目次文献略語

民事訴訟法講義

裁判所 2


関西大学法学部教授
栗田 隆

3 裁判所の管轄


初めの一歩
 X───300万円の貸金返還請求────→Y
大阪市内                東京都区内
Xは、訴えを最高裁判所や高等裁判所に提起することができるか。
⇒職分管轄の一つである審級管轄(第一審管轄)の問題。裁判所法7条・16条・24条・33条参照。
Xは、訴えを簡易裁判所に提起すべきか、地方裁判所に提起すべきか。
⇒事物管轄の問題。裁判所法24条1号・33条1項1号、民訴8条・9条参照。
Xは、訴えを東京地裁に提起すべきか、大阪地裁に提起すべきか、それとも中間の名古屋地裁に提起すべきか。
⇒土地管轄の問題。民訴4条・5条。

3.1 管轄の意義

一般に複数の主体(機関や人)の間における権限行使の分担の定めを管轄という。裁判所は、国の権力のうち裁判権を分担する。日本には多数の人が住んでおり、多数の紛争が生じ、その解決を裁判所に求める多数の需要がある。多数の裁判需要に適正に応ずるために、最高裁判所の下に多数の下級裁判所が設置されている。裁判所の管轄とは、これらの複数の裁判所の間での裁判権行使の分担の定めである。裁判所から見れば、裁判権行使の権限(管轄権)を有する事件の範囲の問題となる。個々の事件についていえば、裁判権を行使できる裁判所(管轄裁判所)はどれかの問題となる。訴えは、管轄権を有する裁判所に提起されるべきである。

3.2 法定管轄

裁判所の管轄範囲は、次のことを考慮して予め法律で定められている(予め法律で定められている管轄を「法定管轄」という)。各考慮事項を基準にして定められた役割分担をそれぞれ職分管轄・事物管轄・土地管轄という。
法定管轄は、それが強行的であるか否かによって、さらに次のように区別される。

3.3 職分管轄

職分管轄は、行使される裁判権の内容に従った役割分担である。次のものがこれに該当し、いずれも別個の職分権である。
家庭裁判所と通常裁判所(地裁・簡裁)との間の職分の分担[21]
人の身分関係の形成または存否の確認に関する訴訟は、人事訴訟として、家庭裁判所の管轄に専属する(裁判所法31条の3第1項2号・人訴4条)。代表例は、次のものであるが、その他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴えも含まれる(人訴2条)。
人事訴訟に係る請求の原因である事実(例えば、婚姻関係の破綻の原因となった夫の暴力)によって生じた損害賠償請求に関する訴訟は、家庭裁判所にも提起することができる(簡易裁判所や地方裁判所との競合管轄)。この訴えは人事訴訟と併合審理できることが必要であり、人訴法の下記の規定がこの訴えについての家庭裁判所の職分管轄の根拠となる。
いずれの場合にも併合審理が許され、必要であれば弁論の併合を命ずる。弁論が併合された場合でも、民訴41条のような同時審判は強制されず、審理の状況に応じて弁論を分離することもできる(弁論の分離は、いったん生じた管轄に影響を及ぼさない)。

次のような訴訟は、人事訴訟に当たらず、家庭裁判所の管轄に属しない。

4 第一審の管轄裁判所


4.1 事物管轄

民事事件について第一審裁判所となりうるのは、特殊な例外を除き[14]、地方裁判所と簡易裁判所である。両者の間での裁判権行使の分担は、次のように、訴訟の目的(対象)の価額(略して、訴額)を基準として定められている[R84]。
140万円以下の不動産に関する訴訟は、簡易裁判所と地方裁判所との競合管轄となる。

行政事件については、訴額にかかわりなしに、簡裁は管轄権を有せず(裁33条1項1号かっこ書)、地裁が管轄する。ただし、高裁が第1審裁判所となる特殊な事件がある([12]参照)。

地方裁判所による簡裁事件の処理
事物管轄は、厳格なものではない。地方裁判所がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する事件を裁判する道は、合意管轄・応訴管轄以外にも、下記のように比較的広く開かれている(訴額3,475円の事件が地裁で裁判された例もある(商標権侵害事件))。ただし、簡易裁判所の専属管轄に属する事件はこの限りでない。
訴額(8条1項)
訴額は、「訴えで主張する利益」によって算定される(8条1項)。それは、「原告が訴えで主張する利益を金銭で評価した額」[29]である。財産権上の請求の訴額は、多くの場合は算定可能である(例えば、100万円の貸金返還請求の訴額は100万円)。訴額算定の参考資料として、最高裁判所民事局長から「訴訟物の価額の算定基準」が示されており、知財訴訟については、東京地裁および大阪地裁の専門部から基準が示されている(詳細につき[金井=小野=寺尾*2002a]参照)。

しかし、人の身分に関する請求(例えば離婚請求)や幼児の引渡請求訴訟などのような非財産権上の請求の訴額は、算定不能である。特別の規定により非財産権上の請求とみなすことが明規されているものもある。
また、次のような場合には、算定が極めて困難である。
訴額が算定不能または算定が極めて困難な場合には、次のように扱われる。
併合請求の場合の訴額(9条1項) 1つの訴えに複数の請求が併合されている場合(136条)には、各請求の訴額を合算する(合算主義。9条1項)。例えば、50万円の貸金の返還請求と、100万円の代金支払請求とが併合されている場合には、訴額は合計で150万円となり、地方裁判所の事物管轄に属する。
ただし、次の場合のように、訴えで主張する利益が複数の請求に共通している場合には、共通部分は合算せずに1つの利益として扱う(9条1項ただし書)。
附帯請求の不算入(9条2項)
果実、損害賠償、違約金又は費用の請求が訴訟の附帯の目的であるときは、その価額は、訴訟の目的の価額に算入しない(9条2項)。次のことが根拠になる:(α)訴額の計算を単純にする必要があること;(β)附帯請求の当否の審理判断は、その請求権の発生の基礎となる主たる請求の当否の審理判断を前提に同一の手続においてこれに付随して行われ(後掲最決平成27年)、附帯請求の当否の判断に必要な追加費用が小さいこと。例:

4.2 土地管轄(4条以下)

所在地を異にする同種の裁判所の間での地域的な裁判権行使の分担を土地管轄という。土地管轄の決定要素は、裁判所の管轄区域と事件の裁判籍の2つである。各裁判所は、その管轄区域内に裁判籍が所在する事件について管轄権を有する。
普通裁判籍(4条
これは、当事者の住所等を基準にして定まる裁判籍である(4条)。すべての事件に当事者がおり、事件の種類に関わりなしに一般的に認められる裁判籍であるので、「普通」裁判籍と呼ばれる(ただし、専属管轄が定められている事件は除かれる。13条)。被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所は、その者に対する訴えについて管轄権を有する(「訴えは被告の住所地に」)。普通裁判籍は、当事者の属性に応じて、次のように決定される(4条参照)。
  1. 自然人  住所、居所、国内の最後の住所(2項)。
  2. 外国に在ってその外国の裁判権に服さない日本人で日本に最後の住所も有しない者(大使・公使の子供で外国で生まれた者など)  民訴規則4条により東京都千代田区(3項)。
  3. 社団・財団  法人格の有無を問わず、主たる事務所または営業所。それがないときは、代表者その他の主たる業務担当者の住所(4項)。
  4. 外国の社団・財団  日本における主たる事務所又は営業所。それがないときは、日本における主たる業務担当者の住所(5項)
  5. 国  訴訟について国を代表する官庁(法務大臣)の所在地(東京都千代田区)(6項)。
用語法
 実体法の領域では、「法人の住所」という表現が用いられる(民法旧50条、一般法人法4条、会社法4条、宗教法人法7条、金融商品取引法88条の10、不動産登記規則63条4項2号など)。
  しかし、民事訴訟法では、「住所」の語は、もっぱら自然人について用い、会社等の団体については、「事務所または営業所」という(民訴4条参照)。ただ、こうした言葉の使い分けは煩雑であり、負担になることもある(例えば5条4号では、「住所(法人にあっては、事務所又は営業所。以下この号において同じ。)」[25]と規定されている)。
  そのため、民訴規則では、住所の語が法人等についても使われることがある。例えば、民訴規則2条では、当事者が裁判所に提出する書面の記載事項について、「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を挙げている。氏名と住所は個人に、名称は主として法人等の団体に関係するが、その団体についても住所の語が用いられているのである。
 この講義では、当事者の「名称と住所」は、個人にも団体にも用いることができる言葉であるとしよう。
 なお、営業所の語は、法人のみならず個人(事業を営む個人)についても使用することができる(民訴5条5号・103条。典型例は破産法4条である)。

特別裁判籍5条以下)
これは、限定された種類・範囲の事件について認められる裁判籍である(普通裁判籍以外の裁判籍と言っても同じである)。次の2つがある。
概念の対応関係
普通裁判籍
特別裁判籍
独立裁判籍
関連裁判籍
×

義務履行地(1号)  5条のうちで特に注意すべきものは、1号の義務履行地の裁判籍である。実体法上、特定物の引渡債務以外の債務については、持参債務の原則(債務者は弁済手段を債権者の現在の住所・営業所に持参して弁済すべし、との原則)が取られている(民法484条、商516条1項)。そのため、金銭支払請求については、多くの場合に、原告は自己の住所地を管轄する裁判所に訴えを提起することができることになる[30]。もっとも、指図債権及び無記名債権の履行地は、債務者の現在の営業所・住所である(商516条2項、平成29年改正民法520条の8・520条の18・520条の2)。なお、売買代金債権について民法574条に注意(同条の準用規定である559条にも注意)。1号の規定が適用される典型例は給付の訴えであるが、確認の訴えにも適用がある([兼子*体系v3]82頁。取立債務の不存在確認の訴えは、1号により、債務者の現在の住所地を管轄する裁判所にも提起することができる)。

義務履行地を管轄する裁判所に提訴できるとされた実質的な理由は、債務者は義務履行地に出向いて義務を履行することを予期しているのであるから、紛争が生じた場合には、義務履行地において応訴することを甘受させてよいであろうということである。しかし、義務を履行することと義務を争うこととは別個のことであり、義務の存在を認めて履行地に出向くべきことから、その義務を争うために義務履行地の裁判所に出頭すべきことまでは導かれない。のみならず、とりわけ消費者が金銭債務者で、履行地がその住所地から離れている場合には、債務者は銀行振込みの方法で送金するのが通常であるから、紛争が生じた場合に、消費者に義務履行地の裁判所に出頭することまで期待するのは酷であるとの指摘が正当になされている([日弁連*2002a]=「消費者訴訟における司法アクセス(裁判管轄)に関する意見書 〜消費者訴訟は消費者の住所地で〜」3頁)。消費者を被告として事業者から義務履行地の裁判所に訴えが提起された場合には、裁判所は、17条の移送を積極的に行うべきである。

「被告が原告に対して負っている不作為義務の不履行がある」と原告が主張して訴えを提起する場合にも1号の適用があるかについては、異論の余地もあろうが、肯定してよいであろう。(α)少なくとも特定の地において一定の作為をしないとの義務を負っていると主張されている場合には、その地が義務履行地であるので、肯定してよいであろう。(β)場所的に制限されない不作義務を負っていると主張されている場合についても、義務違反がなされた地をもって義務履行地とみて、1号の適用を肯定してよいであろう。なぜなら、問題となる作為が不法行為になる場合には、5条9号により当該作為がなされた地を管轄する裁判所に管轄が認められることとのバランスから、問題となる作為が契約上の義務違反になるにすぎない場合であっても、当該作為がなされたと主張されている地の裁判所の管轄を肯定してよく、実質的には、問題となる作為が実際になされたのか否かが重要な争点になることも予想され、その場合には証拠の収集の便宜の観点から、その地の裁判所に管轄を肯定してよいと考えられるからである。

金銭債権の履行地が債権者の現住所地である場合に、当該債権について債権者代位権が行使されたからといって、履行地が代位債権者の現住所地に変更されるわけではない。したがって、1号の管轄裁判所は、代位債務者(代位目的債権の帰属者)の現住所地を基準にして定まる。

手形小切手の支払地(2号)  手形・小切手債権については、手形上に支払地として記載されている独立行政区画内にある手形債務者の営業所または住所において手形を呈示して支払を受けるのが原則となり、そこが義務履行地となる(手形1条5号・38条・75条4号・77条、小切手1条4号・31条)[16]。これを受けて、手形および小切手については、支払地が特別裁判籍として定められている(5条2号)。

債権譲渡があった場合には、義務履行地についての合意あるいは管轄の合意の効力は、債権の属性の一つとして、新債権者にも及ぶ。しかし、そのような合意がなければ、持参債務については、新債権者の住所等が義務履行地となる(東京高等裁判所平成15年5月22日第19民事部決定(平成15年(ラ)第794号))。ただし、任意弁済についてはそれでよいとしても、裁判所の管轄の問題との関係についてまで新債権者の営業所・住所を基準にするのでは、債務者に不測の不利益を課すことになり、取引により生ずる債務について取引の結果の予見可能性を低下させることになるので、疑問を感ずる。取引債権の譲受人が自己の住所地等に債務履行の訴えを提起した場合には、必要に応じて、17条の移送により当事者間の衡平をはかるべきである(銀行の貸出債権ないしその保証債務履行請求権について、前掲・東京高等裁判所平成15年5月22日第19民事部決定参照)。

財産所在地(4号)  日本に生活の本拠(住所、事務所または営業所)を有しない者については、訴訟の目的や責任財産の所在地が日本国内における比較的密接な生活関係地となる。そこで、「≪請求若しくはその担保の目的≫の所在地」又は「≪差し押えることができる被告の財産≫の所在地」を管轄する裁判所が管轄権を有するとされた(国内管轄の前提となる国際管轄は、3条の3第3号により肯定される)。

不法行為地(9号)  不法行為に関する訴えについては、不法行為のなされた地に証拠が集中しているのが通常であるので、不法行為地を管轄する裁判所も管轄権を有するとされた。複数の地でなされた行為が一体となって一つの不法行為を構成する場合には、そのうちの一つの行為がなされた地も、証拠が一定程度集積している限り、9号の不法行為地になる(東京地判昭和36年8月31日下民集12-8-2144頁参照)。加害行為と結果発生地とが異なる場合には、いずれの地も9号の意味での不法行為地にあたる([長谷部*2014a]104頁)。損害賠償請求訴訟については、被害者は、加害者の普通裁判籍所在地の裁判所(4条)にも、自己の住所地の裁判所(5条1号)にも訴えを提起することができるが、証拠調べの便宜を考慮して、17条の規定により不法行為地の裁判所に移送されることもある。

「不法行為に関する訴え」は,民法所定の不法行為に基づく損害賠償請求の訴えに限られるものではなく,不正競争防止法3条1項等の規定による差止請求の訴えも、差止請求権不存在確認の訴えも含まれる(最高裁判所平成16年4月8日第1小法廷決定(平成15年(許)第44号))[22]。

不動産の登記請求  不動産の登記請求の訴えについては、13号のみならず12号も1号も適用がある。もっとも、登記手続に協力する義務の履行地は、義務の性質上、別段の合意がなければ、登記をすべき地(その不動産を管轄する登記所となる地方法務局やその出張所などの所在地)と考えるべきであるから[19]、1号の裁判籍と13号の裁判籍とは一致するのが通常である。

専属管轄事件の管轄裁判所
専属管轄事件については、それを定める個々の規定で管轄裁判所が定められている。専属管轄裁判所も、「裁判籍」と「管轄区域」の組み合わせにより定まるのが通常であるが(例:民訴法6条1項、破産法5条(6条により専属管轄))、そのような仕組みを用いることなく専属管轄裁判所が直接規定されていると見ることができる場合もある。後者の例は、再審の訴えについて340条である:「再審の訴えは、不服の申立てに係る判決をした裁判所の管轄に専属する」)。ただ、後者の場合でも、「不服の申立てに係る判決をした裁判所」を裁判籍と見れば、「裁判籍」と「管轄区域」の組み合わせにより管轄裁判所が定まることになる。

関連裁判籍
他の事件ないし請求との関連で認められる管轄の根拠(他の請求等との関連ないし関係)を関連裁判籍という(普通裁判籍や特別裁判籍が地理的要素であるのに対し、関連裁判籍は、地理的要素ではなく、「他の請求との関係」であることに注意)。これには、次のものがある。
客観的併合の場合(7条本文)  原告が一つの訴えで複数の請求について審理を求める場合に(136条)、そのうちのどれか一つの請求の独立裁判籍が受訴裁判所(訴えが提起された裁判所)の管轄区域内に所在することにより受訴裁判所が管轄権を有するのであれば、その裁判所が他の請求についても管轄権を有するとされている。この場合の管轄原因は、併合提起の関係(他の請求が独立裁判籍のある請求と併合して提起されている関係にあること)であり、これを併合裁判籍という[28]。極めて緩やかな管轄原因である。

立法政策の視点からは、特定の種類の請求に認められる特別裁判籍を全ての請求の管轄原因に転化させてしまい(特別裁判籍の普通裁判籍化)、濫用の危険[13]が大きいとの批判がなされている[27]。

解釈論としては、この規定は、次の理由により正当化されている。(α)被告としては、受訴裁判所が一つの請求について管轄権を有すれば、その裁判所に出向いて応訴せざるを得ず、他の請求について応訴させても過大な負担を課すことにはならないであろうし、(β)関連性のある複数の請求は別々の裁判所で審理するより、できるだけ一つの裁判所で併合審理する方が、論理的に矛盾のない裁判が期待でき、(γ)当事者双方の負担(特に弁護士費用)が軽くなることが多いと期待でき、かつ、(δ)複数の請求が関連性の薄いものであれば、受訴裁判所は独立裁判籍のない請求を17条により移送すればよく、また、関連する複数の請求がそのうちの重要でない請求の管轄裁判所(独立裁判籍による管轄裁判所)に提起されるような形でこの制度が濫用されたときは、事件全体を重要な請求の管轄裁判所に移送することも可能である。

主観的併合の場合(7条本文+ただし書)  複数の者を当事者とする訴え(訴えの主観的併合)の場合には、前記(α)の正当化根拠が妥当せず、独立の裁判籍が認められない者の利益を保護する必要がある。そこでこの場合には、併合請求の裁判籍の規定は、共同訴訟人間の関係が密接な場合、すなわち、38条前段の場合にのみ適用される[15]。
設 例
Y1の自動車とY2の自動車とが衝突し、双方の車が付近にいたXに衝突し、Xが怪我をした(38条第1文の「同一の事実上及び法律上の原因に基づくとき」)。Xは、Y1・Y2に対して損害賠償請求の訴えを提起したい。この場合に、XがY1の住所地を管轄する裁判所に訴えを提起すると、7条により、その裁判所はY2に対する訴えについても管轄権を有する。

知的財産事件の管轄
知的財産事件については、その審理裁判に専門的知識が必要とされることが多く、専門的知識を有する裁判官を全国に漏れなく配置することは難しいので、特定の裁判所に知的財産権に詳しい裁判官を配置することを前提として、特別の管轄規定が設けられている。

拠点裁判所の広域管轄  そのような特定の裁判所として、地裁レベルでは、東京地裁と大阪地裁があり、それぞれ専門部が設けられている。東京地裁は東日本(名古屋高裁管内以東の区域)を担当し、大阪地裁は西日本(大阪高裁管内以西の区域)を担当する(広域管轄。6条1項・6条の2参照)。以下では、両者を拠点裁判所ないし拠点地裁と呼ぶ。「拠点裁判所」の語は、「6条1項各号に定める裁判所」(13条2項)の代用語として用いることができる。また、両地裁のこの管轄を広域管轄ないし知財管轄と呼ぶことにする。
 特許権等に関する訴え(6条)や意匠権等に関する訴え(6条の2)に含まれるのは、特許権を例にして言えば、次のような訴訟などである。
  1. 特許権者から侵害者に対する差止請求の訴え、特許権者に対する差止請求権不存在確認の訴え
  2. 特許権者から侵害者に対する損害賠償請求・不当利得返還請求の訴え、特許権者に対する損害賠償請求権・不当利得返還請求権の不存在確認の訴え
  3. 特許権者から侵害者に対する信用・名誉回復請求の訴え
  4. 職務発明の場合の対価の支払請求権(特許法35条4項以下)に係る訴え

特許権等に関する訴えの管轄  知的財産事件の中でも、特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴訟は、特に専門的知識が必要であると想定されるので、平成15年の改正により、つぎのように定められた。

 (α)地方裁判所の事物管轄に属する事件については、土地管轄が4条または5条により定まる場合であることを前提にして、4条・5条により管轄権を有すべき裁判所の管轄区域を担当する拠点裁判所が専属管轄権を有する(6条1項340条等の専属管轄規定により管轄が定まる場合は除外される)。この管轄権は「専属的広域管轄権」と呼ばれる[20]。ただし、この専属管轄は、拠点裁判所に裁判資源を集中させることに由来するものであり、拠点裁判所以外の裁判所との関係では通常の専属管轄であるが、同等の裁判資源を有する両拠点裁判所の間では、専属性は排除されており、「弱い専属管轄」ということができる(後述「専属管轄」の項を参照)。

  (β)簡易裁判所の事物管轄に属する事件についてまで、一律に東京地裁あるいは大阪地裁の専属管轄とするのは適当ではないので、簡易裁判所の管轄権とならんで東京地裁と大阪地裁が競合的な広域的管轄権を有する(6条2項)。たとえば、広島簡裁に属する事件については、広島簡裁と大阪地裁とが管轄権を有し、原告は事件の特質を考慮してそのいずれに訴えを提起するかを決定することができる。

 (γ)拠点地裁が下した判決に対する控訴管轄については、東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所に管轄権が集中する方向で規定されている。できるだけ高裁段階で判例統一を図るためである。正確には、大阪地裁が6条1項2号の規定により第一審としてした終局判決に対する控訴は、東京高裁(知財高裁)の控訴管轄に服す(6条3項。大阪地裁知的財産部「控訴審の管轄」参照)。

ただし、次の事件について大阪地裁が第一審としてした終局判決に対する控訴は、大阪高裁の控訴管轄に服する。
  1. 20条の2第1項により東京地裁から大阪地裁に移送された事件(6条3項ただし書による)
  2. 簡裁の事物管轄に属する事件について大阪地裁が第一審として終局判決をした事件(6条3項本文に該当しない)。6条2項の規定により当初から大阪地裁に提起された事件であっても、17条・18条・19条1項の規定により簡易裁判所から大阪地裁に移送された事件であってもよい(なお、簡裁の事物管轄に属する事件が東京地裁に提起され、それが20条の2第1項により大阪地裁に移送された場合は、前記aに含まれる)。

 簡易裁判所が第一審として裁判した事件は、原則どおり、簡裁所在地を管轄する地方裁判所が控訴管轄権を有する。また、20条の2第1項の規定により、大阪地裁あるいは東京地裁以外の地方裁判所に移送された事件も、6条3項本文に該当しないので、当該地裁の所在地を管轄する高等裁判所が控訴管轄権を有する。

意匠権等に関する訴えの管轄  地方裁判所の事物管轄に属する[1]次の知的財産訴訟については、専門性はそれほど高くないので、東京地裁と大阪地裁の専属管轄とされていない。
土地管轄が4条・5条により定まることを前提にして、原告は、4条・5条により管轄権を有する地裁に提起することも、(その地裁が東京地裁・大阪地裁でない場合に)東京地裁又は大阪地裁に提起することもできる。東京地裁は、名古屋高裁管内以東の区域について、大阪地裁は大阪高裁管内以西の区域について、広域的管轄権を有する(6条の2)。この管轄権は、他の地裁の本来の管轄権と競合するので、「競合的広域管轄権」と呼ばれる。

なお、6条の2各号の掲げる裁判所から東京地裁と大阪地裁が除外されているが、これは、例えば大阪地裁が4条の規定により管轄権を有する場合に、これと重複して6条の2の競合的広域管轄権を大阪地裁に認める必要はないからである(6条1項の専属的広域管轄の場合には、こうした美学上の問題は生じない)。

競合的広域管轄
民訴4条や5条では、各地の裁判所が同等の資源を有していることを前提にして、国民ができるだけ身近な裁判所あるいは事件と関係の深い裁判所で訴訟ができるように、裁判所の管轄が定められている。しかし、事件の種類によっては、(α)特定の裁判所に他の裁判所が有する以上の資源が集めるのが適当な場合や、(β)全国に同種の訴訟が多数提起される可能性がある場合に、特定の裁判所で集中審理するのが適当な場合もある。そこで、他の規定により管轄権を有する裁判所の管轄を排除することなく、特定の裁判所に広域的な管轄権が認められている場合がある。これを、競合的広域管轄という。(α)の代表例は、前述の意匠権等に関する訴えについての東京地裁と大阪地裁の競合的広域管轄(6条の2)、ならびに、簡裁の事物管轄に属する特許権等に関する訴えについてのそれ(6条2項)である。主として(β)の考慮により広域管轄が認められている例として、独禁法24条の差止請求訴訟がある。東京地裁は、全国の事件について管轄権を有し、各高等裁判所所在地の地方裁判所は、民訴4条・5条所定の裁判籍が当該高等裁判所の管轄区域内にある事件について管轄権を有する(独禁法84条の2)。

4.3 指定管轄(10条

次の場合には、個々の事件において、裁判で管轄裁判所を指定する(10条)。

4.4 合意管轄(11条

意義
専属管轄以外の管轄については、当事者の合意によって変更することができる。当事者の合意によって生ずる、法定管轄とは異なる管轄を合意管轄という(11条)。合意の基本的態様には、次の3つが考えられる。ただし、通常取りあげられるのは、最初の2つである。
  1. 専属的合意  特定の裁判所にのみ管轄を認め、すべての又は他の法定管轄裁判所の管轄を排除する合意(特定の裁判所は、法定管轄裁判所の一つであってもなくてもよい)
  2. 付加的合意  法定管轄裁判所のほかに管轄裁判所を追加する合意
  3. 混合型合意  複数ある法定管轄裁判所のうちの一部の裁判所の管轄を排除し、法定管轄裁判所外の裁判所を付加する合意

要件
管轄の合意は、法定の管轄とは異なる定めをする場合に意味がある。そこから、「法定の管轄と異なる定めをすること」が管轄の合意の要件としてあげられることが多い。しかし、合意の時点では法定の管轄と同じ合意がなされていても、起訴の時点で異なっていれば、管轄の合意として意味があり、そうした可能性は常に残されている。法定の管轄と同じ合意は、実際上、意味がないという程度のことであり、前記の要件は、合意の無効をもたらすという意味での要件ではない[4]。

)内容面での要件
  1. 一定の法律関係に基づく訴えについて合意されること(11条2項)  管轄の合意により受ける不利益を予測可能な範囲に限定するためである。
  2. 管轄裁判所が存在し、その数が不当に多くないこと  日本国内の管轄裁判所が存在しなくなるような合意は、不起訴の合意か国際裁判管轄についての合意として扱われる。合意により定まる管轄裁判所の数に特に制限はないが、管轄の合意により受ける不利益は予測可能な範囲に限定されるべきであり、すべての裁判所あるいは極端に多数の裁判所の管轄を認める合意は許されない。
  3. 第一審の管轄裁判所を定める合意であること(11条1項)  事物管轄を変更する合意でも土地管轄を変更する合意でも、双方を変更する合意でもよい。
  4. 法令に専属管轄の定めがないこと(13条)  公益的理由により法定された専属管轄を当事者の意思で変更することは許されない。

)形式面での要件
  1. 合意が書面でなされていること(11条2項)  当事者の意思を明確にして、合意の有無について争いをできるだけ生じさせないためである。情報技術が進展し、さまざまな文書が紙ではなく電磁的記録でもって作成される時代になった(ここで電磁的記録とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては直接認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるもので、かつ、言うまでもないことであるが、記録内容を情報処理により人が認識できるものを指す)。とりわけ、ネットワークを介した電子商取引では、合意は、紙に記録されるのではなく、電磁的に記録されるのが原則である。取引社会のこうした変化に対応して、平成16年改正により、管轄の合意がその内容を記録した電磁的記録によってなされたときは、書面によってなされたものとみなされることになった(11条3項。先例となる規定として、仲裁合意に関し、仲裁法13条4項がある)[24]。
  2. 合意の時期について、制限はない。訴え提起後でも許され、これは17条による移送の前提としての意味をもつ[18]。ただし、受訴裁判所の管轄権を専属的管轄合意により消滅させることは、審理の安定を目的とする15条により許されない(長谷部[中野=松浦=鈴木*1998a]73頁)。

効果
要件を満たす限り、合意に応じた効果が発生するのが原則である。

ただし、専属的合意における法定管轄裁判所の管轄権を排除する効果は、次のように制限される。
  1. 合意された裁判所に訴えが提起された場合に、受訴裁判所は、著しい遅滞を避ける等のために、法定管轄裁判所に移送することができる(17条・20条かっこ書)。
  2. 地方裁判所は、その管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する事件(事物管轄は有しないが土地管轄は有する事件)について訴えが提起された場合に、自ら審理・裁判することができるが、このことは専属的管轄の合意により妨げられない(16条2項かっこ書)。
  3. 前記aの場合とは逆に、専属的合意により管轄権を否定された法定管轄裁判所に訴えが提起された場合に、遅滞回避あるいは衡平のためにその裁判所が自ら審理することも、認められるべきである(20条かっこ書に相当する明文の規定がなかった旧法下においてこのことを認めた先例として、東京高決平成3.6.28判時1427-65頁などがある)。なぜなら、(α)同様な結果は、専属的合意管轄裁判所に訴えを提起してから、17条により移送することによっても得られるが、それでは、迂遠すぎる。(β)20条かっこ書・16条2項かっこ書により表明された、専属的合意における法定管轄排除効の制限は、この場合にも適用があると見てよいからである。

4.5 応訴管轄(12条

意義
管轄権のない裁判所に訴えが提起された場合でも、被告がその裁判所での審理・裁判に応ずる場合には、管轄裁判所に移送することなく、その裁判所で審理・裁判してよいので、その裁判所に管轄権を認めることとされた。これを応訴管轄という(12条)。

要件
応訴管轄が認められるためには、次の要件全部の充足が必要である。
  1. 被告が管轄違いの抗弁を提出することなく本案について弁論し、または弁論準備手続において申述したこと(12条)。「原告の請求を棄却するとの判決を求める」と陳述して、それを理由付けるための法律上または事実上の陳述をすることが典型例である。準備書面を提出しただけでは、弁論あるいは申述にならない。本案とは、原告の請求の当否についての陳述をさす。訴えの却下を求める申立てや期日延期の申立て、裁判官忌避の申立ては、これに含まれない。被告が現実に弁論又は申述をすることが必要であり、被告が欠席した場合に擬制される陳述(158条・170条5項・277条)では足りない([長谷部*2014a]106頁。なお、同頁で、被告不出頭の期日に原告が管轄原因事実を主張すれば、被告の自白が擬制される(159条3項本文)場合があると述べられている)。
  2. 第一審裁判所における応訴であること(12条)。
  3. 法定専属管轄の定めのないこと(13条)。

1の要件については、請求棄却の申立てのみでも本案についての弁論となるか、見解が分かれている。しかし、肯定してよい(通説)。ただし、被告が「請求棄却」の申立てをした後で、これに近接して管轄違いを主張した場合には、管轄違いの抗弁を主張して予備的に請求棄却の申立てをしたと評価してよい。また、被告が「請求棄却」と「訴え却下」を区別していない場合には、その後に管轄違いを主張することも許すべきである。これに対し、[伊藤*民訴v4]86頁は、大判大正9.10.14民録1495頁を援用して、応訴管轄は被告が訴訟物について事実上および法律上の主張をなし、実質的に本案の審理に応じたと見られる場合に限って認めるべきであるとする。しかし、「請求棄却」の申立てをした後、被告が審理の続行に異議を述べないことも応訴の態度の一つと評価してよいだろう。

被告が受訴裁判所で応訴するか否かが明かでない段階で裁判所が管轄違いに気付いた場合に、職権で移送(16条)をなしうるかが問題となる。応訴管轄が認められている趣旨からすれば、受訴裁判所は、被告の意思を問い、受訴裁判所で応訴する意思のあることが確認できない場合には、事件を管轄裁判所に移送すべきである(被告と連絡をとることができないため、その意思を確認することができない場合には、管轄権を有する裁判所に移送すべきである)[6]。

効果
応訴管轄が発生した後では、被告は管轄違いを主張して、移送を求めることができない。

4.6 専属管轄

意義
法定管轄の中には、当事者の意思による変更を認めないことが適当なものがある。これを専属管轄という。職分管轄は、法律で明示されていなくても、専属管轄である。その他の専属管轄は、法律で個別的にその旨が規定されている。

専属管轄の例示と根拠
例えば、次のものがそうである。
  1. 再審訴訟(340条)  再審事由の調査のためには、再審対象の判決を下した裁判所で審理するのが適当である。
  2. 会社の組織に関する訴え(会社法835条1項)  既判力の拡張のために、異なる者により提起された複数の訴えを併合審理する必要がある(同法838条・837条)。そのためには、管轄裁判所を一つに固定しておかなければならない。 なお会社法には、その他にも役員責任追及の訴え等について専属管轄を定める規定がある(846条の4・848条・856条・857条・858条3項・862条・867条)
  3. 破産債権査定異議の訴え(破産法126条2項・6条)  既判力の拡張が必要であり(破産法131条1項)、bと同様の理由により専属管轄とする必要がある(破産法126条5項・6項も参照)。
  4. 人事訴訟(人訴法4条)  係争身分関係の当事者のいずれかが普通裁判籍を有する地又は死亡時に有していた地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。当事者の便宜や証拠の近さを考慮すると、それ以外の裁判所に管轄を認める必要は小さい。専属管轄裁判所が1つではなく、複数ありうるという点で、前記の3つの場合と異なるが、これは原告となる者の便宜を考慮した結果である[31]。特に、被告からの暴力を逃れるために離婚の訴えを提起する原告が、(原告の現在の住所地を明らかにすることなく)被告の住所地を管轄する家庭裁判所に訴えを提起することができることは、重要である。

専属管轄とされる理由は、このようにさまざまであるが、しばしば「裁判の迅速・適正という公益的理由」という言葉に要約されている[3]。

標準的専属管轄(強い専属管轄)
法定の専属管轄の中には、さまざまな類型のものがあり、その取扱いは一様とは言えないが、任意管轄と比較して、原則的に、次の特例的取扱いが認められている(このような取扱いがなされる専属管轄を「標準的専属管轄」あるいは「強い専属管轄」と呼ぶことにしよう)。
  1. 普通裁判籍および独立の特別裁判籍による土地管轄の排除(13条による4条1項・5条6条2項、6条の2の適用の排除)[2]。
  2. 関連裁判籍の排除(13条による7条の適用の排除、145条1項ただし書、146条ただし書)
  3. 管轄の合意は認められない(13条による11条の適用の排除)
  4. 応訴管轄は認められない(13条による12条の適用の排除)
  5. 17条から19条の移送規定の適用が排除されている(20条)。
  6. 控訴審において、第一審の管轄違いを主張することができる(299条1項ただし書)
  7. 専属管轄裁判所以外の裁判所が判決したことは、絶対的上告理由となる(312条2項3号)。

専属管轄裁判所は一つだけの場合もあるが、複数の場合もある。専属管轄裁判所が複数存在する場合には、それらの裁判所間の移送が特別の規定により認められていることが多い(人訴7条破産法126条3項もこれに含めてよいであろう。訴訟事件以外では、民執法44条3項、破産法7条など)。

人事に関する訴訟における例外  人事に関する訴えの管轄は専属的であり(人訴4条)、強い専属管轄の中に含めることができるが、次の例外がある。
特許権等に関する訴訟の専属管轄(弱い専属管轄)
)特許権等に関する訴訟について認められている拠点裁判所の専属管轄は、拠点裁判所に裁判資源を集中させることに由来するものである。非拠点裁判所との関係では標準的専属管轄であるが、同等の裁判資源を有する拠点裁判所相互の間では、専属性は排除されている。
)拠点地裁の専属管轄区域が広いことから生ずる弊害を緩和するために、非拠点裁判所への移送を認める規定(20条の2第1項)が置かれている。また、東京高裁の専属管轄区域が広いことから生ずる弊害を緩和するために、大阪高裁への移送を認める規定(20条の2第2項)が置かれている。

4.7 管轄の調査・判断資料

職権調査
管轄権の存在は訴訟要件の一つである。裁判所は、当事者からの申立てがなくても、管轄の有無を職権で判断し、管轄権がないと判断される場合には、管轄裁判所に移送する等の措置をとらなければならない(16条)。ただし、任意管轄については、応訴管轄が生ずる余地があることに注意する必要がある。

判断資料
管轄原因をなす事実については、管轄権の存在に利益を有する原告が主張・立証すべきであるが、裁判所も職権で証拠調べができる(14条)。ただし、被告が弁論準備手続の期日又は口頭弁論の期日に出頭して応訴管轄が生ずる余地のある場合には、弁論主義(事実と証拠の収集を当事者の責任と権限とする建前)に服させてよいので、14条が適用されるのは、専属管轄の場合が原則となる。多くの文献は、専属管轄についてのみ適用があるとする(例えば[長谷部*2014a]107頁)。しかし、被告が公示送達により呼出しを受けている場合には、14条は任意管轄についても適用があるとすべきであろう(詳しくは、訴訟要件の項で述べる)。

不法行為による損害賠償請求の訴えが不法行為地の裁判所に提起された場合のように、管轄の有無が本案請求を理由付ける事実に依存する場合には、原告の主張する事実によって管轄の有無を決定するのが原則となる(東京地判昭和36年8月31日下民集12-8-2144頁[百選*1998a]27事件)。ただし、不法行為地の裁判籍が国際裁判管轄の基礎となる場合には、特別の配慮が必要となる(後述参照)。

4.8 管轄の標準時(15条

裁判所の管轄権の存否は、手続の安定のために、訴え提起の時、すなわち裁判所に訴状が提出された時を標準として決定される(15条133条1項)。被告の普通裁判籍を管轄する裁判所に訴えが提起された場合に、その後に被告の住所が他に移転したときでも、その裁判所の土地管轄権は失われない。また、50万円の動産の所有権確認の訴えが簡易裁判所に提起された後で、その動産の価額が200万円に上昇しても、簡易裁判所の事物管轄権は失われない。

5 移送(16条以下)


初めの一歩
大阪市内に住むXは、奈良市内に住むYと売買契約を締結し、京都市内にあるYの不動産を購入し、代金の支払と引換えに所有権移転登記を得た。しかし、Yが不動産の明渡しに応じないので、Xは、Yを被告にして不動産明渡しの訴えを大阪地裁に提起した。管轄の合意はなされていないものとする。
被告が口頭弁論において「請求棄却判決を求める」と陳述し、その理由として、詐欺を理由に売買契約は取り消されている旨を主張した場合に、どうなるか。
⇒応訴管轄が成立するか否か問題(12条)。
被告が「請求棄却判決を求める」との陳述の前に、「大阪地裁に管轄権がない」と陳述した場合はどうなるか。
⇒移送すべきか否かの問題。16条4条5条12号を参照。

5.1 総説

訴えが提起されて、訴状が被告に送達されると、裁判所と両当事者間に訴訟法律関係が発生し、裁判所はその訴えに対して判決でもって応答すべき状態に入る。この訴訟法律関係の発生を訴訟係属という。移送とは、ある裁判所に生じている訴訟係属を、その裁判所の裁判により、他の裁判所に移転させることをいう[R86]。移送を受ける裁判所を「受送裁判所」という(「受移送裁判所」ということもある。[長谷部*2014a]108頁)。

訴えの提起を受けたA裁判所が「事件をB裁判所に移送する」旨を決定をする。
  A裁判所──────訴訟係属の移転──────→B裁判所
 (移送裁判所)   訴訟記録も送付される    (受送裁判所)

裁判所の本庁と支部との間での事件処理の配分は、裁判所内部での配分と考えられており、管轄の問題ではない。したがって、本庁・支部間あるいは支部相互間での事件の転送は、ここにいう移送ではなく、回付と呼ばれる。

以下では、第一審に係属する訴訟の移送について説明する。これには、次のものがある。
条文 移送の要件[申立ての要否](申立てがある場合に移送は必要的か) 移送裁判所 受送裁判所 メモ
16条 管轄違い[申立てまたは職権] 管轄権を有しない裁判所 管轄権を有する裁判所 明治23年法では管轄違いの訴えは却下されていたが、大正15年法で移送することに改められ([山内*1929a]55頁)、現行法はこれを引き継いだ。
17条 著しい遅滞の回避または当事者の衡平[申立てまたは職権](裁量的)
移送の申立てがあった場合には、相手方の意見を聴く。職権で移送する場合には、当事者の意見を聴くことができる(規8条
管轄権を有する裁判所 管轄権を有する裁判所 人訴法7条に同趣旨の規定がある。
18条 相当であること[申立てまたは職権](裁量的)
意見聴取につき、同上
管轄権を有する簡易裁判所 簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所 受送裁判所が事物管轄権を有していなくてもよい。移送により管轄権が生ずる
19条
1項
相手方の同意[申立て](必要的。ただし書あり*) 簡易裁判所または地方裁判所 申立てにおいて指定された地方裁判所または簡易裁判所 受送裁判所が管轄権を有していなくてもよい。移送により管轄権が生ずる[17]
19条
2項
不動産に関する訴訟[被告の申立て](必要的。ただし書あり**) 管轄権を有する簡易裁判所 簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所  
20条の2第1項 特許権等に関する訴訟について、著しい損害又は遅滞を避けるため移送の必要があること[申立てまたは職権](必要的ではない) 6条1項の規定により専属管轄権を有する拠点所裁判所 4条・5条若しくは11条の規定によれば管轄権を有すべき地方裁判所、又は、

19条1項の規定によれば移送を受けるべき地方裁判所
 
20条の2第2項 6条3項により特許権等に関する訴訟について大阪地裁がした終局判決に対して東京高裁に控訴が提起された場合[申立てまたは職権](必要的ではない) 東京高裁 大阪高裁  
274条 被告が反訴で地方裁判所の管轄に属する請求をしたこと[反訴被告の申立て](必要的) 本訴について管轄権を有する簡易裁判所 簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所 本訴と反訴を移送する
人訴法8条 相当であること[申立て] 家庭裁判所に係属する人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟の係属する第一審裁判所(地方裁判所または簡易裁判所) 家庭裁判所 移送により、家庭裁判所に管轄権が生じる(人訴法8条1項)

家庭裁判所は併合審理を命ずる(人訴8条2項)。その後に弁論を分離することは可能。

16条の移送について
)専属管轄違いの場合には、訴状を被告に送達する前でも職権により移送の裁判をすることができる。

)任意管轄違いの場合には、応訴管轄が生ずる余地があるので、被告に訴状を送達し、被告の対応を見てから移送すべきか否かを判断すると説かれているが、民事訴訟法自体はそのような処理を規定しているわけではなく、学説による一つの解釈にすぎない。実務では、特に消費者が被告の事件においては、被告の管轄の利益を重視して、訴状送達前に移送することもしている(最高裁判所 平成23年5月30日 第2小法廷 決定(平成23年(許)第13号)の第一審の処置参照。ただし、この事件では、9条の解釈に誤りがあるとして、管轄違いの判断は否定されたが、任意管轄違いを理由に訴状送達前に移送したこと自体が違法とされたのではない)。 この処理を肯定すべきである。

19条の移送について
この移送は、要件を満たした申立てがなされると移送が必要的となるので、要件が厳しい。その要件を充足しない場合でも、次の裁量移送の余地がある。

5.2 遅滞等を避けるための移送(17条

民訴17条が関係する若干の判例
初めの一歩
京都市内に住むXの車と富山市内に住むYの車とが金沢市内で衝突した。
Xがこの交通事故による800万円の損害賠償請求の訴えを提起する場合に、管轄権を有するのはどの裁判所か。
⇒管轄裁判所が複数ある。4条5条1号・同9号
Xが京都地裁に訴えを提起した場合に、京都地裁は、金沢市内に居住する目撃者の証人尋問ならびに事故現場の検証に便利な金沢地裁に移送することができるか。
17条

管轄裁判所が複数ある場合に、原告が選択した裁判所が事件の審判に最も適しているとは限らない。証拠調べの便宜等を考慮すると、他の裁判所で審理する場合と比較して訴訟審理の著しい遅滞が生ずる場合もありうる。その場合には、事件の審理に最も適した管轄裁判所に事件の全部または一部を移送することが認められている(17条)。

当事者間の衡平を図る必要がある場合にも、同様に移送が認められている(17条)。例えば、大企業が消費者を相手とする契約の約款中に、その契約から生ずる紛争をめぐる訴訟については大企業の本店所在地を管轄する裁判所を専属管轄裁判所とする旨の条項が含まれていることが多い。その条項に基づき、大企業が本店所在地を管轄する裁判所に代金支払請求等の訴えが提起されると、そこから離れた地に居住し、その地の営業所を通じて契約をした消費者に著しく不利となり、消費者が適切に防御活動をすることができない結果となる場合がある。この場合には、当事者間の衡平を図るために、被告の住所地(4条1項・2項)を管轄する裁判所あるいはその他の管轄裁判所に移送する。専属的管轄の合意があることは、この移送の妨げとならない(20条1項かっこ書参照)。

なお、事業者の消費者に対する訴訟では、被告の住所地から離れた義務履行地の裁判所あるいは合意管轄裁判所に訴えが提起されると、被告は移送申立てのために受訴裁判所にまで出向くことさえ大きな負担になることがある。このことを考慮すると、受訴裁判所が積極的に被告である消費者に17条の移送を申し立てる意思があるかを問いかける書面を訴状の送達の際に添付する取扱いをすべきであるとの意見書が日弁連から最高裁に提出されている([日弁連*2002a])。妥当な意見であろう。
福岡市内に住所を有するYは、東京都港区内に本店を有するX会社の福岡支店である品物を代金後払で購入したが、欠陥商品であったので、代金の支払を拒絶した。X会社が800万円の代金支払の訴えを東京地裁に提起した。売買契約書には、東京地裁を専属管轄裁判所とする旨の条項が入っていた。Yが事件を福岡地裁に移送することを申し立てた場合に、認められる可能性はあるか。なお、Xは、福岡地裁への移送に反対している。

他の法律による類似の趣旨の移送制度
独禁法87条の2では、同法24条の規定による差止請求訴訟が同一の行為または同種の行為について複数の裁判所に係属するときに、審理を一つの裁判所に集中させることを可能にするために、「当事者の住所又は所在地、尋問を受けるべき証人の住所、争点又は証拠の共通性その他の事情を考慮して、相当と認めるときは」、裁判所は申立てにより又は職権で他の裁判所に移送することができると規定されている。

婚姻事件において、例えば家庭で暴力を振るう夫に対して妻が損害賠償請求の訴えを地方裁判所に提起し、その後で離婚の訴えが家庭裁判所に提起されたときには、両請求の関連性が高いので、併合審理が相当な場合がある。その場合には、賠償請求訴訟の係属する第一審裁判所は、申立てにより、当該訴訟をその家庭裁判所に移送することができる(人訴8条)。

5.3 特許権等に関する訴えに係る訴訟の移送

拠点地裁への移送(20条2項)
一方の拠点地裁から他方の拠点地裁への移送  特許権等に関する訴訟については、拠点地裁に裁判資源を集約するために、非拠点裁判所との関係では専属的とする必要が高いが、同等の裁判資源を有する拠点裁判所相互の間では専属的とする必要性は高くないので、一方の拠点裁判所の専属管轄に属する事件であっても、17条又は19条1項の規定により他方の拠点裁判所に移送することが許されている(20条2項)。17条の移送の場合には、受送裁判所が管轄権を有していることが必要であることに注意する必要がある(移送裁判所が法定の専属管轄裁判所で、受送裁判所が合意管轄権を有する場合が典型例である[32])。

拠点裁判所から非拠点裁判所への移送(20条の2第1項)
他方で、拠点裁判所に管轄を集中することにより、不都合が生ずる事件もありうる。例えば、(α)特許権等のライセンス料の支払請求訴訟について、特許権等の有効性に争いがなければ、特許権等に関する専門的知識は必ずしも必要ない。そのような場合には、事件の要素と関わりの深い地の裁判所で審理をすることが望ましい。また、(β)特許権等の内容が特定の地域の特性と結びついていて、その地に専門家や証拠が集まっている場合もありうる。その場合には、拠点裁判所で審理するより、その地を管轄する裁判所で審理する方が望ましい。こうした事件に柔軟に対応するために、22条の2第1項が拠点地裁からの移送を規定している(同項中の「審理すべき専門技術的事項を欠く」の一例は(α)であり、「その他の事情」の一例は(β)である)。

要件の核心は、移送を必要とする理由が「著しい損害又は遅滞を避けるため」であることである。17条と対比すると、「当事者間の衡平を図るため必要がある」ことが選択的要件に入っていないことに注意が必要である。移送先の裁判所は、次の地方裁判所である。
当事者双方がこれらの裁判所での審理を望んでいる場合でも、拠点地裁に訴えを提起してから移送の申立てをしなければならない。当事者の便宜という点からは、はなはだ不便であり、当事者が管轄の合意をした裁判所に提起することを認めてよいようにも思えるが、拠点裁判所が法定の専属管轄裁判所になっている場合であるから、解釈論としては上記のようにならざるを得ない。

20条の2第1項の規定により東京地裁以外の地方裁判所に事件が移送された場合には、移送の理由が「著しい損害又は遅滞を避けるため」であったことに鑑み、その地裁の終局判決に対する控訴は、その地裁の所在地を管轄する高等裁判所の管轄に属する(6条3項ただし書)。

控訴審段階での移送(20条の2第2項)
6条3項により特許権等に関する訴訟について大阪地裁がした終局判決に対して東京高裁(その特別の支部である知的財産高等裁判所)に控訴が提起された場合についても、大阪高裁での審理を可能にするために、東京高裁から大阪高裁への移送の道が開かれている(20条の2第2項)。

5.4 移送の裁判と不服申立て

16条から18条の移送については、当事者からの申立てによりまたは職権で移送の裁判をする。19条の移送については、当事者からの申立てがある場合に限られる(「当事者の申立てにより」という表現は、当事者に申立権があることを意味する。申立権のある当事者からの申立てを無視することは許されず、申立てを認めるか否かの裁判を裁判所は必ずしなければならない)。

移送の申立ては、期日においてする場合を除き、書面によってする(規7条1項)。申立てには、理由を付さなければならない(同2項)。申立書は、ファクシミリ送信により提出することができる(規3条)。

移送の裁判は、決定でする(規8条。移送決定)。移送の申立てを却下する決定に対しては、申立人は即時抗告をすることができる(21条)。相手方の申立てにより又は職権で移送決定がなされた場合には、それに対して当事者は即時抗告をすることができる(21条)。

移送決定が確定すると、次の効果が生ずる。

5.5 管轄権を有しない裁判所に提起された訴え

管轄は、訴訟要件の一つである。管轄権を有しない裁判所に訴えが提起された場合には、裁判所は次のように処理する。

)法律により専属管轄が定められている場合には、管轄裁判所に移送する。

)任意管轄の場合には、被告が応訴しなければ、管轄裁判所に移送する。しかし、この原則には、若干の例外がある。

5.6 発展問題

5.6.1 管轄権を有しない裁判所から移送された後の処理

前述のように、管轄権のない裁判所から管轄権を有する裁判所に移送がなされた場合には、移送裁判所でなされた訴訟行為の効力については、()移送裁判所での訴訟行為の効力を全部否定する見解、あるいは()任意管轄違背の場合については管轄権不存在の主張がなされた以降の訴訟行為の効力を否定する見解も有力である([注釈*2006c]229頁は、専属管轄違反の場合には全面的に、任意管轄違反の場合には異議後の訴訟行為は効力を有しないとする)。特に、専門的事項についての判断を要する特許権等に関する訴訟が移送された場合については、その方がよいのかもしれない。しかし、次のように考えたい。

)当事者の訴訟行為については、管轄違いであることを理由に無効とする必然性は乏しく、管轄違いの場合に訴え却下ではなく管轄裁判所への移送を許すことにより当事者の負担を軽減しようとした趣旨に鑑みれば、従前の当事者の訴訟行為は基本的に有効とすべきである。

他方、()裁判所がした行為については、無効とすべきものがある。中間判決の不可撤回効は移送があった場合にも受送裁判所にも及ぶとの原則を立てるならば、管轄権を有しない裁判所からの移送の場合には例外的に及ばないとすべきであり、それは、中間判決は無効であるとするのと同じである。しかし、 移送裁判所のその他の行為を一律に無効とする必要はなかろう。すなわち、
 (α)訴訟指揮の裁判については、いつでも取り消すことができるのが原則であるので(120条)、無効としなくても、当事者からの再度の申出を受けて、受送裁判所が移送裁判所においてなされた訴訟指揮の裁判を取り消すことでも対応可能であろう。訴訟法律関係の明確化という視点からは、その方が好ましい。例えば、移送裁判所がした証拠を採用しない旨の裁判を無効とすれば、受送裁判所は当事者からの再度の申出がなくてもその申出について裁判すべきことになるが、それよりは、当事者からの再度の申出をまって受送裁判所があらためて判断すべきであるとする方がよいであろう。また、移送裁判所が審理の計画を立てていた場合に、実際上、受送裁判所が改めて計画を立て直すことになろう。その場合の説明として、移送裁判所が立てた計画を無効として、改めて受送裁判所が計画を立てるべきであるとする構成と、移送裁判所が立てた審理の計画を有効とした上で受送裁判所が147条の3第4項により変更を行うとする構成との2つが考えられるが、実際上の結果に差異があるとは思われず、説明の美学の問題にとどまろう。美学の点からは、後者の構成が好ましいと思われる(他の訴訟指揮の裁判について有効説をとるならば、審理の計画についても有効説を採っておく方が、説明が単純になって好ましいという趣旨である)。争点整理も、再度やり直すべきであろう。これについても、争点整理を無効とする構成と、移送裁判所の争点整理を有効とした上で167条等の規定による追加提出を緩やかに認めることにより実質的に争点整理をしなおすという構成とが考えられるが、これも後者の構成でよいであろう。
 (β)訴訟指揮に関する裁判のうち、即時抗告に服するもの(したがって確定を観念することができるもの)については、120条によりいつでも取り消すことができるとするわけにはいかないが、管轄違背を理由に移送がなされたことを確定後の事情として取り上げることができるものについては、それを理由に変更することができるとすることで対応可能であろう(例えば、訴訟救助の決定については、即時抗告が許されているが(86条)、移送により裁判所が変わったことは、事案によっては、事情変更となり得よう)。もっとも、管轄権を有しない裁判所から管轄権を有する裁判所へ移送されたことが事情変更となりうるのか微妙な裁判もある。例えば、補助参加の許否についての裁判がそうである。補助参加の利益の有無は、本来、どの裁判所が判決をするかに依存しない問題であり、移送裁判所による補助参加許可決定又は不許可決定が許可上告を経て確定した場合に、受送裁判所がその後の事情変更を理由に補助参加の利益があると判断できる場合は、ほとんどないであろう。即時抗告を経て確定した補助参加許可決定又は不許可決定確定を移送裁判所が管轄権を有していなかったとの理由のみで無効としうるかも疑問である。
 (γ)証拠調べについては、当事者の提出行為および裁判所の証拠採用決定までは有効としてよいであろう。文書提出命令については、最高裁により提出義務の有無が判断されている場合に、それを取消可能とすることはためらわれる。証拠調べの必要があるか否かの判断ではなく、文書所持者が提出義務を負うか否かの判断は、専属管轄裁判所以外の裁判所がしても、それほど不当な結果は生じないであろうから、取り消すことができないとすべきであろう。
 (δ)裁判所が行う証拠資料獲得行為は、どうか。(δ1)文書は、管轄裁判所で裁判官の交代が生じた場合でも、判決の作成に関与する裁判官が直接閲読せざるをえないのであるから、受送裁判所の裁判官は証拠採用された文書を閲読せざるを得ず、移送裁判所における取調べを有効とするか無効とするかを論ずる意味はない。文書の真正についての判断は、最終的には判決作成過程でなされるものであり、審理の途中でその判断が示されても、その時点での一応の判断にとどまり、その有効・無効を論ずる意味はなかろう。(δ2)鑑定は、当事者が鑑定費用を負担していることを考慮すると、移送裁判所が管轄権を有していないという一事で無効とすることはできないであろう。有効とした上で、鑑定結果を証拠原因とするか否かを受送裁判所の自由な判断に委ねてよいと思われる。移送裁判所がした鑑定を有効としたからといって、同一の要証事実について受送裁判所が追加で鑑定を行うことが禁じられるわけではない。追加鑑定を行うか否かは、当事者から再度の申出があったときに、受送裁判所が判断することで足りよう(裁判所は、必要であれば、釈明権を行使して、追加鑑定の申出を促すことができる)。(δ3)検証については、鑑定について述べたことが基本的に妥当する。(δ4)証人尋問については、当事者からの申出があれば、再度尋問を行わなければならない(249条3項)。当事者からの再度の申出がなくても、移送裁判所における当初の証拠申出に基づいて受送裁判所が証人尋問を行うことができるかが問題となるが、当事者の申出を待って再度行うことで足りよう。(δ5)当事者尋問は、費用がかかるものではなく、かつ裁判所が職権でもなしうるものであり、移送裁判所の当事者尋問を有効としても、必要であれば受送裁判所が当事者尋問を再度実施し、その結果も証拠資料にして事実の認定を行うことができるのであるから、移送裁判所が管轄権を有しないことのみを理由に無効とする必要はない。

5.6.2 特許権等に関する争点を含む訴訟

特許権等に関する争点を含む訴訟
6条1項にいう「特許権等に関する訴え」に該当するか否かは、基本的に、原告の訴えの内容を基準にして判断される。しかし、これに該当しない場合でも、請求を根拠付ける事実の中に特許権等に関する専門技術的事項が含まれているとき、あるいは、被告の重要な抗弁の中にそれが含まれているときには、その訴訟を拠点裁判所が審理裁判することが、拠点裁判所制度が設けられた趣旨にかなうであろう。例えば、次の場合がそうである。
  1. XのYに対する売買代金支払請求訴訟において請求認容判決が確定した後に、YがXによるYの特許権の侵害による損害賠償請求権を主張してこれと代金債権とを相殺したにもかかわらず、Xがその判決により強制執行をしようとするので、請求異議の訴えを提起する場合。
  2. XのYに対する売買代金支払請求訴訟において、YがXによるYの特許権の侵害による損害賠償請求権を主張してこれと代金債権とを相殺する場合。

前者の場合には、訴訟物は、売買代金請求認容判決の執行力の排除を求める権利(異議権)の主張であり、後者の場合には、訴えにより主張されている請求権は、代金請求権である。いずれの場合も、特許権等に関する訴えとは言えないが、訴訟の重要な争点は、特許権侵害による損害賠償請求権の発生の有無である。このように、特許権等に関する専門技術的事項が重要な争点になっている訴訟を「特許権等に関する争点を含む訴訟」あるいは「特許権等に関する専門技術的事項を含む訴訟」と呼ぶことにしよう(特許権等に関する訴えに係る訴訟は、「特許権等に関する争点を含む訴訟」に含まれる)。

特許権等に関する訴えに係る訴訟ではないが、特許権等に関する争点を含む訴訟については、6条の類推適用を認めるべきかが問題となる。肯定してよいように思えるが、上記aの場合の処理を考えると、同条の類推適用は難しい(前記aに関し、民執法19条により請求異議の訴えの管轄が専属管轄とされており、専属管轄の衝突が生じやすいからである)。移送の方法により問題を解決すべきであろう。

非拠点裁判所から拠点裁判所への移送
現行法は、特許権等に関しない訴えにより非拠点裁判所で開始された訴訟において特許権等に関する専門技術的事項の審理が必要になる場合を想定した規定を置いていない。そのような場合が生ずることは、実際上は少ないであろうが、理論的には予想できることである。その場合については、管轄権を有する非拠点裁判所から管轄権を有しない拠点裁判所への移送を可能にすることが望まれる。それが17条・20条の拡張解釈により解釈論として可能か、それとも立法を待つべきかが問題になる。

)任意管轄事件の場合  特許権等に関しない金銭支払請求の訴えが非拠点裁判所に提起された場合に、被告が特許権等の侵害を理由とする損害賠償請求権を自働債権にして相殺の抗弁を提出した場合に、どうすべきであろうか。解決の選択肢としては、まず、(α)特許権等に関する訴えにより主張すべき請求権であり、非拠点裁判所で審理することが困難であることを理由に相殺の抗弁を却下することが考えられ、そのような処理も、許容されるべきと思われる(特に、相殺の抗弁が予備的になされている場合に、この処理は許容されよう)。
  しかし、それだけでは多様な紛争を適切に解決する道具が十分に用意されているとは言い難い。また、被告が訴訟開始前に相殺の意思表示をしている場合には、受訴裁判所がその相殺の効果を遡及的に覆滅することができるとしない限り、相殺の抗弁を却下する処理は採用できない。相殺の経済的機能を考慮すると、(β)特許権等に関する専門技術的事項の審理を必要とする相殺の抗弁を非拠点裁判所で提出することを許容した上で、次の選択肢を認めるべきであろう:(β1)非拠点裁判所が審理する;(β2)19条の必要的移送により拠点裁判所に移送する;(β3)17条により拠点裁判所に移送する。(β1)の選択肢に法律上は問題ないが、被告主張の反対債権が受訴裁判所にとって相応な時間内に適切に審理できるかという事実上の問題が重要となり、常に採りうる良好な選択肢であるということはできない。(β2)の選択肢は、移送申立人の相手方の同意が得られない場合には取り得ないし、また、受訴裁判所が地方裁判所であることを前提にすると、19条1項ただし書後段に該当する状況が生じやすく、その状況では取り得ない。(β3)は、相殺の抗弁に供された債権の特質は管轄の決定要素として考慮されないことを前提にすると、拠点裁判所が原告の提起した事件について土地管轄権を有しない場合には不十分である
 立法論としては、特許権等に関しない訴えであっても、特許権等に関する専門技術的事項の審理が必要な場合には、受訴裁判所は、申立てにより又は職権で、6条1項1号・2号の区分に従って拠点裁判所に移送することができるとの明文の規定を設けるべきであろう(この場合の拠点裁判所の管轄権は移送により生ずるとしてよい)。
  解釈論としては、17条を次のように拡張的に解釈することによつても可能である:特許権等に関しない訴えにおいて特許権等に関して専門技術的事項の審理が必要になった場合には、拠点裁判所が管轄権を有しなくても、17条の「訴訟の著しい遅滞を避け」るために必要なときは、拠点裁判所の制度が設けられた趣旨に鑑み、拠点裁判所に移送することができ、この移送決定により拠点裁判所はその事件について管轄権を取得する。ただし、解釈論の域を超えるとの批判は、十分に予想される。

)専属管轄事件(再審事件)の場合  特許権等に関する訴訟の判決が非拠点裁判所で下されることはそれほど多いわけではないが、20条の2第1項の移送の結果そうなることがある。また、簡易裁判所の事物管轄に属する事件については、拠点地裁の管轄は専属的でないので、簡易裁判所が特許権等に関する訴訟について判決を下すこともある。それらの判決に対する再審の訴えについては、判決をした裁判所の管轄に専属する(340条1項)。このように、非拠点裁判所が専属管轄権を有する事件について、20条2項により非拠点裁判所が拠点地裁に移送することができるかが問題となる。
 非拠点裁判所が再審事件について専属的管轄権を有する場合であるので、移送を認めることは、(a)の場合より一層困難であるが、次のことを考慮すると、再審の訴えが第一審裁判所に提起された場合については、移送を許容すべき需要はあるというべきであろう:(α)原訴訟(再審対象判決が下された訴訟)では専門的技術的事項が争点とならなかったが(例えば、専門技術的事項について刑事上罰すべき他人の行為により自白がなされていた場合)、再審訴訟ではそれが重要な争点となる場合はありえようし、原訴訟の当時は、訴額を考慮して非拠点裁判所での裁判でよいと考えていた当事者が、再審訴訟では裁判資源の充実している拠点裁判所での審理が必要であると考える場合もあろう(再審事由が専門技術的事項に関わる場合と、再審開始決定後の本案の問題が専門技術的事項を含む場合とが想定されるが、いずれの場合でも、拠点裁判所による審理裁判が必要となることに代わりはない);(β)再審事件の専属管轄の根拠の一つは、判決をした裁判所に資料が多く残されていることであるが、その資料の多くは他の裁判所に送付可能である;事件の関係者(裁判官・当事者・証人等)も判決をした裁判所の近くに所在する可能性は高いが、人の移動が自由であることを考慮すると、その可能性はそれほど重要とは思われない。
 この問題についても、「立法による解決を待つべきである」というのが穏当である。ただ、解釈論により解決するとなると次のようになろう ;20条2項は、受送裁判所を拠点裁判所に限定しているが、移送裁判所については何も語っていない;もちろん、移送裁判所が拠点裁判所であることを当然の前提にしていると解するのが素直な解釈であるが、その素直な解釈では対応できない状況が生じ得ることを考慮すると、移送裁判所が拠点地裁に限定することが明示されていないと考える余地のあることを生かし、非拠点裁判所の専属管轄に属する事件についも適用ないし類推適用があると解することができる。
  そして、この解釈には、それが20条2項の拡張解釈であるということの外に、次の2つの難点があることも指摘しておくべきである。
  1. 受送裁判所の管轄権  19条の移送は受送裁判所が管轄権を有していることを前提しておらず、移送により受送裁判所に管轄権が生ずるものとされているのであまり問題はない。しかし、17条の移送にあっては、受送裁判所が管轄裁判所でなければならない。ところが、今問題にしている場合には、4条・5条の管轄権ではなく340条の管轄権が問題になっているのであるから、受送裁判所である拠点裁判所が管轄権を有するとは言い難い。
  2. 再審対象たる判決が取り消された場合に、その結果が対象判決のその後の取扱い(特に執行文の付与)に反映されやすいようにする必要がある。そのためには、再審の訴えは、対象となっている判決(書)を保管している裁判所にのみ提起できるとするのがよい。再審の訴えの管轄が専属的とされている根拠の一つは、この点にある。したがって、非拠点裁判所が専属管轄権を有する事件を拠点裁判所に移送することを20条2項(及び17条や19条)により認める場合には、原判決が取り消された場合に、その結果を再審対象判決の第一審裁判所(の裁判官や裁判所書記官等)が確実に把握できるようにしておく必要がある。

 前記1の難点については、17条の要件を例外的に緩和して、移送裁判所の所在地を6条1項により管轄する拠点裁判所に移送することができると解すべきである(前記(a)参照)。前記2の難点については、第一審となる拠点裁判所の裁判所書記官が第一審及び上級審により下された判決の正本を再審の対象となっている判決(書)を保管する裁判所に送付することにより克服すべきであろう(そこで過誤が生じやすいとの批判は甘受しなければならない)。上記のような難点を承知の上で、その難点よりも、特許権等に関する重要な争点を含む訴訟を非拠点裁判所が審理することの問題(専門的知識を有する人材がいないまま審理することによる訴訟の遅延あるいは判断の誤りの可能性)の方が重大であると考えるか否か、それが問題である。

b')専属管轄事件(その他事件)の場合  同様なことが次の専属管轄事件について問題になる。



6 国際裁判管轄


国際裁判管轄に関する若干の判例

外国に関係する要素のある事件を渉外事件という(例えば、当事者が外国人である事件、外国で生じた不法行為に基づく損害賠償事件)。そのような事件についてどの国の裁判所が裁判権を行使するかについては、国際的に確立した準則はまだない。各国は、自国の裁判権の限界を独自に定めている。日本では、この点について、従来明文の規定を有していなかったが[CL2]、平成23年法律36号により民訴法を改正して、3条の2以下に明文の規定を置いた。

インターネットの利用に起因する紛争の国際裁判管轄
インターネットは、コンピュータネットワーク同士を結びつけるネットワークとして、全世界に広がっている。国境を越えて世界中のコンピュータが接続可能であるので、それに起因する紛争の裁判管轄の問題は、社会の進歩に伴う新たな法律問題であり、興味深い問題が種々生ずる([佐藤*2003a]=佐藤優希「≪紹介≫サイバースペースにおける管轄権について ──アメリカ法曹協会報告書──」比較法40号(2003年3月)541頁─568頁などを参照)。

目次文献略語
1998年5月8日−2017年6月1日