁判所 平成6年9月30日判決(平成6年(行ウ)278号)
 原 審 東京高等裁判所 平成6年12月26日判決(平成6年(行コ)198号)


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告人の上告理由第五ないし第七点について

 所論は、要するに、第一審裁判所は、本件訴状を被告に送達しないまま、口頭弁論を経ずに訴えを却下し、その判決正本をも被告に送達せず、また、原審裁判所も、同様口頭弁論を経ずに控訴を棄却し、控訴状及び判決正本を被告に送達しなかったが、このような一、二審の判断及び措置は、民訴法一二五条、一九三条一項、二二九条等の規定及び憲法七六条三項、八二条に違背するというのである。

 確かに、訴えが不適法な場合であっても、当事者の釈明によっては訴えを適法として審理を開始し得ることもあるから、そのような可能性のある場合に、当事者にその機会を与えず直ちに民訴法二〇二条を適用して訴えを却下することは相当とはいえない。しかしながら、裁判制度の趣旨からして、もはやそのような訴えの許されないことが明らかであって、当事者のその後の訴訟活動によって訴えを適法とすることが全く期待できない場合には、被告に訴状の送達をするまでもなく口頭弁論を経ずに訴え却下の判決をし、右判決正本を原告にのみ送達すれば足り、さらに、控訴審も、これを相当として口頭弁論を経ずに控訴を棄却する場合には、右被告とされている者に対し控訴状及び判決正本の送達をすることを要しないものと解するのが相当である。けだし、そのような事件において、訴状や判決を相手方に送達することは、訴訟の進行及び訴えに対する判断にとって、何ら資するところがないからである。

 ところで、記録によれば、本件訴えは、上告人が、通算老齢年金の支給裁定の変更を求めて提起した訴えについて、第一審裁判所が請求を棄却し、控訴裁判所が控訴を棄却し、最高裁判所が上告を棄却する旨の判決をしたのに対し、国を被告として、更に右判決の無効確認を求めるとともに、右裁定の変更を求めたものであることが明らかである。このように、最高裁判所まで争って判決が確定した後、更に右判決の無効確認を求める訴えは、民事訴訟法上予定されていない不適法な訴えであって、補正の余地は全くないから、このような訴えにつき、訴状において被告とされている者に対し、訴状を送達することなく口頭弁論を経ないで訴えを却下し、その判決を右被告に送達しなかった第一審裁判所の判断及び措置並びに同様に控訴状の送達をせずに口頭弁論を経ないで控訴を棄却し、その判決を被控訴人とされている者に送達しなかった原審の判断及び措置は、いずれもこれを正当として是認することができる。したがって、右措置に、民訴法一二五条、二二九条及び一九三条一項違背の違法はなく、右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。また、右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。原判決及び一、二審の訴訟手続にその余の所論の違法もなく、論旨は採用することができない。

 同第一ないし第四点について

 原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原審の法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の判断と関係のない事項をあげて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫  裁判官 園部逸夫  裁判官 可部恒雄  裁判官 大野正男  裁判官 尾崎行信)


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判例掲載誌  判例時報1569号48頁*


栗田隆/小さな判例集


東京地方裁判所 平成12年10月17日 民事第46部 判決(平成12年(ワ)第16890号)


要旨:

 実用新案権の侵害を理由とする損害賠償又は不当利得返還請求の訴えが、内金請求又は一定の台数分の被告製品についての請求という形に細分化して多数回にわたり提起されたが、すべて請求棄却あるいは訴え却下の判決がなされている場合に、それにもかかわらず更に提起された訴えが、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した者が残部請求の訴えを提起することは原則として許されない旨の判例の趣旨に照らしても信義則に反し、また、実質的に同内容の前訴について訴え却下の判決が確定しているにもかかわらず本件訴訟が提起されたことからすれば訴権の濫用に当たるとして、却下された事例。

/訴えの客観的利益/訴えの利益/既判力/一部請求/知的財産権/無体財産権/工業所有権/実用新案権/

/民訴.2条/民訴.114条/民訴.2編1章/民訴.114条/

内容:

 件 名 損害賠償請求事件<カッター装置付きテープホルダー実用新案>(却下)

 口頭弁論終結日 平成12年9月26日


判    決

原 告  甲野タカシ

被 告  株式会社リコー
 右代表者代表取締役  桜 井 正 光
 右訴訟代理人弁護士  野上邦五郎  同 杉本進介  同 冨永博之

主    文

 一 本件訴えを却下する。
 二 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一 原告の請求

 被告は、原告に対し、一八八万七四〇〇円及びこれに対する昭和五六年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 本件は、左記実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有していた原告が、別紙イ号製品目録、同ロ号製品目録及び同ハ号製品目録記載の各製品(以下、「イ号製品」、「ロ号製品」及び「ハ号製品」という。)を被告が業として製造販売し、本件実用新案権を侵害したと主張して、被告の製造販売した右各製品のうちの数台分について、主位的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、予備的に不当利得返還請求権に基づき、実施料相当額及び民法所定の遅延損害金の支払を求めている事案である。
              記
(一) 考案の名称    カッター装置付きテープホルダー
(二) 出願年月日    昭和四一年六月一三日
(三) 出願公告年月日  昭和四七年一月二二日
(四) 登録年月日    昭和四七年九月二九日
(五) 実用新案登録番号 第九七八六〇二号

一 原告の主張
 イ号製品、ロ号製品及びハ号製品は、昭和四七年九月二九日から昭和五六年六月一三日までの間にそれぞれイ号製品一五万台、ロ号製品八万台、ハ号製品一〇万台が製造販売された。そのうち、原告は、イ号製品につき当初の五台にかかる実施料相当額として二六万七〇〇〇円、ロ号製品につき当初の六台にかかる実施料相当額として三二万〇四〇〇円、ハ号製品につき当初の五台にかかる実施料相当額として一三〇万円の、合計一八八万七四〇〇円及び遅延損害金の支払を求める。

二 当裁判所に顕著な事実
1 昭和五三年以降、原告は被告に対し、別紙第一目録ないし第三目録各記載の製品(以下「被告製品」と総称する。)の製造販売が本件実用新案権の侵害に当たると主張して、それによる損害の賠償又は不当利得金の返還を求める訴訟を、内金請求又は一定の台数分の被告製品についての請求という形に細分化して多数回にわたり提起しており、これらの請求はすべて棄却されていた。平成七年に原告が提起した訴訟(当庁平成七年(ワ)第一一五号。以下「前訴」という。)につき、当裁判所は、同年七月一四日、「原告の訴えは一部請求の名のもとにいたずらに同一の訴訟を蒸し返すものであり、これまで繰り返し理由がないとする裁判所の確定した判断を受けている請求と実質的に同じ請求をするものであって、被告の地位を不当に長く不安定な状態におき、ことさらに被告に応訴のための負担を強いることを意に介さず、民事訴訟制度を悪用したものである」旨を理由として、右訴えは訴権の濫用に当たるものであって訴えの利益を欠き不適法であり、しかもその点を補正することができない旨を判示して、訴え却下の判決をした。原告は、右判決に対して控訴したが(東京高等裁判所平成七年(ネ)第三二七一号)、同年一一月二一日に控訴棄却の判決を受け、更に右判決に対して上告したが(最高裁判所平成八年(オ)第五八〇号)、平成九年一〇月一七日に上告棄却の判決を受け、訴え却下の判決が確定した。
2 前訴の一審判決の後にも、原告は被告に対し、本件実用新案権に基づいて被告製品の製造販売につき損害賠償ないし不当利得金の返還を求める訴えを提起したが(当庁平成七年(ワ)第二五七二九号、平成八年(ワ)一〇四二号、平成九年(ワ)第二三五六号、同第二三五八号、平成一〇年(ワ)第七八〇八号、平成一一年(ワ)第一三一七号、平成一二年(ワ)第六六六三号)、いずれの訴えも前訴と同様の理由で却下されている。

第三 当裁判所の判断

一 本件訴えと前訴とは、実質的に同一期間内の被告製品の製造販売が本件実用新案権の侵害に当たると主張する点で共通しており、そのうちどの台数分を対象とするかの点においてのみ異なるものであると認められる(前記認定事実(前記第二、二)、乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件で原告が主張するイ号製品、ロ号製品及びハ号製品は、それぞれ「リコーPPC九〇〇及びB・Aチェンジャー」「リコーPPC九〇〇及びセンタースリッター」及び「リコピーPL五〇〇〇オート」と認められ、期間については、原告は、前訴では「リコーPPC九〇〇及びB・Aチェンジャー」「リコーPPC九〇〇及びセンタースリッター」につき昭和四七年三月から昭和五二年一二月まで、「リコピーPL五〇〇〇オート」につき昭和四七年二月から昭和五三年七月までの間に製造販売されたと主張していたのに対し、本件ではいずれの製品についても昭和四七年九月二九日から昭和五六年六月一三日までの間に製造販売されたと主張して請求している。なお、そのうちどの台数分を対象とするかの点については、原告は、「リコーPPC九〇〇及びB・Aチェンジャー」「リコーPPC九〇〇及びセンタースリッター」につき、前訴では当初の一万四二四五台を除くその後の各五台を対象としていたのに対し、本件ではそれぞれ当初の五台、当初の六台につき請求しており、また、「リコピーPL五〇〇〇オート」については、前訴では当初の一万二九六五台を除いたその後の五台を対象としていたのに対し、本件では当初の五台につき請求している。)。

二 右事実によれば、本件訴えは、前訴と同様、請求棄却の判決が確定した事件と同一の紛争を蒸し返すものであって、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した者が残部請求の訴えを提起することは原則として許されない旨の判例(最高裁判所平成九年(オ)第八四九号同一〇年六月一二日第二小法廷判決・民集第五二巻四号一一四七頁)の趣旨に照らしても、信義則に反するものというべきであり、しかも、本件と実質的に同内容の前訴について訴え却下の判決が確定しているにもかかわらず、本件訴訟が提起されたことからすれば、原告の本件訴えは訴権の濫用に当たる不適法なものと判断するのが相当である。

三 よって、本件訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第四六部
           裁判長裁判官   三 村 量 一
              裁判官   和久田 道 雄
              裁判官   田 中 孝 一


別紙

 イ号製品目録

 ロ号製品目録

 ハ号製品目録


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最高裁判所 平成11年6月11日 第2小法廷判決(平成7年(オ)第1631号)


要旨:

 遺言者の死亡前に提起された遺言無効確認の訴えは、遺言者が心神喪失の常況にあって、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ないとしても、不適法である。

/訴えの利益/確認の利益/訴えの客観的利益/将来の法律関係の確認請求/過去の法律関係の確認請求/

/民訴.134条/民訴.140条/民.985条/民.960条/民.1022条/

内容:

 件 名 遺言無効確認請求上告事件(破棄自判)

 第一審 大阪地方裁判所 平成6年10月28日 第11民事部 判決(平成5年(ワ)第4528号)
 原 審
 大阪高等裁判所 平成7年3月17日 第5民事部 判決(平成6年(ネ)第3103号)

 上告人 被控訴人 被 告 乙山ハルオ
 上告人 被控訴人 被 告 藤井ウメ
  右法定代理人後見人 乙山ハルオ
 被上告人 控訴人 原 告 藤井タロウ


主    文

 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人以呂免義雄の上告理由について

 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 被上告人は、上告人甲野サクラの養子で、同上告人の唯一の推定相続人であり、上告人乙山ハルオは、上告人甲野サクラのおいである。

 2 上告人甲野サクラは、平成元年一二月一八日、奈良地方法務局所属公証人丙川ジロウ作成同年第八四九号公正証書によって遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

 3 本件遺言の内容は、上告人甲野サクラの所有する奈良市西登美ヶ丘所在の土地建物の持分一〇〇分の五五を上告人乙山ハルオに遺贈するというものである。

 4 奈良家庭裁判所は、平成五年三月一五日、上告人甲野サクラが、アルツハイマー型老人性痴呆である旨の鑑定の結果に基づき、心神喪失の常況にあるとして、同上告人に対し禁治産宣告をした。同上告人の病状は回復の見込みがない。

 二 本件訴えは、被上告人が上告人らに対し、本件遺言につき、上告人甲野サクラの意思能力を欠いた状態で、かつ、公正証書遺言の方式に違反して作成されたと主張して、本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求めるものである。

 三 原審は、遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法であるが、前記事実関係の下において、本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には、その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができるとして、本件訴えを適法と判断し、本件訴えを却下した第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻した。

 四 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 本件において、被上告人が遺言者である上告人甲野サクラの生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は、上告人乙山ハルオが遺言者である上告人甲野サクラの死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって、推定相続人である被上告人の相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。

 2 ところで、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心神喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。

 3 したがって、被上告人が遺言者である上告人甲野サクラの生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。

 五 そうすると、本件訴えを適法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件訴えを不適法として却下した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべきである。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北川弘治  裁判官 河合伸一  裁判官 福田 博  裁判官 亀山継夫)


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最高裁判所平成11年1月21日第1小法廷判決(平成7年(オ)第1445号)


要旨:

 建物賃貸借契約継続中に賃借人が敷金返還請求権の存在確認を求める訴えにつき確認の利益があるとされた事例。

 1.建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物明渡しがされた時において、それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき発生するものであって、賃貸借契約終了前においても、このような条件付きの権利として存在するものということができる。
 1a.敷金の返還請求権の存在確認を求める訴えの確認対象は,現在の権利又は法律関係であるということができ、確認の対象としての適格に欠けるところはない。

 2.現賃貸人(建物の取得者)が賃借人の主張する前賃貸人への敷金交付の事実を争って、敷金の返還義務を負わないと主張している場合には、条件付きの権利である敷金返還請求権の存否を確定すれば、賃借人の法律上の地位に現に生じている不安ないし危険は除去されるといえるから、その確認の訴えには、即時確定の利益がある。

/確認の利益/訴えの利益/訴えの客観的利益/

/参照条文/民事訴訟法:2編1章/民法:129条;619条2項//

内容:

 件 名 債権確認請求・上告事件(棄却)

 原 審 東京高等裁判所 平成7年3月29日 判決(平成6年(ネ)第3964号)


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人辻惠、同藤田正人の上告理由について

 本件訴えは、建物賃貸借契約の継続中に、賃借人である被上告人が、前賃貸人から賃貸人の地位を承継した上告人に対し、保証金の名称で前賃貸人に交付したとする敷金の返還請求権の存在確認を求めるものであり、上告人は、前賃貸人に対する右敷金交付の事実を否認し、敷金の返還義務を負わないと主張する。第一審は、本件訴えは確認の利益を欠くものであるとして、これを却下したのに対し、原審は、確認の利益を認め、第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻した。

 建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物明渡しがされた時において、それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき発生するものであって(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八〇頁)、賃貸借契約終了前においても、このような条件付きの権利として存在するものということができるところ、本件の確認の対象は、このような条件付きの権利であると解されるから、現在の権利又は法律関係であるということができ、確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。また、本件では、上告人は、被上告人の主張する敷金交付の事実を争って、敷金の返還義務を負わないと主張しているのであるから、被上告人・上告人間で右のような条件付きの権利の存否を確定すれば、被上告人の法律上の地位に現に生じている不安ないし危険は除去されるといえるのであって、本件訴えには即時確定の利益があるということができる。したがって、本件訴えは、確認の利益があって、適法であり、これと同旨の原審の判断は是認することができる。右判断は、所論引用の各判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)


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