関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法(判決手続)2の
練習問題の参照判例


  1. 口頭弁論およびその準備
    1. 最高裁判所 昭和27年10月21日 第3小法廷 判決(昭和25年(オ)第219号)   1.第三者作成の文書については、挙証者の相手方が不知を以て答えた場合でも、特段の立証がなくても裁判所は弁論の全趣旨によりその成立の真正を認めることができる。
    2. 最高裁判所 平成14年9月12日 第1小法廷 判決(平成13年(受)第1461号)  債務の弁済がない場合に不動産を債権者に移転する旨の契約につき,原告が仮登記担保契約であると主張し,被告が代物弁済であると主張し,原審が原告の主張を認めた場合に,上告審が譲渡担保契約であると認定した事例。
  2. 相殺の抗弁
    1. 最高裁判所平成10年4月30日第1小法廷判決(平成5年(オ)第789号)   訴訟上の相殺の抗弁に対し訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは、不適法として許されない。
  3. 証 拠
    1. 最高裁判所 平成11年11月12日 第2小法廷 決定(平成11年(許)第2号)  銀行の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、民訴法220条4号ハ(現同号ニ)所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり、文書提出命令の対象にならない。
    2. 最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)  民訴法220条3号後段の文書には、文書の所持者が専ら自己使用のために作成した内部文書は含まれない。
    3. 最高裁判所 平成12年12月14日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第35号)    信用金庫の理事に対する会員代表訴訟において、原告が信用金庫が所持する貸出稟議書・意見書について文書提出命令の申立てをしたが、却下された事例。
    4. 最高裁判所 平成16年11月26日 第2小法廷 決定(平成16年(許)第14号   破綻した損害保険会社の旧役員等の経営責任を明らかにするために金融監督庁長官の命令に基づき保険管理人が設置した弁護士及び公認会計士による調査委員会の調査報告書について,文書提出命令の申立てが認容された事例
    5. 最高裁判所 平成17年10月14日 第3小法廷 決定(平成17年(許)第11号)  「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる。
    6. 最高裁判所 平成18年10月3日 第3小法廷 決定(平成18年(許)第19号)  報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。
    7. 最高裁判所 平成19年12月11日 第3小法廷 決定(平成19年(許)第23号)  金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。
    8. 最高裁判所 平成23年10月11日 第3小法廷 決定(平成23年(行ト)第42号)  所属弁護士会から戒告の懲戒処分を受けた弁護士(原告)が、日本弁護士連合会(被告)に対してした審査請求を棄却する裁決を受けたため,その裁決の取消し等を求める訴訟において、所属弁護士会の綱紀委員会における議論の経過を立証するために必要であるとして,その所持する文書(議事録及び議案書)について文書提出命令の申立てをしたが、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり、従ってまた法律関係文書に該当しないとして、申立てが棄却された事例。
    9. 最高裁判所 平成25年12月19日 第1小法廷 決定(平成25年(許)第6号)   国立大学法人(文書所持者・抗告人)が設置する大学の人文学部に所属する教授らが同学部長等からハラスメントを受けたとして抗告人に苦情を申し立て、同大学に置かれたハラスメントの防止,対策又は調査に係る委員会の運営及び調査の方法が不当であったために不利益を被ったなどと主張して,抗告人に対し,再調査の実施,損害賠償の支払等を求め、同委員会の運営及び調査の方法が不当であったことを立証するために必要であるとして,抗告人の所持する文書について文書提出命令の申立てをしたところ、民事訴訟法220条4号ニ括弧書の類推適用が肯定され、ロの文書にはあたらないとして、申立てが認容された事例。
  4. 判 決
    1. 最高裁判所 平成9年7月11日 第2小法廷 判決(平成5年(オ)第1762号)   いわゆる懲罰的損害賠償を命じた外国判決(アメリカ合衆国カリフォルニア州裁判所の判決)は我が国の公の秩序に反するから、これに執行判決をすることはできない。
  5. 判決の効力
    1. 最高裁判所 平成6年11月22日 第3小法廷 判決(平成2年(オ)第1146号)  特定の金銭債権の一部を請求する事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれに理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである。
    2. 最高裁判所平成10年6月12日第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号)  金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない。

口頭弁論およびその準備

栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 昭和27年10月21日 第3小法廷 判決(昭和25年(オ)第219号)


要旨:

 1.第三者作成の文書については、挙証者の相手方が不知を以て答えた場合でも、特段の立証がなくても裁判所は弁論の全趣旨によりその成立の真正を認めることができる。

 2.手形の被偽造者は偽造手形により何ら手形上の義務を負うものではなく、このことは被偽造者に重大な過失があつたと否と、また受取人が善意であつたと否とにかかわらない。

/補助事実/自由心証主義/文書の成立の真正/不知の陳述/事実認定/

/民訴.247条/民訴.159条2項/

内容:

 件 名 約束手形金請求上告事件(棄却)

 原 審 高松高等裁判所


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告人の代理人戸島威成の上告理由第一点について。
 論旨は、原審において、上告人が不知を以て答えた乙第一号証(第三者の作成した手紙)を証拠に採用したことを非難しているが、第三者作成の文書については、特段の立証はなくとも裁判所が弁論の全趣旨によりその成立の真正を認めうるものと解すべきであつて、原審が右乙号証は真正に成立したものと認める旨判示したのは、弁論の全趣旨によりこれを認めた趣旨であること明であるから、同号証を証拠に採用したことは何ら違法ではなく、所論は理由がない。また原審は右の乙一号証の一、二及び第一審における被告本人訊問の結果並びに原告本人訊問の結果の一部を綜合して本件手形偽造の事実を認定したものであり、しかもそれは十分認定できることである。それ故原判決は本件手形が偽造であることを証拠によらないで認定したものであると非難する論旨はすべて理由がない。

 同第二点について。
 第一審訴訟手続の違法を理由として上告を為すことは許されないばかりでなく、第一審において原告の本人訊問申請手続が昭和二四年八月二五日までに為されていたにかかわらず、裁判所の呼出手続がおくれて九月一日の期日に訊問が為されなかつたことは所論のとおりであるが、次回期日(九月一五日)に申請どおり訊問がなされたのであるから、さきに呼出手続を為さなかつた手続上の瑕疵は治癒されたと認むべきである。よつて論旨は理由がない。

 同第三点乃至第六点について。
 手形の被偽造者は偽造手形により何ら手形上の義務を負うものではなく、このことは被偽造者に重大な過失があつたと否と、また受取人が善意であつたと否とにかかわらない。更に所論のような手形の社会上の地位もこの原則を左右するものではない。論旨は右と異なる独自の見解に立脚し、又は判旨に添わない主張をなすものであるから、いずれの点も採用することができない。

 同第七点について。
 原判決の事実認定には所論のような違法の点なく、論旨は理由がない。

 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    本   村   善 太 郎


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判例掲載誌  民集6巻9号841頁


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成14年9月12日 第1小法廷 判決(平成13年(受)第1461号)


要旨:

 不動産担保貸付契約に基づく債務を期限に弁済できない債務者と債権者(A)との間で,債務者が猶予された期限までに弁済できない場合には担保不動産を債権者名義に変更することと債権者の判断で売却することを承諾する契約が成立し,弁済がなかったため債権者が予め交付されていた書類により自己への所有権移転登記をなしたものの,その後も債務者に不動産の買戻しを要請し,利息を収受したが,結局買戻しがなされなかったため,第三者(B)に売却して所有権移転登記を経由した場合に,債務者が前記契約は仮登記担保契約であり,清算金の通知がなされていないから所有権は債務者にあると主張して,所有権移転登記抹消登記手続きをなすことをA・Bに請求し,Aに対しては予備的に清算金を請求したのに対し,A・Bは代物弁済契約であると争ったところ,原審は仮登記担保であると認定して請求を認容したが,上告審は,譲渡担保契約と認定すべきであるとして,原判決を破棄し,Aに対する主位請求およびBに対する請求を棄却し,Aに対する予備請求の審理のために事件を差し戻した事例。

 1.債務の弁済がない場合に不動産を債権者に移転する旨の契約につき,原告が仮登記担保契約であると主張し,被告が代物弁済であると主張し,原審が原告の主張を認めた場合に,上告審が譲渡担保契約であると認定した事例。(裁判官藤井正雄の反対意見あり)
 1a.譲渡担保において,債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合には,債権者は,当該譲渡担保がいわゆる帰属清算型であると処分清算型であるとを問わず,目的物を処分する権能を取得し,債権者がこの権能に基づいて目的物を第三者に譲渡したときは,譲受人は目的物の所有権を確定的に取得し,債務者はその時点で受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失う。(先例の確認)

/弁論主義/不動産譲渡担保/

/仮担保.1条/仮担保.2条1項/仮担保.3条/仮担保.11条/

内容:

 件 名 所有権移転登記抹消登記手続請求上告事件(一部破棄自判,一部破棄差戻し)

 原 審 東京高等裁判所 (平成12年(ネ)第6304号)

 意 見 裁判官藤井正雄の反対意見


主    文

 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
 被上告人の上告人Aに対する主位的請求及び上告人Bに対する請求をいずれも棄却する。
 被上告人の上告人Aに対する予備的請求に関する部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 被上告人の上告人Aに対する主位的請求に関する訴訟の総費用及び被上告人と上告人Bとの間に生じた訴訟の総費用は,被上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人服部正敬,同服部訓子,同復代理人森貴子の上告受理申立て理由について

 1 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 [a] 被上告人は,平成6年4月8日,金融業を営む上告人Aとの間で本件消費貸借契約を締結し,3300万円を,弁済期同年6月7日,利息月2.5%,遅延損害金年40.004%の約定で借り受けた。
 [b] 上告人Aと被上告人は,前記貸付けに際し,本件消費貸借契約に基づく債務の履行を担保するため,被上告人の所有する本件土地につき,上告人Aを根抵当権者とし,極度額を7000万円とする根抵当権を設定することを合意し,上告人Aは,平成6年4月8日,同根抵当権設定登記を経由した。
 [c] 被上告人は,上告人Aに対し,本件消費貸借契約に関して,平成6年6月7日,8月8日,同月24日及び12月29日に各108万9000円ずつ,平成7年1月31日に50万円をそれぞれ弁済したが,その余の支払をしなかった。
 [d] 被上告人は,平成7年5月2日,上告人Aに対し,同月25日までに弁済をするとして競売申立てを控えるよう依頼するとともに,「平成7年5月25日迄に当方が貴社依り不動産担保貸付契約に依り借用している金銭を支払えなかった場合は本物件(本件土地)を貴社名義に変更する事と貴社の判断で第三者に対して売り渡す事を承諾致します。」と記載した書面を作成し,印鑑証明書や委任状と一緒に上告人Aに交付し,上告人Aも,被上告人の上記内容の申込みを承諾した(以下,これによって成立した契約を「本件契約」という。)。しかし,上記期限を経過しても,被上告人は何らの弁済もしなかった。
 [e] 上告人Aは,平成7年5月26日,被上告人から預かっていた本件土地の権利証,前記印鑑証明書等により,本件土地について同日付け代物弁済を原因とする被上告人から上告人Aへの所有権移転登記(以下「本件1登記」という。)を経由した。
 [f] その後も,上告人Aは,本件消費貸借契約に基づく債権を被上告人から回収できれば,本件1登記の抹消に応じる意図の下に,平成7年6月8日,被上告人に対し,同月16日までに本件土地を買い戻すことを要請した。被上告人は,これを受けて,買戻しができない場合には清算金の要求をしない旨を記載した売渡承諾書の作成にも応じたが,この期限を経過しても,資金を調達して本件土地を買い戻すことができなかった。
 上告人Aは,なおも被上告人に対し,本件消費貸借契約に基づく残債務の支払がされれば,本件土地の買戻しに応じる意向を示し,同年9月15日には,本件土地の「利息分」として1000万円を被上告人から受領し,同年12月24日に被上告人に到達した書面により,平成8年1月26日までに本件消費貸借契約の元本3300万円及び平成7年3月27日から平成8年1月26日までの遅延損害金827万2600円の合計4127万2600円を支払えば,被上告人に対し本件土地の買戻しを認めるが,さもなければ第三者に対し本件土地を処分する旨通知したが,被上告人からは何ら応答がなかった。
 [g] 本件土地について,平成8年7月19日に,同月17日売買を原因とする上告人Aから上告人Bへの所有権移転登記(以下「本件2登記」という。)が経由された。

 2 本件において,被上告人は,本件土地の所有権に基づき,上告人Aに対して本件1登記の,上告人Bに対して本件2登記の各抹消登記手続を求めている。また,被上告人は,上告人Aに対し,仮に被上告人が本件土地の所有権を喪失したとすれば,清算金1億9000万円の内金1億円の支払を求める旨の予備的請求をしている。

 3 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の上告人Aに対する主位的請求及び上告人Bに対する請求をいずれも認容すべきものとした。
 [a] 平成7年5月2日に被上告人と上告人Aとの間で本件土地につき締結された本件契約の目的は本件消費貸借契約上の債務を担保することにあり,当事者間において,その履行とともに債権債務が消滅することは想定されていなかったことなどの事実によれば,本件契約の実質は停止条件付代物弁済契約であって,仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)の適用を受ける仮登記担保契約というべきである。
 [b] 本件における清算金の支払を不要とする特約は,仮登記担保法3条3項により無効というべきであり,清算金の見積額の通知がされていないのであるから,本件土地の所有権は,いまだ被上告人から上告人Aに移転していない。

 4 しかし,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 本件契約は,これに基づく所有権移転登記手続がされた後も,上告人Aにおいて被上告人に債務の弁済を求めていた事実等に照らすと,目的不動産の所有権の移転によって債務を確定的に消滅させる代物弁済契約ではなく,仮登記担保の実行によって確定的に所有権の移転をさせようとしたものでもない。上告人Aは,本件契約により,本件土地を同上告人名義に変更した上で,なおも債務の弁済を求め,利息を受領してきたのであるから,本件契約は,債権担保の目的で本件土地の所有権を移転し,その登記を経由することを内容としていたもので,譲渡担保契約にほかならないと解すべきである。 
 そして,譲渡担保において,債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合には,債権者は,当該譲渡担保がいわゆる帰属清算型であると処分清算型であるとを問わず,目的物を処分する権能を取得し,債権者がこの権能に基づいて目的物を第三者に譲渡したときは,譲受人は目的物の所有権を確定的に取得し,債務者はその時点で受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失うのであるから(最高裁昭和60年(オ)第568号同62年2月12日第一小法廷判決・民集41巻1号67頁,最高裁平成元年(オ)第23号同6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号414頁参照),本件においては,上告人Aから上告人Bへの本件土地の売却によって,上告人Bは本件土地の所有権を確定的に取得し,被上告人は,清算金がある場合に上告人Aに対してその支払を求めることができるにとどまり,本件土地を受け戻すことはできなくなったというべきである。

 5 以上のとおり,被上告人は本件土地の所有権を喪失したのであるから,その所有権に基づいて本件1登記の抹消登記手続を求める被上告人の上告人Aに対する主位的請求及び本件2登記の抹消登記手続を求める上告人Bに対する請求はいずれも理由がないというべきである。これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そこで,原判決を破棄し,第1審判決を取り消した上,被上告人の上告人Aに対する主位的請求及び上告人Bに対する請求をいずれも棄却することとし,清算の要否,清算をすべきものとした場合の清算金額等について,更に審理を尽くさせるため,被上告人の上告人Aに対する予備的請求に関する部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻すこととする。

 よって,裁判官藤井正雄の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


 裁判官藤井正雄の反対意見は,次のとおりである。

 本件は,被上告人が本件土地の所有権に基づき本件1登記及び2登記の抹消登記手続を請求した事案である。上告人らは,抗弁として,上告人Aが被上告人から本件契約により本件土地の所有権を承継取得したものであるとし,本件契約は被上告人が上告人Aに対し本件消費貸借契約に基づく債務の弁済に代えて本件土地の所有権を確定的に移転することを内容とする代物弁済契約であり,債権担保を目的とする契約ではないと主張した。これに対して,被上告人は,本件契約は債権担保を目的とする停止条件付代物弁済契約であって,仮登記担保法にいう仮登記担保契約であると反論し,同法適用の有無をめぐって双方の攻防が行われてきた。しかし,この場合において,被上告人の仮登記担保であるという主張は,上告人の代物弁済契約であるという抗弁に対する否認の趣旨にほかならないのであり,これ以外に,本件契約が譲渡担保契約であるという主張は,当事者双方のどちらからも提示されていない。確かに,平成7年5月2日付けの本件契約の内容を記載した書面(乙第3号証)の文言自体は,生の事実として当事者双方の陳述に現れている。被上告人は,これに基づき本件契約を仮登記担保と構成して主張したのであるが,仮登記担保と譲渡担保とでは,債権担保の機能面で近似する要素を有しているとはいえ,要件事実や法律効果を同じくするものではなく,前者の主張が当然に後者の主張(不利益陳述)を包含しているともいえない。
 ある事実関係について,複数の法規に基づく複数の法律関係が考えられるときに,どの法規に基づく法律構成を選択して主張するかは,当事者にゆだねられた事柄である。仮登記担保と主張されているときにこれを譲渡担保と認定することは,少なくとも当事者の予想を超えるものであり,不意打ちとなることを免れない。まして本件では,上告人らは,代物弁済契約としか主張せず,担保的構成の主張を拒否しているのである。上告人らが代物弁済の主張にこだわったのは,本件1登記の登記原因が代物弁済であったからであると思われるが,上告人らとしては,証拠に即して担保目的による所有権の取得であることを主張すべきであった。
 私は,本件について,多数意見が本件契約を代物弁済契約でも仮登記担保契約でもないとした点に異論はないが,これを譲渡担保契約であるとした点は,当事者の主張しない所有権取得原因事実を認定するもので,被上告人に対する不意打ちであり,訴訟における弁論主義に反するとの疑いを払拭することができない。上告人らは,上告人Aの所有権取得原因として主張した代物弁済契約を立証することができず,抗弁が成立しなかったのであるから,被上告人の請求が認容されるのはやむを得ないことであり,原審の判断は結論において正当であることに帰するというべきである。
 なお,この場合,上告人A名義の根抵当権設定登記については既に代物弁済を原因として(すなわち混同により)抹消登記がされているが,抹消登記の登記原因の無効を理由に抹消回復登記を求めることが可能である。上告人Aと上告人Bとの関係については,売買代金の不当利得返還の問題として処理するほかはないと考える。


(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子)


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判例掲載誌  


相殺の抗弁

栗田隆/小判例集


最高裁判所平成10年4月30日第1小法廷判決(平成5年(オ)第789号) → 紹介


要旨:

 訴訟上の相殺の抗弁に対し訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは、不適法として許されない。

/既判力/不適法な攻撃防御方法の却下/相殺の再抗弁/

/参照条文/民訴.157条/民訴.114条2項/

内容:

 件 名 賃金請求上告事件(破棄自判)

 原告(承継前被上告人)  甲野イチロウ  訴訟代理人 辰巳孝雄
 被告(上告人)  *

 第一審 宮崎地方裁判所都城支部 平成4年6月3日判決
 原 審 福岡高等裁判所宮崎支部 平成5年2月24日判決


主    文

 原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき、被上告人らの控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理    由

 上告代理人辰巳孝雄の上告理由第一点について

 一 本件は、承継前被上告人甲野イチロウが上告人に対し、貸金及び準消費貸借金を請求した訴訟である。原審の適法に確定した事実関係の概要と訴訟の経過は、次のとおりである。
 1 上告人は、イチロウから、第一審判決別紙計算書1(以下「計算書1」という。)、同計算書5(以下「計算書5」という。)及び同計算書4(以下「計算書4」という。)記載のとおり金員を借り受け、それぞれ月六分の割合による利息を天引きされた金額を受領した。
 2 上告人が計算書1{22}の貸金債権(以下「貸金債権(一)」という。)の担保として交付した約束手形(以下「手形(一)」という。)、計算書5{22}の貸金債権(以下「貸金債権(二)」という。)の担保として交付した約束手形(以下「手形(二)」という。)及び計算書4{22}の貸金債権(以下「貸金債権(三)」という。)の担保として交付した約束手形(以下「手形(三)」という。)がいずれも不渡りとなり、上告人とイチロウは、手形(一)の債権を目的とする準消費貸借契約(以下、同契約に基づく債権を「準消費貸借金債権(二)」という。)及び手形(二)の債権を目的とする準消費貸借契約(以下、同契約に基づく債権を「準消費貸借金債権(二)」という。)を締結した。イチロウが貸金債権(一)(二)(三)について天引きした利息のうち利息制限法所定の制限利率による利息を超過した額を各貸金元本に充当した残額は、貸金債権(一)が一四二万四四八九円、貸金債権(二)が九四万七一六七円、貸金債権(三)が九五万〇三〇九円となる。したがって、準消費貸借金債権(一)(二)は、貸金債権(一)(二)の右金額の限度で効力を有することになる。
 3 各計算書{1}ないし{21}の各貸金債権(計算書5{10}を除く。)について天引きされた利息は、利息制限法所定の制限利率による利息を超過しており、上告人は、イチロウに対し、右超過利息額と同額の不当利得返還請求債権を取得した。その額は、計算書1に係るもの(以下「不当利得返還請求債権(一)」という。)が一六二万六九五三円、計算書5に係るもの(以下「不当利得返還請求債権(二)」という。)が九七万七四二六円、計算書4に係るもの(以下「不当利得返還請求債権(三)」という。)が一〇六万一一七三円である。
 4 イチロウは、右準消費貸借金債権(一)(二)及び原判決の引用する第一審判決請求原因1の貸金債権を請求し、これに対し、上告人は、右債権の成立を争うとともに、平成四年四月一三日の第一審第一七回口頭弁論期日において、不当利得返還請求債権(一)を自働債権として準消費貸借金債権(一)と、不当利得返還請求債権(二)を自働債権として準消費貸借金債権(二)と、いずれも対当額で相殺する旨の訴訟上の相殺の意思表示をした(抗弁)。イチロウは、右期日において、手形(三)の債権を自働債権として不当利得返還請求債権(二)(二)のうち発生時期の早いものから順次対当額で相殺する旨の訴訟上の相殺の意思表示をした(再抗弁)。上告人は、平成五年二月一日の原審第四回口頭弁論期日において、不当利得返還請求債権(三)を自働債権として手形(三)の債権と対当額で相殺する旨の訴訟上の相殺の意思表示をした(再々抗弁)。

 二 原審は、次のように判示して、イチロウの請求を一部認容した。
 1 原判決の引用する第一審判決請求原因1の貸金の事実は認められない。
 2 上告人による不当利得返還請求債権(一)(二)を自働債権とする相殺の意思表示(抗弁)と、イチロウによる手形(三)の債権を自働債権とする相殺の意思表示(再抗弁)とは、同一の口頭弁論期日における各準備書面の陳述によってされているが、イチロウの準備書面の陳述が時間的に早くされたから、イチロウによる右相殺の意思表示が先に効力を生じたと解すべきである。
 3 手形(三)の債権を自働債権として不当利得返還請求債権(一)(二)の発生時期の早いものと順次対当額で相殺すると、不当利得返還請求債権(一)については計算書1{1}ないし{9}の各超過支払額欄記載の金額(ただし、{9}については、四九〇九円の限度)の合計六一万八二四五円の限度で、不当利得返還請求債権(二)については計算書5{1}ないし{8}の各超過支払額欄記載の金額の合計三八万一七五五円の限度で、それぞれ相殺の効力が生ずる。その結果、不当利得返還請求債権(一)の残額は一〇〇万八七〇八円、不当利得返還請求債権(二)の残額は五九万五六七一円となる。
 4 不当利得返還請求債権(三)を自働債権として手形(三)の債権を受働債権とする上告人の相殺の意思表示(再々抗弁)は、手形(三)の債権を自働債権とし不当利得返還請求債権(一)(二)を受働債権とするイチロウの相殺の意思表示(再抗弁)により手形(三)の債権が既に消滅したため、その効果が発生しない。
 5 不当利得返還請求債権(一)の残額一〇〇万八七〇八円を自働債権として準消費貸借金債権(一)と対当額で相殺すると、同債権は元本四三万六七九七円及びこれに対する遅延損害金の範囲で残存し、不当利得返還請求債権(二)の残額五九万五六七一円を自働債権として準消費貸借金債権(二)と対当額で相殺すると、同債権は元本三六万五四六九円及びこれに対する遅延損害金の範囲で残存するから、これら残存する債権の範囲において本件請求は理由がある。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 被告による訴訟上の相殺の抗弁に対し原告が訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは、不適法として許されないものと解するのが相当である。けだし、(一) 訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には、相殺の要件を満たしている限り、これにより確定的に相殺の効果が発生するから、これを再抗弁として主張することは妨げないが、訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたことにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるものであるから、相殺の抗弁に対して更に相殺の再抗弁を主張することが許されるものとすると、仮定の上に仮定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定にし、いたずらに審理の錯雑を招くことになって相当でなく、(二) 原告が訴訟物である債権以外の債権を被告に対して有するのであれば、訴えの追加的変更により右債権を当該訴訟において請求するか、又は別訴を提起することにより右債権を行使することが可能であり、仮に、右債権について消滅時効が完成しているような場合であっても、訴訟外において右債権を自働債権として相殺の意思表示をした上で、これを訴訟において主張することができるから、右債権による訴訟上の相殺の再抗弁を許さないこととしても格別不都合はなく、(三) また、民訴法一一四条二項(旧民訴法一九九条二項)の規定は判決の理由中の判断に既判力を生じさせる唯一の例外を定めたものであることにかんがみると、同条項の適用範囲を無制限に拡大することは相当でないと解されるからである。
 2 これを本件についてみると、手形(三)の債権を自働債権として不当利得返還請求債権(一)(二)と相殺する再抗弁の主張は不適法であるから、不当利得返還請求債権(一)(二)全額を自働債権として相殺の効果が生じ、これにより準消費貸借金債権(一)(二)の全額が消滅すると解すべきであって、本件請求は理由がないというべきである。

 四 したがって、これと異なる判断の下に、本件請求を一部認容すべきものとした原判決には、訴訟上の相殺に関する法令の解釈を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上に述べたところからすれば、本件請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、被上告人らの控訴はこれを棄却すべきものである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)


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一部仮名とした。

判例掲載誌  民集52巻3号930頁

判例研究・解説等


証 拠

栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成11年11月12日 第2小法廷 決定(平成11年(許)第2号)


要旨:

 .文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号ハ(平成13年改正前。現同号ニ)所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる。
 1a.銀行の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、民訴法220条4号ハ(現同号ニ)所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり、文書提出命令の対象にならない。

 .民訴法220条4号ハ(現同号ニ)所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当する文書は、同条3号後段の文書(法律関係文書)に該当しない。

/自己利用文書/内部文書/書証/

/民訴.220条4号/

内容:

 件 名 文書提出命令に対する許可抗告事件(破棄自判)

 抗告人 株式会社富士銀行 代理人 海老原元彦 外5名
 相手方 甲野イチロウ 代理人 曽田淳夫 外2名

 原 審 東京高等裁判所 平成10年11月24日第21民事部決定(平成10年(ウ)第774号 )


主    文

 原決定を破棄する。
 相手方の本件申立てを却下する。

理    由

 抗告代理人海老原元彦、同広田寿徳、同竹内洋、同馬瀬隆之、同谷健太郎、同田路至弘の抗告理由について

 一 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
 1 本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成九年(ネ)第五九九八号損害賠償請求事件)は、亡甲野ハルオ(以下「ハルオ」という。)が抗告人から六億五〇〇〇万円の融資を受け、右資金で大和証券株式会社を通じて株式等の有価証券取引を行ったところ、多額の損害を被ったとして、ハルオの承継人である相手方が、抗告人の九段坂上支店長は、ハルオの経済状態からすれば貸付金の利息は有価証券取引から生ずる利益から支払う以外にないことを知りながら、過剰な融資を実行したもので、これは金融機関が顧客に対して負っている安全配慮義務に違反する行為であると主張して、抗告人に対し、損害賠償を求めるものである。
 2 本件は、相手方が、有価証券取引によって貸付金の利息を上回る利益を上げることができるとの前提で抗告人の貸出しの稟議が行われたこと等を証明するためであるとして、抗告人が所持する原決定別紙文書目録記載の貸出稟議書及び本部認可書(以下、これらを一括して「本件文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事件であり、相手方は、本件文書は民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、また、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。

 二 本件申立てにつき、原審は、銀行の貸出業務に関して作成される稟議書や認可書は、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらず、その他、同号に基づく文書提出義務を否定すべき事由は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件申立てには理由があるとして、抗告人に対し、本件文書の提出を命じた。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。
 2 これを本件についてみるに、記録によれば、銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該貸出しを認めるか否かについて表明した意見が記載される文書であること、本件文書は、貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であって、いずれも抗告人がハルオに対する融資を決定する意思を形成する過程で、右のような点を確認、検討、審査するために作成されたものであることが明らかである。
 3 右に述べた文書作成の目的や記載内容等からすると、銀行の貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌たんのない評価や意見も記載されることが予定されているものである。したがって、貸出稟議書は、専ら銀行内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである。そして、本件文書は、前記のとおり、右のような貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であり、本件において特段の事情の存在はうかがわれないから、いずれも「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。

 四 また、本件文書が、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当しないことはいうまでもないところである。

 五 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、相手方の本件申立ては理由がないので、これを却下することとする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 福田 博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷 玄)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーに掲載されていた時のままである。ただし、一部仮名とした。

  民訴法220条4号ハは、平成13年の改正により、同号ニになった。

判例掲載誌  民集53巻8号1787頁

本決定を引用する裁判例

判例研究


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)


要旨:

 .民訴法220条3号後段の文書には、文書の所持者が専ら自己使用のために作成した内部文書は含まれない。
 .教科用図書検定調査審議会作成の、検定申請のあった教科用図書の判定内容を記載した書面及び文部大臣に対する報告書が、専ら文部省内部において使用されることを目的として作成した内部文書というべきであり、民訴法220条3号後段の文書に当たらないとされた事例。

/文書提出命令/自己使用文書/法律関係文書/書証/

/民訴.220条3号/

内容:

 件 名 文書提出命令に対する許可抗告事件(破棄自判)

 原 審 東京高等裁判所平成11年6月9日第3民事部決定(平成11年(ウ)第145号事件)・判例タイムズ1016号236頁


主    文

 原決定主文第一項を破棄する。
 前項の部分につき、相手方の申立てを却下する。

理    由

 抗告代理人佐村浩之、同江口とし子、同新田智昭、同竹中章、同新池谷令、同西謙二、同大須賀滋、同川口泰司、同牧野広司、同月岡英人、同小桐間徳、同森山都留男、同山本有香、同白鳥綱重の抗告理由第三について

 一 記録によれば、本件申立ての経緯等の概要は、次のとおりである。
 1 本件の本案事件(東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第二四六九号損害賠償請求事件)は、高等学校公民科現代社会教科書(以下「本件申請図書」という。)の出版社の教科用図書検定申請に対し、文部省の教科書調査官が検定意見の通知をしたことにつき、当該意見が付された記述部分の執筆者である相手方が、検定制度そのものが違憲であるほか、その制度の運用方法や検定手続が違憲又は違法であり、また、右検定意見の通知とその内容も違法であるとして、抗告人に対し、右検定意見の通知によって右部分の執筆完成を断念させられたことを理由に、国家賠償法一条に基づき慰謝料の支払を求めている事件である。
 2 高等学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書等を使用しなければならないものとされ、その検定手続は、教科用図書検定規則(平成元年文部省令二〇号)、教科用図書検定調査審議会令(昭和二五年政令一四〇号)、教科用図書検定調査審議会規則(昭和三一年一一月三〇日教科用図書検定調査審議会決定)によっている。高等学校の現代社会の教科用図書についての手続の概要は、次のとおりである。
 文部大臣は、検定申請のあった図書が教科用図書として適切かどうかを、文部省に設置され、文部大臣から任命された委員から成る教科用図書検定調査審議会(以下「検定審議会」という。)に諮問する。検定審議会は、諮問に応じて、文部大臣が任命する複数の調査員に申請図書を調査させるが、文部省初等中等教育局に置かれた複数の教科書調査官による調査も併行して行われる。調査員と教科書調査官の調査結果は、検定審議会教科用図書検定調査分科会第二部会現代社会小委員会に報告され、まず小委員会で審議され、その結果は第二部会に報告され、第二部会において審議して議決する。教科用図書検定調査分科会は、第二部会の右議決をもって分科会の議決とすることができ、検定審議会は、分科会の議決を検定審議会の議決とすることができる。検定審議会は、右議決に基づき、文部大臣に対して答申し、文部大臣は、右答申に基づいて、検定の決定又は検定審査不合格の決定をして申請者に通知する。ただし、検定審議会が、必要な修正をさせた上で再度審査を行うことが適当であると認めたときは、文部大臣にその旨報告し、文部大臣は合否の決定を留保してこれを検定意見として申請者に通知する。その通知は、教科書調査官が行う扱いになっている。
 検定意見の通知を受けた申請者が、所定の期間内に検定意見に従って修正した内容を書面により提出すると、文部大臣は、検定審議会の再度の審議を経た答申に基づき検定の決定又は検定審査不合格の決定をする。
 3 一橋出版株式会社は、文部大臣に対し、本件申請図書の検定を申請したところ、検定審議会において、相手方が執筆した「テーマ[6]現在のマス−コミと私たち」及び「テーマ[8]アジアの中の日本」の部分(以下、これらを「本件部分」という。)等について、検定意見を通知して必要な修正が行われた後に再度審査を行うことが適当であるとの議決がされた。文部大臣は、審議会会長から、右議決内容の報告を受け、申請者である一橋出版に対しその旨通知することとし、教科書調査官は、一橋出版の担当者に対し、平成四年一〇月一日、本件部分に対する検定意見を口頭により通知した(以下、通知された検定意見を「本件検定意見」という。)。本件の本案訴訟において、相手方と抗告人との間で、本件検定意見の内容、趣旨等について争われている。
 4 相手方は、教科書調査官が通知した本件検定意見の内容、趣旨等が相手方主張のとおりであることを証明するためには、原決定別紙文書目録一ないし六記載の各文書(以下「本件各文書」といい、それぞれの文書をその番号に従い「本件文書一」などという。)が必要であり、これらは民訴法二二〇条三号後段の文書に該当すると主張して、その提出命令を申し立てた(以下、この申立てを「本件申立て」という。)。
 5 本件申立てに対し、抗告人は、本件各文書は自己使用のための内部文書であり、民訴法二二〇条三号後段の文書には当たらないなどと主張している。

 二 本件申立てにつき、原審は、次のとおり判断して、本件文書五、六のうち本件部分に関する部分の提出を命じ、本件各文書のうちその余は提出を求める必要性がないとして申立てを却下した。
 本件文書五、六は、文部大臣が教科用図書の検定の結論を出すに先だって検定審議会が審議した結果を記載した文書及びその審議結果を文部大臣に答申(報告)した内容を記載した文書であって、特に秘密にしなければならないものではなく、公開によって不都合が生ずるとも考えられず、その内容を検証する必要があるときは一般に公開すべきものである。外部に公表することを目的として作成されたものではないが、本件検定意見を作成する過程において、検定審議会によって職務上作成された公文書であり、後日、内容を検証することなどのために参照されてしかるべきものである。したがって、本件文書五、六は、専ら文部省が内部で使用するための文書であるということはできず、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当する。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 民訴法二二〇条三号後段の文書には、文書の所持者が専ら自己使用のために作成した内部文書(以下「内部文書」という。)は含まれないと解するのが相当である。
 2 これを本件についてみるに、前掲事実に照らせば、本件文書五、六は、検定意見を通知し必要な修正が行われた後に再度審査を行うのが適当であるとの検定審議会の判定内容を記載した書面及び検定審議会がその旨を記載して文部大臣に提出した報告書を指すものと解されるところ、これらはいずれも、検定審議会が、文部大臣の判断を補佐するため、本件申請図書を調査審議し、議決内容を建議するという所掌事務の遂行過程において、本件申請図書の判定内容の記録として(本件文書五)、また、議決した内容を文部大臣に報告する手段として(本件文書六)、文部省内部において使用されるために作成された文書であることが明らかである。これらの文書は、その作成について法令上何ら定めるところはなく、これらを作成するか否か、何をどの程度記載するかは、検定審議会に一任されており、また、申請者等の外部の者に交付するなど記載内容を公表することを予定しているとみるべき特段の根拠も存しない。
 以上のような文書の記載内容、性質、作成目的等に照らせば、本件文書五、六は、文部大臣が行う本件申請図書の検定申請の合否判定の意思を形成する過程において、諮問機関である検定審議会が、所掌事務の一環として、専ら文部省内部において使用されることを目的として作成した内部文書というべきである。
 3 以上によれば、本件文書五、六は、民訴法二二〇条三号後段の文書に当たらず、抗告人は、右規定に基づく文書提出義務を負うものではなく、右各文書の提出を求める相手方の申立ては理由がない。

 四 したがって、これと異なる原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は裁判の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 論旨は理由があり、その余の抗告理由について判断するまでもなく原決定主文第一項は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、同項に関する相手方の申立ては理由がないから、これを却下することとする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

  下記の表記は、原文のままである。

  平成10年1月1日に施行された現行民事訴訟法は、その施行当時に係属中の事件にも適用される(施行規則3条)。ただ、本決定が下された平成12年当時には、220条4号は、公務員の所持する文書には適用されないとされており、本件では同号を提出義務の原因とすることはできなかった。

判例掲載誌  

関連事件

本判決を引用する裁判例


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成12年12月14日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第35号)


要旨:

 信用金庫の理事に対する会員代表訴訟において、原告が信用金庫が所持する貸出稟議書・意見書について文書提出命令の申立てをしたが、却下された事例。

 .信用金庫の貸出稟議書は、信用金庫の会員が代表訴訟において文書提出命令の申立てをした場合であっても、民訴法220条4号ハ(平成13年改正前。現同号ニ)所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり、また、会員代表訴訟を提起した会員は、信用金庫が所持する文書の利用関係において信用金庫と同一視することができる立場に立つものではないから、提出を認めるべき特段の事情があるということはできない。

/書証/

/民訴220条4号/民訴.220条3号/商.267条/信用金庫.39条/

内容:

 件 名 文書提出命令申立却下決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件(破棄自判)

 原 審 東京高等裁判所(平成11年(ラ)第87号)

 意 見


主    文

 一 原決定を破棄し、原々決定に対する抗告を棄却する。
 二 抗告手続の総費用は相手方の負担とする。

理    由

 抗告代理人村田光男の抗告理由について

 一 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
 1 本件の本案事件(東京地方裁判所八王子支部平成八年(ワ)第二三六九号損害賠償請求事件)は、抗告人の会員である相手方が、抗告人の理事であった者らに対し、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反し、十分な担保を徴しないで原々決定別紙融資目録記載の各融資(以下「本件各融資」という。)を行い、抗告人に損害を与えたと主張して、信用金庫法(以下「法」という。)三九条において準用する商法二六七条に基づき、損害賠償を求める会員代表訴訟である。
 2 本件は、相手方が、理事らの善管注意義務違反ないし忠実義務違反を証明するためであるとして、抗告人が所持する原々決定別紙文書目録記載の本件各融資に際して作成された一切の稟議書及びこれらに添付された意見書(以下、これらを一括して「本件各文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事件であり、相手方は、本件各文書は民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、また、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。

 二 原々審は、本件各文書が民訴法二二〇条三号後段の文書に該当せず、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるとして、本件申立てを却下したが、原審は、次のとおり判断して、原々決定を取り消し、本件を原々審に差し戻した。
 信用金庫が所持する稟議書は、本来対外的利用を予定していないものであるが、事務処理の経過と理事等の責任の所在を明らかにすることがその作成目的に含まれている以上、会員代表訴訟の訴訟資料として使用されることはその属性として内在的に予定されているということができるのであり、また、信用金庫自身が理事の責任追及の訴えを提起するときにはこれを証拠として利用することに特段制約があるとは考えられないのであるから、会員の代表訴訟の提起が正当なものである限り、信用金庫が右訴訟を提起した会員に対して稟議書が内部文書である旨主張することは許されない。したがって、本件申立てに対しては、本件各文書の訴訟資料としての必要性や重要性を検討して民訴法二二〇条各号の文書といえるか否かを判断すべきところ、原々決定は、これをせずに本件各文書の提出義務を否定して申立てを却下したものであるから、取消しを免れない。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 記録によれば、本件各文書は、抗告人が本件各融資を決定する過程で作成した貸出稟議書であることが認められるところ、信用金庫の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきであり(最高裁平成一一年(許)第二号同年一一月一二日第二小法廷決定・民集五三巻八号一七八七頁参照)、右にいう特段の事情とは、文書提出命令の申立人がその対象である貸出稟議書の利用関係において所持者である信用金庫と同一視することができる立場に立つ場合をいうものと解される。信用金庫の会員は、理事に対し、定款、会員名簿、総会議事録、理事会議事録、業務報告書、貸借対照表、損益計算書、剰余金処分案、損失処理案、附属明細書及び監査報告書の閲覧又は謄写を求めることができるが(法三六条四項、三七条九項)、会計の帳簿・書類の閲覧又は謄写を求めることはできないのであり、会員に対する信用金庫の書類の開示範囲は限定されている。そして、信用金庫の会員は、所定の要件を満たし所定の手続を経たときは、会員代表訴訟を提起することができるが(法三九条、商法二六七条)、会員代表訴訟は、会員が会員としての地位に基づいて理事の信用金庫に対する責任を追及することを許容するものにすぎず、会員として閲覧、謄写することができない書類を信用金庫と同一の立場で利用する地位を付与するものではないから、会員代表訴訟を提起した会員は、信用金庫が所持する文書の利用関係において信用金庫と同一視することができる立場に立つものではない。そうすると、会員代表訴訟において会員から信用金庫の所持する貸出稟議書につき文書提出命令の申立てがされたからといって、特段の事情があるということはできないものと解するのが相当である。したがって、本件各文書は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件各文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。また、本件各文書が、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当しないことはいうまでもないところである。

 四 以上によれば、原審の前記判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。この趣旨をいう論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、相手方の本件申立てを却下した原々決定は正当であるから、これに対する相手方の抗告を棄却することとする。
 よって、裁判官町田顯の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。


 裁判官町田顯の反対意見は、次のとおりである。

 私も、金融機関の貸出稟議書は、特段の事情がない限り民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するが、本件における貸出稟議書については、右の特段の事情があり、証拠としての必要性が認められる限り、抗告人は、文書提出義務を負うと解すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
 本件の本案事件は、抗告人の会員である相手方が、抗告人の理事であった者らに対し、本件各融資につき善管注意義務違反又は忠実義務違反があったとして、抗告人のため、損害賠償を求める会員代表訴訟である。
 ところで、信用金庫は、会員の出資による協同組織の非営利法人であり(法一条)、会員は、当該信用金庫の営業地域内に住居所又は事業所を有する者(一定規模以上の事業者を除く。)及びその地域内において勤労に従事する者で、定款で定めるものに限られ(法一〇条)、加入及び持分の譲渡については信用金庫の承諾を要し(法一三条、一五条)、定款で定める事由に該当する場合には総会の議決によって除名されること(法一七条三項)、信用金庫は、預金等の受信業務は会員以外の者からも受け入れることができるが、貸出業務は原則として会員に対してのみ行うことができるものとされていること(法五三条)、会員は出資口数にかかわらず平等に一箇の議決権を有すること(法一二条)など、会員による人的結合体たる性格を帯有する。
 そして、会員代表訴訟は、右のような性質を持つ会員が、信用金庫のため(法三九条、商法二六七条二項)、その任務を怠った理事の責任(法三五条)を追及することを目的とするものであるから、これらを全体としてみれば、信用金庫の会員代表訴訟は、協同組織体内部の監視、監督機能の発動であると解するのが相当である。
 金融機関の貸出稟議書は、当該金融機関が貸出しを行うに当たり、組織体として、意思決定の適正を担保し、その責任の所在を明らかにすることを目的として作成されるものと解されるから、貸出稟議書は、貸出しに係る意思形成過程において重要な役割を果たすとともに、当該組織体内において、後に当該貸出しの適否が問題となり、その責任が問われる場合には、それを検証する基本的資料として利用されることが予定されているものというべきである。
 信用金庫における会員代表訴訟の前記の性質と貸出稟議書の右のような役割よりすれば、信用金庫の貸出稟議書は、会員代表訴訟において利用されることが当然に予定されているものというべきであり、本件のように理事の貸出行為の適否が問題とされる信用金庫の会員代表訴訟においては、当該貸出しに係る貸出稟議書は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないと解すべき特段の事情があって、民訴法二二〇条四号の規定により、その所持者である抗告人に対し、提出を命ずることができるものと解すべきである。
 もっとも、相手方は、本件各融資に際して作成された一切の稟議書及びこれらに添付された意見書の提出を求めるものであるところ、これらは本来外部に開示されることが予定されていないものであるから、その提出を命ずるに当たっては、当該訴訟の判断のため真に必要なものに限られるべきことは当然であって、受訴裁判所としては、証拠としての必要性について慎重な判断をしなければならない。
 よって、これと同旨の原決定は正当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきである。


(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久)


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  民訴法220条4号ハは、平成13年の改正により、同号ニになった。

判例掲載誌  民集54巻9号2709頁

関連事件

本決定を引用する裁判例


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成16年11月26日 第2小法廷 決定(平成16年(許)第14号)


要旨:

 破綻した損害保険会社の旧役員等の経営責任を明らかにするために金融監督庁長官の命令に基づき保険管理人が設置した弁護士及び公認会計士による調査委員会の調査報告書について,文書提出命令の申立てが認容された事例。

 .ある文書が,作成の目的,記載の内容,現在の所持者がこれを所持するに至るまでの経緯などの事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成されたものであり,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されることによって個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思の形成が阻害されたりするなど,開示によってその文書の所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる。(前提の議論について先例の確認)
 1a.破綻した損害保険会社の旧役員等の経営責任を明らかにするために金融監督庁長官の命令に基づき保険管理人が設置した弁護士及び公認会計士による調査委員会の調査報告書について,報告書は専ら抗告人の内部で利用するために作成されたものではなく,また,調査の目的からみて旧役員等の経営責任とは無関係な個人のプライバシー等に関する事項が記載されるものではないこと,及び,調査委員会は,保険管理人が,金融監督庁長官の命令に基づいて設置したものであり,保険契約者等の保護という公益のために調査を行うものということができることに照らすと,報告書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないと判断された事例。

 .民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいう。
 2a.金融監督庁長官の命令に基づき損害保険会社の旧役員の経営責任を明らかにするために保険管理人が設置した弁護士及び公認会計士による調査委員会の調査報告書は,民訴法220条4号ハ所定の「第197条第1項第2号に規定する事実で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」には当たらないとされた事例。

/破たん/書証/証拠/

/参照条文/民訴.197条1項2号/民訴.220条4号/

内容:

 件 名 文書提出命令申立て一部認容決定に対する許可抗告事件(棄却)

 抗告人(相手方/本案事件の本訴被告・反訴原告)  第一火災海上保険相互会社 代理人 相原亮介 ほか
 相手方(申立人/本案事件の本訴原告・反訴被告)  ジブラルタル生命保険株式会社 代理人 関口保太郎 ほか

 原 審 東京高等裁判所 平成16年6月8日 決定(平成15年(ウ)第1222号)


主    文

 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。

理    由

 第1 事案の概要

 1 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。
 (1) 本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成15年(ネ)第833号損害賠償請求本訴,利益配当金支払請求反訴事件)のうち,本訴請求事件は,生命保険事業を営む株式会社である相手方が,損害保険事業を営む相互会社である抗告人を被告として,抗告人から抗告人についての虚偽の会計情報を提供されたことにより抗告人に対し300億円の基金を拠出させられたなどとして,不法行為による損害賠償を求めるものであり,反訴請求事件は,抗告人が,相手方を被告として,相手方の株主たる地位に基づく利益配当金の支払を求めるものである。
 本件は,相手方が,抗告人の旧役員らが故意又は過失により虚偽の財務内容を公表し,真実の財務内容を公表しなかったという事実を証明するためであると主張して,抗告人が所持する原決定別紙文書目録記載1の調査報告書(以下「本件文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事案である。抗告人は,本件文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり,かつ,同号ハ所定の「第197条第1項第2号に規定する事実で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」に当たると主張している。
 (2) 抗告人は,平成12年5月1日,金融監督庁長官により,保険業法(平成11年法律第160号による改正前のもの)313条1項,241条に基づき,業務の一部停止命令並びに保険管理人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受け,公認会計士真砂由博及び弁護士山岸良太が保険管理人(以下「本件保険管理人」という。)に選任された。
 金融監督庁長官は,同法313条1項,242条3項に基づき,本件保険管理人に対し,抗告人の破たんにつき,その旧役員等の経営責任を明らかにするため,弁護士,公認会計士等の第三者による調査委員会を設置し,調査を行うことを命じた。これを受けて本件保険管理人は,同月25日,弁護士及び公認会計士による調査委員会(以下「本件調査委員会」という。)を設置した。本件調査委員会は,抗告人の従業員等から,任意に資料の提出を受けたり,事情を聴取するなどの方法によって調査を進め,その調査の結果を記載した本件文書を作成して,本件保険管理人に提出した。本件保険管理人は,本件文書等に基づき,平成13年3月29日,抗告人の経営難が平成7年から始まったことを公表するとともに,抗告人が,平成11年3月に関係会社に対し所有不動産を時価よりも高い価格で売却し,決算で利益を計上し,税金9億3000万円を支払ったこと,平成12年3月に債務超過であったにもかかわらず基金を拠出していた企業に利息を支払ったことなどにつき,旧役員11名に対し,21億2075万円の損害賠償請求をすることを公表した。抗告人は,平成13年4月1日,保険契約の全部を他に移転したことにより,保険業法152条3項1号に基づき解散した。

 2 原審は,本件文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないし,本件保険管理人が本件文書等に基づき旧役員に対する損害賠償請求をすることを公表したことによって本件文書に記載された事実につき黙秘の義務が免除されたものであるから,同号ハ所定の「第197条第1項第2号に規定する事実で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」にも当たらないなどと判断して,抗告人に対して本件文書の提出を命じた。

 第2 抗告代理人相原亮介ほかの抗告理由第2について

 ある文書が,作成の目的,記載の内容,現在の所持者がこれを所持するに至るまでの経緯などの事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成されたものであり,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されることによって個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思の形成が阻害されたりするなど,開示によってその文書の所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。
 これを本件についてみるに,前記第1の1(2)記載の本件の経緯等によれば,次のことが明らかである。

 1 本件保険管理人は,金融監督庁長官から,保険業法(平成11年法律第160号による改正前のもの)313条1項,242条3項に基づき,抗告人の破たんにつき,その旧役員等の経営責任を明らかにするため,調査委員会を設置し,調査を行うことを命じられたので,上記命令の実行として,弁護士及び公認会計士を委員とする本件調査委員会を設置し,本件調査委員会に上記調査を行わせた。本件文書は,本件調査委員会が上記調査の結果を記載して本件保険管理人に提出したものであり,法令上の根拠を有する命令に基づく調査の結果を記載した文書であって,専ら抗告人の内部で利用するために作成されたものではない。また,本件文書は,調査の目的からみて,抗告人の旧役員等の経営責任とは無関係な個人のプライバシー等に関する事項が記載されるものではない。

 2 保険管理人は,保険会社の業務若しくは財産の状況に照らしてその保険業の継続が困難であると認めるとき,又はその業務の運営が著しく不適切であり,その保険業の継続が保険契約者等の保護に欠ける事態を招くおそれがあると認めるときに,金融監督庁長官によって,保険会社の業務及び財産の管理を行う者として選任されるものであり(同法313条1項,241条),保険管理人は,保険業の公共性にかんがみ,保険契約者等の保護という公益のためにその職務を行うものであるということができる。また,本件調査委員会は,本件保険管理人が,金融監督庁長官の上記命令に基づいて設置したものであり,保険契約者等の保護という公益のために調査を行うものということができる。

 以上の点に照らすと,本件文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。なお,所論引用の最高裁平成11年(許)第26号同12年3月10日第一小法廷決定・裁判集民事197号341頁は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用することができない。

 第3 同第3について

 民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいうと解するのが相当である。前記のとおり,本件文書は,法令上の根拠を有する命令に基づく調査の結果を記載した文書であり,抗告人の旧役員等の経営責任とは無関係なプライバシー等に関する事項が記載されるものではないこと,本件文書の作成を命じ,その提出を受けた本件保険管理人は公益のためにその職務を行い,本件文書を作成した本件調査委員会も公益のために調査を行うものであること,本件調査委員会に加わった弁護士及び公認会計士は,その委員として公益のための調査に加わったにすぎないことにかんがみると,本件文書に記載されている事実は,客観的にみてこれを秘匿することについて保護に値するような利益を有するものとはいえず,同号所定の「黙秘すべきもの」には当たらないと解するのが相当である。
 したがって,本件文書は,同法220条4号ハ所定の「第197条第1項第2号に規定する事実で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」には当たらないというべきである。所論の点に関する原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷 玄 裁判官 津野 修)


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  本件は,最高裁判所のWebサーバーの「最近の最高裁判決」に掲載されていたものである。「主文」以下の内容は,若干のレイアウト変更を除き,サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

判例掲載誌  民集58巻8号2393頁

メモ  判決理由中の「第2 抗告代理人相原亮介ほかの抗告理由第2について」の2において,調査が公益のためになされたことが指摘され,その点も考慮して本件文書は専自己利用文書には該当しないとされている。これは,その前の一般論(外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示によってその文書の所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがある場合には,専自己利用文書に該当する)には包摂されていない要素であろう。これは,自己専利用文書に該当しないことを補強するために付加された要素と見てよいであろうか。

本件を引用する裁判例


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成17年10月14日 第3小法廷 決定(平成17年(許)第11号)


要旨:

 労働災害により死亡した労働者の遺族が会社に対して提起した損害賠償請求訴訟において,当該事故について労働基準監督官が調査して作成した労働基準監督署長宛の報告書である災害調査復命書について,文書提出命令の申立てがなされた場合に,復命書に記載されている{1}事業場の安全管理体制,労災事故の発生状況,発生原因等の会社にとっての私的な情報に係る部分も,{2}再発防止策,行政上の措置についての調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報に係る部分も民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるとされ,{2}の部分については,民訴法220条4号ロ所定の「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」が具体的に存在することが明らかであるとして,提出義務が否定され,{1}の部分については,そのおそれが具体的に存在するということはできないとして,提出義務が肯定された事例。

 .民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいう。
 1a.「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる。

 .民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要である。
 2a.災害調査復命書中の「再発防止策,行政上の措置についての調査担当者の意見,署長判決及び意見等」は,行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されたものであり,その記載内容に照らして,これが本案事件(労災事故により死亡した労働者の遺族が会社に対して提起した損害賠償請求訴訟)において提出されると,行政の自由な意思決定が阻害され,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在することが明らかであり,したがって「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しないとはいえないとして,提出義務が否定された事例。(注:「該当しないとはいえない」の部分は,証明責任の分配を考慮した措辞であろう)
 2b.労災事故の調査にあたった労働基準監督官が職務上知ることができた事業場の安全管理体制,労災事故の発生状況,発生原因等の被告会社にとっての私的な情報は,労働基準監督署長が事業者・労働者等に対して罰則付の出頭命令の権限等を有すること等を考慮すると,それを記載した調査復命書の部分が本案事件において提出されることによって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできず,したがつて「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しないとして,提出義務が肯定された事例。

 .労働基準監督官が作成する災害調査復命書は,厚生労働省内において組織的に利用される内部文書であって,公表を予定していないものと認められる。

/書証/部分的開示命令/

/参照条文/民事訴訟法:220条1項4号;197条1項1号/

内容:

 件 名 文書提出命令に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件(破棄差戻し)

 抗告人(原審相手方、申立人) **** ほか1名  代理人 鳥毛美範
 相手方(原審抗告人、相手方) 国  代理人 栗田裕正

 原々審 金沢地方裁判所 平成16年3月10日 決定
 原 審 名古屋高等裁判所 平成17年3月24日金沢支部 決定 (平成16年(ラ)第28号)


主    文

 原決定を破棄する。
 本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理    由

 抗告代理人鳥毛美範の抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
 (1) 本件の本案事件は,抗告人らが,有限会社有川製作所(以下「被告会社」という。)に対し,被告会社に工員として勤務していた抗告人らの子が被告会社の工場である本件事業場において就業中に本件労災事故に遭って死亡したとして,安全配慮義務違反等に基づいて損害賠償を求める事件である。被告会社は,十分な労働安全対策を講じていたなどと主張して,抗告人らの請求を争っている。
 (2) 抗告人らは,本案事件において,本件労災事故に係る調査の概要,調査報告書作成の有無等について,金沢労働基準監督署に対する調査嘱託の申立てをした。そして,金沢労働基準監督署長は,調査嘱託に対する回答書において,災害調査の概要,事業場から改善の報告を受けている事項を回答するとともに,本件労災事故につき「災害調査復命書」を作成しており,その記載内容(要旨)は同回答書に災害調査の概要として記載したとおりである旨の回答をした。
 (3) 抗告人らは,本件労災事故の事実関係を具体的に明らかにするためには,上記回答書の原資料の提出が必要であるとして,民訴法220条3号又は4号に基づき,相手方に対し,本件労災事故の災害調査復命書である原々決定別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)につき,文書提出命令の申立てをした。
 相手方は,本件文書を提出しなければならないとすると,労働安全衛生関係法令の履行確保を図るという行政事務,労働災害の発生原因を調査し同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するという労働災害調査に係る事務の適正かつ円滑な実施が困難になるとして,本件文書は民訴法220条4号ロ所定の「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当し,これを提出すべき義務を負わないと主張した。

 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 災害調査復命書は,特定の労働災害が発生した場合に,労働基準監督官,産業安全専門官等の調査担当者が,労働安全衛生法の規定に基づいて,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査し,又は作業環境測定を行うなどし(同法91条,94条),また,関係者の任意の協力を得たりして,労働災害の発生原因を究明し,同種災害の再発防止策等を策定するために,調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ,労働基準監督署長に対し,その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出されるものである。労働基準監督署長は,これを基に労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断し,また,その写しを都道府県労働局を通じて厚生労働省に送付している。そして,都道府県労働局や厚生労働省においては,これらを集約して再発防止のための通達を発出したり法令改正等を行うなど,災害調査復命書を各種の施策を検討するための基礎資料として活用している。
 (2) 本件文書は,石川労働局所属の労働基準監督官2名(以下「本件調査担当者」という。)が,本件事業場における2回の調査を含め,2か月間にわたり調査した結果を取りまとめたものであり,上記(1)の目的で,本件調査担当者から金沢労働基準監督署長に対する復命書として作成されたものである。その記載項目は,「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」,「災害発生状況」,「災害発生原因及び災害防止のために講ずべき対策等」等である。
 本件調査担当者は,本件労災事故の発生したその日のうちに本件事業場に立ち入り,労働者Aの協力の下,本件労災事故の発生状況について概括的な供述を聴取するとともに,関係書類の提出を受け,本件労災事故の現場の計測と写真撮影を行い,現場に残されていた物件を見分するなどし,また,その5日後,本件事業場の2階事務所において,被告会社の代表取締役有川和孝並びに労働者B及びCから,本件労災事故発生時の状況の説明,関係資料の提出とその説明を受けた。
 本件文書の記載事項のうち,「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」は,主に,上記代表取締役及び上記労働者らから聴取した内容に基づいて記載され,「災害発生状況」は,上記聴取内容のほか,被告会社から提出を受けた関係資料,本件事業場における計測,見分等を基に,本件調査担当者が推測,評価等を加えた結果が記載され,「災害発生原因」は,上記聴取内容,関係資料,見分等を基に,本件調査担当者が推測,分析した結果が記載されている。もっとも,本件文書には,上記聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されている。また,本件文書には,他に,再発防止策,行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見,その他の参考事項も記載されている。
 (3) 上記労働者らは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示している。

 3 原々審は,本件申立てを認容したが,原審は,次のとおり説示して,原々決定を取り消し,本件申立てを却下した。
 (1) 本件文書の記載内容が「公務員の職務上の秘密」に当たるというためには,単に非公知の事項であるというだけでなく,実質的にも秘密として保護するに値すると認められることが必要であり,また,「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」というためには,それが公開されることにより公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在しなければならないと解される。
 (2) 本件文書には,本件事業場の安全衛生管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等について,事業者及び労働者らからの聴取内容等の関係証拠に基づき,本件調査担当者の証拠評価や所見に至る思考過程,再発防止策,行政指導の措置内容に対する意見,署長判決等が記載されており,それ自体は性質上外部への公表を予定していない文書と認められる。本件文書のような災害調査復命書が民事訴訟の証拠として使用され,その記載内容や調査担当者の評価等が争われることになれば,調査担当者において以後記載する内容や表現を簡素化したり,意見にわたる部分の記載を控えたりするなどの影響を受けざるを得ず,上記2(1)の目的のための率直な意見の記載が妨げられたり意思決定の中立性が損なわれるおそれが高いと認められる。また,一般に,労働者や下請業者等の関係者が労働災害に関する情報を提供した場合に,情報提供の事実や提供した情報の内容が容易に公開されることになると,関係者の中には,情報提供により不利益を被った事業者から報復されることを恐れて,災害調査の場面において調査担当者の事情聴取に対し不十分な情報提供しか行わないといった対応をするおそれも否定できないところ,本件文書の作成に当たって情報の提供をした労働者A,B及びCは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示しているのであるから,その公開によって調査担当者との信頼関係が損なわれ,ひいては同種災害調査における事業場の安全管理体制や災害発生原因の特定に関し極めて重要である関係者からの聴取に支障を来すおそれがあることも認められる。
 (3) 以上によれば,本件文書は,非公知かつ実質的に秘密として保護するに値する内容が記載された公務員の職務上の秘密に関する文書で,その公開により労働災害の発生原因の究明や同種災害の再発防止策の策定等に著しい支障を来すおそれがあり,公務の遂行に著しい支障を来すおそれが具体的に存在すると認められるから,相手方は本件文書の提出を拒むことができる。

 4 しかしながら,原審の上記(2),(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解すべきである(最高裁昭和48年(あ)第2716号同52年12月19日第二小法廷決定・刑集31巻7号1053頁,最高裁昭和51年(あ)第1581号同53年5月31日第一小法廷決定・刑集32巻3号457頁参照)。そして,上記「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解すべきである。
 前記事実関係によれば,(ア) 本件文書は,本件調査担当者が本件労災事故の発生原因を究明し,同種災害の再発防止策の策定等をするために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ,金沢労働基準監督署長に対し,その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出された災害調査復命書であること,(イ) 災害調査復命書は,労働基準監督署長が労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断するために利用されるほか,都道府県労働局や厚生労働省において,再発防止のための各種の施策を検討するための基礎資料として利用されていること,(ウ) 本件文書には,{1}「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」,「災害発生状況」,「災害発生原因」について,本件調査担当者において,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容,被告会社から提供を受けた関係資料,本件事業場内での計測,見分等に基づいて推測,評価,分析した事項が記載されているほか,{2}再発防止策,行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等が記載されていること,(エ) 上記労働者らは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示していることが認められる。
 以上に照らせば,本件文書は,{1}本件調査担当者が職務上知ることができた本件事業場の安全管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等の被告会社にとっての私的な情報(以下「{1}の情報」という。)と,{2}再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報(以下「{2}の情報」という。)が記載されているものであり,かつ,厚生労働省内において組織的に利用される内部文書であって,公表を予定していないものと認められる。そして,本件文書のうち,{2}の情報に係る部分は,公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであると認められ,また,{1}の情報に係る部分は,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであるが,これが本案事件において提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるから,{1},{2}の情報に係る部分は,いずれも,民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるものと認められる。
 (2) 次に,民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきである。
 本件文書のうち,{2}の情報に係る部分は,上記のとおり,行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されたものであり,その記載内容に照らして,これが本案事件において提出されると,行政の自由な意思決定が阻害され,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在することが明らかである。しかしながら,{1}の情報に係る部分は,上記のとおり,これが本案事件において提出されると,関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるものではあるが,(ア) 本件文書には,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容がそのまま記載されたり,引用されたりしているわけではなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,(イ) 調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があり(労働安全衛生法91条,94条),労働基準監督署長等には,事業者,労働者等に対し,必要な事項を報告させ,又は出頭を命ずる権限があり(同法100条),これらに応じない者は罰金に処せられることとされていること(同法120条4号,5号)などにかんがみると,{1}の情報に係る部分が本案事件において提出されても,関係者の信頼を著しく損なうことになるということはできないし,以後調査担当者が労働災害に関する調査を行うに当たって関係者の協力を得ることが著しく困難となるということもできない。また,上記部分の提出によって災害調査復命書の記載内容に実質的な影響が生ずるとは考えられない。したがって,{1}の情報に係る部分が本案事件において提出されることによって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできない。
 そうすると,本件文書のうち,{2}の情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の「その提出により(中略)公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しないとはいえないが,{1}の情報に係る部分はこれに該当しないというべきであるから,本件文書のうち,{2}の情報に係る部分については同号に基づく提出義務が認められないが,{1}の情報に係る部分については上記提出義務が認められなければならない。
 (3) 以上によれば,本件文書について,{1}の情報に係る部分と{2}の情報に係る部分とを区別せず,その全体が民訴法220条4号ロ所定の文書に当たるとして相手方の提出義務を否定した原審の判断には裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,本件文書のうち{1}の情報に係る部分の特定等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男)


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判例掲載誌  民集50巻8号2265頁

本判決を引用する裁判例

本件の判例研究等


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成18年10月3日 第3小法廷 決定(平成18年(許)第19号)


要旨:

 アメリカ合衆国政府職員により日本の国税庁職員に不当な情報開示がなされ,開示された情報に基づく報道により株価が下落したことにより損害を受けたこと等を理由とする合衆国政府に対する損害賠償請求訴訟において,合衆国連邦裁判所が,その開示(ディスカバリー)手続の国際司法共助事件として,日本の裁判所に,当該報道に関する取材活動をしたNHK記者に対する証人尋問を嘱託した場合に,取材源の特定に関する質問事項について,それが職業の秘密に当たることを理由に証言を拒絶することが認められた事例。

 .報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。
 1a.取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきである。
 1b.報道が公共の利益に関するものであって,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく,しかも,当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には,当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり,証人は,原則として,当該取材源に係る証言を拒絶することができる。

 2.報道が公共の利害に関することが明らかであり,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるようなものであるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情はうかがわれず,一方,嘱託証人尋問の基本事件は,株価の下落,配当の減少等による損害の賠償を求めているものであり,社会的意義や影響のある重大な民事事件であるかどうかは明らかでなく,また,基本事件の手続がいまだ開示(ディスカバリー)の段階にあり,公正な裁判を実現するために当該取材源に係る証言を得ることが必要不可欠であるといった事情も認めることはできない場合に,記者は民訴法197条1項3号に基づき取材源に関する証言を拒むことができるとされた事例。

/報道のための取材の自由/証言拒絶権/

/参照条文/憲.21条/民訴.197条1項3号/

内容:

 件 名 証拠調べ共助事件における証人の証言拒絶についての決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(棄却)

 原 審 東京高等裁判所平成18年3月17日(平成17年(ラ)第1722号)


主    文

 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人らの負担とする。

理    由

 抗告代理人松尾翼,同松本貴一朗,同青木龍一の抗告理由について

 1 抗告人らは,アメリカ合衆国を被告として合衆国アリゾナ州地区連邦地方裁判所に提起した損害賠償請求事件(以下「本件基本事件」という。)における開示(ディスカバリー)の手続として,日本に居住する相手方の証人尋問を申請した。そこで,同裁判所は,この証人尋問を日本の裁判所に嘱託し,同証人尋問は,国際司法共助事件として新潟地方裁判所(原々審)に係属した。記者として本件基本事件の紛争の発端となった報道に関する取材活動をしていた相手方は,原々審での証人尋問において,取材源の特定に関する証言を拒絶し,原々審はその証言拒絶に理由があるものと認めた。これに対し,抗告人らは,上記証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて抗告したが,原審がこれを棄却したために,当審への抗告の許可を申し立て,これが許可されたものである。

 2 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。
 (1) A社(以下「A社」という。)は,健康・美容アロエ製品を製造,販売する企業グループの日本における販売会社である。抗告人X は,上記企業グループ1の合衆国における関連会社であり,その余の抗告人らは,A社の社員持分の保有会社,その役員等である。
 (2) 日本放送協会(以下「NHK」という。)は,平成9年10月9日午後7時のニュースにおいて,A社が原材料費を水増しして77億円余りの所得隠しをし,日本の国税当局から35億円の追徴課税を受け,また,所得隠しに係る利益が合衆国の関連会社に送金され,同会社の役員により流用されたとして,合衆国の国税当局も追徴課税をしたなどの報道をし(以下「本件NHK報道」という。),翌日,主要各新聞紙も同様の報道をし,合衆国内でも同様の報道がされた(以下,これらの報道を一括して「本件報道」という。)。相手方は,本件NHK報道当時,記者として,NHK報道局社会部に在籍し,同報道に関する取材活動をした。
 (3) 抗告人らは,合衆国の国税当局の職員が,平成8年における日米同時税務調査の過程で,日本の国税庁の税務官に対し,国税庁が日本の報道機関に違法に情報を漏えいすると知りながら,無権限でしかも虚偽の内容の情報を含むA社及び抗告人らの徴税に関する情報を開示したことにより,国税庁の税務官が情報源となって本件報道がされ,その結果,抗告人らが,株価の下落,配当の減少等による損害を被ったなどと主張して,合衆国を被告として,上記連邦地方裁判所に対し,本件基本事件の訴えを提起した。
 (4) 本件基本事件は開示(ディスカバリー)の手続中であるところ,上記連邦地方裁判所は,今後の事実審理(トライアル)のために必要であるとして,平成17年3月3日付けで,二国間共助取決めに基づく国際司法共助により,我が国の裁判所に対し,上記連邦地方裁判所の指定する質問事項について,相手方の証人尋問を実施することを嘱託した。
 (5) 上記嘱託に基づき,平成17年7月8日,相手方の住所地を管轄する原々審において相手方に対する証人尋問が実施されたが,相手方は,上記質問事項のうち,本件NHK報道の取材源は誰かなど,その取材源の特定に関する質問事項について,職業の秘密に当たることを理由に証言を拒絶した(以下「本件証言拒絶」という。)。
 (6) 原々審は,抗告人ら及び相手方を書面により審尋した上,本件証言拒絶に正当な理由があるものと認める決定をし,抗告人らは,本件証言拒絶に理由がないことの裁判を求めて原審に抗告したが,原審は,報道関係者の取材源は民訴法197条1項3号所定の職業の秘密に該当するなどとして,本件証言拒絶には正当な理由があるものと認め,抗告を棄却した。

 3 民訴法は,公正な民事裁判の実現を目的として,何人も,証人として証言をすべき義務を負い(同法190条),一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条,197条)。そして,同法197条1項3号は,「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には,証人は,証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは,その事項が公開されると,当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。もっとも,ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても,そのことから直ちに証言拒絶が認められるものではなく,そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められると解すべきである。そして,保護に値する秘密であるかどうかは,秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。
 報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。そして,当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。
 そして,この比較衡量にあたっては,次のような点が考慮されなければならない。
 すなわち,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕するものである。したがって,思想の表明の自由と並んで,事実報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。また,このような報道機関の報道が正しい内容を持つためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和44年(し)第68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)。取材の自由の持つ上記のような意義に照らして考えれば,取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有するというべきである。そうすると,当該報道が公共の利益に関するものであって,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく,しかも,当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には,当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり,証人は,原則として,当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。

 4 これを本件についてみるに,本件NHK報道は,公共の利害に関する報道であることは明らかであり,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるようなものであるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情はうかがわれず,一方,本件基本事件は,株価の下落,配当の減少等による損害の賠償を求めているものであり,社会的意義や影響のある重大な民事事件であるかどうかは明らかでなく,また,本件基本事件はその手続がいまだ開示(ディスカバリー)の段階にあり,公正な裁判を実現するために当該取材源に係る証言を得ることが必要不可欠であるといった事情も認めることはできない。
 したがって,相手方は,民訴法197条1項3号に基づき,本件の取材源に係る事項についての証言を拒むことができるというべきであり,本件証言拒絶には正当な理由がある。
 以上によれば,所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平)


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  本件は,最高裁判所のWebサーバーにPDF形式で掲載されていたものである。「主文」以下の内容は,若干のレイアウト変更を除き,サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

判例掲載誌  

本決定を引用する裁判例

本件の判例研究等


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成19年12月11日 第3小法廷 決定(平成19年(許)第23号)


要旨:

 共同相続人の一人が被相続人名義の預金口座から預貯金の払い戻しを受けたことに関連して,この共同相続人に対して他の共同相続人が遺留分減殺請求権を行使したとして提起した訴訟において,原告が被告と金融機関との間の平成5年からの取引履歴が記載されている取引明細表を金融機関に提出させる文書提出命令を申し立てた場合に,その申立てが認められた事例。

 .金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない。

 .金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。

 .顧客自身が民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されない。
 3a.金融機関は,その顧客との取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえず,これについて顧客との関係において守秘義務を負っているにすぎず,文書提出命令の申立てに係る取引履歴明細表は,本案の訴訟当事者である顧客が所持しているとすれば,民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず,提出義務の認められる文書であるから,金融機関が本案訴訟において本件明細表を提出しても,守秘義務に違反するものではないというべきであり,したがって本件明細表は,職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえないから,金融機関は取引明細表の提出を拒否することはできないとされた事例。

/書証/

/参照条文/民訴.220条4号ハ/民訴.197条1項3号/

内容:

 件 名 文書提出命令に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件(破棄自判)

 原 審 名古屋高等裁判所 平成19年3月14日 判決(平成19年(ラ)第26号)

 意 見


主    文

 原決定を破棄し,原々決定に対する抗告を棄却する。
 抗告手続の総費用は相手方の負担とする。

理    由

 抗告代理人城正憲ほかの抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
 (1) 本件の本案の請求は,Aの相続人である抗告人らが,同じく相続人であるBに対し,遺留分減殺請求権を行使したとして,Aの遺産に属する不動産につき共有持分権の確認及び共有持分移転登記手続を,同じく預貯金につき金員の支払等を求めるものである。上記本案訴訟においては,BがAの生前にその預貯金口座から払戻しを受けた金員はAのための費用に充てられたのか,それともBがこれを取得したのかが争われている。
 (2) 抗告人らは,BがA名義の預金口座から預貯金の払戻しを受けて取得したのはAからBへの贈与による特別受益に当たる,あるいは,上記払戻しによりBはAに対する不当利得返還債務又は不法行為に基づく損害賠償債務を負ったと主張し,Bがその取引金融機関である相手方(平田支店取扱い)に開設した預金口座に上記払戻金を入金した事実を立証するために必要があるとして,相手方に対し,Bと相手方平田支店との間の平成5年からの取引履歴が記載された取引明細表(以下「本件明細表」という。)を提出するよう求める文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。相手方は,本件明細表の記載内容が民訴法220条4号ハ,197条1項3号に規定する「職業の秘密」に該当するので,その提出義務を負わないなどと主張して争っている。

 2 原々審は,本件明細表が職業の秘密を記載した文書に当たると認めることはできないとして,抗告人らの本件申立てを認容した。これに対し,原審は,次のとおり判断して,原々決定を取り消し,本件申立てを却下した。
 金融機関は,顧客との取引及びこれに関連して知り得た当該顧客に関する情報を秘密として管理することによって顧客との間の信頼関係を維持し,その業務を円滑に遂行しているのであって,これを公開すれば,顧客が当該金融機関との取引を避けるなど,業務の維持遂行に困難を来すことが明らかである。金融機関は,顧客との取引内容を明確にする目的で取引履歴を記載した明細表を作成するのであり,取引の当事者以外の者に取引履歴を開示することを予定しておらず,これについて顧客の秘密を保持すべき義務があるから,この義務に反したときには,顧客一般の信頼を損ない,取引を拒否されるなどの不利益を受け,将来の業務の維持遂行が困難となる可能性がある。本件において,Bとの取引の全容が明らかになるような本件明細表が職業の秘密を記載した文書に当たることは明らかである。また,文書の提出を拒否できるか否かを検討するに際しては,真実発見及び裁判の公正も考慮されるべきであるが,本件申立ては,探索的なものといわざるを得ないのであり,いまだ,本件明細表が真実発見及び裁判の公正を実現するために不可欠のものとはいえない。したがって,相手方は,民訴法220条4号ハ,197条1項3号に基づき本件明細表の提出を拒否することができる。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない。しかしながら,金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。
 これを本件についてみるに,本件明細表は,相手方とその顧客であるBとの取引履歴が記載されたものであり,相手方は,同取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえず,これについてBとの関係において守秘義務を負っているにすぎない。そして,本件明細表は,本案の訴訟当事者であるBがこれを所持しているとすれば,民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず,提出義務の認められる文書であるから,Bは本件明細表に記載された取引履歴について相手方の守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有さず,相手方が本案訴訟において本件明細表を提出しても,守秘義務に違反するものではないというべきである。そうすると,本件明細表は,職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえないから,相手方は,本件申立てに対して本件明細表の提出を拒否することはできない。

 4 以上によれば,原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,抗告人らの本件申立てを認容した原々決定は正当であるから,原々決定に対する相手方の抗告を棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。


 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 本件は,金融機関が顧客との取引によって得た顧客情報に係る文書の提出命令を求める事案であり,法廷意見は,本件文書は,民訴法197条1項3号の職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書に該らないとして原決定を破棄すべきものとしたが,原決定が,本件文書は,同号の職業の秘密を記載した文書に該るとしているところから,顧客情報と職業の秘密との関係について,以下に私の意見を述べる。
 金融機関は,顧客との取引を通じて,取引内容に関する情報や取引に関連して顧客の様々な情報を取得する(以下,これらを併せて「顧客情報」という。)。これらの顧客情報は,おおむね次のように分類される。{1}取引情報(預金取引や貸付取引の明細,銀行取引約定書,金銭消費貸借契約書等),{2}取引に付随して金融機関が取引先より得た取引先の情報(決算書,附属明細書,担保権設定状況一覧表,事業計画書等),{3}取引過程で金融機関が得た取引先の関連情報(顧客の取引先の信用に関する情報,取引先役員の個人情報等),{4}顧客に対する金融機関内部での信用状況解析資料,第三者から入手した顧客の信用情報等。このうち,{1},{2}は,顧客自身も保持する情報であるが,{3},{4}は金融機関独自の情報と言えるものである。
 ところで,金融機関は,顧客との間で顧客情報について個別の守秘義務契約を締結していない場合であっても,契約上(黙示のものを含む。)又は商慣習あるいは信義則上,顧客情報につき一般的に守秘義務を負い,みだりにそれを外部に漏らすことは許されないと解されているが,その義務の法的根拠として挙げられている諸点から明らかなように,それは当該個々の顧客との関係での義務である。時として,金融機関が,顧客情報について全般的に守秘義務を負うとの見解が主張されることがあるが,それは個々の顧客との一般的な守秘義務の集積の結果,顧客情報について広く守秘義務を負う状態となっていることを表現したものにすぎないというべきである。その点で,民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる。
 そして,この顧客情報についての一般的な守秘義務は,上記のとおりみだりに外部に漏らすことを許さないとするものであるから,金融機関が法律上開示義務を負う場合のほか,その顧客情報を第三者に開示することが許容される正当な理由がある場合に,金融機関が第三者に顧客情報を開示することができることは言うまでもない。その正当な理由としては,原則として,金融庁,その他の監督官庁の調査,税務調査,裁判所の命令等のほか,一定の法令上の根拠に基づいて開示が求められる場合を含むものというべきであり,金融機関がその命令や求めに応じても,金融機関は原則として顧客に対する上記の一般的な守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである。
 また,この守秘義務は,上記のとおり個々の顧客との関係で認められるものであるから,当該顧客が自ら第三者に対して特定の顧客情報を開示している場合や,第三者に対して自ら所持している特定の顧客情報につき開示義務を負っている場合には,当該顧客は,特段の事由のない限り,その第三者との関係では,金融機関の当該顧客情報の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関が当該情報をその第三者に開示しても,守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。
 したがって,民事訴訟手続において,顧客に対して裁判所より特定の顧客情報の提出が求められた場合に,当該顧客においてそれに応ずべきものであるときは,金融機関が裁判所の求めに応じて当該顧客情報を提出したとしても,特段の事情のない限り,守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。このような顧客情報としては,前記の{1},{2}に分類される顧客情報が該当するといえる。本件で提出が求められている文書は,前記の{1}に分類される文書であるところ,法廷意見にて指摘しているとおり,相手方の顧客たるBが所持している場合には,同人は本案訴訟の当事者として,その文書提出命令の申立てを受けた際には,同人には,民訴法220条4号所定のいずれの事由も認められないところから,その提出義務を負う文書である。したがって,相手方が本件提出命令に応じても,上記の正当な理由の有無を問うまでもなく,守秘義務違反の問題は生じないというべきである。
 他方,金融機関に対して文書提出命令が申し立てられた対象文書が,上記の{1},{2}に分類される文書であっても,当該顧客が訴訟当事者として提出義務を負う文書以外の文書や,対象文書の顧客情報が訴訟当事者以外の第三者に係るものである場合には,金融機関が顧客に対して負っている上記一般的な守秘義務との関係で,その提出命令に応じることが前記の正当な理由に当たるか否かが問題となる。また,上記の{3},{4}に分類される文書は,金融機関が独自に集積した情報として金融機関自体に独自の秘密保持の利益が認められるものであるが,その点は別として,当該顧客情報に係る個々の顧客との間でも,前記の一般的な守秘義務の対象となる情報に該当するものである。
 ところで,金融機関が顧客に対して守秘義務を負う顧客情報と金融機関に対する文書提出命令との関係について考えるに,文書提出命令は,公正な裁判を実現すべく一般義務として定められたものであるから,金融機関が文書提出命令に応じることは,原則として,当該顧客との一般的な守秘義務の関係では,前記の正当な理由に該当するということができ,金融機関がその命令に応じることをもって,当該顧客は,金融機関の守秘義務違反の責任を問うことはできないものというべきである。
 他方,金融機関が顧客情報につき文書提出命令を申し立てられた場合に,顧客との間の守秘義務を維持することが,金融機関の職業の秘密として保護するに値するときは,金融機関は,民訴法220条4号ハ,197条1項3号により,その文書提出命令の申立てを拒むことができる。金融機関が民訴法197条1項3号の職業上の秘密に該当するとしてその提出を拒むことができる顧客情報とは,当該顧客情報が金融機関によってその内容が公開されると,当該顧客との信頼関係に重大な影響を与え,又,そのため顧客がその後の取引を中止するに至るおそれが大きい等,その公開により金融機関としての業務の遂行が困難となり,金融機関自体にとってその秘密を保持すべき重大な利益がある場合であると解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。当該顧客情報が上記の意味での職業の秘密に該るか否かは,当該事案ごとに守秘義務の対象たる秘密の種類,性質,内容及び秘密保持の必要性,並びに法廷に証拠として提出された場合の金融機関の業務への影響の性質,程度と,当該文書が裁判手続に証拠として提出されることによる実体的真実の解明の必要性との比較衡量により決せられるものである。
 ところで,金融機関は,顧客との守秘義務契約上,第三者から文書提出命令の申立てがなされた場合に,その契約上の守秘義務に基づき,当該文書が職業上の秘密に該り,文書提出命令の申立てには応じられない旨申し立てるべき義務を負う場合がある。例えば,金融機関が,M&Aに係る融資の申込みを受ける際に顧客との間で守秘義務契約を締結した上で提出を受けたM&Aの契約書案等の顧客情報を有しており,これにつき文書提出命令の申立てを受けた場合等には,当該金融機関は,同守秘義務契約に基づいて,当該情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき契約上の義務があるというべきである。また,文書提出命令の申立てを受けた顧客情報に係る文書が,前記の一般的な守秘義務の範囲にとどまる文書であっても,当該文書が当該顧客において提出を拒絶することができるものであることが,金融機関において容易に認識し得るような文書である場合には,金融機関は,当該守秘義務に基づき,上記顧客情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき義務が存するものというべきである。
 金融機関が上記義務が存するにもかかわらず,その主張をすることなく文書提出命令に応じて対象文書を提出した場合には,金融機関は,当該顧客に対して,債務不履行による責任を負うことがあり得るものというべきである。他方,金融機関がかかる主張をなしたにもかかわらず,裁判所がその主張を踏まえて検討した上で,なおその顧客情報が職業上の秘密に該らないとして文書提出命令を発したときは,金融機関は,それに応じる義務があり,またそれに応じたことによって,顧客から守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである。
 金融機関が保持する顧客情報が職業の秘密に該当するものか否かは,上記のとおり,個々の事案ごとに個別に検討されるべき事柄であるが,金融機関が顧客との間の守秘義務の存在をもって,職業の秘密に該ると主張し得る情報としては,上記の特別の守秘義務契約を交わしている顧客情報や当該顧客自身において提出拒絶することが明らかな顧客情報のほか,前記分類の中では,{2}に分類される情報のうちの,開発中の技術情報や当該顧客のM&Aや経営戦略に係る情報等,秘匿性の高いと一般に認められる情報,{3},{4}に分類されるもののうちの一部が含まれると考えられる。もっとも,{4}に分類されるものは,顧客情報であるとともに,当該金融機関独自の観点からの職業上の秘密が問題となり得る情報とも言えるが,その点はここでの意見の枠外の事柄である。
 以上,述べたところは,法廷意見に対する補足意見としての枠を超えるものであるが,金融機関の保持する顧客情報と文書提出命令の関係について,原決定が論及していることを踏まえて,私の意見を敷衍したものである。


(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 近藤崇晴)


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判例掲載誌  

本決定を引用する裁判例


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成23年10月11日 第3小法廷 決定(平成23年(行ト)第42号)


要旨:

 所属弁護士会から戒告の懲戒処分を受けた弁護士(原告)が、日本弁護士連合会(被告)に対してした審査請求を棄却する裁決を受けたため,その裁決の取消し等を求める訴訟において、所属弁護士会の綱紀委員会における議論の経過を立証するために必要であるとして,その所持する文書(議事録及び議案書)について文書提出命令の申立てをしたが、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり、従ってまた法律関係文書に該当しないとして、申立てが棄却された事例。

 1.ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる。
 1a,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分は,綱紀委員会内部における意思形成過程に関する情報が記載されているものであり,その記載内容に照らして,これが開示されると,綱紀委員会における自由な意見の表明に支障を来し,その自由な意思形成が阻害されるおそれがあることは明らかであり、綱紀委員会の審議の内容と密接な関連を有する本件議案書についても,これと別異に解すべき理由はないとされた事例。
 1b.立証趣旨に照らすと,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分及び本件議案書の提出を求めているものと解されるとして、文書全体についてその提出を命ずるべきではないとされた事例(申立ての一部認容として、「重要な発言の要旨」を除いた部分の提出を命ずることがされなかった事例)。

 2 文書の所持者が訴訟当事者以外の第三者である文書提出命令申立て事件において申立ての相手方となるのは,当該第三者であり,訴訟の相手方当事者ではない。
 2a. 東京弁護士会が所持する文書の提出命令申立て事件において、原審が本案事件の被告である日本弁護士連合会を相手方に指定したが、この指定は誤りであるとして、抗告審(最高裁)が文書所持者である東京弁護士会を相手方に指定した事例。

/参照条文/民事訴訟法:220条;323条2項;335条/

内容:

 件 名 文書提出命令申立て却下決定に対する特別抗告及び許可抗告事件(棄却)

 抗告人 [弁護士] 同代理人弁護士 竹内更一 中本源太郎 矢花公平 遠藤きみ 谷口正嘉 藤田正人 山中志都 石田亮 葉山岳夫 鈴木達夫 森川文人 西村正治 藤田城治 白井晶子 指宿昭一 花澤俊之
 相手方 東京弁護士会 同代表者会長 竹ノ内明

 原 審 東京高等裁判所 平成23年4月15日 決定(平成22(行タ)第123号)


主    文

 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。

理    由

 第1 平成23年(行ト)第42号事件について

 抗告代理人武内更一ほかの抗告理由について

 民事事件について特別抗告をすることが許されるのは,民訴法336条1項所定の場合に限られるところ,本件抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を主張するものであって,同項に規定する事由に該当しない。

 第2 平成23年(行フ)第2号事件について

 抗告代理人武内更一ほかの抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。
 本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成22年(行ケ)第3号)は,相手方に所属する弁護士である抗告人が,相手方から戒告の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に対してした審査請求を棄却する裁決を受けたため,本件懲戒処分は,懲戒事由がないのに,日弁連の会長選挙に立候補する意向を有していた抗告人を懲戒してその被選挙権を失わせるという不当な目的で行われたなどと主張して,弁護士法61条に基づき,日弁連に対し上記裁決の取消し等を求める事案である。
 本件は,抗告人が,本件懲戒処分が上記の不当な目的で行われたとする主張との関係で,相手方の綱紀委員会における議論の経過を立証するために必要であるとして,相手方の所持する下記の各文書について文書提出命令の申立てをした事案である(以下,抗告人が提出を求める当該各文書を「本件各文書」といい,このうち下記(1)の文書を「本件議事録」,下記(2)の文書を「本件議案書」という。)。抗告人は,本件各文書は,民訴法220条3号所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)に該当し,また,同条4号イないしホ所定の文書のいずれにも該当しないと主張している。

 (1) 平成21年5月15日に開催された相手方の綱紀委員会の議事録のうち本件懲戒処分の議事に関する部分
 (2) 上記(1)の議事に関して委員に配布された議案書

 2 原審は,本件議事録は法律関係文書に当たるが,関係者のプライバシーの保護や綱紀委員会委員の自由な意見交換の保障が必要であることなどからすれば相手方が提出を拒むことに正当な理由があり,また,本件議案書は法律関係文書に当たらないとして,本件申立てを却下した。

 3(1) ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。
 (2) 弁護士法は,弁護士会の綱紀委員会又はその部会が議決をしたときは速やかに理由を付した議決書を作成しなければならないと規定しているが(70条の8,70条の9),綱紀委員会の議事録の作成及び保存を義務付ける規定を置いていない。これは,弁護士会の自主性や自律性を尊重し,その議事録の作成及び保存に関する規律を弁護士会に委ねる趣旨であると解される。
 記録によれば,相手方の会則,綱紀委員会会規,懲戒委員会会規及び綱紀委員会細則は,次のとおり規定している。すなわち,相手方の綱紀委員会の議事は非公開とされ,特に綱紀委員会の承認を得た者のみが傍聴することができる(会則62条,綱紀委員会会規8条1項)。綱紀委員会は議事録を作成し保存しなければならず,その記載事項は,{1}開催の日時及び場所,{2}出席した委員及び予備委員並びに立ち会った書記の氏名,{3}議事の順序及び重要な発言の要旨,{4}議決及び賛否の数,{5}その他委員長が必要と認める事項とされているが(会則63条,同会規5条,36条1項),それは非公開とされ,議事録以外の保存記録については閲覧,謄写又は録音の聴取等が許される場合があるのに対し,議事録はいかなる場合にもこれが許されない(同会規8条2項,36条2項)。さらに,相手方において,綱紀委員会の議決に基づき懲戒委員会に対し事案の審査を求めるに当たって提出すべき綱紀委員会の調査記録等にも,その議事録は含まれていない(懲戒委員会会規15条,綱紀委員会細則11条)。
 以上のような弁護士法の委任を受けて定められた相手方の内部規則の規定の内容等に鑑みると,本件議事録は,専ら相手方の内部の利用に供する目的で作成され,外部に開示することが予定されていない文書であると解するのが相当であり,綱紀委員会の審議の参考に供するためその議案を示すものとして委員に配布される文書である本件議案書も,同様の目的及び性格を有する文書であると解するのが相当である。
 (3) 本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分は,相手方の綱紀委員会内部における意思形成過程に関する情報が記載されているものであり,その記載内容に照らして,これが開示されると,綱紀委員会における自由な意見の表明に支障を来し,その自由な意思形成が阻害されるおそれがあることは明らかである。綱紀委員会の審議の内容と密接な関連を有する本件議案書についても,これと別異に解すべき理由はない。
 (4) そして,抗告人は,その立証趣旨に照らすと,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分及び本件議案書の提出を求めているものと解されるのであって,以上によれば,前記の特段の事情の存在のうかがわれない本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきである。

 4 本件各文書が,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上,法律関係文書に該当しないことはいうまでもない。

 5 以上によれば,相手方は本件各文書の提出義務を負うものではなく,本件申立ては理由がないから,これを却下した原審の判断は結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 なお,文書の所持者が訴訟当事者以外の第三者である文書提出命令申立て事件において申立ての相手方となるのは,当該第三者であり,訴訟の相手方当事者ではない。本案訴訟の被告である日弁連を本件申立ての相手方とした原決定には当事者を誤った違法があるが,この誤りは原決定の結論に影響を及ぼすものではない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。


 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 本件申立てに係る(1)の「相手方の綱紀委員会の議事録のうち本件懲戒処分に係る部分」には,法廷意見にて指摘する議事録の記載事項の全てが含まれているところ,原決定は本件議事録の全体を法律関係文書に当たると解した。
 それに対して法廷意見は,抗告人はその立証趣旨に照らし,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分の提出を求めているものと解した上で,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると判断し,本件議事録のうち,当該議案に係る「重要な発言の要旨」に関する部分以外の記載内容については,判断を示していない。
 私は,一通の文書においても,その内容において明確に区分し得る場合には,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる部分と,それに当たらず文書提出命令を発することができる部分とが存し得ると考えるものであり,本件において法廷意見が判断を示していない部分は,以下に述べるとおり「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないものと考える。
 記録によれば,相手方の懲戒手続は,原則として綱紀委員会の「被調査人につき懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」旨の議決を経て開始されるものとされていることからして,綱紀委員会にて適正な議決がなされたか否かは,懲戒処分に係る手続要件をなしていると解することができる。そして,綱紀委員会の手続が適正になされたか否かに関しては,同委員会の議事録は重要な証拠と位置付けられるところ,法廷意見第2の3(2)掲記の議事録の記載事項のうち,{1}開催の日時及び場所,{2}出席した委員及び予備委員並びに立ち会った書記の氏名,{4}議決及び賛否の数の記載部分は,適正に議決がなされていることを証明する上で不可欠な事項である。また,それらの記載事項が明らかになっても,綱紀委員会内部における自由な意思形成が阻害されるおそれがあるとは認められず,他にそれらの記載事項を秘匿すべき特段の事由が存するとも認められない。
 そうすると,本件議事録のうち上記各部分は,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるということはできないと解されるが,法廷意見にて指摘するとおり,本件申立ては,その立証趣旨からして,上記各部分の提出を求めているものとは解されないから,その部分について提出命令を発すべきものとはいえないというべきである。

(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)


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判例掲載誌  判例時報2136号9頁

メモ1 判例時報の解説によれば、「最高裁において改めて東弁を相手方と扱って原決定の告知等の手続を全てやり直した上で本決定がされている。」(11頁2段目)とのことである。

メモ2 参照条文として民訴法223条2項を挙げたが、同項の解釈適用が問題になったという趣旨ではない。本件は、原審は文書所持者を相手方に指定していないので、審尋もしていないことになるが、文書提出命令が発せられなかった事件であるので、そのことの当否は問題になるが、違法とは言えないことの根拠条文として同項を挙げることができるというにとどまる。最高裁は、文書所持者を相手方に指定して、原決定の告知等の手続をやり直したとのことであるが(メモ1参照)、文書所持者を審尋することの前提としてそうしたのか(実際に審尋したのか)、それとも、審尋するか否かにかかわりなしに手続上の地位の保障のために(具体的には、審尋する可能性がないとはいえないので、その準備をさせるために)告知等をしたのか否かは明瞭ではない(判例時報の解説も参照)。

判例研究等

些細なことのメモ 「本件の本案訴訟(中略)は、(中略)日弁連に対し上記裁決の取消し等を求める事案である」との記述があり、「日弁連自身が自己のした裁決を取り消すこと」を求める訴訟(給付訴訟)であるかのようにも読めるが、本案訴訟は行政事件訴訟法3条3項に言う「裁決の取消しの訴え」であり、裁決を取り消すのが裁判所である(同法33条参照)。誤解が生ずる可能性を低減するという視点からは、「日弁連を被告にして上記裁決の取消し等[の判決]を求める事案である」という方が好ましいであろう。


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成25年12月19日 第1小法廷 決定(平成25年(許)第6号)


要旨:

 国立大学法人(文書所持者・抗告人)が設置する大学の人文学部に所属する教授らが同学部長等からハラスメントを受けたとして抗告人に苦情を申し立て、同大学に置かれたハラスメントの防止,対策又は調査に係る委員会の運営及び調査の方法が不当であったために不利益を被ったなどと主張して,抗告人に対し,再調査の実施,損害賠償の支払等を求め、同委員会の運営及び調査の方法が不当であったことを立証するために必要であるとして,抗告人の所持する文書について文書提出命令の申立てをしたところ、民事訴訟法220条4号ニ括弧書の類推適用が肯定され、ロの文書にはあたらないとして、申立てが認容された事例。

 1. 国立大学法人が所持し,その役員又は職員が組織的に用いる文書についての文書提出命令の申立てには,民訴法220条4号ニ括弧書部分が類推適用される。

 2.国立大学法人の役員及び職員の地位等に関する国立大学法人法の規定に照らすと,民訴法220条4号ロにいう「公務員」には上記役員及び職員も含まれると解するのが相当である。
 2a. ハラスメントの防止,対策又は調査に係る委員会の運営及び調査の方法が不当であったことを立証するために申し立てられた文書提出命令の対象文書が民訴法220条4号ロに該当しないとされた事例。

/書証/

/参照条文/民事訴訟法:220条/国立大学法人法:2条;7条;12条/

内容:

 件 名 文書提出命令申立て却下決定に対する抗告審の一部変更決定に対する許可抗告事件(棄却)

 原々決定 水戸地方裁判所 平成24年1月10日 決定(平成22年(モ)第93号)
 原 審 東京高等裁判所 平成24年11月16日 決定 (平成24年(ラ)第305号)


主    文

 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。

理    由

 第1 事案の概要
 1 本件の本案訴訟(水戸地方裁判所平成21年(ワ)第475号損害賠償等請求事件)は,抗告人の設置するY大学の人文学部教授である相手方らが,それぞれ同学部長等からハラスメントを受けたとして抗告人に苦情を申し立てたところ,同大学に置かれたハラスメントの防止,対策又は調査に係る委員会の運営及び調査の方法が不当であったために不利益を被ったなどと主張して,抗告人に対し,再調査の実施,損害賠償の支払等を求めるものである。
 本件は,相手方らが,上記委員会の運営及び調査の方法が不当であったことを立証するために必要であるとして,抗告人の所持する原々決定別紙文書目録記載の各文書(以下「本件各文書」という。)について文書提出命令の申立てをした事案である。抗告人は,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」又は同号ロ所定の「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当し,これを提出すべき義務を負わないと主張している。
 2 原審は,本件各文書について民訴法220条4号ニ括弧書部分が適用されるか,又は類推適用されるとした上で,本件各文書のうち原決定別紙1文書目録記載の各文書については同号ロ所定の文書に該当しないとしてその提出を命じた。

 第2 抗告代理人大和田一雄ほかの抗告理由第1について
 国立大学法人は,国立大学を設置することを目的として設立される法人であるところ(国立大学法人法2条1項),その業務運営,役員の任命等及び財政面において国が一定の関与をし(同条5項,同法7条,12条1項,8項等),その役員及び職員は罰則の適用につき法令により公務に従事する職員とみなされる(同法19条)ほか,その保有する情報については,独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律が適用され(同法2条1項,別表第1),行政機関の保有する情報の公開に関する法律の適用を受ける国の行政機関の場合とほぼ同様に開示すべきものとされている。これらを考慮すれば,国立大学法人は,民訴法220条4号ニの「国又は地方公共団体」に準ずるものと解される。
 そうすると,国立大学法人が所持し,その役員又は職員が組織的に用いる文書についての文書提出命令の申立てには,民訴法220条4号ニ括弧書部分が類推適用されると解するのが相当である。
 これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 第3 同第2の3について
 国立大学法人の役員及び職員の地位等に関する国立大学法人法の規定に照らすと,民訴法220条4号ロにいう「公務員」には上記役員及び職員も含まれると解するのが相当であるところ,所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができる。所論引用の判例(最高裁平成17年(許)第11号同年10月14日第三小法廷決定・民集59巻8号2265頁)は,事案を異にし,本件に適切でない。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

 (裁判長裁判官 白木 勇 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 山浦善樹)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーにPDFで掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、若干のレイアウト変更を除き、サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

  労働判例1102号17頁に掲載されている第一審別紙文書目録

1.申立人甲野花子がE D学部長及びG教授からハラスメントを受けたとしてハラスメント対策委員会に苦情申立てを事案に関連する以下の文書

    1. 同事案に係る調査委員会の調査報告書
    2. 同調査報告書の基礎になった申立人甲野花子を除く調査対象者すべてのヒアリング記録
    3. 同事案に係るハラスメント対策委員会の議事録
    4. 同事案に係るハラスメント調査委員会の議事録

2.申立人乙山太郎がE D学部長からハラスメントを受けたとしてハラスメント対策委員会に苦情申立てを事案に関連する以下の文書

    1. 同事案に係る調査委員会の調査報告書
    2. 同調査報告書の基礎になった申立人乙山太郎を除く調査対象者すべてのヒアリング記録
    3. 同事案に係るハラスメント対策委員会の議事録
    4. 同事案に係るハラスメント調査委員会の議事録

3.H教授がE D学部長からハラスメントを受けたとしてハラスメント対策委員会に苦情申立てを事案に関連する以下の文書

    1. 同事案に係るハラスメント対策委員会の議事録
    2. 同事案に係るハラスメント調査委員会の議事録

以上

判例掲載誌  労働判例1102号5頁(原決定は9頁、原々決定は14頁、関連事件の水戸地裁判決は64頁)

メモ  本決定の意義を評価するに際しては、要旨1も重要であるが、それ以上に要旨2aが重要であり、要旨2aの意義は、実際にどのような文書の提出が命じられたのかに依存する。


判  決

栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成9年7月11日 第2小法廷 判決(平成5年(オ)第1762号)


要旨:

 いわゆる懲罰的損害賠償を命じた外国判決(アメリカ合衆国カリフォルニア州裁判所の判決)は我が国の公の秩序に反するから、これに執行判決をすることはできない。
 (外国判決の承認)

/民.709条/民訴.118条/民執.22条6号/民執.24条/

内容:

 件 名 執行判決請求上告事件(一部棄却・一部却下)

 第一審 東京地方裁判所 平成3年2月18日判決
 原 審 東京高等裁判所 平成5年6月28日判決


主    文

 上告人の被上告人A工業株式会社に対する上告を棄却する。
 上告人の被上告人Bに対する上告を却下する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

一 上告人の被上告会社に対する上告について

  上告代理人櫻木武、同佐藤典子の上告理由について

 1 本件は、上告人がアメリカ合衆国のカリフォルニア州裁判所の判決についての執行判決を求める訴えであるところ、原審が適法に確定した事実等は、次のとおりである。 

 (一) カリフォルニア州民法典には、契約に起因しない義務の違反を理由とする訴訟において、被告に欺罔行為などがあったとされた場合、原告は、実際に生じた損害の賠償に加えて、見せしめと被告に対する制裁のための損害賠償を受けることができる旨の懲罰的損害賠償に関する規定(三二九四条)が置かれている。

 (二) カリフォルニア州上位裁判所は、昭和五七年(一九八二年)五月一九日、上告人と被上告会社の子会社である同州法人Cとの間の賃貸借契約締結について被上告人らが上告人に対して欺罔行為を行ったことを理由として、被上告人らに対し、補償的損害賠償として四二万五二五一ドル及び訴訟費用として四万〇一〇四ドル七一セントを支払うよう命ずるとともに、被上告会社に対し、これに加えて、右規定に基づく懲罰的損害賠償として一一二万五〇〇〇ドルを上告人に支払うよう命ずる判決(以下「本件外国判決」という。)を言い渡した。

 (三) 上告人及び被上告人らは、本件外国判決に対してカリフォルニア州控訴裁判所に控訴したが、同裁判所は、昭和六二年(一九八七年)五月一二日、各控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、本件外国判決が確定した。

 2(一) 執行判決を求める訴えにおいては、外国裁判所の判決が民訴法二〇〇条各号に掲げる条件を具備するかどうかが審理されるが(民事執行法二四条三項)、民訴法二〇〇条三号は、外国裁判所の判決が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことを条件としている。外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからといって、その一事をもって直ちに右条件を満たさないということはできないが、それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には、その外国判決は右法条にいう公の秩序に反するというべきである。

 (二) カリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償(以下、単に「懲罰的損害賠償」という。)の制度は、悪性の強い行為をした加害者に対し、実際に生じた損害の賠償に加えて、さらに賠償金の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、かつ、将来における同様の行為を抑止しようとするものであることが明らかであって、その目的からすると、むしろ我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。これに対し、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない。もっとも、加害者に対して損害賠償義務を課することによって、結果的に加害者に対する制裁ないし一般予防の効果を生ずることがあるとしても、それは被害者が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたことの反射的、副次的な効果にすぎず、加害者に対する制裁及び一般予防を本来的な目的とする懲罰的損害賠償の制度とは本質的に異なるというべきである。我が国においては、加害者に対して制裁を科し、将来の 同様の行為を抑止することは、刑事上又は行政上の制裁にゆだねられているのである。そうしてみると、不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。

 (三) したがって、本件外国判決のうち、補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて、見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しないものとしなければならない。

 3 以上によれば、本件外国判決のうち懲罰的損害賠償としての金員の支払を命ずる部分について執行判決の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、是認することができる。論旨は、原判決が憲法前文及び日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約六条一項に違背するという点も含め、独自の見解に立って原審の法令の解釈適用を非難するものにすぎず、採用することができない。

二 上告人の被上告人Bに対する上告について

  上告人の被上告人Bに対する本件訴えは、本件外国判決のうち、補償的損害賠 償及び訴訟費用の支払を命ずる部分並びに右金員に対する利息の支払について、執行判決を求めるものであるところ、原判決は、右請求を全部認容した第一審判決に対する控訴を棄却したものであるから、上告人には上告の利益がなく、被上告人Bに対する上告は、不適法として却下すべきものである。

 よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条一項一号、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也  裁判官 根岸重治  裁判官 河合伸一  裁判官 福田博)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーからダウンロードした時の状態のままである。一部仮名。

判例掲載誌  最高裁民事判例集51巻6号2573頁

本判決を引用する裁判例

本件に言及する文献


判決の効力

栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成6年11月22日 第3小法廷 判決(平成2年(オ)第1146号)


要旨:

 .特定の金銭債権の一部を請求する事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれに理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである。

 .特定の金銭債権の一部を請求する訴訟においては、相殺の抗弁により自働債権の存否について既判力が生ずるのは、請求の範囲に対して「相殺ヲ以テ対抗シタル額」に限られるから、当該債権の総額から自働債権の額を控除した結果残存額が一部請求の額を超えるときは、一部請求の額を超える範囲の自働債権の存否については既判力を生じない。
 2a.一部請求を認容した第一審判決に対し、被告のみが控訴し、控訴審において新たに主張された相殺の抗弁が理由がある場合に、控訴審において、まず当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額が第一審で認容された一部請求の額を超えるとして控訴を棄却しても、不利益変更禁止の原則に反するものではない。

/判決事項/一部請求/

/民.505条/民訴.114条2項/民訴.246条/

内容:

 件 名 損害賠償請求上告事件(棄却)

 原 審 福岡高等裁判所 平成2年5月14日判決


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人田中利美の上告理由一、三について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

 同二について
 特定の金銭債権のうちの一部が訴訟上請求されているいわゆる一部請求の事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれが理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである。けだし、一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので、右債権の総額が何らかの理由で減少している場合に、債権の総額からではなく、一部請求の額から減少額の全額又は債権総額に対する一部請求の額の割合で案分した額を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反するからである。

 そして、一部請求において、確定判決の既判力は、当該債権の訴訟上請求されなかった残部の存否には及ばないとすること判例であり(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁)、相殺の抗弁により自働債権の存否について既判力が生ずるのは、請求の範囲に対して「相殺ヲ以テ対抗シタル額」に限られるから、当該債権の総額から自働債権の額を控除した結果残存額が一部請求の額を超えるときは、一部請求の額を超える範囲の自働債権の存否については既判力を生じない。したがって、一部請求を認容した第一審判決に対し、被告のみが控訴し、控訴審において新たに主張された相殺の抗弁が理由がある場合に、控訴審において、まず当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額が第一審で認容された一部請求の額を超えるとして控訴を棄却しても、不利益変更禁止の原則に反するものではない。
 そうすると、原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告人の請求債権の総額を第一審の認定額を超えて確定し、その上で上告人が原審において新たに主張した相殺の自働債権の額を請求債権の総額から控除し、その残存額が第一審判決の認容額を超えるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 最高裁判所第三小法廷
     裁判長裁判官  大 野 正 男
        裁判官  園 部 逸 夫
        裁判官  可 部 恒 雄
        裁判官  千 種 秀 夫
        裁判官  尾 崎 行 信


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーの「最高裁判例集」に掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、若干のレイアウト変更を除き、サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

判例掲載誌  民集48巻7号1355頁

本判決を引用する裁判例