目次文献略語

民事訴訟法講義

序 論


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 民事訴訟手続の位置付け


1.1 自由主義経済の中の民事訴訟制度

市民法の基本原則
人々が封建的束縛から解放されて、近代市民社会を形成したとき、個人は互いに平等で、他人の権利を侵害しない限り、自己の責任において自由に経済活動を行い、幸福を追求することができるものとされた[13]。このことを保障するために、次の法原則が認められた。
  1. 個人の人格の自由と平等  社会は個人から構成され、人は社会を離れて生きていくことはできない。社会の発展のためには、個人が生き生きと活躍することが必要であり、それがまた個人の幸福である。全ての個人が活躍の機会を持つことができるように、個人は全て自由で平等な存在とされ、平等に「権利を有し義務を負うことができる主体」(権利能力者)であるとされた[17]。各人が社会の中で生きていくとき、各人の自由が衝突することがあり、その衝突は法によって調整される。各人は法の前で平等であり、各人が有する自由の大きさは等しい。
  2. 所有権絶対の原則  各人の所有権を中核とする財産上の権利は、絶対不可侵であり、彼は自己に属する財産を自由に使用し、処分することができる。この原則により、自由な経済活動により得られた成果が保護される。
  3. 当事者自治の原則  各人は、自己に関する私法上の法律関係を自己の意思により設定することができる(その中核をなすのは、契約自由の原則)。
  4. 過失責任の原則[14]  各人は、故意又は過失により他人の権利を侵害すれば、その損害を賠償する責任を負うとともに、注意深く行動したのであれば、たとえその結果他人に損害が生じても、賠償責任を負うことはない。これにより、注意深く行動するという制約付きであるが、各人の行動の自由が保障される。

いわゆる市民法の3原則は、1から3の原則、ないし1を当然の前提として、2から4の原則を指す。

自力救済の禁止と権利実現制度
個人が自由に活動し、その成果を享有することができる社会が維持されるためには、所有権や契約上の権利を保護し、それを強制的に実現する道が用意されていなければならない。そうした強制を私人である各権利者にゆだねたのでは、力の強い者は、権利行使の名の下に、法によって認められた以上に利益を得ようとし、他方、力の弱い者の権利は実現されないままとなる。これでは、社会の平和と秩序が維持できない。そこで国家は、自力救済を禁止し、権利を強制的に実現する制度を設営することにした。国家は、裁判所を設け、この制度の運営に当たらせた[7]。

自力救済そのものを一般的に処罰する法令はない。裁判外での義務の履行要求は、一定の範囲で正当な権利行使として許容する必要があるからである。しかし、社会通念上許容される範囲を超えれば、違法行為となり、損害賠償の原因となる。また、刑事罰の対象ともなりうる。これに適用される法令は、次の2つのタイプに分けることができる。
民事訴訟制度
権利の実現は、さまざまな過程でなされる。例えば、債権者と債務者との間で100万円の債権が争われているときに、債権者の訴えに基づき、裁判所が「被告は原告に金100万円を支払え」と判決すれば十分な場合がある。債務者が判決に従って100万円を支払う場合がそうである。しかし、債務者が任意に支払わない場合には、債権者の権利の実現のために、国家が債務者の財産を売却して、その代金から100万円を債権者に与えることが必要となる。いずれにせよ、100万円の債権の存否を確定して、これをめぐる争いを解決することが必要である。

私人間の一定の権利関係あるいは法律関係をめぐる争いを国家が強制的に解決する制度は、民事訴訟制度と呼ばれ、その中核となるのは、判決手続である。この手続を規律する主たる法規が、民事訴訟法(平成8年成立・平成10年1月1施行)と民事訴訟規則である[R52][3]。

1.2 民事訴訟制度の目的

民事訴訟制度は、対等な私人の関係にある者の間の法的紛争について、国家が設営する裁判所が中立な立場に立って、当事者の言い分を公平に聴いて、法にしたがって、強制的に解決をはかる手続である。この制度の目的に関してはさまざまな見解がある([高橋*重点講義・上v2]1頁以下、[岡*2002a]参照)。それらによって挙げられている主要な制度目的として、次の4つがある。
  1. 法的利益の保護(権利の保護)
  2. 紛争の法に従った解決(紛争の解決)
  3. 私法秩序の維持
  4. 公平な論争の場の提供

法的利益の保護
一般には、2番目が民事訴訟法の主たる目的としてあげられることが多いが、この講義では1番目を主要な目的と考えて説明していく(もとより2番目・3番目の目的を排除する趣旨ではない)。保護されるのは、法的利益(法により保護されるに値する利益)である。「権利とは、法律上保護された利益」という有名な定義[19]、あるいはこれを若干言い換えた「権利とは、法律上主張することができる生活利益である」という定義に従えば、「法的利益」は「権利」の言い換えに過ぎず、すべての法的利益に適当な権利の名前をつけることができることになるが、権利として定着した名前が付されている必要はない。例えば、債務者とされた者が債権者と主張する者に対して提起する債務不存在確認訴訟では、財産を奪われないという生活利益(一般財産権)と、不当な弁済要求から逃れて平穏に生活する利益(人格権)の保護が求められている。

紛争の法に従った解決
2番目の目的は、時に「法的紛争の解決」と簡略に表現されることがあるが、もとより、紛争が単に解決されればよいという趣旨ではない。社会の存続発展のためには、「勤勉に働く者が報われる」との社会原則が維持されることが必要であり、実体法はその原則が維持されるように組み立てられている。紛争は、実体法により各人に認められた利益が維持されるように解決されるべきであり、そうでなければこの社会原則が崩壊し、社会は衰退していく。民事訴訟制度は、「紛争の法に従った解決」を目的としていると言うべきである[1]。そして、紛争を法に従って解決することは、法により各人に認められた権利の保護を意味し、また、法秩序の維持を意味する。したがって、1と3の目的は、2の目的から導かれる副次的な目的と考えることもできる。しかし、例えば、金銭の支払請求訴訟では、債務者が債権の存在を認めていても、なおかつ債権者は裁判所に自己の権利の救済を求めることができることを考慮すると、法的利益の保護が民事訴訟法の主要な目的であると言う方がよいであろう。とは言え、法的利益の保護は、同時に法的利益を巡る紛争の法に従った解決であり、両者は密接な関係にある。この講義では、「民事訴訟法は、私人間の法的紛争の解決を目的としており・・」という表現もよく用いる。

社会の発展のための権利行使
私的自治の原則の下で、権利を放棄しあるいは行使しないことは、各人の自由であるとはいえ、しかし、権利の放棄・不行使により不正な者が不正な利益を受けるのであれば、その権利の放棄・不行使もまた不正である。典型例は、競売不動産の買受人が不動産上に居座る占有屋に立退料を支払って迅速に引渡を受けようとする場合である。個々の買受人から見れば、何回かの明渡交渉の不成功の末、引渡命令の申立てをし、明渡執行を申し立てるより、占有屋の要求する立退料を払う方が経済的に安上がりになるかもしれない。しかし、その行動が占有屋がはびこらせ、社会全体としては大きな不利益を招く(いわゆる合成の誤謬の一つである)。この場合には、所有権に基づく断固たる明渡請求権の行使は、各人の権利のための闘争であるのみならず、社会から不正を排除するための戦いでもある。同様に、堕落した企業に対する債権放棄により、その会社を存続させることも、不正義である。社会は、勤勉に働く者が報われるのでなければ、発展していくことができない。その社会原則が崩壊すれば、社会は堕落し、存続が危うくなる。実体法は、この社会原則が生きるように組み立てられるべきであり、多くの場合はそのように組み立てられているのであるから、実体法に従って認められた権利を行使することは、多くの場合に、社会の発展につながる。

公平な論争の場の提供
訴訟により紛争が解決されるといっても、提起された事件の全部が判決により終了するわけではない。むしろ、訴えの取下げや和解などにより終了することが多い。後者まで含めて訴訟制度の機能を考えると、公開の法廷で公平な論争を行わせ、その結果として相当数の場合に訴えの取下げによりあるいは和解により紛争が解決され、それができないときに、裁判所が公平な論争の結果を斟酌して判決により紛争を強制的に解決するのであると言うことができる。このように考えると、訴訟制度の目的は、自主的な紛争解決を促し、または強制的な解決の基礎を形成するために、「公平な論争の場」を提供することにあると見ることもできる。

一つの例
例えば、ある大学の通信教育課程において、学生にレポートの提出が義務づけられていて、学生が提出したレポートは教員が一定期間に添削して返却すべきものとされていたとしよう。ところが、期限内に返却されないことが度重なったため、学生が事務室に抗議したところ、「先生からまだ返されていません」との返答がなされ、さらには「あんたがここでいくら言っても無駄だよ」といった発言がなされたため、学生が債務不履行を理由に損害賠償の訴えを提起したとしよう。大学は、否が応でも法廷に出て誠実に対応せざるをえない。もし、敗訴すれば、マスコミに報道され、そうでなくても勝訴原告がインターネットで判決を掲載するおそれがある。大学内では無視されていた学生も、裁判所では大学と対等に扱われる。彼は、訴訟により、公平な論争の場を得ることができたのである。

この訴訟で、被告である大学が非を認め、「被告は、学則で定められた期限内にレポートを添削して返却するように誠意をもって努力する。原告は、損害賠償請求権を放棄し、本訴を取り下げる」といった内容の和解が成立したとしよう[10]。この程度の内容の和解でも、社会的な影響は大きい。通信教育課程をもつ他の大学も、「我々の大学ではそんなことはありえない」と言いつつも、学生から提訴されないように襟を正すことになる。学生の訴訟による権利主張が通信教育システムの改善につながるのである(社会の発展のための権利行使)。

この講義の説明視点
ただ、この講義では、伝統的な考えに従って、訴訟制度の目的を「法的利益の保護」または「紛争の法に従った解決」と見ることにする。

ただし、このように見たからと言って、紛争を判決により解決することが最善であると主張しているわけではない。和解により解決することが適切な紛争があることも確かである[15]。ただ、判決により解決するのが適切な紛争もあり、また、一定の確率で紛争の発生を伴う経済活動を行っている当事者とっては、和解によりしこりのない紛争解決を得るよりも、今後の経済活動の予見可能性を高めるために判決による解決を得る方が有益であることもあろう。いずれにせよ、和解が成立せずに判決に至る場合に、訴訟制度の目的は何であったかと問えば、それは、「法的利益の保護」または「紛争の法に従った解決」ということになろう。

1.3 民事訴訟制度の目標(2条

紛争解決にあたっては、次のことが要請される(2条)。それらは時に相反関係に立ち、いずれかの優先を迫られる場合がある。

紛争の迅速で安価な解決  民事紛争の多くは、財産上の紛争である。そこで争われている利益以上の費用がかかるのでは、紛争解決を求める意味は小さい。もちろん、そのような場合でも、不正な利得を許さないという社会正義の実現のために、あるいは他の事件への波及を考慮して、裁判を求めることに重要な意義のある場合もある。しかし、紛争解決費用が係争利益を上回ることは、多くの場合に、経済的に不合理なことであり、個々の当事者の裁判を求める意欲は減退する。そこで、平成民事訴訟法は、紛争の迅速・安価な解決の目的のために、準備書面をファクシミリにより当事者間で直送することや、電話会議システムを利用することを認めたり、係争利益が小さい紛争について少額訴訟制度を設けるなど、さまざな工夫を凝らしている。

裁判の迅速化は、経済の発展のために、また、国民の生活の快適化のために必要なことである。国民は、国家に裁判の迅速化を期待しているとの認識の下に、平成15年に裁判の迅速化に関する法律が制定された。基本方針を定めた法律であり、具体的な規定は少ないが、簡単に見ておこう。
紛争の公平で適正な解決(公正な解決)  紛争は、単に迅速・安価に解決すればよいというものではない。紛争を公平・適正に解決することも必要である。実体法により各人に認められた利益が紛争解決手続を通して奪われるのでは、勤勉に働く者が報われるべきであるとの社会原則が維持されない。紛争解決手続を利益獲得の場として利用することは、許されない。裁判の公正を保障するために、民事訴訟法は、当事者に平等な地位を与え、口頭弁論や証拠調べに関与する機会を保障し、また、裁判の正当性を向上させるために公開主義を採用し上訴制度を設けている。

上記の二つの要請の実現に努力することは、裁判所の義務である(2条前段。迅速化法6条)。同時に、当事者にもその実現に協力する義務がある。当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない(2条後段。迅速化法7条)。

当事者以外の者にも、次のような協力が求められている。
紛争解決コスト(権利実現コスト)の低減の努力は必要であるが、それにも限界があり、資力の乏しい者には負担が困難な金額の費用がかかることがある。しかし、そのために裁判制度を利用することができないということがあってはならない。それを放置すれば、資力のない者は自己の権利を実現することができず、資力のある者は資力のない者に対して訴訟に多額の費用がかかることを威圧手段にして不当な要求を貫徹することになりやすい。資力のない者には、適切な援助が与えられるべきである。そのための制度として、次の2つがある。
上記の目標をよりよく実現するために、司法制度改革の一環として、民事訴訟制度の改革作業が進められた[16]。また、司法制度の利用を用にするために、総合法律支援法が制定され、これに基づき、平成18年4月10日に日本司法支援センター(愛称:法テラス。所管:法務省)が設立された。

訴訟上の信義則
全ての法律の規定がそうであるように、民事訴訟法の規定も多数の事例に適用される一般的な規定である。立法者は、法制度の目標を設定し、その目標の実現のために必要な基本的仕組みを定め、通常の合理的な人間が信義に従い誠実に行動することを一応の前提にして、関係人がどのような行動をとればどのような結果が生ずるかを規定し、さらに経験上知られている或いは予想されるさまざまな異常事態あるいは関係人の濫用的行動に対処するための規定を置いている。しかし、ありとあらゆる事態を想定し、精確な価値判断を下して、詳細な規定を用意しておくことはできない。そこで、訴訟の関係人は、信義に従い誠実に行動すべき旨の一般原則を設定し、個々の事件における訴訟関係人の行動がその原則からはずれる場合の適切な解決を裁判所に委ねることになる。

民事訴訟法2条も、信義誠実の原則を定めている。もっとも、どのような行動が信義誠実の原則に反するかの評価は難しい。裁判例を挙げておこう。

1.4 行為の連鎖としての訴訟手続と異議権(90条

行為の連鎖  訴えの提起から判決に至るまでの訴訟手続においては、当事者と裁判所が様々な行為をする。それらの行為が連なって訴訟手続を構成する(「行為の連鎖」と書くと仰々しいが、その内容はこのように比較的単純なことである)。後の行為は、前の行為が適法になされ、有効であることを前提にする。

当事者の異議権  当事者は、こうした連鎖関係にある行為が訴訟手続規定に違反している場合に、それに異議を述べて是正を求めることができる。是正は、その後の行為を無効とし、手続のやり直しを必要とする。

異議権の喪失  しかし、違反行為は常に無効であり、手続をやり直さなければならないとすれば、手続が渋滞しあるいは不安定になる。そこで、当事者が訴訟手続規定の違反を知り、又は知ることができた場合に、遅滞なく異議を述べないと、異議権を失うとされた(90条本文)。当事者は、進んで異議権を放棄することもできる。ただし、公益あるいは当事者の利益保護に関する重要な規定の違反については、当事者の異議権の放棄を認めるのは適当ではなく、したがって、遅滞なく異議を述べないことを理由に異議権を失うこともない(90条ただし書)。

どのような違反が異議権の喪失の対象となるかは、解釈で決められる。次の事項に関する規定の違反は、おおむね異議権の喪失の対象となるが、これに限られるわけではない。
この異議権喪失の制度は、手続安定化の機能を有するにとどまらない。裁判所と当事者は、異議権喪失が認められる範囲では、手続規定違反を理由とする手続の無効を恐れずに、審理について比較的自由に合意することができる。これにより民事訴訟手続の弾力的運用が可能となる。

1.5 裁判所と当事者の情報交流

訴訟は、裁判所と当事者の間の情報交流の連鎖である。訴えは、原告が裁判所に、「これこれの判決をしてくれ」との要求を知らせること(意思の通知)であり、一つの情報交流(コミュニケーション)である。この要求にどのように答えるかを決めるために、さらに当事者と裁判所との間で、様々な情報の交流がなされる。

情報交流の2つの形態
情報の交流は、大きく分けて二つの形でなされる。一つは音声であり、もう一つは文字である。(α) 音声による情報伝達は、その記録を作ろうと思えば受信者の側でしなければないという点に特色がある。他方、(β)文字による情報伝達の場合には、発信者が作成する文字がまず有体物に記録される。文字が紙に書かれた場合には、その紙ないし書かれた内容は、書面と呼ばれる。書面は、発信者が作成して相手に渡すのが原則である。しかし、(β')ファックスで送信することも認められており、この場合には、発信者が作成した書面と受信者の元で機械により作製される書面とは、媒体である紙は異なるが、正常に送信されている限り、内容は同じである。民事訴訟規則では、この方法による情報交流が広く認められている(裁判所が受信者になる場合につき規則3条、当事者が受信者になる場合につき規則47条)。

いずれの情報交流を用いるかは、伝達される情報の重要性その他を考慮して決められる。例えば、どのような判決がほしいかということは、書面(訴状)に書いて裁判所に提出するとともに、さらに口頭弁論の期日に法廷で口頭で陳述する(音声で伝える)。口頭弁論では、音声で情報の交流がなされるが、重要な事項は裁判所書記官が書面(調書)に記録する。その際、録音器を用いることもある。また、証拠調べにおいては、証人・当事者は口頭で陳述し、鑑定人も口頭で意見を陳述することがある(215条)。これらについては、裁判長の許可があったときは、ビデオテープあるいは録音テープに記録することをもって調書の記載に代えることもできるとされている(規則68条1項)。さらに、口頭弁論の調書には、書面や写真のみならず、録音テープ・ビデオテープ等を引用することも引用し、訴訟記録に添付して調書の一部とすることができる(規則69条)。

当事者からの電磁的記録の提供
ところで、情報技術が急速に進歩し、裁判所も各種の情報をコンピュータを用いて処理するようになると(典型的には、コンピュータを用いて判決文を書くようになると)、情報を書面で受け取るだけでは不便となる。そこで、裁判所は、当事者に、提出書面に記載された情報の内容を記録した電磁的記録(裁判所のコンピュータで処理することができるデジタル情報)の提供を求めることができるとされた(規則3条の2)[12]。

電子政府構想の波 − 情報ネットワークの利用
情報通信の発達は、文字による情報交流の形態を一段と変化させ、現在では電子メイル等の方法でも可能となった。そして、政府が国民に提供する様々なサービスの効率化のために電子政府構想の波が起き、その波は民事訴訟の領域にも及んだ。平成16年12月の改正により、書面等に代えてネットワーク経由で裁判所と当事者とが情報交流をすることが認められた(132条の10。督促手続については、397条以下に特則がある)。ただ、ネットワークでの情報交流には、ネットワーク上での盗聴、改竄、なりすましなど、さまざまな危険が伴う。まだ実験段階と言うべきであり、その利用範囲も、最高裁判所の定める裁判所に対してするものに限られ、かつ、最高裁判所規則で定めるところによるとの留保が付されている。民事訴訟の場においても、今後、ネットワークを利用した情報伝達が普及すると思われるが、ただ、この講義では、まだ実験段階のことと見て、特に取り上げることはしない。

1.6 紛争解決の基準

権利既存の観念  民事訴訟においては、紛争の発生原因となっている当事者の過去の行為に民法など実体法が認めた法的効果は何かを判断するという形で紛争を解決することが原則である。この原則を強調していくと、権利は裁判以前に存在し、訴訟制度はそれを保護することを目的とし、裁判ではその存否を確認するにすぎないということになる(権利既存の観念)。

疑念  これに対して、「私権の実在性は、紛争解決のために下される判決において始めて形成される」とみて、権利既存の観念に懐疑を示す見解もある([兼子*体系v3]27頁)。

反論  しかし、権利既存の観念は、当事者が経済活動をなす時点において合理的な計算をなしうることが理想であるという点に意味があるのであり、個別の訴訟おいて権利の存在の認識可能性が判決前と判決後とで同じか否かを問題にしているのではない。判決前より判決後の方が権利の認識可能性が高いことは、懐疑説の説くとおりである。それにもかかわらず、裁判外の活動により権利義務が発生し、その存否を裁判で判断するという思考方法をとることが、合理的な経済活動を保障するための訴訟制度を考える上で好ましいのである([山木戸*1961a1]参照[8])。

しかし、こうした思考方法になじまない紛争があることも事実である。合理的な計算のもとに一定の行動をした後の事情を考慮して解決することが必要な紛争もあり、また、当事者の将来の幸福という視点から解決すべき紛争もある(家事事件や借地借家事件)。

裁判所が新たな類型の権利を認める場合、あるいは新たな行為規範を設定する場合にも、権利の既存の観念は妥当しがたい。それは、次のような場合に典型的に現れる:被告(あるいはその従業者)の過去の行為が原告の主張する行為規範に違反していることを理由に損害賠償が請求されるのであるが、そのような行為規範の存在自体が争われ、裁判所が、審理の結果、原告主張の行為規範を是認する場合。この場合に、裁判所は、裁判所が明確にした行為規範に違反していたことを理由に問題の行為は違法なものであるとするのであるが、しかし、行為の当時にその行為規範が明確であったとはいえず反対の見解もあったこと等を理由に行為者の過失を否定して、その事件については損害賠償請求を否定することがある(例えば、最高裁判所 平成17年4月19日 第3小法廷 判決(12年(受)第243号、平成17年(オ)第251号)が好例である)。それでも、その事件において行為規範が明確にされたことに変わりはなく、今後その行為規範に違反した行為をした場合には、過失も肯定され、損害賠償請求が命ぜられるようになるのである。この論理は、判例により創造される規範の遡及的適用を阻止する機能をもつ。

また、当事者が合意により定めた権利は、保護されるべきであり、紛争解決にあたって、当事者の合意は尊重されるべきであるが、しかし、それ自体は目的ではない。合意は、個人の幸福と社会の発展のために尊重されるべきであるが、それ以上に尊重する必要はない。当事者の合意は、法令の個別的な規定による制限を受けるのみならず、私法秩序の基本原理である信義誠実の原則・権利濫用の法理(民法1条)や公序良俗(民法90条)による制約も受け、これらの一般条項を基にして裁判による法創造がなされることにも注意しなければならない。

1.7 民事手続全体の中での位置付け

民事手続
対立する私人間の紛争を解決するためには、権威のある判断、すなわち裁判所の判決が役立つ。しかし、判決が下されても、当事者の一方がそれに従わない場合には、判決で認められた権利は実現されない。権利の実現のためには、さらに、強制執行が必要な場合がある。さらに、複数の債権者に対して債務を負っている者の財産状態が悪化して債務を弁済することができない場合には、集団的な債務処理手続が必要となる。法は、このようなさまざまな状況に対応して、裁判所が主宰するさまざまな手続を設けている。次の4つがその主要な部門がある。
  1. 対立当事者を関与させてその間の権利関係を確定することにより紛争を強制的に解決する手続(判決手続が中心となる)[2]
  2. 個別的な権利の事実的実現(金銭債権の取立て、所有権に基づく引渡しなど)を図る民事執行手続、及び、迅速な手続により当面必要とされる範囲で権利の仮の保護を図る民事保全手続[4]
  3. 債務の弁済に必要な資産を有しない債務者に対して行なわれる集団的債務処理手続である倒産処理手続(破産・民事再生・会社更生など)
  4. 私人の生活関係につき裁判所が簡易な方式でなす処分手続としての非訟事件手続(非訟事件手続法に規定されている法人の解散・清算等に関する手続、家事審判法に規定されている後見開始の審判等の手続[6]など)

これらの手続は、民事手続と総称される。民事訴訟は、その一部門をなす。もっとも、「民事訴訟」の語は、広狭さまざまな意味で用いられる。最も狭い意味では、()判決手続のみを指す。次に、()判決手続とこれに接続する略式手続(督促手続や民事保全法による保全命令手続)を指す意味で用いられる。さらに、()前記(b)に民事執行手続及び保全執行手続とを合わせた意味で用いられることがある。最も広い意味では、()破産手続を含めた意味で用いられる。通常は、(a)または(b)の意味で用いられる。他方、非訟事件とは対立的な意味で用いられる。したがって、非訟事件の語も多義的となる。

民事訴訟法に直接規定されている手続は、次のように分類することができる。
判決手続は、紛争解決手続のうちの最も代表的なものである。しかし、紛争解決方式は、これ以外にもいろいろある。裁判所が運営するものだけを取り上げても、上記の支払督促と起訴前の和解のほかに、訴訟上の和解(89条267条)、民事調停、家事調停がある。

紛争解決機能は最後のところでは国家が担わなければならないとしても、その全部を独占する必要はない。国家以外の者による紛争解決を促進し、裁判所の負担を減少させることは、国民の税負担の削減につながる(小さな政府)。紛争解決手続の多様化・民営化である。伝統的なものとして、仲裁制度がある(仲裁法参照)。最近では、裁判外紛争解決手続の重要性が認識され、裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律が平成16年12月に成立した。法務大臣の認証を受けた民間事業者は、紛争の当事者が和解をすることができる民事上の紛争について、紛争の当事者双方からの依頼を受け、当該紛争の当事者との間の契約に基づき、和解の仲介を行うことができる。その裁判外紛争解決手続を民間紛争解決手続という。

民事手続の基本法としての民事訴訟法
民事訴訟は、対立当事者の主張を公平に聴いて裁判所が中立の立場から裁判をするという構成をとっており、この構成は、他の民事手続全般に共通する。そのため、各種の民事手続を定める法律において、「別段の定めがない場合には民事訴訟法を準用する」と定められていることが多い。例えば、次の法律がある。
他方、非訟事件は民事訴訟とは手続構造を異にし、非訟事件手続法には民事訴訟法を一般的に準用する旨を定める規定はない(しかし、それでも、民事訴訟法の多数の規定が個別に準用されている)。非訟事件手続法を一般的に準用する家事審判法(7条)の定める手続(審判および調停)も、同様に、民事訴訟法が規律する手続とは構造を異にするということができる。

2 判決手続の概略


訴えの提起から判決の確定に至るまでの判決手続の概略を示すと、次のようになる[R63]。
 
手続の流れ
基本原則

訴え提起前における

訴えの提起

  • 管轄裁判所(4条・5条)
  • 訴状の提出(133条
  • 裁判長による訴状審査(137条
  • 被告への送達(138条98条以下)
処分権主義(261条266条・267条)

審理

  1. 審理の計画(147条の3
  2. 争点整理手続(164条以下)
  3. 口頭弁論
    • 事実の主張(87条)  → 訴訟資料(狭義)
    • 証拠調べ(179条以下) → 証拠資料
       (両者を併せて裁判資料あるいは広義の訴訟資料という)
  4. 口頭弁論の終結(243条153条
弁論主義

双方審尋主義
公開主義(憲82条

判決

処分権主義−判決事項(246条
自由心証主義(247条
証明責任
直接主義(249条
判決の不可撤回性

通常の不服申立て


 →訴訟係属の移転
 →判決確定の妨止(116条2項)
上訴不可分の原則
控訴審について続審主義
上告制限(312条318条

判決の確定

  • 確定時期(116条
     →既判力の発生(114条以下)
     →執行力の発生(民執22条1号)
      (ただし、仮執行宣言(259条)に注意)
     →形成力の発生
  • 確定判決に対する不服申立て−再審(338条
既判力の相対性

2.1 訴え提起

民事訴訟は、当事者からの紛争解決ないし権利保護を求める訴えにより開始される(訴えなければ、裁判なし)。民事訴訟は、対立する2当事者間の紛争を解決することを目的とするので、判決を求める者(原告)がその相手方(被告)を特定しなければならない。また、民事訴訟の対象となる紛争は法律関係の存否をめぐる争いであり、原告は自分が保護を求める法律関係を特定しなければならず、また、どのような判決を求めるかも明確にしなければならない(「紛争の適切な解決を求める」という訴えは、許されない)。原告の判決要求を請求の趣旨という(133条)。判決内容は、3つの類型に大別することができる。
  1. 権利の確認(確認判決。「別紙目録記載の不動産が原告の所有に属することを確認する」)
  2. 被告に対する行為命令(行為義務の宣言)(給付判決。「被告は原告に金1000万円を支払え」)
  3. 新たに形成されるべき法律関係の宣言(形成判決。「原告と被告とを離婚する」)

こうした判決要求の中にすでに保護を求める法律関係が明示されている場合もある(上記1の例)。それだけでは法律関係が特定されない場合には(上記2の例)、権利の発生原因(請求原因)も明示しなければならない(例えば、1996年3月30日に原告の事務所において原告は被告に金1000万を貸し渡し、被告は同年8月30日までに弁済することを約束した)。

訴え提起とは、当事者ならびに請求の趣旨および原因を記載した訴状を裁判所に提出することである(133条)。訴状は、その原本を裁判所が使用し、そのほかに被告にも送達しなければならないので、被告の人数分の副本の提出が必要である。訴状に必要な事項が記載されているか、必要な額の手数料が納付されているかを裁判長が審査する(137条)。これに合格すると、訴訟の開始を被告に確実に知らせるために、訴状は送達という厳格な方式で裁判所から被告に送られる(138条。訴状が弁護士等から被告に直接郵送されることはない。東京地方裁判所「「訴状」と題するニセ書面に,ご注意ください!」)。

訴状が被告に送達されたときに、裁判所と両当事者間に訴訟係属と呼ばれる法律関係が発生し、これ以降は裁判所が訴えに対して判決(例外的に決定)で応答する。訴えは、管轄裁判所に提起すべきであり、管轄権を有しない裁判所に提起されたときは、管轄裁判所に移送される(4条以下・16条)。

2.2 審理

訴え=口頭弁論=判決
訴え
が提起されると、口頭弁論を行ない、判決で応答するというのが原則であり、この3つは不可分の組合わせである(87条243条)。裁判官が途中で交代した場合には、裁判資料の共有について不安が生ずるので、それまでの審理結果の共有を確実にするために、当事者がそれまでの弁論の結果を陳述する(249条2項)。これを弁論の更新という。

口頭弁論
裁判は、裁判所が中立的な立場において両当事者の言い分を聞いて、原告の請求の当否を判断するという形式で行なわれ、かつ、裁判の公正を確保するために、裁判所と両当事者が一堂に会して、3者が訴訟の進行と裁判資料の収集状況についての情報を共有するという方式がとられる(当事者公開)。3者が一堂に会する場所は、法廷が原則である。情報の共有は、3者が一定の日時に一堂に会して、口頭で陳述することにより図られる(口頭主義)。3者間の共有情報の増加過程は、当事者からみて「弁論」と呼ばれ、裁判所からみて「審理」という。弁論は、口頭で行われるので「口頭弁論」と呼ばれる(87条)。裁判所(裁判官)と関係人が会合する日時は、一般に、期日と呼ばれる。口頭弁論のための期日を口頭弁論期日という。

裁判の公開
憲法82条
は、裁判の公正を担保するために、「対審及び判決」は公開の法廷で行なうものとしている(一般公開)。そこでいう対審は、口頭弁論ならびに証拠調べを指し、弁論準備手続は含まれないと解されているが、裁判の公開は、本来、傍聴人も審理の流れを把握して判決の当否を判断できるようにすることに意味があるのであるから、弁論準備手続の結果も当事者が口頭弁論において陳述する(173条169条2項にも注意)。しかし、一般公開の原則を常に貫くことが妥当というわけではない。「裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合」には公開を停止することができる(憲法82条2項)。その具体化として、プライバシー保護の必要性の高い人事訴訟について、当事者や証人が私生活上の重大な秘密について尋問を受ける場合に、一定の要件の下で非公開にすることができる(人訴22条)。 専門委員  近年、訴訟の対象となる事件の中に高度な専門的事項が含まれていることが多くなった。裁判官は常日頃から専門的知識の吸収に努めているが、現実に生起する事件は、多様でかつ科学技術の進歩は早い。専門的知識を有する専門家のサポートを受けるのが好ましい状況になった。そこで、鑑定人とは違った立場で裁判官を補助する専門委員の制度が設けられた(92条の2)。専門委員は、争点若しくは証拠の整理又は訴訟手続の進行に関し必要な事項の協議、証拠調べ、和解の手続に関与して、専門的事項について説明をなし、あるいは証拠調べにおいて質問をすることにより裁判官を補助する。

審理の計画  審理は、適正かつ迅速に行われなければならない。その実現のための一つの方策として、事件が複雑である等の理由により必要であると認められる場合には、審理の計画を立て、その計画に従って審理を進めることが求められている(147条の3)。

争点整理手続  充実した審理がなされるように、争点整理手続(争点および証拠の整理手続)が用意されている。これには、次の3つの選択肢がある。
判決の基礎資料の収集(誰が収集するのか=弁論主義
判決の基礎資料(裁判資料)は、事実と証拠とに分けられる(もちろん、判決の基礎資料の中に法規範を含めることもできる。しかし、法規範は、事実と証拠とは性格が異なり、また裁判所が職権で調査すべきものであるので、「判決の基礎資料」から法規範を除外して議論するのが通常である)。民事訴訟において事実は「真実」の意味ではなく、「当事者の主張する事実」あるいは「裁判所の認定する事実」の意味で使われることが多い。その多くは、「いつ、どこで、だれが何をした」といった形で表現される具体的事実である。裁判資料の収集を当事者の責任とし、裁判所が積極的に収集することはないとの建前(原則)を弁論主義という。これに対して、適正な裁判をなすために裁判所も裁判資料の収集を行なうべきであるとする建前を職権探知主義という。通常の民事事件(財産事件)については、実体法の領域で当事者自治の原則が認められているので、その訴訟上の反映として、弁論主義が採用されている。弁論主義は両当事者と裁判所の間の役割分担であり、当事者間の役割分担ではない。裁判所は当事者双方から提出された資料を基にできるだけ真実に合致した裁判をすべきであり、一方の当事者が提出した事実ないし証拠をその者に不利に用いることも許される(主張共通の原則、証拠共通の原則)。

法の世界では、≪抽象的に記述された一定の要件が充足されると一定の法律効果が発生する≫という形で法規が構成され、具体的事実がその要件に該当する場合に、その法規が適用され、法律効果が発生したという(なお、発生した法律効果の変更あるいは消滅を定める法規もあるので、法律効果の「発生・変更・消滅」というのが精確であるが、記述を簡単にするために、ここでは「発生」のみを問題にする)。それゆえ、当事者の主張する事実のうち、最初に問題となるのは、法律効果の発生要件に該当する具体的事実であり、これを「主要事実」ないし「直接事実」という(たとえば、「原告は、1996年8月6日に原告の営業所において、被告本人に100万円を現金で渡した」)。

主要事実が争われた場合には、その主要事実を主張する者は、その証明に役立つ証拠を提出しなければならない。それができない場合には、主要事実の推認に役立つ別の事実を主張して、それを証明しなければならない。ある事実から別の事実を推認するためには、両者を結びつけるなんらかの原因結果の法則が必要であり、それを経験則という(自然科学的な法則、論理法則のみならず、日常経験的な法則も含まれる)。経験則を適用して主要事実を推認するのに役立つ事実を間接事実という。間接事実を推認するのに役立つ別の事実も間接事実と呼ばれる。証拠の信用性に関する事実(例えば、証人と当事者との親密な関係)を補助事実という。

弁論主義は、これらの概念を前提にして、次の3つの原則的命題にまとめることができる。
  1. 主要事実は、口頭弁論において主張されたもののみが判決の基礎となる。
  2. 主要事実について当事者間に争いのない場合は、証拠調べをすることなく判決の基礎にしなければならない(179条。自白の拘束力)。
  3. 主要事実やその他の事実の主張が争われて、裁判所がその真否を判断するために証拠調べをする場合には、当事者の申し出た証拠のみを取り調べることができる(職権証拠調べの禁止。ただし、例外が多い)。

事実の認定
当事者間で争いがあると認められる事実については、裁判所はその判断材料を180条以下の厳格な証拠調手続により獲得して、その存否を判断するのが原則である。ただし、裁判所に顕著な事実(公知の事実および職務上明かな事実)については、証拠調べは不要である(179条)。証拠の申し出は当事者がなすべきことであるが、証拠調べ自体は、裁判所の情報獲得作業であり、当事者双方が不在でもできる(183条)。証拠調べの方法は、その対象に応じて規定されており、次のものがある(この外に、調査の嘱託(186条)がある)。
裁判は、当事者が求める範囲においてではあるが、真実に基づいてなさるべきである。そのために、日本の司法権に服する者に一般的に証人となる義務が認められている(190条以下)。これに対して、文書については伝統的にそのような一般的義務は認められていなかった。しかし、平成8年の現行民訴法では、文書提出義務の範囲が大幅に拡張された(220条4号)。ただし公務員の管理する文書については、提出義務は依然として制限されたままであった[9]。その後、情報公開制度の進展と共に、公務員の管理する文書の提出命令の制限も平成13年になってようやく緩和された。

裁判所が事実の認定に用いる資料には、証拠資料のみならず、それ以外の口頭弁論に現れた一切の資料(弁論の全趣旨)も含まれる(例えば、当事者の主張の矛盾、主張の変更の様子も資料にすることができる)。裁判所がこれらの資料を基に事実を認定するにあたって、一定数の証人の供述が合致しなければその事実を認定してはならないといった制約はなく、その意味で自由に事実を認定することができるが(自由心証主義247条)、もとより不合理な事実認定であってはならない。不法行為訴訟などにおいては、損害が生じたことが認められるが、損害の性質上その算定の基礎となる事実を主張・立証することが極めて困難な場合がある。その場合に、その主張・証明がないことを理由に請求を棄却したのでは被害者に酷となる。その場合には、裁判所は、相当な損害額を認定することができる(248条)。

証明責任
自由心証主義によっても主要事実の存否が不明である場合の取扱いについては、いくつかの方法が考えられるが、私法法規は、概ね次の考えを前提にして規定されていると考えられている。すなわち、証明されない事実は存在しないものとして扱い、その結果その事実を要件事実とする法規は適用されず、法律効果の発生は認められないという考えである。この考えを前提にして、主要事実が証明されないために法律効果の発生を認めてもらえないという不利益を証明責任という(別の見解もある)。証明責任の分配を適切に行なうために、権利発生根拠規定および権利消滅規定のほかに、一定の要件が充足されるとこれらの規定は適用されないという規定(障害規定)が、ただし書あるいは特別規定の形で置かれている。例えば、民法200条1項の要件(占有者が占有を奪われたこと)は占有回収訴訟の原告が証明責任を負い、2項本文の要件(被告が侵奪者の特定承継人であること)は被告が負い、2項ただし書の要件(特定承継人の悪意)は原告が負う。

2.3 判決

審理が進行し、判決をなすに熟すると、裁判所は弁論を終結し、判決内容を確定しつつ判決書を作成し、判決書に基づいて終局判決を言い渡す(243条251条以下。254条に例外が規定されている)。

不可撤回性(自己拘束力)
判決は、裁判所の確定的な判断でなければならず、その安易な撤回を許すと裁判所の信用が失われる。そこで、判決は、一旦言い渡されると、判決裁判所自身を拘束し、判決裁判所が自ら撤回することは許されないという効力が認められている。この拘束力を自己拘束力あるいは不可撤回性という。250条にいう判決の効力は、この効力である。不可撤回性の例外を定める規定として、256条・257条がある。

不服申立て
裁判の取消しを求める申立は、一般に不服申立てと呼ばれる。裁判官も人間であり判断を誤ることがある。そのことにより不利益を受ける当事者の救済のために、ならびに、判例統一の機会を確保するために、第一審裁判所による審理のほかに上級の裁判所による再審理を原則として2回求めることが認められている(3審制)。その申立ては、下級の裁判所の判決の取消しを上級の裁判所に申し立てるという形式でなされる(上訴)。判決に対する最初の上訴は、控訴と呼ばれる(281条)。2回目の上訴は上告と呼ばれ(311条)、上告理由は制限されている(312条。上告受理申立て(318条)の制度もある)。

手形訴訟などの簡略な手続で下される判決については、直接の控訴は禁止され(356条)、まず同一裁判所において通常手続での審理を求めるために、異議申立て(判決の取消申立ての一種)をなす(357条以下)。上訴は、この異議申立てについての判決に対して許される。

少額訴訟にあっては、紛争解決コストの上昇を抑えるために、異議申立てのみが許され、上訴は禁止されている(377条380条参照)。

判決の内容的効力
判決は、法律により認められたこれらの通常の不服申立方法が尽きた時点で確定し(116条)、その時点から判決内容に応じた効力(内容的効力)が発生する。これには、次の3つがある。
既判力は、すべての判決について認められる(形成判決について否定する見解もある)。執行力は、被告に一定の行為を命ずる内容の判決(給付判決)について認められ、形成力は、法律関係の変動を宣言する判決(形成判決)のみが有する。執行力は、勝訴原告の迅速な権利実現の利益と被告の上訴の権利との調整のために、判決確定前でも仮執行宣言により発生させることができる(259条)。

既判力は、判決に紛争解決機能を営ませるために認められた効力であり、前の訴訟で裁判所がした判断に後の訴訟の裁判所は拘束されるという効力である。判決の対象は原告が訴えをもって主張した法律関係である(246条)。その存否が判決主文において判断され、その判断が既判力を有する(114条1項)。理由中の判断は既判力を有しないのが原則であるが、相殺の抗弁が主張されて、それについて判断がなされた場合には、紛争解決の実効性を確保するために、例外的にその判断にも既判力が認められている(114条2項)。既判力が及ぶのは、判決の基礎資料を提供する地位が保障された当事者が原則であるが、一定の範囲でその他の者にも拡張される(115条)。

参考文献


教科書等


簡潔なものから大部なものの順で並べてある。

注釈書

補助教材

実務

訴訟事件記録

最近では、生の事件記録がWebに掲載されているようになった[R31]。憲法13条との関係で限界があり、また、節度が保たれるべきであるが、ともあれ、理性の争いである限りにおいては、有益な教材である。

書式

裁判関係文書が2001年1月1日からA4判横書きになったことにともない、訴状等の各種書式がWebに掲載されている。これらの書式を読んで、その意味が理解できるようになるまで民事訴訟法を勉強しよう。

法令

民事訴訟法の歴史

関連する法領域

外国法のサイト


目次文献略語
1998年4月28日−2016年2月22日