目次文献略語


民事訴訟法講義

証 拠 3/3


関西大学法学部教授
栗田 隆


7 書 証(219条−231条)


文献

7.1 概 説

文書と準文書
民事訴訟の証拠調べの対象となる固有の意味での文書は、(α)作成者の思想(意思、認識、感情など)が、(β)裁判官が直接閲読可能な形態で、(γ)文字またはこれに準ずる符号によって表現されているものをいう[4]。紙に表現されているものが典型例であるが、これに限られない。布やコンクリート壁に表現されていてもよい。コンクリート壁に書かれた文書(原本)を撮影した写真も文書(写し)となる。情報を表すために作成された物件でこれらの要件を満たさないものは、すべて準文書(231条)として扱われる[22]。

文書と書証
書証とは、裁判官が文書を閲読し、そこに表現されている作成者の思想を係争事実の認定資料とする証拠調べをいう。書証の本来の意味は、証拠調べの方法であり、対象物ではない。対象物は、文書(証書や日記など人の思想が記載されたもの)である。民事訴訟法は書証と文書をこのような意味で用いている。しかし、「証拠となるべき文書」の意味で書証ということもある(例えば、規則55条2項・139条[3]、民執法85条3項)。証拠説明書や準備書面も文書であるが、これらは、通常、証拠調べの対象とならない。「証拠調べの対象となる文書」を簡潔に言い表すために、「書証」の語が用いられているのである(文書証拠の略語と考えてよい)。

書証と検証
証拠調べは判断資料(証拠資料)の収集の手続であり、判断資料は情報の一種である。書証の対象を準文書にまで広げて言うと、書証は、「情報を表すために作成された物件からその情報を獲得する証拠調べの方法」と言うことができる。他方、建物は情報を表すために作成されるのではないから、建物を調べて情報(証拠資料)を収集する証拠調べは、書証ではない。その証拠調べは検証と呼ばれ(232条以下)、検証の対象は検証物と呼ばれる。両者には、次のような相違点がある。

書証と検証は、概念的にはこのように区別されるが、具体的な物件についていずれの証拠調べの方法を適用すべきかが曖昧となる場合もある[24][32]。文書あるいは準文書も、そこに表明された思想ないし記録された情報を無視して媒体の外形あるいは存在そのものを証拠資料とするときは、証拠調べの方法は、書証ではなく検証となる。また、文書の記載内容を保存するためになす証拠調べ(証拠保全のための証拠調べ)も、記載内容を理解することは必要ないので、検証と位置づけられる。

文書の区別
書証の対象となる文書は、さまざまな視点から分類される[34]。

書証の手続の概略
証拠調べの過程は、次のようになる。

書証の申出には、次の3つがある。

  • 文書を提出してする申出(219条
  • 文書提出命令の申立て(219条
  • 文書送付嘱託の申立て(226条本文)

 ()準備的申出  文書送付嘱託の申立て(226条本文)と文書提出命令の申立て(219条)は、証拠調べ(裁判官による文書の閲読)の申立てというより、証拠調べの対象となる文書の入手の申立てである。裁判所は入手された文書を当事者に提示し、当事者は、文書の内容を見てその文書の証拠調べを望む場合には、必要部分を特定してその申出(本申出)をする[55](反対の見解もある[13])。

 ()本申出  (α)当事者が所持する文書については、それを提出して書証の申出をする(219条規則137条−139条)。期日に文書を提出することが必要であり、裁判所に郵送しただけでは提出にならない(最判昭和37.9.21民集16-9-2052)。(β)文書提出命令・送付嘱託により提出・送付された文書については、範囲を特定して取調べの申出をする。二重の申出は無用のように見えるかもしれないが、内容を見たうえで本申出をすることにより、無用な文書の証拠調べを省くことができる。また、本申出の方式の一部として、挙証者は文書の写しを裁判所に提出しなければならない(規則137条1号。文書の所持者から提出あるいは送付された文書は返還されるべきものであるから、この写しの作成・提出は重要である)。(γ)もっとも、職権で文書の提出を命じた場合(会社法434条など)には、裁判所は、当該文書のうち必要な部分を職権で口頭弁論に顕出して、証拠調べをすることができる[56]。

 ()証拠調べ  文書の成立の真正を確認し、文書を閲読する。裁判官が法廷で閲読するのが本来ではあるが、文書の量が多い場合には、法廷では証拠文書全体を閲読する代わりに、それと裁判所の記録に編綴される写しとの同一性を確認するに止めることがある。証拠文書は、最終的には提出者に返還すべきものであるが、必要な場合には、直ちに返還せずに留め置くことができる(227条)。

7.2 文書提出命令

文書提出命令に関係する判例教材用判例リスト

文書提出義務(220条)
挙証者は、自己が所持しない文書について、提出義務を負う所持者(相手方当事者または第三者)にその提出を命ずることを裁判所に申し立てることができる。文書提出義務は、現行法により拡張され、一般的義務に近くなっている[26][79]。次の場合には、申立てに係る文書の所持者は提出義務を負う。提出義務を基礎付ける事実の証明責任は申立人が負うが、それでも4号については若干の注釈が必要である[28]。

)相手方の引用文書(1号)  挙証者の相手方が自己の主張を根拠づけるために文書を引用した場合には、挙証者がその文書を閲覧して反論することができるように、相手方はその文書を提出すべきである。

)申立人が引渡・閲覧請求権を有する文書(2号) 次の条文などを参照(これらの規定において裁判所の許可が必要なものについては(例えば、会社法31条3項)、その許可をすべき否かの判断は、受訴裁判所もなしうると解すべきである)。

)利益文書と法律関係文書(3号)
 (c1)挙証者の利益文書は、(α)それによって直接挙証者の実体上の地位や権利関係を証明しまたは基礎づける文書で、かつ、(β)そのことを目的として作成された文書である。例えば、挙証者を受遺者とする遺言状、挙証者である患者の診療録、挙証者のためにする契約の契約書、領収書、同意書、身分証明書[7]。

 (c2)法律関係文書は、挙証者と所持者との間の法律関係あるいはこれと密接な関係のある事項が記載された文書である。利益文書と共通する部分が多いが、作成目的を問わない点で異なり、範囲が広くなる。「法律関係」の代表例は契約関係であるが、これに限られず、損害賠償請求権等のその他の法律関係も含まれる。

  法律関係文書は、作成目的を問わないために、これに含まれる文書の範囲が広くなる。そこで、専ら自己使用のために作成された内部文書は、法律関係文書に含まれないとの制限が認められている[18](内部文書よりもさらに範囲の狭い自己利用文書についても同様である[19])[25]。後述の「自己利用文書と内部文書」の項を参照。

3号の規定は、4号に相当する規定のなかった旧法下において、証拠となる文書を手許に有しない当事者に適正な裁判に必要な証拠を提出する機会を与えるために、拡張的に解釈されてきた経緯がある。その解釈は現行法の下でも維持されているが、それだけに、4号所定の除外文書に該当する文書については、提出義務を免れるとする必要がある。この理は、現在、4号ロの文書について承認されている。

この判例法理は、4号イからニに該当する文書を開示することによる不利益の大きさを考慮すると、早晩、それらに該当する文書全般に承認されることになると予想される。

他方、4号ホは、文書の開示による不利益をまったく問題にすることなく、刑事事件・少年保護事件に関する文書全般を提出命令から除外しているために、その文書が220条3号後段等に該当する場合には、裁判所は、一定の要件の下で、当該文書の提出を命ずることができるとされている。後述「刑訴法47条所定の「公判の開廷前」の「訴訟に関する書類」」の項を参照。

)その他の文書 ── 一般的提出義務(4号)  下記のいずれにも該当しない文書も、提出命令の対象となる。下記の文書が提出命令の対象外とされたのは、これらの文書の提出を命じると所持者に著しい不利益が生ずる蓋然性が高く、裁判による正義の実現よりも所持者の文書非開示の利益を優先させるべきであると考えられるからである。

196条所定の証言拒絶事由に該当する文書

)公務員の職務上の秘密に関する文書(公務秘密文書)でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ(公益侵害等のおそれ)があるもの  191条2項に対応する。これに該当する文書については、191条・197条1項1号の各規定の趣旨に照らし,文書の所持者はその文書の提出を拒むことができるので、3号に基づく提出申立ても認められない(最高裁判所平成16年2月20日第2小法廷決定(平成15年(許)第48号))。「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいう。この「公務員の職務上の秘密」には,(α)公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,(β)公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる(最高裁判所平成17年10月14日第3小法廷決定(平成17年(許)第11号))。

最判平成17年は、災害調査復命書中の≪再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等≫の記載部分について、これは、(α)行政内部の意思形成過程に関する情報であり,(β)公表を予定していないものと認められるから、公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであるとしている。民間団体の意思形成過程文書を4号ニの自己利用文書として保護することとのバランス上、4号ニによっては保護することのできない行政機関等の意思形成過程文書を公務秘密文書として保護しようとしているのである(問題点について[長谷部*2009a]361頁以下参照)。

197条1項2号(医師等の黙秘義務)・3号(技術又は職業の秘密)所定の証言拒絶事由に該当する文書  例えば、(α)訴訟の依頼者が秘密保持を前提に弁護士に開示した文書[12]。2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいう(最高裁判所平成16年11月26日第2小法廷決定(平成16年(許)第14号))[66]。(β)「技術又は職業の秘密」と言えるためには、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落し、これによる活動が困難になるもの、又は当該職業に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるものであることが必要である(最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定・民集54巻3号1073頁)。

 これらの文書に記載された情報について、文書所持者が黙秘義務を免除されている場合には、提出義務を免れない。

)専ら文書の所持者の利用に供するための文書(自己利用文書)  個人のプライバシーや個人・団体の意思形成の自由を保護するための制限である[67]。これに該当するのは、(α)非開示目的で作成され、(β)開示されると看過しがたい不利益が生ずる文書である(最高裁判所平成11.11.12第2小法廷決定(平成11年(許)第2号))。(α)の要件(非開示性)が充足されることのみから自己利用文書とすることは許されず、(β)の要件(開示不利益性)が充足されることを具体的に認定する必要がある。最高裁は、金融機関が融資の意思決定をする過程で作成する貸出稟議書について、開示不利益性を具体的に認定することなく、将来における自由な意思形成が阻害されるという抽象的な理由で、一般的に自己利用文書に該当するとするとしたが(後述参照)、判例の大きな流れは、開示不利益性の具体的認定の方向にあるとみてよい。

 なお、国または地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるもの(公務組織利用文書)は、カッコ書きにより、提出命令の対象外にならない。もっとも、公務組織利用文書も、4号ロに該当すれば、それにより提出義務を免除される。

 公務組織利用文書の例  次の文書は、そこに挙げられた裁判例によって公務組織利用文書とされたわけではないが、これに該当すると考えるべきである:

)刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書(刑事事件文書)  これが一般的提出義務から除外されたのは、次の理由による:これらの文書の中には、強制力をもって収集された文書、あるいは強制力をもって得られた情報に基づいて作成された文書が含まれており、強制力をもって情報収集された者の利益、あるいは被告人、被害者もしくは証人等の利益、捜査の秘密や裁判の適正の確保といった公共の利益を守る必要がある;そのために、刑事事件の記録の閲覧については、次の法律に個別の規定があるので、その規律に委ねるのが妥当である([深山=菅家ほか*2001a]10頁)。

 これに該当する場合については、4号による提出命令が許されない(要件を充足するか否かは容易に判断できるので、223条3項のインカメラ手続きの対象外とされている)。しかし、1号から3号による提出命令まで排除されるわけではない[38]。

7.2a 文書提出命令に関する諸問題

ここで、文書提出命令に関するいくつかの問題を検討しておこう。

民訴220条3号後段と刑訴法47条
刑事訴訟のために検察官あるいは司法警察員が作成した刑事訴訟事件に関する書類も、(α)それが220条3号後段等に該当する場合には、文書提出命令の対象となりうる。(β1)もっとも、公判の終了の前後を問わず、公判に提出されていないものは、公にすることができないのが原則である。(β2)ただし、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合には、公にすることができる(刑訴47条)。

公にすることの相当性の判断は、書類の保管者の合理的裁量に委ねられ、文書提出命令の申立てがある場合でも、保管者の判断は尊重される。しかし、その判断が民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無,程度,当該文書が開示されることにより被告人,被疑者及び関係者の名誉,プライバシーが侵害されたり,公序良俗が害されることになったり,又は捜査,刑事裁判が不当な影響を受けたりするなどの弊害の発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該文書の提出を命ずることができる(最高裁判所平成16年5月25日第3小法廷決定(平成15年(許)第40号)、最高裁判所平成17年7月22日第2小法廷決定(平成17年(許)第4号)、最高裁判所 平成19年12月12日 第2小法廷 決定(平成19年(許)第22号))。

職業の秘密と顧客に対する守秘義務(220条4号ハ)
他人(特に顧客)の情報を保有することが重要な職業は多い。その職業を営む者がその情報を他に開示すれば、顧客の信頼を失い、職業上大きな不利益を受ける。その情報の保有が197条1項2号に該当する場合には、情報保有者は同号を根拠に情報の開示を拒むことができるが、そうでなければ、彼は、それが同項3号の職業の秘密に当たるとして開示を拒むことになる。この場合に、その情報保有者は、その他人(顧客)が自ら情報を保有しているのであれば挙証者に対して情報開示義務を負うときにも、なお197条1項3号に該当する情報であることを理由に、その情報の開示ないし情報の記載された文書の提出を拒絶することができるかが問題となる。

最高裁判所 平成19年12月11日 第3小法廷 決定(平成19年(許)第23号))は、金融機関が保有する顧客との取引履歴についてこれを否定した:金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負うが、その顧客がその情報を保有していれば挙証者に対して開示義務(情報が記載された文書の提出義務)を負う場合には、その顧客情報は民訴法167条1項3号にいう職業の秘密として保護されるもののではなく、金融機関は,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として顧客情報の開示を拒否することはできず、その情報の記載された文書の提出義務を免れない[83]。

もちろん、顧客に対する守秘義務とは別に、金融機関自身にとってその顧客情報が営業秘密であり、その情報の開示が看過しがたい不利益を生じさせると評価される場合には、その顧客情報を公正な裁判のために入手する必要性と衡量した上で、その情報の記載された文書の提出義務を免れるとされることがあるとすべきである。

貸出稟議書
銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該貸出しを認めるか否かについて表明した意見が記載される文書である(最高裁判所平成11.11.12第2小法廷決定(平成11年(許)第2号)))。

貸出稟議書は、融資という金融機関にとって重要な業務の意思形成過程において作成される文書である。その提出を強制することが所持者に看過しがたい不利益をもたらすか否かは、状況に従う。

顧客の相続人からの銀行に対する過剰融資を理由とする損害賠償請求訴訟において、原告が貸出稟議書の提出命令を申し立てた事案において、最高裁は、貸出稟議書が「開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがある」という個々の事件の具体的事情に依存しない理由で、特段の事情がない限り、提出義務を免除される自己利用文書に当たるとした(最高裁判所平成11.11.12第2小法廷決定(平成11年(許)第2号))[8]。

ただ、この決定後に出された、前出の平成17年決定平成12年決定を考慮すると、意思形成の阻害のおそれも、文書の記載内容に即して、具体的に認定されるべきではなかろうか。例えば、貸出稟議書の中に、(α)金融機関の意思形成の基礎となる事実と、(β)その事実に基づく判断とが記載されている場合に、前者の事実のうち融資先から提出された資料から得られた事実についてまで開示不利益を肯定する必要はない。そして、訴訟によっては、金融機関がどのような事実を基礎にして融資をしあるいは融資をしなかったかが重要となる場合もありえ、その場合には、稟議書中のその部分については提出義務を肯定してよいと思われる。

貸出稟議書については、開示による不利益が顧客と金融機関との間の訴訟以外でも問題となるので、それを見ておこう。

Aは、B会社(金融機関)の関連会社であるC会社の販売する年10%ほどの利回りの見込まれる金融商品を購入する目的でB社から年利5%で10億円の融資を受けた。その際に、Yは、「Aが購入する金融商品は、比較的安全な商品であり、今の経済情勢からすれば最悪の場合でも元本の5%が失われる程度でしょう」との説明をC社の社員から受け、その点をB社の融資担当者に確認したところ、「当社でも確認しましたが、その程度でしょう」と説明されて、Aの保証人になった。Yは、保証債務履行請求権を被担保債権として、その所有不動産に抵当権を設定した。

しかし、たいした経済情勢の変化があったとも思われないのに、Aが購入した金融商品の価値は2億円程度に激減した。Yの精確な記憶は消えかかっているが、Yが保証人になるに際して、B社の融資担当者から「Aには、3000万円を超える年収とかなりの財産がある」と聞かされていたが、どういうわけか、Aの財産状況も悪化していて、利息の支払いが困難になっていた。そこでYは、Aが購入した金融商品と抵当不動産を処分してその代金で保証債務を弁済しようとして、売却代金7億円と引き換えに抵当権の抹消に応ずるようにB会社と交渉したが、B会社の融資担当者は、「市況が回復すれば当該金融商品の価値は少なくとも5億円程度には回復するでしょう」と述べ、「債務全額の弁済がない限り、抵当権の抹消には応じられない」として、これを拒絶した。このため、Aの未払利息が増加し、保証人であるYの負担を重くなった。最後にB会社は、抵当権を実行して債権を回収したが、不動産価格の下落時期にあたり、4億円でしか売却できなかった。B会社は、Aに対する残債権(元本+利息+損害金)9億円及びYに対する保証債務履行請求権を、他の同様な融資案件で回収が滞っている100件の債権と共に、X会社に譲渡し、内容証明郵便による通知がAとYに対してなされた。その際に、B社は、貸出稟議書、Yからの抵当不動産の任意売却による一部弁済の提案書およびこれに対するB会社内部の稟議書等の本件融資に関する一切の書類をX社に引き渡した(この書類の引渡しについては、融資時にY及びAが事前に同意していた)。

Aについて破産手続が開始され、XがYに対して保証債務履行請求の訴えを提起した。Yは、(α)BがYと保証契約を締結する際に、主債務者の財産状況ならびに融資金により購入される金融表品について十分な説明をしなかったこと、及び(β)保証債務の履行に関してB会社の不当な行動により抵当不動産の処分を阻止され、その結果残債務額が不当に増加したことは、債務不履行ないし不法行為に当ると主張し、この損害賠償請求権と保証債務との相殺の抗弁を提出した。Yは、損害賠償請求権の発生に関して主張した事実を立証するために、B会社が作成し、現在Xが所持している前記融資関係書類の提出命令を申し立てた(222条により文書の特定は可能であるとする)。この申立ては、認められるだろうか。

自己利用文書と内部文書
自己利用文書(自己専利用文書)は一般的提出義務から除外される文書として4号ニで規定されている。内部文書(自己使用文書)は、解釈により、3号後段の法律関係文書から除外されている(判例・多数説)。

最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)は、内部文書を「文書の所持者が専ら自己使用のために作成した文書」と定義しており、自己利用文書の要件の一つである開示不利益性の要件を含まないので、その範囲は自己利用文書よりも広くなる。したがって、自己利用文書が3号後段の文書(法律関係文書)に該当しないことはいうまでもないことになる(最高裁判所 平成11年11月12日 第2小法廷 決定(平成11年(許)第2号))。学説上も自己利用文書の範囲は内部文書の範囲よりも狭く解釈すべきであるとの見解が多い[29])。

また、次の点に注意が必要である[36]:インカメラ手続(223条6項)は4号文書についてのみ規定されている。他の号に該当すると主張された文書について、それが自己利用文書あるいは内部文書に該当するか否かを判断するためにインカメラ手続を用いることができるとは規定されていない[27]。

自己利用文書の要件(内部文書性と開示不利益性)
内部文書性は、自己利用文書の要件の重要な要素であるが、最高裁判例が開示不利益性も自己利用文書の要件の中に取り込んだことにより、要件規制の重心は、内部文書という形式的要素から、開示不利益性という実質的要素に移動したと見てよいであろう。こうした視点からすれば、内部文書に該当することの要件が緩やかになることも是認できる[31]。

内部文書に該当するのは、「その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書」である(外部に一切開示することのない秘密文書である必要はないと考えたい)。

次の文書は、内部文書に該当しない。

いくつかの最高裁の先例が、個々の文書を内部文書と認定する際に、「法令によってその作成が義務付けられたものでもなく」と述べている。そこから、逆に、法令によって作成を義務づけられた文書(法定義務文書)は内部文書に当たらないとの考えを窺うことができる。その考えの根拠は、次の点にある:社会的に重要な業務については、その適正を確保するために業務の執行に関する文書を作成させる必要が高い;業務の適正な執行の確保ないしコントロールは、まず作成義務者自身が、次に監督官庁が行うが、民事訴訟において業務が適正に執行されたか否かが問題となる場合には、法定義務文書を提出させてコントロールの実を挙げるのが有益であり、訴訟においても利用され得る文書として作成が義務づけられていると考えるべきである;したがって、法定義務文書は、通常は内部文書に該当しない。しかし、常にというわけではない。作成義務を課した理由の如何によっては、法定義務文書であっても内部文書に該当すると判断されることはあり得よう。とりわけ開示による不利益が大きい文書はそうである。

証拠としての必要との比較考量
最高裁は、平成18年以前においては、文書の開示不利益性と個々の訴訟において当該文書を利用することの必要性とを秤にかけることはしていなかった[82]。しかし、平成19年になって、最高裁判所 平成19年8月23日 第2小法廷 決定(平成19年(許)第18号)が、所持者からの職業秘密文書に該当するとの主張を排斥するに当たって、この比較考量をした。事案は次のようなものである:介護サービス事業法人たる原告が、退任した取締役を被告にして、彼が原告の従業員を違法に引き抜くとともに,原告の顧客名簿を利用し,原告に関する虚偽の風説を流布するなどして不正に顧客を奪ったと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起し、指定居宅サービス事業者として介護給付費等を審査支払機関に請求するために必要な情報をコンピューターに入力することに伴って自動的に作成される文書の内容(利用者の氏名を含む)から利用者の生年月日,性別等の個人情報を除いたもののリスト(「サービス種類別利用チェックリスト」)の提出命令を申し立てた。最高裁は、介護サービス事業者が介護給付費等の請求のために審査支払機関に伝送する「サービス種類別利用チェックリスト」が、本案訴訟において取調べの必要性の高い証拠であると解される一方,当該文書に係る96名の顧客が文書提出命令の申立人において介護サービスの利用者として現に認識されている者であり,当該文書を提出させた場合に所持者の業務に与える影響はさほど大きなものとはいえないと解されること等を考慮して、民事訴訟法220条4号ハの職業上の秘密が記載された文書に当たらないとした。

こうした利益衡量は、今後、他の類型の文書についても行われるようになるであろう。


開示による不利益についての整理
4号による提出義務の除外事由は、文書所持者等の利益を擁護するためのものであるので、提出義務を免れるためには、文書の開示により文書所持者等が大きな不利益を受けることが必要であり、その不利益が大きくない場合には提出義務を免れない。提出義務除外の理由となる不利益は、除外事由ごとに異なる。4号から除外される文書のうち、ロからニの文書を表にまとめておこう(ハについては、197条1項3号の文書のみを取り上げる)。

形式的要件 実質的要件(開示による不利益) 証拠としての必要性の比較考量

公務秘密文書(公務組織利用文書を含む) その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの(4号ロ)。4号ロの提出義務免除について要求される不利益は、単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要である(最高裁判所平成17年10月14日第3小法廷決定(平成17年(許)第11号)))。


(197条1項3号)

技術上・職業上の秘密文書 「技術又は職業の秘密」と言えるためには、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落し、これによる活動が困難になるもの、又は当該職業に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるものであることが必要である(最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定・民集54巻3号1073頁)。 提出命令の対象文書が本案訴訟において取調べの必要性の高い証拠であるると解される一方,本件文書を提出させた場合に所持者の業務に与える影響はさほど大きなものとはいえないことも考慮して提出を命じた事例(最高裁判所 平成19年8月23日 第2小法廷 決定(平成19年(許)第18号))

内部文書(公務組織利用文書を除く) 開示されると看過しがたい不利益が生ずる文書である(最高裁判所平成11.11.12第2小法廷決定(平成11年(許)第2号))。

自己利用文書の提出義務免除に要求される「開示による看過しがたい不利益」の実際の内容は多種多様であり、その内容に応じてその認定の具体性も異なるが、開示による不利益が個人のプライバシーの侵害や企業の秘密の漏洩である場合には、個々の事件の具体的事情を考慮して具体的に認定することが必要である(技術上の秘密に関する最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)[78]。

意思形成過程文書の開示による不利益
団体の意思が外部に表明された場合に、その意思表明に係る文書を提出命令の対象とすることに問題はない(表明された外部の範囲にもよるが、その文書を訴訟で開示することによる追加的に生ずる不利益は小さい)。しかし、外部に表明される意思の形成過程で作成された文書、あるいは外部への意思表明とは関わりなく内部的な意思の形成のために作成された文書が提出命令により強制的に開示され、91条1項により何人もその閲覧を請求することができる状況になれば、文書を利用した内部的意思形成が阻害されることになることは、予想できる。

その場合に、その文書を提出命令の対象外とすることにより保護されるべきものは、既になされた意思形成というよりも、将来の意思形成の自由であり、文書の開示による不利益は、抽象的なものにならざるを得ない。抽象的不利益の存在をもって提出義務を免れるとするならば、事実を解明して正義の実現を図るという私法の利益が害されることになるので、不利益の発生の認定は慎重に行うべきである。

意思形成過程文書の保護は、当初、220条4号ニの自己利用文書として図られるものと考えられていた(最高裁判所 平成12年3月10日 第1小法廷 決定(平成11年(許)第26号)参照)。そして、行政機関が保有する文書については、エイズ薬害訴訟における苦い経験に鑑み、行政の透明性を向上させるために、平成13年法律第96号による改正で、「国または地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。」とのかっこ書が置かれたのである。ところが、最高裁平成17年決定は、労働災害調査復命書中の≪再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等≫の記載部分について、(α)行政内部の意思形成過程に関する情報であり,(β)公表を予定していないものと認められるから、公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであるとしたのである。かなりゆるやかな要件の下で、行政機関の意思形成過程文書を提出命令の対象外としたのである(最高裁平成17年決定に対する批判として、[長谷部*2009a]を参照)。民間団体の意思形成過程文書とのバランスをとったものとの理解も可能であるが、むしろ、行政の透明性の要請を無視し、平成13年改正の趣旨をないがしろにするものと言うべきであろう。

その点はともあれ、判例の立場に従って、団体内部の意思形成過程上の文書について所持者が220条4号の提出義務を負わないことの根拠規定を整理しておこう。

220条4号ニ 220条4号ロ
私的団体が所持する文書

◎(最決平成11年11月12日

×

国または地方公共団体が所持する文書 公務員が組織的に用いるもの

×(かっこ書)

◎(最決平成17年10月14日

その他

ところで、一定種類の文書を利用した将来の意思形成の自由を確保する方法として、次のような方法がある。

  1. 全面非開示方式  その種類の文書を、その記載内容に関わらずに、一律に提出命令の対象外とする。
  2. 部分的非開示方式  文書の記載内容を、開示されるとのルールが定着することによりその種類の内容をその種類の文書に記載することが困難となって意思形成の自由が阻害される種類の内容と、開示されてもその種類の文書に記載することに支障はなく、したがって意思形成の自由が阻害されることのない種類の内容に分け、前者の記載部分のみを提出命令の対象外とする(223条1項)。

1の選択肢にあっては、その種類の文書であれば何を書いても開示されることはないことになり、意思形成の自由は高まる。2の選択肢を採用すると、どのような記載内容が提出命令の対象外になるかを確定しなければならず、その不確実性が意思形成のための文書に事実や意見を自由に記載することをためらわせ、その結果、意思形成の自由が阻害される可能性が高まるとも言いうるが、しかし、その阻害の程度は、全面開示の場合より高くなることはないと言うべきである。最高裁は、貸出稟議書について、1の選択肢を採用したが、いずれの選択肢を採用するかは、当該文書が所持人の業務等において有する重要性にも依存すると考えるべきである。団体内部の意思の形成過程で作成された文書であるというだけで、文書提出義務を全面的に否定する(全面非開示とする)ことは、正当ではない([長谷部*2009a]362頁も参照)。

設例  大学の保管する各学生の成績表は、本人に開示することが予定されているので、内部文書にはならない(なお、在学生本人あるいは卒業生本人から交付請求があった場合に、大学がそれを拒むことはないが、それでも法律関係文書として提出命令の対象になることも肯定しておくべきである)。このことを前提にすると、成績表について第三者から4号に基づいて提出命令の申立てがあった場合に、大学は、4号ニに該当するとして提出を拒むことは困難であり、学生の成績は大学と学生との間の信頼関係を維持するために第三者に秘密にしておくべき文書(職業上の秘密文書)であると主張して、4号ハに該当することを理由に提出を拒むことになろう。裁判所がこの提出拒絶理由を受け入れる可能性は高くはないが、しかし、成績情報の重要性を考慮すると、最高裁まで争うことは、学生との信頼関係の維持のために有意義であろう(なお、成績表は、通常はコンピュータの記憶装置内に保存されているが、これも文書提出命令の対象となることを前提にする)。

個人情報保護法による開示請求権との関係
一般論として言えば、提出命令に係る文書が自己利用文書に該当する場合でも、個人情報保護法25条による開示請求権の対象となる文書は、民訴法220条2号により提出命令の対象となりうる。問題は、保護法25条1項2号の除外事由(当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合 )のある文書と自己利用文書の範囲との関係である。保護法25条1項2号は、情報の非開示性について特に言及していないが、これは当然の前提になると解してよいであろう。これを前提にすると、問題は、個人情報保護法25条1項2号にいう「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ」と、最高裁が自己利用文書について定式化した「看過し難い不利益が生ずるおそれ」との違いに行き着く。

問題は、次のような形で現れよう。挙証者が文書に記載された情報の本人である限り、文書の所持者が提出義務を免れるためには、上記の2つの開示不利益性が存在しなければならない。しかし、情報の本人が死亡して相続人が訴訟当事者となっている場合には、保護法25条の適用はないので、文書の所持者に「看過し難い不利益が生ずるおそれ」があると認められれば、提出義務を免れることになる。もし「看過しがたい不利益が生ずるおそれのある場合」が保護法の「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」よりも広いとすれば、情報の本人が生存して当事者となっている場合には提出が命じられるが、死亡して相続人が当事者となると提出は命じられないという場合が生ずる。(α)個人情報保護法による情報開示請求権の独自の意義を文書提出命令の場面でも承認すべきであるとなれば、上記の違いは肯定すべきことになる。他方で、(β)訴訟係属中に当事者が死亡した場合に、提出命令を発すべきか否かを判断する時期と当事者の死亡時期との前後という偶然的事情により結果に差異が生ずることにも抵抗を感ずる。私見は後者(β)に傾いているが、両者の関係を論定するのは、まだ早すぎよう。当分は、両者の関係は不明瞭であるとしたまま、それぞれの規定の趣旨にしたがって、除外事由に該当するか否かを判断していくべきである。

司法協力義務と訴訟準備成果物の保護
文書提出義務の基礎をなすのは、より多くの証拠に基づいて適正な裁判がなされるように司法に協力する義務(司法協力義務)である。ところで、民事訴訟では、各当事者が自己に有利な裁判資料を自発的・積極的に提出することにより事件の適正な解決に必要な裁判資料が収集されることが期待されているのであるから、訴訟準備のための努力の成果は、自ら法廷に提出したもの以外は相手方に開示する必要はないという形で保護する必要がある。したがって、訴訟の準備のために当事者またはその依頼を受けた弁護士等が作成した文書については、高度な自己利用文書性が認められるべきである([伊藤*2000b]=伊藤眞「自己使用文書としての訴訟等準備文書と文書提出義務」『佐々木吉男先生追悼論集・民事紛争の解決と手続』(信山社、2000年)415頁が詳しく論じている)。

司法協力の要請も、訴訟準備成果物の保護の要請も、いずれも適正な裁判の実現という同じ目的に向けられた要請であるが、作用の仕方は逆である。両者の調整は、訴訟準備成果物の範囲をどのように設定するかにより図られる。訴訟準備成果物に該当するのは、当事者およびその依頼を受けた弁護士・公認会計士などが当該訴訟またはこれと関連する他の訴訟の準備のために作成し、これらの者が所持する文書である。他方、紛争発生過程で生じた文書は、紛争の適正な解決のために原則として両当事者の利用に供されるべきであり、訴訟準備成果物には該当せず、成果物の基礎として利用された場合でも文書提出命令の対象となりうる([伊藤*2000b]424頁)。また、訴訟準備成果物も、所持者たる当事者またはその訴訟代理人が引用すれば、1号により提出命令の対象となる。

他の法律の規定による提出義務
文書提出義務が民事訴訟法以外の法律で定められている場合がある。それらの位置付けについては見解が分かれているが[9]、いずれにせよ、220条の要件面での特則であり、各規定の要件が充足される限りいずれの規定に基づいても提出命令を申し立てることができ(並列適用説)[51]、また、221条から225条の適用を認めるべきである[16]。

7.3 文書提出命令の手続(221条−223条、規則140条−141条)

申立て
挙証者は、自己が所持しない文書について、その提出を所持者(相手方当事者または第三者)に命ずることを裁判所に申し立てることができる。文書提出命令の申立ては、下記の事項を明らかにして(221条1項・222条1項)、書面でしなければならず(規140条1項)、相手方の意見陳述も書面による(規140条2項)。文書提出命令を発すべきか否かについて、複雑な判断が必要だからである([条解*1997a]299頁以下)。

識別事項による特定の場合の文書特定手続(222条
提出されるべき個々の文書の表示と趣旨を明らかにすることが著しく困難であるときは、文書の特定を識別事項を明らかにする方法によりすることができる(222条1項前段)。この場合には、裁判所に対し、識別事項に該当する文書の表示と趣旨を文書所持者が明らかにすることを求めるよう申し出なければならない(同項後段]81])。この申出があった場合には、裁判所は、文書提出命令の申立てに理由がないことが明らかな場合を除き、文書の所持者に対し、該当文書の表示と趣旨を明らかにすることを求めることができる。文書の所持者は、該当する個々の文書ごとにその表示(標題)と趣旨(概要)を記載した一覧表を提出するべきである。裁判所は、そのリストを申立人に閲覧させ、申立てを補正させる。

文書の所持者が裁判所の求めに応じないために、識別事項に該当する文書の表示と趣旨が明らかにならない場合の取扱いについては見解が分かれている(詳しくは、[高橋*2002a]345頁以下参照)。

  1. 却下説  識別事項による特定では不十分であることを前提にして、提出命令の申立てを却下せざるを得ないとする見解([法務省*1998a]263頁)
  2. 発令説  文書特定手続は、識別事項による特定のまま提出を命じられることにより所持者に生ずる負担を軽減するための手続であり、特定手続に応じない所持者は負担軽減の利益を放棄したのであるから、識別事項による特定のまま又はこれに絞りをかけて提出命令を発するべきであるとする見解([伊藤*民訴v3.1]378頁注365、[梅本*民訴新版]835頁)。

文書提出命令の制度の機能を維持するために、発令説を採るべきことはいうまでもない。文書の特定が識別事項による特定で足りることは、(α)文書の表示と趣旨を明らかにすることが著しく困難であること(必要性)、及び(β)対象文書を表示と趣旨により特定させるために、必要な情報を開示する機会を文書所持者に与えたにもかかわらず、彼がそれを利用しなかったこと(許容性)により、十分に正当化される(こうした理解に批判的な見解として[高橋*2002a]346頁がある)。

この立場を前提にすれば、裁判所は、申立人から222条1項後段の申出がある場合でも、例えば(α)該当する文書の数量が少ないために該当文書を全部提出することを命じても所持者に生ずる不利益が小さいと認められる場合、あるいは(β)識別事項の明確性、文書の性格、事案の特質及び当該文書の証拠としての重要性等を考慮して、全部を提出させる必要があると認める場合には、所持者に表示と趣旨の開示を求めることなく識別事項に該当する文書全部の提出を命ずることができると解すべきである。前述の最高裁判所 平成13年2月22日 第1小法廷 決定(平成12年(許)第10号)の事案は、後者(β)に該当する場合であったために、特定手続を経ることなく提出命令が発せられたと評価したい。 

審理と裁判
第三者に対して文書提出命令を発するときには、第三者を審尋しなければならない(223条2項)[64]。

裁判所は、提出を求められた文書の中に取り調べる必要がない部分又は提出義務があるとはいえない部分があると認めるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる(223条1項2文)。1通の文書の記載中に提出の義務があると認めることができない部分があるときでも、同様である(最高裁判所平成13年2月22日第1小法廷決定(平成12年(許)第10号))。この場合には、原本ではなく、記載の一部を隠した写しを提出すればよいとしなければならない。提出された写しと原本中の提出すべき部分との同一性の確認が必要な場合には、その確認は、223条6項のインカメラ手続に準じて裁判所が行うべきである。

一般的提出義務を原因とする申立てについての特則221条2項・223条3項−6項)
)提出命令は裁判所の国民に対する権力行使であり、できるだけ少ないことが望ましいので、提出命令の申立ては、当該文書の入手が他の方法により可能な場合にはすることができない(221条2項。226条ただし書と同趣旨である)。文書の所持者が行政機関の場合でも、当事者が訴訟手続外で入手できるものは、手続負担を考慮すると、訴訟手続外で入手して提出することが好ましい。例([法務省*1998a]257頁):

)提出義務から除外される文書に該当するか否かを判断するために、文書の所持者が裁判所に文書を提示し、裁判所がそれを他に開示することなく判断することが認められている(インカメラ審理手続。223条6項)[30]。この場合に、裁判所は必要であれば、文書を一時保管することができる(規141条)。

公務秘密文書についての特則223条3項−5項)
公務秘密文書については、さらに特則がある。一般的提出義務を原因としてその提出命令の申立てがなされた場合には、監督官庁の意見聴取が必要である(3項)。外交上の理由または公共の安全秩序維持を理由に公務秘密文書に該当するとの意見が述べられた文書(高度秘密文書)については、裁判所は、その意見を尊重しなければならない(4項。正確には、「その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り」文書の提出を命ずることができる)。[72]

また、公務秘密文書が第三者の技術又は職業の秘密に関する事項に係る記載を含む場合には、あらかじめ、当該第三者の意見を聴く(5項)。ただし、公益侵害等のおそれがある旨の意見を述べようとするときは、その理由により提出を免れる可能性が高いので、第三者の意見を聴く必要はない。しかし、公益侵害等のおそれを理由とする提出拒絶が認められなかった場合には、当該第三者の意見を聴いて、再度意見を述べるべきであり、その可能性があると予想される場合には、当該第三者の意見を予め聴いて意見を述べる方がよい。

不服申立て223条7項)
証拠の採否に関する決定は独立の不服申立てができないのが原則であり、文書提出命令の申立てについても、証拠調べの必要性がないことを理由とする却下決定に対しては、独立の不服申立ては許されない(最高裁判所平成12年3月10日第1小法廷決定(平成11年(許)第20号)、[注釈*1998b]202頁)[53]。しかし、その他の理由で申立てを却下する決定については、提出義務の存否について複雑な判断が必要な場合が多いこと、また、当該文書の提出がその後の審理に与える影響が大きいことを考慮して、独立の不服申立てが認められている。

)申立てを認容する裁判に対しては、提出を命じられた者が即時抗告をすることができる。第三者に対する提出命令に対しては、相手方当事者は抗告の利益を有しない(最高裁判所平成12年12月14日第1小法廷決定(平成11年(許)第36号)、[伊藤*民訴3]381頁注390。ただし、学説上は、反対説も有力である)。

)申立てを却下する決定に対しては、申立人が抗告権を有する。ただし、受訴裁判所が、文書提出命令の申立てを却下する決定をした上で、即時抗告前に口頭弁論を終結した場合には、もはや申立てに係る文書につき当該審級において証拠調べをする余地がないから[52]、この決定に対し口頭弁論終結後にされた即時抗告は不適法である。この却下決定は、終局判決前の裁判として控訴裁判所の判断を受ける(283条ただし書の適用を受けない)(最高裁判所平成13年4月26日第1小法廷決定(平成13年(許)第2号))。

文書提出命令違反の効果(224条・225条)
提出命令においては、文書を提出すべき期限または期日を指定する[54]。指定された期限内にまたは期日に提出されないと、提出命令違反となる。
)第三者が文書提出命令に従わない場合には、20万円以下の過料の制裁が科される(225条)[65]。

)当事者が提出命令に従わない場合には、過料等の制裁を科すより、敗訴の危険の負担を負わせる方が合理的である。

  1. 主張された記載内容の認定  当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する挙証者の主張について確信を持つに至らない場合でも、それを真実と認めることができる(証明度の低減)(224条1項)。文書が滅失しているために提出できない場合には、1項の適用はない。しかし、当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出義務のある文書を滅失させ、その他これを使用できなくした場合には、裁判所は、1項の場合と同様に、当該文書の記載に関する挙証者の主張を真実と認めることができる(同条2項)。224条2項にいう「提出の義務のある文書」は、民訴220条等で提出義務があると定められている文書であり、提出命令の告知前に滅失させた場合であっても、使用妨害目的あれば、適用される([注釈*1998b]204頁(高田昌宏))。提出命令の告知後に文書を滅失させれば、妨害目的を強く推定してよい。法令により保存義務のある文書を提出できない場合には、火災・水害等により滅失した場合を除けば、使用妨害の目的が推定されることが多いであろう。
  2. 記載内容により証明すべき事実の認定  224条1項・2項において裁判所が真実と認めるのは、具体的な記載内容に関する主張である。ところが、その具体的主張をすること自体が著しく困難な場合もある。その場合には、当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるというもう一つの要件が充足されれば、裁判所は、提出義務者が提出義務に違反したことを考慮して、証明すべき事実に関する主張を真実と認めることができる(224条3項)[39]。提出義務違反がある場合でも、挙証者が提出した他の資料から要証事実について推認可能な場合には、224条3項を適用せずに、提出された資料から推認する(貴重な事例として、大阪地方裁判所平成12年7月27日第21民事部判決(平成7年(ワ)第2692号)がある)。この推認に際しても、相手方が提出命令に従わなかったことを考慮することができる。

人事訴訟では、真実の発見が重視され、224条の適用は排除されている(人訴19条)。

提出を命じられている文書に記載されている情報の主体の手続保障
例えば、Aのプライバシーや技術・職業上の秘密に関する情報を記載した文書をBが所持している場合に、文書提出命令はBに対して発せられる。ところが、その文書が提出されることにより大きな打撃をうける情報主体Aは、提出命令の手続の当事者ではない。223条5項は、公務員の職務上の秘密に関する文書について、第三者の利益保護を図る必要性を認めているが、監督官庁が裁判所に意見を述べるに際して当該第三者の意見を聴くことに止まっている。情報主体の利益保護のために、彼により強力な保護手段が認められるべきであろう。彼は、文書提出命令の手続に補助参加し、その中で自己のプライバシーや技術・職業上の秘密の利益が保護されるべきであること、従って、当該文書が220条4号ハに該当することを主張できるものと解したい。

文書提出命令の中に文書作成命令が含まれる場合
文書は、一般に、「裁判官が直接閲読可能な形態で、文字またはこれに準ずる符号によって作成者の思想が表現されているもの」と定義されており、そこからは電磁的記録物は除外されている。準文書は、「図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないもの」と定義されており(231条)、その例示から明らかなように、文字データから構成される電磁的記録物は除外されている。電磁的記録内容をプリントアウトした紙を証拠調べの対象とすれば足りると考えられているからである。これらのことを前提にすると、ハードディスクなどに記録されている情報については、文書提出義務に付随して文書作成義務が存在することを承認しなければならない。ハードディスクに記録されている情報が暗号化されている場合には、特に重要である。文書提出命令は、通常は、既に所持している文書の提出命令であるが、上記のように、文書の形式で存在しない人の思想の記録については、文書提出命令は、その思想を記載した文書を作成し(暗号化されている場合には、その暗号を解いて文書を作成し)、その文書を提出することの命令となる。換言すれば、電磁的記録の所持者は、文書提出命令に対して、その内容を記載した文書を所持していないことを理由に提出を拒むことができない。

7.4 文書送付の嘱託(226条

裁判所は、当事者の申立てに基づき、事実の認定のために必要な文書あるいは必要となることが予想される文書の所持者に送付を嘱託することができる。嘱託を受けた者は、裁判に必要な文書として裁判所を信頼して裁判所に送付するのであるから、当事者が所持者に直接依頼しても入手することのできない文書も、この方法により入手することができる。交通事故などについて警察官が作成する調査書、登記所や市役所・町村役場の保管文書などがその例である。文書提出命令よりも命令性(権力性)の弱い平和的な文書入手方法であり、提出命令の対象となる文書についても送付嘱託をすることができる。しかし、当事者が法令により文書の正本・謄本の交付を求めることができる場合には、当事者自らが交付を求めて、それを提出して書証の申出をすべきである(226条ただし書)。送付嘱託の申出を却下する裁判に対する独立の不服申立ては認められていない。この場合には、その文書が文書提出命令の対象となるものであれば、文書提出命令を申し立てる(これを却下する裁判に対しては、223条7項により即時抗告可能)。

嘱託を受けた者が私人である場合には、これに応ずる義務があるということはできないが、協力することが望まれる。嘱託を受けたのが公的な機関である場合には、正当な拒絶理由がない限り、公法上の一般的な義務として送付義務を負う。

送付嘱託の申出も、書証の準備的な申立てであり、嘱託に応じて送付された文書が直ちに証拠調べ(裁判官による閲読)の対象となるわけではない。挙証者は証拠調べに必要な部分を選択して、証拠説明書ならびに写しを作成して、その部分の証拠調べを申し出る。送付された文書は相手方にも提示して、相手方にも書証の本申出の機会が与えられるべきである。

提出・送付の方法
提出命令または送付嘱託を受けた者は、「裁判官が直接閲読可能な形で文字その他の符号で記載されたもの」(通常は、その内容が記載された紙)を裁判所に提出または送付する。しかし、提出者が当該文書をデジタルデータ(電磁的記録)の形式で所持していて、それを印刷するとかなりの分量の紙が必要となる場合等に、提出者等が希望する場合には、送信の方法や電子メディア(電磁的記録物)を郵送する方法で提出することを許し、当事者が必要な部分を適宜ブリントアウトして本申出をする(裁判官の閲読求める)ということも許してよいであろう。その場合に、提出者等は、このような方法で提出する文書(電磁的記録)について、情報の拡散を防止するために、利用可能な期間を制限する等の技術的措置を施して提出することが必要な場合もありうる。証拠調べに支障を生じない範囲では、それも許容すべきであろう。

7.5 本申出

本申出
書証の本申出は、口頭弁論期日に行う。その前に、裁判所および相手方に証明すべき事実との関連性を吟味する機会を予め与え、書証申出の期日に証拠整理の役に立てるために、書証の申出をする時までに次のものを裁判所に提出する(裁判所のために1通、相手方のためにその数の通数)。

これらのものは相手方に直送することもできるが、ファクシミリを使用する場合には、読みにくくならないように注意しなければならない(規則137条)。書証の申出をする期日までにこれらのものを提出または直送しなければ、書証の申出は不適法となる。

立証趣旨
規則137条1項で無定義で使われている言葉であるが、規則99条1項の「証明すべき事実およびこれと証拠との関係」を意味すると解される[80]([裁判所職員総研*2005a] 187頁)。もっとも、弁済の事実の立証のために領収書が提出される場合のように、証明すべき事実と証拠との関係が自明の場合も多々あり、その場合には、証明すべき事実のみを記載すれば足りる。

文書の写しの閲読の意味
当事者がその所持する文書の証拠調べの申出をする場合に、裁判所および相手方に立証趣旨の関連性を吟味する機会を予め与えるために、その文書の写しを裁判所に提出すべきものとされている。裁判所は、写しを閲読して証拠調べが不要であると判断した場合には、期日においてなされる書証の申出を却下することになるが、それでも写しの内容は、裁判官の記憶に残り、結局のところ当該文書を証拠調べしたのと同じにことにならないかという疑問が湧く。この疑問は、≪証拠調べの完了後は、取調の結果を裁判官の記憶から消去することはできないので、証拠の申出の撤回は許されない≫、と説明に接すると、さらに強まろう。

しかし、この場合でも、写しの閲読は文書の証拠調べと等価ではないと考えてよい。それは、次の理由による:(α)文書の閲読にもさまざまな段階があり、事実認定の資料とするために精読する場合と、証明すべき事実との関連性を判断するために閲読するのとでは異なる;(β)裁判官は写しを閲読しただけであり、文書の成立の真正については証明がなされていないのであるから、このことが写しの閲読の結果を無視して事実認定をおこなうことを可能にする心理的要因となる;(γ)多くの場合は、写しの閲読の結果、要証事実との関連性が薄いために取調の必要がないと判断された文書について、その証拠調べの申立てが却下されるのであるから、その文書を読んだところで事実認定には影響しない。

文書の留置(227条)
当事者が提出した文書、文書提出命令により提出された文書、送付嘱託により送付された文書は、裁判所が閲読した後、提出者あるいは送付者に返還する。訴訟記録には、当事者が提出した写しを編綴する。ただ、提出された文書(特に原本)を裁判所が繰り返し閲読する必要がある場合もあり、また、裁判所に保管して原本の改変を防ぐ必要がある場合もある。このように証拠調べのために必要がある場合には、裁判所は提出・送付に係る文書を留め置くことができる。留置の必要がなくなれば、その時点で速やかに返還する。

7.6 文書の証拠力

文書の成立の真正

形式的証拠力



実質的証拠力

形式的証拠力と実質的証拠力
文書は、前述の定義により、特定の者の思想の表明物として証拠価値をもつ。文書上の思想の表明者を作成者という。証拠価値は、次の2段階を経て判断される。(α)文書に表明された思想が、挙証者により作成者であると主張されている者の思想であること。これを形式的証拠力という。(β)文書の内容が要証事実の認定に役立つこと。これを実質的証拠力という。一般に「文書は、形式的証拠力が確認されて初めてその内容が要証事実の認定に役立つ」と言われているが、これは、特定人の思想を証拠資料とする場合についての立言である。後述のように、作成者を具体的に特定しなくても文書(準文書)に記載された思想を証拠資料とすることができる場合もある。「形式的証拠力の確認が必要か否かは証明すべき事実に依存するが、通常は、特定人がどのような思想を表明したかが重要であるので形式的証拠力の確認が必要となる」というべきである。

形式的証拠力と文書の成立の真正(228条−230条)
文書が作成者の意思に基づいて作成されたことを、文書の成立の真正という。これは、形式的証拠力と密接な関係があるが、概念的には区別される。文書の形式的証拠力は成立の真正を前提にし、文書の真正が肯定されれば、通常は形式的証拠力も肯定される(ある者の意思に基づき作成されたのであれば、その者の思想が記載されているのが通常であり、そのように推定すべきである)。しかし、両者が分離する場合もある([裁判所職員総研*2005a]205頁参照)。例えば、

もっとも、形式的証拠力を文書の成立の真正と同義とする文献もある(例えば、[中野=松浦=鈴木*2004a]315頁(春日偉知郎))。[77]

作成者を特定できない文書
文書は、通常は、特定人の思想を記載したものとして証拠価値を持つ。そのような場合に、文書の作成者が不明であると、そのことのみによりその文書は証拠価値を欠く。また、文書に記載された内容が実験結果の報告であり、特定人の思想であることが重要とはいえない場合であっても、作成者不明のままであると、その信用性は低く評価される[70]。

しかし、そこから更に進んで、≪文書の作成者を特定できない場合には、文書としての証拠価値はなく、検証により取り調べるべきである≫[23]とするのは行き過ぎである。例えば、(α)特許訴訟では、先行する公知技術の存在が問題となるが、その証明に用いる限り、当該技術の説明文書の公表時期が重要であり、説明文書の作成者が誰であるかは重要ではない。また、(β)原告の名誉を侵害する匿名の文書が被告の発行する雑誌に掲載されたこと、あるいは、被告の管理する掲示板に原告の名誉を毀損する書込みがなされ、それを被告が削除することなく放置していることを理由とする損害賠償請求訴訟において、その文書や書込みの作成者を特定できないことを理由に、その文書を検証の対象とするのは適当ではない。裁判官は、いずれの場合にも、その言語表現物を閲読してその内容を証拠資料とするのであるから、証拠調べの方法は、書証である[68]。ただ、前述の文書概念のすべての要件を満たしているわけではないから、準文書として扱い、作成者を特定できない、ないし特定する必要がないという特性を考慮した取調べをするだけである[14]。

成立の真正の証明228条
挙証者は、作成者を特定して、その者の意思に基づいて作成されたこと(成立の真正)を主張し、相手方が争う場合にはそのことを証明する責任を負う。成立の真正が争われ、証拠調べの結果から作成者が異なることが判明した場合には、挙証者は、その文書を証拠とするためには、再度、作成者を特定し、その者が作成した文書として証拠申出をしなければならない。

文書の成立の真正を挙証者の相手方が否認する場合には、彼はその理由を明らかにしなければならない(規145条)。例えば、「自分が作成した文書ではなく、文書に押されている印章は自分が通常使用するものではない」と主張する。

成立の真正が争われた場合には、挙証者は、文書の成立の真正を証人尋問・当事者尋問その他の方法により証明しなければならない。この場合について、法は次の推定規定をおいている。いずれも補助事実についての推定であり、挙証者の相手方は反証をもってこれを動揺させれば足りる(通説。[裁判所職員総研*2005a]206頁)。

文書の成立の真否は、筆跡の対照によっても証明することができる(229条)。筆跡対照用の文書についても、提出命令の申立てが可能である(同条2項)。適当な筆跡がなければ、相手方当事者の筆跡が問題となっている場合には、裁判所は相手方に対照用文字の筆記を命ずることができ(同条3項)。相手方がこの命令に従わない場合、または、相手方が書体を変えて筆記したときは、裁判所は、挙証者の主張を真実と認めることができる(同条4項)。ただし、人事訴訟では、真実の発見が重視されるので、229条4項の適用が排除されている(人訴19条1項)。

いわゆる電子署名は、228条にいう「署名」にも「押印」にもあたらないが、電子署名法が施行された平成13年4月1日からは、情報を表すために作成された電磁的記録(公文書を除く)は、それに記録された情報について適正に管理された本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定される(同法3条)[R75][50]。公文書は、「方式及び趣旨」が推定原因であるので、デジタル情報の形で存在する場合でも228条2項の適用があり、電子署名を必要としない(ただし、インターネット上では偽造文書が流通する危険が一般の場合よりも高いので、できるだけ電子署名のある公文書を得ておくことが望ましい)。

なお、電子署名が本人によって行われたことの認証業務に関する規定として、次のものがある(全体像につき[岡村*2000a]参照)。

文書の成立の真正を真実に反して故意又は重大な過失により争った場合には、過料の制裁が科せられる(230条)。形式的な事項についての争いにより訴訟が遅延することを防止するためである。

実質的証拠力
処分証書については、その真正が認められると、それに記載された法律的行為を作成者がしたことが直接証明される。ただし、作成者の能力の問題や詐欺・強迫は、別個に問題とされる。報告文書の証拠力は、記載内容が信用できるか否か、および記載内容と要証事実との関連性に依存する。記載内容の信用性の判断にあたっては、一切の作成経緯(文書が誰の思想の表明として・誰が・何時・どこで・どのような状況下・どのような目的で作成したか)が考慮される。

陳述書[R6]
報告文書のうちで、よく見られるのは訴訟開始後に作成された陳述書・上申書である。これにより裁判所が事件全体の流れを把握し、証人尋問の数を減少させ、あるいはその実施を簡素にして、審理の負担を軽減することが目指されている([裁判所職員総研*2005a]209頁注1参照)。当事者双方に弁護士が訴訟代理人として付いている複雑な事件において比較的多く用いられる[74][75]。

陳述書は、通常、陳述者が自己の体験を報告する文書である(これに対し、訴訟代理人が作成する準備書面は、通常、訴訟代理人が体験していない事実の主張を記載した書面である)。陳述書を作成する場合には、作成者は、将来、証人尋問あるいは当事者尋問を受け、どのような弾劾証拠(特に録音テープ)を提出されるか分からないことを覚悟して作成するのであり、自己の体験についての認識を正確に記載しようとする心理的重圧は大きい。この点で、陳述書は、訴訟代理人が作成する準備書面とは異なる。事実の主張が陳述書を基になされる場合には、陳述書は、当該事実主張の証拠となりうる。

陳述書作成者を証人尋問することが可能な場合でも、そうすることなくその陳述書を証拠とすることができる(ただし、[伊藤*民訴1.1]349頁など、これに批判的な見解も有力である[73])。ただ、実質的証拠力は低く評価されることが多い。とりわけ相手方から反対趣旨の陳述書が提出されている場合には、裁判所は陳述書の内容を信用することに慎重である[20]。しかし、これも自由心証主義の範囲内の問題であり、次のような場合には、そこに述べられた事情も考慮して、実質的証拠力が肯定されることがある[41]。

録音の反訳書
録音内容を文字にした書面(反訳書)が証拠として提出されることもある。録音テープ(ないしディスク等)そのものの方が原本性の点で優れているが、取調べの簡便性の点では反訳書の方が優れており、これが書証の対象になることもある。その証拠力は、証明すべき事実が何であるかに依存する。ある発言の有無が証明すべき事実である場合には、録音テープ等に準じた証拠力が認められよう。他方、その発言内容によって別の事実を証明しようとする場合には、反訳書は反対尋問を経ていない陳述書に近く、その証拠力は低く評価されることになりやすい[40]。

原本提出の原則(規143条
証拠に用いる文書の提出又は送付は、できる限り、原本、正本又は認証謄本でしなければならない。自由心証主義のもと、証拠方法たる文書にも特段の制限はないのが本則であるが、文書の成立の真正を迅速に認定し、作成者の意思を確実に読み取るために、これらの属性の文書を提出することが可能な場合には、それを提出せよという趣旨である。

この原則は、文書の原本は滅失しているがその写しは存在する場合に、その写しを証拠調べの対象文書とすることを禁止する趣旨ではない。この場合には、当該文書(写し)に表明された意思が作成者の意思であることの認定を慎重に行うことが要求されるが、その点に争いがなければ、あるいはその点が証明されれば、裁判官はその写しに現れている作成者の意思を証拠資料にすることができる。原本が滅失した場合のみならず、紛失した場合、遠方にあって提出が困難な場合等も同様である[5][33]。さらに、プライバシーの保護等のために、原本をそのまま提出することができない場合に、その写しを作成して、プライバシーに関わる部分を削除した上で、その写しを提出することも許される。これらの場合に、「写しを原本として提出する」と表現されることがあるが、無用な混乱を招く[2]。写しは写しである。規則143条は一応の原則に過ぎず、≪正当な理由がある場合には、写しを証拠文書として提出することも許される≫と考えるのが簡明である。この場合の形式的証拠力は、「裁判官が閲読する写しに作成者の思想が正しく表明されていること」である。その証明には、原本の存在に意味がある文書については、(α)原本が存在することあるいは存在したこと、(β)原本が真正に成立し、そこに表明された思想が作成者の思想であること、(γ)写しが原本を正写したものであることの証明が必要である。

裁判官が事実の認定の資料(証拠資料)とするのは、証拠調べの対象文書(原本あるいは写し)から読みとった作成者の思想である。写しが原本を正写していることが証明されている限り(あるいは相手方がその点を争わないときは)、裁判官が閲読したのが写しであるか原本であるかは、基本的に意味を持たない。

別の説明  原本を提出できないときにはその写しを書証の対象とすることも許されることについて、この講義では、上記のように説明するが、次のような説明もよくなされている([裁判所職員総研*2005a]209頁注2、[中野=松浦=鈴木*新民訴v2.1] 322頁など)。

7.7 準文書

準文書(231条
情報を表すために作成された物件で、文書の要件の一部または全部を欠くものは、準文書として書証の対象となる。

231条では、2つの電磁的媒体(録音テープとビデオデープ)が例示されているが、重要なのは、記録されている内容を示す部分(音とビデオ(動画))であって、媒体の物理的な属性を示す部分(テープ)ではない。音や動画は、紙媒体に移すのに適さないので、録音テープやビデオテープそのものが証拠調べの対象となる。最近は、テープ形式のものよりもディスク形式のものやフラッシュメモリ形式のものが普及しているが、記録内容が音や動画のような紙媒体に移すのに適さないものであれば、その媒体そのものが準文書として証拠調べの対象となることに変わりはない。これらの証拠調べは、裁判官がそれを再生して情報を感得するという方法でなされる。

平成8年法が作られた当時でも、録音用にミニディスクというディスク形式の記録媒体が普及していたが、それでもコンピュータ用のディスク形式の記録媒体の主たる用途は、文書の作成・保存であると認識されていたようである。文書であれば、コンピュータ用記録媒体そのものを証拠調べの対象とするよりは、それをプリントアウトした紙を証拠調べの対象とするのが簡便であり、これは、通常は、文書そのものである。こうした考えに基づいて、フロッピーディスクやハードディスクなどは、準文書の例として挙げられなかった。しかし、コンピュータ用記録メディアに記録されている文字情報の全てが印刷可能というわけではない。印刷できないように技術処理を施した文書もある。そのような文書も、さまざまな回避技術を用いれば、印刷可能となるが、しかし、コンピュータがこれだけ普及した現在、無理に印刷するよりも、裁判官にコンピュータの画面上で閲読することを求めてよい時代になったといってよいであろう。さらに進めば、コンピュータが生活の隅々に普及し、その記録メディアが紙と同程度に手軽に利用できるものとなると、「日常生活において使用されるコンピュータ上で人が直接閲読可能な文字その他の符号で人の思想(言語表現物)を記録した電子メディアも、文書である」と理解されるようになるであろう(132条の10や規則3条の2を考慮すれば、その時期は到来しているといってよい)。そうなった場合でも、文書概念の定義のうち変更が必要となるのは、「直接閲読可能性」の部分であり、文書概念の中核をなす記録情報の内容(特定人の思想の言語表現)については、変更の必要はない。したがって準文書の概念の変更も必要ない。

こうしたことを考慮すると、準文書概念にとって重要なのは、記録された情報の種類であり、記録媒体ではないことがよくわかる。この視点から準文書を例示すると、次のようになる。

準文書に記録されている情報の種類をどの範囲のものに限定するかについては、議論が明確になっているとは言い難い。録音物については、言語によって表現された情報(会話)に限る必要はない。しかし、器楽演奏については、これを検証とする立場もある(東京高等裁判所平成14年9月6日第13民事部判決(平成12年(ネ)第1516号)では検証である)。騒音や自然音などについても見解はわかれよう[65]。ただ、このあたりの境界領域の情報について証拠調べの方法が誤っていても、それをもって証拠調べを無効とすべきではなく、その意味で、いずれでもよいとすべきであろう。実際上重要となるのは、文書の提出義務あるいは検証物の提示義務の範囲である。前者は、220条により規律され、後者は同条の適用を受けない。しかし、この点に関しても、重要なのは、提出命令等により不利益を受ける者(命令を受ける者(所持者)、情報記録物件の作成者あるいは記録された情報の主体など)の生活利益(プライバシーや意思決定の自由など)をどの範囲で尊重するかであり、その範囲は、いずれの証拠調べの方法を採用するかによって大きく異なるべきではなかろう。検証について認められている鑑定の規定(233条)も、書証に類推適用することは許されようし、そうでなくても、当事者からの申立てに基づく鑑定で代用できる(その方が好ましい)。こうした考慮から、この講義では、記録されている情報の種類は問わないとの立場に立ち(無制限説)、騒音や自然音を情報として記録した録音テープも準文書になるとしている。

準文書の証拠申出(規147条−149条)
準文書の証拠調べの申出も、挙証者が所持するものについては、口頭弁論の期日に準文書を提出してしなければならない。その証拠価値を適切に評価することを可能にするために、証拠申出をする時までに、次のものを裁判所に提出しなければならない。

準文書の成立の真正
発話の録音テープについて、成立の真正を考えてみよう。証拠調べは、録音された発話を裁判官が聴取して、その内容を理解して判断材料にする方法によりなされるのであるから、挙証者は、発話者を特定しなければならない。発話者とされた者の発話が正しく録音されていることが成立の真正であり、要証事実との関係でその発話が発話者の思想・感情の表現であることが形式的証拠力である(台詞の練習としてされた金銭消費貸借の会話が録音されても、それは形式的証拠力を欠き、金銭消費貸借契約の証拠とはなりえない。他方、台詞の練習が正しくなされているか否かが要証事実の場合には、形式的証拠力は肯定される)。裁判所または相手方の求めがある場合には、録音テープの内容を説明した文書(反訳書を含む)を補助資料として添付する(規149条)。人が発言している状況を撮影したビデオテープも、基本的に同じである。

上記の意味での録音テープの成立の真正について、推定規定はない(228条2項から5項の準用の余地はない)。しかし、声紋による成立の真正の証明は可能である(231条により229条が準用される)。

人の発話の録音テープは、発話者と録音者とが異なることが多い。無断録音テープがその典型例である。補助事実として、発話者の外に、録音者および録音の日時も明確にされるべきである(規則148条)。情報処理機器の進歩により録音テープの改変・捏造が容易になっているので、必要であれば録音の経緯を録音者に証言させ、改変・捏造のないことの保証をとるべきである。

準文書の証拠調べ
幾つかの物件について、取調べの要点を考えてみよう[11]。

紙への印刷が適当な情報の証拠調べ
文字その他の符号によって表現された情報あるいは画像やグラフのような情報は、それがコンピュータ用の媒体(一般的に言えば、裁判官がその内容を直接視認できない媒体)に記録されている場合には、内容的な同一性を保ったまま紙に印刷して、印刷された紙を証拠調べの対象とするのが原則となる[21]。

電子メイルの内容を印刷した紙を証拠調べの対象とする場合には、文書の成立の真正を228条4項あるいは筆跡の対照により行うことはできないが、そのことは特定人の思想表現物であることを否定する理由にはならない。他の適当な方法で作成者の思想の表明であることが証明されればよい(磁気ディスクに格納された状態の言語表現物が作成者の意思に基づくものであるかが問題とされ、次に、それが内容的同一性を保って紙に印刷されたかが問題にされる)。

言語表現物または画像等が磁気ディスク等に収納されていて、それをプリントアウトすると情報を十分に再現できない場合(例えば、プログラムが組み込まれていたり、リンクが張られている場合)、情報が劣化する場合、あるいは画像サイズが大きい等の理由でプリントアウトに適さない場合には、磁気ディスクに保存された状態で機械を用いて閲覧し、その結果を証拠資料とする。

マイクロフィッシュは、すでにその利用が廃れかかっているが、これについても上述のことが妥当する。挙証者はマイクロフィッシュの記録内容を印刷したものを書証の対象となる文書として提出すべきである(挙証者の周囲にそのための機械がなければ、鑑定の嘱託等の方法により印刷することを考えざるを得ない)。

削除された電子メイルの証拠調べ(鑑定+書証)
ここで、当事者(またはその従業員)が使用するコンピュータのハードディスクに記録された電子メイルを証拠調べの対象とすべき場合に、その電子メイルが削除されていて、特殊な専門技術を用いて復元することが必要な場合の証拠調べを考えてみよう(削除されていると疑われている場合も同じ)。


8 検 証(232条・233条)


8.1 意 義

物や人体の形状・性質あるいは生活環境などにつき、裁判官がその五感作用により直接に事実を認識(感得)する証拠調べを検証という。検証の対象を「検証の目的」という。それが有体物である場合には、検証物ともいう。

検証は、重要な証拠調べの方法ではあるが、独自の規定は少なく、書証に関する規定の多くが準用されている。詳細な規定のある証人尋問や書証と比較すると、雑多なものが包摂される未分化な証拠調べの方法ということができる。

8.2 検証協力義務(検証目的提示義務・検証受忍義務)

検証の対象が挙証者以外の者の支配領域内にある場合には、検証の実施にはその者の協力が必要である。(α)衣類のように、裁判所に搬入する方法で提示することが適当な動産は、裁判所に搬入して、法廷で取り調べる。(β)馬のように裁判所に搬入することが適当でないもの、あるいは、不動産のように搬入することができないものは、その所在場所に裁判官が出向いて取り調べる。いずれの場合にも、所持者が物を裁判官に提示するという行為を伴う(所持者の意思に反して裁判官が検証する場合には、検証の受忍ともいう)。(γ)人体の検証については、検証の受忍が必要となる。

一般的義務である
検証対象を自己の支配領域内に置いている者は、検証に協力する義務を負う。何人も、正当な理由のある場合を除き、この義務を負う(通説)。これは文書提出義務よりも広い一般的義務であり、232条で文書提出義務に関する220条が準用されていないことは、その現れであると解されている。

正当な理由による提示拒絶
検証物提示義務は一般的義務であるとはいえ、無制約の義務というわけではない。正当な理由による提示拒絶は許される(通説)。このことは、232条2項に現れている。したがって、(α223条1項の準用にあたって、提示拒絶に正当な理由がある場合には、裁判所は、提示命令の申立てを認容することができない。(β)223条2項の準用にあたっては、第三者の審尋の際に、第三者が検証物の所持者であるか否かのみならず、所持者であっても提示拒絶の正当な理由を有するかも審尋すべきである。後者の点を過料の制裁の時点で初めて審査するというのでは、検証物所持者は、その点を自己の危険で判断することになり、適当ではない。

では、検証物の提示拒絶の正当な理由とは、どの範囲の理由を指すのか。232条により223条の3項から6項も準用されていることからすれば、220条4号イからニの事由は、検証物提示拒絶の正当な事由になりうると解すべきであろう(特に、223条3項・4項で問題とされているロの事由)。ただ、それでも文書の場合と異なり、検証物については情報の処分の自由を問題とする余地は比較的少ないのであるから、220条4号所定の除外事由(特に、ニ)が存在するというだけでは不十分であり、司法への協力義務という一般的義務を免除させる程度に強い正当な理由であることが必要であると解すべきである。

次の条文を比較してみよう。

  • 201条5項  「(前略)第192条及び第193条の規定は宣誓拒絶を理由がないとする裁判が確定した後に証人が正当な理由なく宣誓を拒む場合について準用する。」
  • 225条1項 「第三者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、決定で、20万円以下の過料に処する」
  • 232条2項  「第三者が正当な理由なく前項において準用する第223条第1項の規定による提示の命令に従わないときは、裁判所は、決定で、20万円以下の過料に処する。」

  • 過料の裁判の要件が明確に規定されているのはどれか。あまり明確ではないのはどれか。
  • 司法への協力を命ずる趣旨の裁判に従わない場合に、条文の文言上、正当な理由があれば過料等の制裁を科されないことになっているのはどれか。

8.3 手 続(232条

書証についての規定がかなり準用される。準用されるのは、次の規定である。

次の規定の準用は、規定されていない。

規則の中では、次の規定の準用が規定されていないことに注意する必要がある。しかし、準用が規定されていなくても、検証対象の特質に応じて類推適用を認めるべき場合があろう。

検証の際の鑑定(233条
検証の実をあげるために、必要がある場合には、鑑定を命ずることができる。当事者からの申出に基づく検証に付随してなされるので、この鑑定は職権で命ずることもできる。

8.4 実 例

検証とすべきなのか書証とすべきなのかに迷うものも含めて、若干の例をあげておこう。

)楽曲の著作物の著作権侵害事件における証拠調べはユニークである。東京高等裁判所平成14年9月6日第13民事部判決(平成12年(ネ)第1516号)では、被告の乙曲が原告の甲曲の著作権(編曲権)を侵害したかが問題となった。甲曲が極めて多様な編曲の創作性の余地を有していることを立証する趣旨で、「原告自身が甲曲を編曲したものである「ジャズ風」、「ワルツ」、「ゆっくり」、「はずんで」の4曲の演奏を、乙曲の演奏と併せて録音したもの」が証拠(検甲16)として提出された。裁判所は、「上記4種類の曲の旋律には、甲曲(原曲)と乙曲との違いを上回るほどの大胆な改変が加えられているにもかかわらず、その改変後の4曲から原曲である甲曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することは容易であり」、「このことは、甲曲を原曲とする編曲の創作性の余地が、その旋律の改変にもかかわらず、なお相当程度残されることを示すもの」であると認定した[47]。証拠調べの方法を検証とするのがよいのか、書証とするのがよいのかは、見解が分かれるところであろうが、裁判官が生演奏を聴く場合には、検証とならざるを得ないので、それとの類比からすれば演奏を録音したメディアの証拠調べの方法を検証とすることにも一理ある。

大阪地方裁判所平成15年10月23日第21民事部判決(平成14年(ワ)第8848号)  コンピュータプログラムの違法複製の証拠保全手続においてハードディスク内のファイルについて検証がなされた事例。コンピュータのハードディスクは情報を記録するための装置であるが、証拠の保全(検証物に記録された情報を確認して調書等に記録すること)が目的であるので、この証拠調べは検証である(裁判官は、保全される証拠を確認するために検証物に記録された情報を閲読するが、しかし、その閲読自体が目的ではない)。


9 証拠保全(234条−242条)


9.1 意義(234条

将来訴えを提起する予定である場合、あるいは、現在訴訟係属中であるが証拠調べが行われるのは将来のことである場合に、将来行われるべき証拠調べの時まで待っていたのでは、証拠調べが不可能あるいは困難となるおそれ(証人の病状の悪化のおそれ、物の現状の変更のおそれ等)があるときに、予め証拠調べをしておき、将来その結果を利用する必要がある。このような目的でなされる証拠調べを証拠保全のための証拠調べという[44][63]。

証拠保全の手続は、(α)証拠保全のための証拠調べをするか否かを決定する部分と、(β)証拠調べの実施の部分とから構成される。前者は、234条以下で規定されている。後者は、第2編第4章すなわち179条から233条で規律されているが、239条・240条に特則がある。

証拠開示機能
相手方の支配下にある証拠について、提訴前の証拠保全として証拠調べがなされると、その証拠調べは証拠開示機能をもつ。この機能をどの程度肯定的に評価するかについては、積極的意見と消極的意見とが対立している。強調の置き方の問題であるが、肯定的にとらえてよいであろう([高見*1983a]=高見進「証拠保全の機能」(講座民事訴訟5[証拠](昭和58年12月10日初版1刷発行))330頁以下参照)。

平成16年改正により提訴前の証拠収集の処分の制度(132条の4以下)が用意されたので、証拠開示機能はできるだけこれに担われるべきであるが、これは文書の送付嘱託や調査の嘱託等から構成されており、尋問や文書提出命令等は含まれないので、それほど強力な制度ではない。証拠保全手続が証拠開示機能を発揮する領域は残されているとみてよい。

訴状への記載
提訴前に証拠保全手続がなされた場合には、訴状にその旨を記載しなければならない(規則54条)。証拠保全の結果の利用を確実にするためである。また、証拠共通原則は、証拠保全のための証拠調べにも妥当させるべきであり、証拠調べの結果が自己に不利であるからと言ってその記載を省略することは許されない。

用いることのできる証拠調べの方法
第1編第4章証拠で規定されているすべての証拠調べの方法を必要に応じて使用することができる。

文書や準文書の現状を保存するために証拠保全がなされる場合の証拠調べの方法は、検証が基本である[58]。その場合でも文書・準文書の所持者の文書等の処分権(これらに記録された情報を管理する権利)は尊重されなければならない。例えば、銀行の貸出稟議書については、現在の最高裁判例を前提にすれば、特段の事情がなければ文書提出命令は認められないから、証拠保全手続においても、たとえ検証により文書の現状を保存する場合でも、特段の事情がなければ提示命令は許されない([高見*1983a]333頁)。

なお、証拠保全手続において文書の現状を保存するために用いられる証拠調べの方法は検証が基本であるといっても、それに必ずしもこだわる必要はない。文書提出命令を発して、それにより提出した文書を留め置く方法も採りうるし、また、提出された文書の写しを作成して提出文書は返却するという方法でもよい。

9.2 証拠保全決定までの手続

管轄裁判所(235条
提訴前は、証拠保全の対象の関係地(被尋問者の居所、文書所持者の居所、検証物の所在地)の地方裁判所または簡易裁判所である。地裁と簡裁のいずれに申し立てるかは、申立人の選択に委ねられている([注釈*1998b]215頁(高見進))。

提訴後は、その証拠を使用すべき審級の裁判所(官署としての裁判所)である(235条1項本文)。ただし、審理中の状態にある場合、すなわち、「最初の口頭弁論の期日が指定され、又は事件が弁論準備手続若しくは書面による準備手続に付された」時から「口頭弁論の終結」までの間は、管轄裁判所内部において事件を担当する裁判機関に証拠保全事件も担当させるのが適当であるので、その裁判機関(受訴裁判所)に申し立てる(235条1項ただし書)。

証拠保全の申立て
申立ては、次の事項を記載した書面でしなければならない(民訴規153条1項・2項)。

相手方(236条
証拠保全手続には、本案訴訟の相手方当事者を関与させる(240条)。提訴前の証拠保全手続においては、相手方当事者[59]となるべき者を関与させるのが原則である。ひき逃げ事故の加害者をすぐには特定できないような場合には、相手方となるべき者を指定することができない(従ってその者を関与させることができない)。その場合でも、証拠保全手続を行うことができ、裁判所は、相手方となるべき者の利益保護のために必要と判断すれば、特別代理人を選任することができる(前記の例で証人尋問・当事者尋問が行われる場合には、特別代理人が反対尋問を行う)。

証拠保全の事由
相手方ないし相手方となるべき者が証拠を意図的に隠滅ないし改変させる虞がある場合のみならず、その者あるいは第三者の正当な行為により又は自然現象により証拠が消滅ないし変化する虞がある場合でもよい。

審理・裁判・不服申立て
証拠保全をするか否かについて、裁判所が決定で裁判する。証拠保全は、申立てによるほか(234条)、訴訟係属中は職権でもなしうる(237条)。ただし、本案たる訴訟手続において職権での証拠調べが認められていないのに、証拠保全だけは職権でできるというのはおかしいので、職権証拠保全が許されるのは、本案たる訴訟手続において職権証拠調べが許される範囲に限られるべきであるとの見解が有力である[57]。

裁判所は、相手方を審尋することができるが(87条2項)、必要的ではない。

証拠保全の裁判においては、証拠保全手続を行うべき日時・場所[62]、保全されるべき証拠方法、証拠調べの方法を明示する[60]。

証拠保全の申立てを却下する決定に対しては、抗告することができる(328条)。証拠保全をすることの決定に対しては、不服申立ては許されない(238条)。その理由は、証拠保全としての証拠調べは、第1編第4章(証拠)の規定に従って実施されるのであり、相手方を含めた利害関係人の利益保護はその規定によって調整されていて、証拠保全自体により相手方に生ずる不利益は、本則の証拠調べより早い時期になされることに止まり、この不利益は不服申立てにより保護する必要があるほどに大きいとは見られないからである。

9.3 証拠保全のための証拠調べの実施(239条以下)

証拠保全の決定がなされると、証拠保全に必要な範囲で証拠調べを行う。事件が審理中の状態にある場合(235条1項ただし書の場合)には、受訴裁判所を構成する裁判官全員がそろって証拠調べを行うのが本来であるが、切迫した状況にあることを考慮して、受命裁判官にさせることもできるとされている(239条185条1項・195条と並ぶ特則であると位置づけることができる)。

証拠保全のための証拠調べであっても、その期日には申立人及び相手方を呼び出すのが原則である(240条本文)。ただし、証拠保全のための証拠調べであるという特殊性に基づき、急速を要する場合は、この限りでない(同条ただし書)。呼び出された当事者が出頭しない場合でも、証拠調べはすることができる(183条)。

当事者の呼出しを行う時期と証拠調べの実施時期との間には、当事者の準備のために相当の期間をおくべきである。ただし、証拠の滅失・改変の虞があることを理由とする証拠保全の場合には、1時間ないし2時間程度に狭めることもできる([清水=安倉=塩月=小松*1995a]229頁)。

検証物提示命令等が必要な場合
相手方または第三者が所持又は占有する文書・物件について検証を行う場合には、任意の提示が拒否される場合には、提示命令が必要である([清水=安倉=塩月=小松*1995a]221頁)。検証の申立てと同時に提示命令の申立てがあれば、両者を同時に命ずることができる。検証のみの申立てがあるため検証の実施のみを決定した場合に、相手方または第三者が任意の提示を拒めば、検証は実施不能となる。

第三者に対する検証物提示命令にあっては、第三者を事前に審尋しなければならない(232条1項・223条2項)。提出命令・提示命令に対する第三者の不服申立権は238条によって制限されるべきものではないから、第三者はこの命令に対して即時抗告をすることができる。

相手方に対する提示命令についても、事前の審尋が本来はなされるべきである(規140条2項はこれを前提にしている)。他方で、証拠の改変の虞があることを理由とする証拠保全は、改変の機会を与えないように不意打ち的に行う必要がある。両者の調和をどのように図るかは、難しい問題である。

検証物提示命令等に検証物所持者が従わなかった場合
命令の相手方(所持者とされた者)の支配領域(住所、事務所等)で検証をする場合に、たとえ証拠保全の目的であっても、直接強制がなされるわけではない(民執法57条3項のような規定は用意されていない)。検証のために相手方の支配領域に立ち入ることができるのは、相手方が検証物提示命令に従うからであり、相手方が命令に従うことを拒否すれば、検証不能となる。

相手方が第三者である場合  確定した提示命令に正当な理由なしに従わなかった第三者は、過料に処せられる(232条2項)。未確定の提示命令に従わなかったからといって過料に処せられることがないのは、証拠保全の場合でも同じである。

相手方が訴訟当事者である場合
この場合には、224条(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果)の問題となる。(α)相手方が未確定の提示命令に従わなかったからと言って、224条1項・3項が準用されるわけではない(確定後に従えば足りる)。他方、(β1)224条2項の準用は、提示命令の確定には依存しないから、提示命令未確定の状況で相手方が検証を拒絶した場合にも準用されうる(224条2項にいう「提出の義務のある文書」は、民訴220条等で提出義務があると定められている文書であり、提出命令発令前に滅失させた場合であっても、使用妨害目的あれば、適用される。提出命令・提示命令の発令後に文書・検証物を滅失させれば、妨害目的を強く推定してよい)。さらにまた、(β2)正当な理由なしに検証を拒絶した事実から、経験則により、相手方に不利な事実が推認される可能性がある。

相手方の支配領域における不意打ち的検証
前述のように、証拠の隠滅・改変の虞がある場合には、当事者の呼出しを行ってから2時間ほどで証拠調べを実施することがある(不意打ち的検証)。検証物提示命令に直接強制の効力がないとはいえ、224条2項所定の効果があり、また、裁判所の命令である以上、一般市民はこれに応ずるべきと感ずるであろう。したがって、不意打ち的検証は、相手方からすれば、自己の生活領域での突然の国家権力の行使であり、その受忍は相当の不満を伴う。そうだとすれば、裁判所の検証は、国民の生活領域への国家権力の行使として、相手方に相応の時間的猶予(検証の実施を通知された相手方が少なくとも弁護士に相談して、その立ち会いを求めることができるだけの時間的猶予)を与えたうえで行うことを原則とすべきである。不意打ち的検証は、やむを得ない場合にのみ許される。

9.4 口頭弁論への上程(242条

証拠保全は、事柄の性質上、口頭弁論の期日外でなされるので、証拠保全の結果は、口頭弁論に上程することにより初めて裁判の基礎資料となる。証拠保全手続において証人尋問がなされた場合には、尋問結果を報告する。ただし、その証人を口頭弁論においてなお尋問することが可能な場合には、当事者が口頭弁論における尋問の申出をすれば、その尋問をする。

証拠保全の手続において相手方がどのように対応したかも重要である。証拠保全申立人は、これを口頭弁論において主張して、訴訟資料とすることができる。証拠保全の実施状況の調書への記載は、その証明に役立つ。また、本案を担当する裁判官全員が証拠保全の実施に関与していた場合には、職務上顕著な事実となりうる[49]。ただ、この場合でも、相手方に不意打ちにならないように、相手方の対応とそのどこが問題かを証拠保全申立人に予め主張させておく方がよい。

9.5 実 例

大阪地方裁判所平成15年10月23日第21民事部判決(平成14年(ワ)第8848号)  コンピュータプログラムの違法複製の証拠保全手続において被告が検証の開始を30分遅らせる等の非協力的態度をとったのみならず、証拠隠滅を疑わせる行動をとったため、違法複製が直接確認されたコンピュータについてのみならず、その痕跡のあるコンピュータについても違法複製がなされたものと推認された事例。この事例では、証拠保全としての検証結果(ハードディスク内のファイルの存在や消去されたファイルが以前存在したことの痕跡)のみならず、証拠保全に被告が非協力的であったことも事実の認定の資料とされている。さらに、ハードディスク内に複製されているプログラムの数に相当する数のマスターディスクの存在を被告が証拠保全手続において指示説明できないことも重視されている。こうした事例では、証拠保全の相手方は、証拠保全の時点でマスターディスクを保有すること明らかにし、それを証拠保全の調書に記録してもらう必要があることになる(著作権法47条の2参照)。そうしなければ、証拠保全手続終了後にマスターディスクを入手したと疑われるからである(自由心証の問題である)。この疑いを少しでも避けるために、相手方は、証拠保全実施時に提示できなかったマスターディスクを翌日探し出した場合には、その事実を明確に記録しておく必要があり、そのために証拠保全の申立てをすることもできるとすべきであろう。ともあれ、ある日急に実施される証拠保全に備えて、マスターディスクを迅速に提示することができる態勢を常時維持することの負担は重い。マスターディスクを探すのに時間がかかり、後日提示せざるを得ない場合にそなえて、マスターディスクの購入記録等も保存して置く必要があろう(これでも、マスターディスクを不正に貸し出したとの疑いをかけられた場合には、その疑いを晴らすのには不十分である)。この限りでは、著作権侵害を問題にされるようなプログラムを使用するよりも、その虞の少ないフリーウェアを使用する方が安全である。


目次文献略語

1999年12月16日−2009年12月1日