目次文献略語
民事訴訟法講義

判 決


関西大学法学部教授
栗田 隆

1 弁論の終結


1.1 弁論の終結(243条)と再開(153条

判決書の送達に至るまでの手続の流れ
訴え(133条以下)
 ↓
必要的口頭弁論(87条
 ↓
弁論の終結(243条
 ↓
判決内容の確定
(合議体にあっては評議・評決)
 ↓
判決書の作成(253条規則157条
 ↓
判決言渡(251条・252条、規則155条
判決の効力の発生(250条
 ↓ 
書記官への交付(規則158条
 ↓
当事者への送達(255条)・
控訴期間の進行開始(285条
弁論の再開に関する判例

裁判所は、訴訟が裁判をするのに熟したときに終局判決をするが(243条)、その前に、口頭弁論の終結を宣言して、判決の基礎資料の収集が終了したことを明確にする。

事実審の口頭弁論終結時=既判力の標準時  判決は、事実審の口頭弁論の終結時までに提出された資料に基づいて下されるので、通常[76]、この時点での法律関係についての判断であり、この時点での法律関係についての判断として通用力(既判力)をもつ。それゆえ、事実審の口頭弁論終結時は、既判力の標準時(基準時)となる重要な時点であり(民執35条2項参照)、判決書の記載事項である(253条1項4号)。

弁論の再開(153条)  裁判所は、必要な場合には弁論を再開することができる。再開するか否かは、裁判所の裁量に属するが(最高裁判所 昭和40年2月2日 第3小法廷 判決(昭和36年(オ)1028号))、一定の範囲では再開義務を負う。当事者は、弁論再開について裁判所の職権の発動を促す申立てをすることができるが、申立権を有しない[84]。(α)しかし、裁判所は、再開を必要ないと認める場合でも、裁判所への信頼を高めるために、可能であればその理由を判決理由中で示して申立てに応答することが望まれる[18]。第一審裁判所が弁論を不当に再開しない場合には、控訴を提起すれば足りる。控訴審が弁論を不当に再開しないこと自体は、最高裁判所への上告の理由とはならないが、高等裁判所への上告の理由にはなり得る(312条3項)。(β)裁判所が弁論の再開を命ずるにあたっては、再開の理由を説明し、両当事者の意見を聴くことが望まれる。とりわけ、再開後に提出される攻撃防御方法が説明義務の負担の付いたものであると予想される場合には、進行協議期日(規則95条)を開いて相手方当事者の意見を聴くのが適切である([稲葉*1999a]709頁)。

1.2 当事者が欠席する場合の特則(244条

243条にいう「訴訟が裁判をするのに熟したとき」とは、通常、裁判をなすのに必要な資料が集まったことを意味する。当事者は裁判に必要な資料を提出する権限を有するので、裁判所は、当事者に新たに提出する資料がないか、あるとすればどのような資料かを確認してから、弁論を終結すべきか否かを判断するのが普通である([中野*1997a]43頁)。当事者が出頭しない場合には、その確認ができない。この場合に、判決に際して顧慮されるべき資料の提出が尽きたことを確認できるまで期日を重ねたのでは、裁判資源の浪費となる。また、当事者が欠席した場合(出頭せず、又は出頭しても弁論をしないで退廷をした場合)には、新たに提出する資料がないとの推定も可能である。そこで、243条の意味で裁判をなすに熟していなくても、「審理の現状及び当事者の訴訟追行の状況を考慮して相当と認めるときは」弁論を終結して、終局判決をなしうるものとされた。この場合の判決を、「審理の現状に基づく判決」ということもある。244条により口頭弁論を終結することが相当と認められるためには、次の2つのことが充足されるべきである。
当事者の一方のみの欠席の場合
審理の現状に基づく判決は、通常の場合と同様、口頭弁論に顕出された資料に基づく判決である。当事者の一方の欠席の場合に出頭当事者に有利な判決が出されるとは限らないので、出頭した当事者からの申出が必要である[8]。

当事者が交互に出頭と欠席を繰り返す場合に、出頭当事者からの申出がない限り裁判所は弁論を終結することができないというのは、不合理である。裁判所は、当事者からの申出がなくても、裁判をなすに熟したと考えるときは、243条により弁論を終結して判決をなすことができる。例えば、交互に出頭する当事者が従前の弁論と実質的に同じことを繰り返すに過ぎない場合がそうである[11]。

例 外
人事訴訟の訴訟手続では、訴訟の円滑な進行よりも真実の発見がより重視され、民訴法244条は適用されない(人訴19条)。

1.3 弁論終結前の判決−中間判決(245条

中間判決の事例

意義
  訴訟の進行中に争われた本案に関する事項(下記(a),(c))または訴訟手続に関する事項(下記(b))について、審理の整序のために下される判決を中間判決という[CL1]。

中間判決事項
中間判決は、審理の整序に役立つほどにまとまりのある次の事項について許される。ただし、終局判決が直ちに可能になる場合には、終局判決をすべきであり、中間判決は許されない。

独立した攻撃防御方法  本案に関する攻撃防御方法のうち他のものから切り離して判断することが審理の整序に役立つものをいう。通常は、一定の原因事実により一定の権利が発生、変更あるいは消滅したことの主張であり、間接事実の主張などは含まれない。判断されるのは、一般には「構成要件該当事実の主張」である([兼子*1986a]495頁(竹下守夫))。しかし、権利の発生・変更・消滅を判断することができる場合には、それを判断することも許されるべきである[3]。例えば、所有物返還請求訴訟で、原告が第三者との売買により所有権を取得したとの判断[4]。

一つの法律効果の発生に複数の要件事実が必要な場合に、その一部についての中間判決は許されないのが通常である。例えば、貸金返還請求訴訟で、返還約束の点を留保して、金銭の授受があったことのみを確認することは、無意味ではないが中間判決をするほどにまとまりのあるものとは言えない。しかし、公害訴訟で、因果関係と過失が共に重要な争点となり、因果関係についての争いを先に解決しておくことが審理の整序に役だつのであれば、それも許してよい([兼子*1986a]496頁(竹下守夫)。原因判決が許されていることにも注意)。

被告が複数の抗弁を主張する場合に、その一つについて理由がないとの判断を中間判決ですることもできる。抗弁に理由がある場合には、通常は、請求棄却の終局判決が下されるが、請求の予備的併合の場合には、主位的請求に対する抗弁に理由がある旨の中間判決をすることができる(実例として、東京地方裁判所 平成14年9月19日 民事第46部 判決(平成13年(ワ)第17772号)参照)。選択的併合の場合には、併合された請求の一部について同様な中間判決ができる。

その他の中間の争い  訴訟手続上の先決事項に関する争いのうち、必要的口頭弁論において提出された資料に基づいて判断されるものを指す。例えば、訴訟要件が具備されていないと被告が主張する場合に、その全部の主張に理由がないとの判断、あるいはその一部の主張を先に判断することができる場合であれば、特定の一部の主張に理由がないとの判断を中間判決ですることができる。訴えの取下げの効力が問題になっている場合に、取下げの無効の判断(手続続行宣言)の中間判決。ただし、法が特に決定で裁判することを定めている事項は、決定で裁判され、中間判決の対象にはならない(移送申立てについての裁判など)。

訴訟物たる権利の存在(請求の原因)  例えば損害賠償請求訴訟において賠償請求権の発生と賠償金額が共に争われている場合に、賠償請求権の発生について先に審理し、その後に損害額の審理に入るときは、賠償請求権が存在することを確認しておくことは、審理の整序に役立つ[5]。この中間判決を原因判決という。[49]

中間判決をなすための手続
中間判決をするか否かの決定は、裁判所の裁量に委ねられる。当事者からの申立ては必要ないが、自己拘束力をもって審理が整序されるのであるから、いかなる事項につき中間判決をするかを予め当事者に示し、その事項について攻撃防御方法の提出の機会を与え、かつ、中間判決をなすに熟したときには、その提出の機会の終了を明示した上で中間判決をすべきである。必要であれば、中間判決事項に審理を集中させるために口頭弁論の制限(152条1項)を行う。

中間判決の形式
中間判決は、通常は、「中間判決」の標題を付した判決書でなされる。しかし、共同訴訟において当事者適格が争われ、裁判所が共同訴訟の一部のものについてのみ当事者適格を肯定し、他の共同訴訟人については否定する場合には、それらの判断を根拠付ける理由のかなりの部分が重複するので、一つの判決書の中で、当事者適格が肯定される者に係る訴えについては「当事者適格を有する」旨の中間判決をし、他の共同訴訟人に係る訴えについては「訴えを却下する」旨の終局判決をすることになる[83]。

中間判決は、裁判所が職権でするものであり、判決主文には裁判所の判断が示されておればよく、その文言形式は比較的自由である。
中間判決の効力
中間判決も判決の一種であり、自己拘束力がある(上級審を拘束する効力はない)。判決を言い渡した裁判所は判決を撤回できず、また、これと矛盾する終局判決をすることはできない。この効力により、審理の整序が担保される。ただし、中間判決後に生じた事由に基づいて中間判決と異なる判断をすることは許される(例えば、弁済の抗弁を排斥する中間判決がなされた後で第三者弁済がなされた場合に、それを理由に請求棄却の終局判決をすることは許される)。中間判決には、既判力・執行力はない。もっとも、中間判決が維持される形で終局判決が確定した場合に、中間判決に争点効を認める見解もある[6]。

不服申立て
)中間判決に対する独立の上訴は許されない。しかし、終局判決に対して上訴が提起されると、中間判決は、終局判決前の裁判として、上訴裁判所の判断を受ける(283条313条)。上訴人が中間判決の取消しを申し立てる必要はない。しかし、当事者が中間判決の取消しを申し立てることは妨げられず、また、被上訴人が中間判決の取消しに利益を有する場合には、その取消しの申立て(予備的申立て)をしておく方がよい(後述(c)参照)。

)上訴審が原判決を取り消しあるいは破棄して事件を差し戻す場合に、原審の中間判決を取り消していなければ、差戻後の原審は、その中間判決に拘束されるのが原則である。したがって、差戻判決をする上訴審は、自己の判断と異なる中間判決を主文において明示的に取り消すべきである[7]。ただし、明示的に取り消されていなくても、差戻判決の拘束力に抵触するときは、効力を失うとみなければならない(325条3項・裁判所法4条)(竹下[兼子*1986a]504頁)。

)なお、選択的に併合された一つの請求に対する抗弁に理由があることを認める中間判決の後で、他の請求を認容する終局判決が下され、これに対して被告が上訴し(上告が受理された場合を含む)、原判決が取消し又は破棄されて、事件が原審に差し戻されたときに、中間判決は上訴審によって取り消されていなくても当然に効力を失うとの法理が確立されているわけではない(もっとも、原判決の取消し又は破棄の理由と中間判決とが抵触する場合には明示的に取り消されていなくても、中間判決は効力を失うと解してよいであろう)。したがって、被上訴人(原告)としては、事件の差戻しが予想される場合には、予備的に(原判決が取消し又は破棄されないことを解除条件にして)、中間判決の取消し又は破棄の申立てをしておく方が安全であろう。

2 終局判決の内容形成


文 献
特定の請求について特定の審級における訴訟手続を終了させる判決を終局判決という。複数の請求が並列的に審理裁判の対象となっている場合には、その一部について終局判決を下すこともできる(一部判決。243条2項)。終局判決が確定すると、訴えの提起に始まる訴訟手続全体が終了し、判決の内容的効力(既判力等)により、紛争の解決あるいは当事者の権利保護がもたらされる。

2.1 判決事項(246条

裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(246条)。判決は、当事者からの紛争解決要求ないし権利保護要求に応じて与えれば足りるからである。これは、処分権主義の内容の一つである「審理裁判の対象は当事者が特定する」という命題を裁判所の視点から言い換えた命題である。
実体法上の請求権の相違
判例が採用している旧訴訟物理論を前提とすると、原告が訴えにより主張している請求権とは異なる請求権に基づき原告の求める判決をすることも246条違反となる。
他方、次の場合には、246条違反をもたらさない。
一つの請求の一部認容
原告の意思に反しない場合には、一つの請求の一部のみを認容することができる。この場合には、「原告のその余の請求を棄却する」の主文を掲げる[CL3](それがないと、認容されない部分について裁判がないことになり、裁判の脱漏になる(258条1項))
他方、次の場合には、請求の一部認容・一部棄却を許容すべきかについては、一考を要する。
引換給付か請求棄却か
原告の主張する請求権の発生又は行使が原告から被告への一定の給付に依存するが、その給付がまだなされていない場合に、原告が被告にその給付をなすのと引換えに被告に給付を命ずる判決(引換給付判決)をするべきか、それとも請求棄却判決をするべきかは、第一次的に実体法の問題である。次のように区分されている。なお、引換給付判決に基づく強制執行については、民執法31条1項参照。

)引換給付を命ずる場合
)引換給付を命ずることができない場合
一部認容が許されない場合
請求の一部認容は、それが原告の意思に反する場合には、許されない。また、一部認容が実体法上の請求権によって基礎づけられない場合には、一部認容の余地はない。

問題となる場合
単独占有と共同占有  複数の家族が生活するのに適しない住宅について、請求の一部認容としてその一部の明渡しを命ずことは、原則として許されない(第二次大戦後の深刻な住宅難の時代は別として、現在ではそのような判決は原告の意思に反するのが通常であり、また、実体法上の請求権としても、そのような一部明渡請求権が生ずるのは稀であろう)[42]。

現在給付訴訟と将来給付訴訟  現在給付の訴えと将来給付の訴えとは制度上区別されており、現在給付請求の一部認容として将来給付判決をすることは許されず、将来給付判決をすることが適当な場合には、釈明権の行使により、原告に訴えを変更させる(予備請求として将来給付請求を追加させる)のが原則である(もっとも、肯定説も有力である)[19]。ただし、将来給付請求の要件が備わっている場合に、原告の意思の解釈として、現在給付が認められないのであれば将来給付判決を求める意思が明瞭であれば、訴えの変更手続を経ることなしに将来給付判決をすることも許される(原告のこの意思は、裁判所のみならず被告にとっても明瞭であることが必要である。そうでなければ、被告は将来給付請求の要件(135条)を争う機会を失うことになるからである。なお、原告の意思の明瞭性が肯定された例として、最高裁判所 平成23年3月1日 第3小法廷 判決(平成22年(受)第798号)がある)[35]。将来給付請求に対して現在給付を命ずることは、申立て範囲を超えるので許されない。

(c)一方が単独所有のみを望み、他方が共有でもよいとする場合  原告の単独所有権確認請求に対し、裁判所が被告との共有を認めて、一部認容として共有持分確認判決を下す場合に、「原告と被告とは共有者である」との判断は理由中の判断にすぎず、既判力を有しない。後者の判断にも既判力を生じさせるためには、「原告と被告とが共有者であることを確認する」との請求(以下「共有関係確認請求」という)を予備的に立ておいて、これが認容されることが必要である。以下では、共有持分の確認でもよいとする当事者からそのような予備的請求が立てられているものとする。
  (α)双方が単独所有権を主張している場合  原告の所有権確認請求に対して、裁判所が「目的物は原告と被告との共有に属する」と判断し、 原告が「単独所有権を有することの確認判決のみを求め、被告と共に共有持分を有することを確認する一部認容判決を欲しない」旨を陳述する場合に、その陳述は、被告に対する「共有持分放棄」の意思表示を含むと見るべきである。なぜなら、被告が単独所有権確認請求の反訴を提起し、被告は「単独所有権が認められないのであれば、共有持分確認の一部認容判決でもよい」と陳述するときに、原告の請求を全部棄却するとともに被告の請求を一部認容する判決をしたのでは混乱が生ずるからである(本訴請求棄却判決に含まれる「原告は共有持分も有しない」との判断と、予備的反訴請求認容判決に含まれる「「原告と被告は共有者である」との判断とが矛盾する)。したがって、この場合には、被告の単独所有権を確認する判決をすべきであり、そのためには、原告の共有持分放棄の意思表示が必要となると考えられるからである。ただし、これは共有持分放棄が許されることを前提にしており、放棄が許されない場合には、原告の「被告と共に共有持分を有することを確認する一部認容判決を欲しない」との陳述も裁判所を拘束しない。
  (β)一方のみが単独所有権を主張している場合  原告が共有持分の確認請求と共有関係確認請求を併合して訴えを提起したのに対し、被告が単独所有権確認請求の反訴を提起し、「一部認容判決としての共有持分確認判決は望まない」と陳述し、裁判所は原告と被告との共有を認定する場合はどうか。被告の反訴については、全部棄却判決をしてよいであろう。また、被告の前記陳述の中に共有持分放棄が含まれていると見れば、原告の共有関係確認請求も棄却してよいであろう。問題は、原告の共有持分確認請求をどうするかである。被告の共有持分放棄の意思表示により原告が単独所有者になるのであるから、その趣旨の判決をするのが本来であるが、そうすることは246条に反する。したがって、共有持分確認請求を単純に認容するより仕方ない。その判決の既判力ある判断を「原告は共有持分を有し、かつ共有持分しか有しない」と解するのではなく、「原告は、少なくとも持分を有する」と解することにより混乱(残りの持分について帰属者がいないという状況)を回避すべきであろう。
 もっとも、原告の共有持分放棄は、共有物の管理費用の負担を考慮すると、常に許されるとは限らない。裁判所は、理由中で、原告による共有持分放棄が許されるか否かを判断することになろう。持分放棄が許されない場合には、原告が一部認容判決(共有持分確認判決)を望まない場合でも、裁判所は、一部認容判決をすべきである。ただし、前提となっている命題(所有権確認請求棄却判決により共有持分を有することも否定されることになるから、一部認容判決として共有持分確認判決をすべきであるとの命題)自体について再検討の余地がないわけではない。

形式的形成訴訟の場合  当事者の申立ては、民事裁判制度の利用要求として合理的な範囲でのみ裁判所を拘束する。形式的形成訴訟においては、この訴訟の特質により、当事者の申立てが裁判所を拘束する範囲が制限されている。
請求の趣旨の文言が不十分ないし不適切である場合  請求が認容される場合には、当事者の請求の趣旨の文言が判決主文に記載されるのが通常である。しかし、請求の趣旨の文言が不十分ないし不適切であり、それが当該事件の科学技術上の困難あるいは法解釈上の困難等に起因し、それによる不利益を原告に負わせるのが適当でない場合には、裁判所は、原告が訴えにより求めたと認められる利益の範囲内で、適切な文言を主文に掲げることができる。もちろん、可能な場合には、釈明権の行使により予め請求の趣旨を適切なものに補正させておくことが望ましい。例[33]:
その他

2.2 自由心証主義 − 事実認定の資料と方法(247条

裁判所が当事者の事実についての主張の真否を判断する際に、判断資料として用いることができるのは、まず、(α)証拠調べの結果であり、次に、(β)審理に現れたそれ以外の全ての資料・状況(弁論の全趣旨)である。しかし、これだけで当事者の主張の真否が判断されるわけではなく、(γ)顕著な事実、すなわち、公知の事実や裁判所の職務上明らかな事実も、当事者の主張の真否の判断資料として用いられている。伝統的には、自由心証主義の説明の中で、顕著な事実が弁論の全趣旨や証拠調べの結果と並ぶ重要な要素として取り上げられてきたわけでは必ずしもないが、この講義では、顕著な事実も自由心証主義の要素として取り上げることにする。

自由心証主義
裁判所を構成する裁判官は、審理に現れた全ての資料・状況(弁論の全趣旨および証拠調べの結果)並びに顕著な事実に基づいて、自由な心証により、当事者の主張の真否を判断することができる。この建て前を自由心証主義という。ただし、裁判官の心証形成は恣意的であってはならず、経験法則や論理法則に従った合理的なものでなければならない。また、247条は、≪裁判所は口頭弁論に現れた一切の資料及び顕著な事実以外の資料(例えば、裁判官が私的に知った事実)を用いて主張の真否を判断してはならない≫との趣旨をも含む。
用語法
247条は、「事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する」と規定している。
  • 真実か否かという評価の対象となるのは、「事実についての主張」であり、「事実」そのものではない。
  • 事実についての評価用語は法文からは明らかではないが、通常、「存在する」「存在しない(不存在)」の語を用いる。「裁判所が、ある事実を認める」は、「裁判所が、ある事実が存在すると認める(判断する)」の縮約形である。
  • 「主張された事実の存否」と「事実の主張の真否」との間には、1対1の対応関係がある。すなわち、裁判所は、
    • 「当事者が主張した事実」が存在すると判断する場合に、「その事実の主張」を真実と判断する。
    • 「当事者が主張した事実」が存在しないと判断する場合に、「その事実の主張」を真実でない(虚偽である)と判断する。
    • 「当事者の主張した事実」が存在すると判断することも、存在しないと判断することもできない場合、すなわち「その事実の主張」を真実であるとも真実でないとも判断することができない場合に、「その主張は真偽不明である」と言う。
247条では、裁判所は「当事者の事実についての主張の真否」を判断するものとされているが、これは、裁判をするためには、最終的には、当事者の主張した主要事実の存否を判断すれば足りるという理念の表明であると理解することができる。しかし、実際の裁判では、主要事実以外の事実については、当事者からの主張がなくても、証拠調べの結果に基づいてその事実を認定することができ、また、証拠調べの結果から認定される事実と当事者の主張する主要事実とが食い違うときには主張の整理がなされることからもわかるように、当事者の主張する事実のみが問題となるのでない。

自由心証主義は、次のことを内容とする(自由心証主義の内容は、弁論主義ほどには固まってはおらず、教科書によって異なる[46])。

1.証明の必要
裁判所が当事者の事実についての主張を真実と認めるためには、その事実が証明されること、すなわち、裁判所が主張された事実の存在について一定程度の確信を持つことが必要である。

 (証明対象  裁判所が法規を適用する上で真実と認めることが必要となる事実の主張は、直接事実(弁論主義の第一命題にいう直接事実あるいは主要事実)の主張である。誰がどのような事実を主張する責任(主張責任)を負うかは、原則として、証明責任の分配に従い、これは法律効果を定める規範において予め定められている。

証明度  裁判官が当事者の主張を真実と認めるのに必要な心証の度合い(確信の度合い)を証明度という。これは、一般には、「通常人が合理的疑いを差し挟む余地がないと考える程度の確信」であると説明されている[60]。因果関係の証明について、最高裁判所 昭和50年10月24日 第2小法廷 判決(昭和48年(オ)第517号)が次のように説いているのが代表例である。これを標準的証明度と呼ぶことにしよう。
証明度は、理念的には、客観的な状況を指示する概念であるが、証明度の概念の重要な要素である「裁判官が抱く確信」が主観的なものであり、その客観化が困難であるので、証明度の概念自体も、実際上は、客観的な状況(多数の者が共通の認識を持つことできる状況)を指示する概念とは言い難い。しかし、ここでは、理念に従って客観的な状況を示す語であることを前提にする。多くの規定において証明度についての言及はなく、その場合には、標準的証明度でよい。しかし、それでも証明度は個々の規定の趣旨を実現できるように個々の規定ごとに定められてよいものであり、規定の趣旨を実現するために必要であれば、これとは異なる証明度を解釈により設定してよい[14][61]。例
さらに、民法709条のようにさまざまな類型の事実関係に適用される規定にあっては、問題となる事実の類型の特質(証明の困難等)を考慮して、さらには当事者間の生活関係の類型を考慮して、証明度を標準とは異ならせることも許されるべきであろう。どのような場合に証明度を低減することができるかについては、まだ議論は十分になされていない。最高裁判例は、次の先例にみられるように、かなり慎重である。
裁判官が確信を持つことができない場合には、後述の証明責任により処理する。例外:
2.口頭弁論の全趣旨の斟酌
審理(口頭弁論)に現れた一切の資料(裁判所と当事者とが共有する機会を有した資料)で、証拠調べの結果以外のものを「口頭弁論の全趣旨」という[2]。裁判所は、事実を認定するにあたって、「口頭弁論の全趣旨」も斟酌することができる。審理の中に、何を含めるかについては、見解は分かれよう。次のものが候補となり得る。
  1. 口頭弁論手続
  2. 弁論準備手続
  3. 進行協議期日
  4. 和解の期日

「口頭弁論の全趣旨」は、本来は、口頭弁論手続に現れた資料を指す。そして、裁判の基礎資料となるのは、口頭弁論に現れたものでなければならないとの原則からすると、それ以外の期日や手続における当事者の陳述や態度等を「口頭弁論の全趣旨」に含めること又はこれに準じて扱うことは、例外となる(そうすることは、「口頭弁論の全趣旨」の概念の拡張になる)。しかし、弁論準備手続おける当事者の陳述や態度等も、弁論準備手続の重要性を考慮すると、「口頭弁論の全趣旨」に含めてよいであろう。進行協議期日における当事者の陳述や態度も、この期日が当事者に立会いの機会が与えられた期日であることを考慮すると、同様である。ただし、当事者の陳述や態度が的確に記録されることが必要である。他方、和解期日における当事者の陳述や態度まで「口頭弁論の全趣旨」に含めたのでは、率直な和解の話合いが阻害されるから、これは「口頭弁論の全趣旨」に含めるべきではない。

口頭弁論の手続について言えば、次のような出来事が「口頭弁論の全趣旨」に含まれる:
次の出来事を口頭弁論の全趣旨に含めることができるかは微妙であり、個別の事例ごとの検討が必要であると思われる。
3.証拠調べの結果の斟酌
当事者間に争いのある事実の認定のために裁判所が用いる基本的な資料は、証拠調べの結果である。

証拠方法の無制限の原則  事実認定に用いることのできる証拠方法について、基本的に制限はない(刑事訴訟法319条以下が規定するような証拠制限はないという意味である)。事実認定に必要ならば、あらゆる人・物が証拠方法となり得る。
しかし、無制約というわけではない。次の例外がある[55]。
 違法収集証拠の証拠能力も、一定の範囲で制限される。証拠能力が制限されるべき違法収集証拠に該当するか否かが、次のような場合に問題になる:
これについては、次の三つの考えがある。
  1. 収集方法についての実体法上の違法は訴訟上影響を与えず、裁判所の自由心証に委ねられる。
  2. 実体法上の違法があれば原則として訴訟上も不適法となる[59] 。
  3. 実体法上の違法のうち違法性の高い場合に限り証拠能力を否定する(特に、他人の住居に侵入して日記を盗写するなど、憲法の保障する基本的人権の侵害をもたらす場合)。他方、会社の不当労働行為に関する証拠の収集のために、労働組合員が上司の自己に対する組合脱退の要求を内密に録音した場合に、その証拠能力は肯定する(他に適当な証拠収集手段がないことにより正当化されよう)。

 最後の見解が正当であろう。もっとも、この問題は、(α)証拠の違法収集により侵害される利益と(β)当該証拠により真実を明らかにして守られるべき挙証者の利益(権利)との比較考量の問題にならざるを得ず、証拠収集方法の違法性の強さの判断に当たっては、後者の利益も考慮すべきである。
 次の場合は、証拠の違法収集には当たらず、その証拠能力は否定されない。
証拠共通の原則  証拠は、その証拠を提出した者に有利にも不利にも斟酌することができる(同一当事者間での証拠共通の原則)。弁論主義により、当事者は裁判の基礎資料を提出する権限を有するが、それは裁判所と当事者の間の役割分担に基づくものであり、自己の提出した資料を自己に有利にのみ斟酌することを求める権限までは与えられていない。

証拠の証明力の自由評価  裁判官は証拠の証明力を自由に評価できる[31]。証明力の評価に際しては、顕著な事実との整合性も考慮される。
 ただし、一定の事実があれば他の事実を推定すべきものと規定されていることがある。(α)当該他の事実が要件要素たる抽象的事実又はこれに該当する具体的事実である場合には、証明責任の転換をもたらし、相手方は、反対事実について証明責任を負わされるが、(β)それが要件事実でない場合には、証明責任の転換は生ぜず、相手方は、推定された事実についての裁判官の確信を動揺させれば足りる(ただし、反対説もある)。証拠力の自由評価の原則の例外となるのは後者(β)であり、法定証拠法則と呼ばれる。次のものがこれに該当する。
4.顕著な事実179
顕著な事実も、事実認定の資料に用いることができる。顕著な事実は、事実一般がそうであるように、他の事実の法的評価に用いることもできる[37]。顕著な事実は、主要事実であってもその他の事実であっても、あるいは、具体的事実であっても、社会や自然に関する一般的事実であってもよい。一般的な経験則も179条の顕著な事実に含めてよい(「6畳の大きさの部屋に100人の成人が入ることはできない」(一般的事実)=「ある部屋が6畳の大きさであれば、その部屋に100人の成人が入ることはできない」(経験則))。顕著な事実について当事者間に争いがある場合でも、裁判所は、証拠調べの手続を経ることなく当該事実を認定することができ、さらにそれを他の事実の認定のための資料として用いることができる。

主張の要否  顕著な事実も、(α)それが主要事実であるときは、当事者からの主張が必要である。(β)それが間接事実・補助事実であるときは、次のように場合を分けて検討するのがよい。
事実認定の資料としての利用  顕著な事実は、次のような形で、事実認定の資料とされる。
顕著な事実であることの表示  顕著な事実を事実認定あるいは法的評価の資料とした場合には、その旨を判決理由中で明示するのが原則である(「・・・であることは、当裁判所に顕著である」といった形式をとる)。これを明示することは、証拠や弁論の全趣旨によって認定したのではないことを明示し、判決の妥当性の検証をしやすくする点に意味がある。ただし、常識性の強い事実、あるいは当該事件との関係で重要でない事実についてまで顕著な事実であることを明示していると、判決文が煩瑣になるので、それは省略される。顕著な事実であることを明示する場合に、裁判所の記録により確認される事実(これは「職務上明らかな事実」に分類される)については、その記録を探索しやすくするために、記録の属する事件の事件番号を明示しておく(例:「原告が本件不動産を当裁判所の平成25年(ケ)123号競売事件において買い受け、平成25年9月9日に代金を納付して所有権を取得したことは、当裁判所に顕著である」)。公知の事実は、裁判官の記憶にとどまっている事実が中心になるので、典拠など示されないのが通常である。しかし、自己が公知と思う事実を手元の資料(図書など)により確認し、その資料を引用(参照指示)することもできる。公知の事実と言えるか否かは、受訴裁判所の判断に委ねられるが、公知とは言い難い事実を公知の事実として認めて事実認定を行うと、証拠に基づかない事実認定であると非難される。

簡単な例  公知の事実について、簡単な例を挙げておこう。被告が原告を侮辱する際に「BSE」(Bovine Spongiform Encephalopathy(牛海綿状脳症、狂牛病)の略語)を使用していた場合に、それが侮辱的言辞であることは、現在(2003年)の時点では、公知の事実といえる。しかし、将来、公知とは言えなくなれば、この言葉の意味を説明した文書を証拠として取り調べることが必要となる。他方、「目撃ドキュン!」というテレビ番組を語源にもつ流行語ないし隠語である「DQN」が侮辱的言辞であることは、少なくとも現在(2003年)の時点で裁判官の職にある者にとって、公知の事実であるとは言いがたい。これは、証拠により認定することが必要であろう(侮辱的言辞であることが証拠から明らかであると判断した事例として、東京地方裁判所 平成15年9月17日 民事第32部 判決(平成15年(ワ)第3992号)がある)。

間接事実
 |
 |経験則・論理則
 ↓
主要事実・他の間接事実
5.間接事実による主要事実の推認
裁判官は間接事実から主要事実または他の間接実を推認することができる。推認に当たっては、経験則・論理則を用いるのが通常である。

経験則・論理則  経験則等は事実ではないので、自白の対象にはならないが、証明の対象になり得る(なお、一つ又は複数の事例から帰納的に引き出される経験則については、基礎となる事例は自白の対象となる事実である)。通常の裁判官が知っていることを期待できる経験則(顕著な経験則)は、当事者からの主張も、証拠による証明も必要としない。それに該当しない特殊なものは、当事者による主張と証明を必要とする。また、一般的事実から経験則が引き出される場合に、その一般的事実が主要事実でなければ弁論主義の第1命題には服さないので、裁判所は、当事者からの主張がなくても、裁判所が調査の嘱託等の結果から一般的事実を認定し、その一般的事実から引き出される経験則を用いることができる。

推認の合理性・客観性を高めるために、経験則は、「AであればB」と言う形で述べることができるものであることが望ましい。しかし、そのような形で述べられていることは、必ずしも必要ではない。実際の判決では、「本件では、a1・a2・a3の事情があるから、bであると推認することができる」という形で述べられることも多い。いずれにせよ、重要なことは、その推認に合理性があることである。個々の事件における経験則の使用は法定されておらず、経験則の選択と適用は裁判所の自由な判断に委ねられている。もっとも、原判決における経験則の適用あるいは不適用が不当であることを理由に最高裁が原判決を破棄する事例は多く、事実審裁判所の経験則の選択と適用の判断は合理的なものでなければならないことを強調しておく必要がある。

具体例  いくつかの例を挙げておこう[32]。
上告審による経験則の使用  上告審は、原審が適法に認定した事実に拘束される(321条1項)。しかし、事実の認定が違法である場合には、これに拘束されず、事実認定が違法であることを理由に原判決を破棄することができる(325条2項)。よく見かける事例は、(α)上告審が認識する経験則を用いれば、原審認定とは異なる事実の蓋然性が高いにもかかわらず、(β)原審が、その経験則の例外にあたることを示すことなく、その経験則を用いず、かつ、(γ)当該経験則によるよりも確実な方法により事実を認定したわけではない場合である。上告審は、この場合に、原判決を破棄する。問題は、差し戻すか、それとも自判するかである。そのおおよその分別基準は、次のようになる。
経験則の類型化  経験則をいくつか類型化しておこう。
補 足
裁判官は、以上のような内容の自由心証主義に従って事実を認定するが、ここで若干の補足をしておこう。

2.2a いくつかの証明スタイル

消去法的証明
ある事故の原因として少しでも可能性のあるものを取り上げるとA,B,C,Dが考えられる場合に、Aが事故の原因であることを積極的に証明する証拠はないが、しかし、Aが事故の原因でないことを証明する証拠もないときに、当該事件においてはB,C,Dが生じた可能性が極めて小さいか、まったくないことが証明されることに基づいて、Aが原因であろうと推定する証明方法である。通常は、事故の原因として、原告(損害賠償請求権者)が被告(賠償義務者)の責めに帰すことのできる事由であるAを主張し、被告が自己の責めに帰すことができない事由であるB,C,Dを主張し、裁判所が、本件ではB,C,Dの存在ないし発生の可能性はほとんどないと認定して、Aが事故原因であり、被告に過失があると認定する。Aが事故の原因であることを積極的に証明する証拠がないのであるから、リスクのある証明スタイルであるが、採用されることもある。

)肯定事例として、次のものがある。
)否定例として、次のものがある。
表見証明
経験則による事実の認定にあっても、まず主要事実が主張されるのが本来である。しかし、事案によっては、挙証者が主要事実を主張することすら困難な場合がある。これは、過失や因果関係といった抽象度の高い事実的要件要素について、それに該当する具体的事実が挙証者の相手方の生活領域において生じた場合に生じやすい。この場合には、(α)挙証者が「何らかの過失があった」あるいは「相手方は、少なくともA又はBを怠り、これらは過失と評価されるべきである」と主張することを許し、(β)裁判所が経験則と間接事実から要件要素の充足(要件要素に該当するなんらかの事実、あるいは複数主張された事実の少なくとも一つがあったこと)を推認することを許すことが適正な裁判の実現のために必要であるならば、それを許すべきである。これを「表見証明」と呼ぶことにしよう。

「表見証明」の語義は確定しているわけではないので整理しておこう。
  1. (この講義での意味)  主要事実が特定的に主張されていなくても、間接事実と経験則から要件要素の充足を認定する。
  2. (別の意味設定)  主要事実が主張されている場合を含めて、間接事実と経験則から要件要素の充足が十分に推認できるが、相手方に反証の余地があり、その推認を覆すためには積極的に反証すべきであり、その反証がないことをもって要件要素の充足を認定する。


表見証明の成立が認められるための要件(あるいは、認める際に考慮されるべき事項)として、次のことを挙げることができる。
)主要事実の主張に関し、
)間接事実から当該要件要素の存在を推認することについて、

2.3 証明責任

判例 文献
証明責任
法規範は、一つ又は複数の要素から成る要件が充足されると、一定の法律効果が発生することを定める(権利障害規定については、その法律効果として、「権利発生の阻止」を観念するものとする)。私法上の法律関係を定める法規範については、要件が充足されるか否かが不明な場合が生ずることを想定して法規範を設定しないと、裁判実務の利用に耐えない。要件要素が事実に関わる場合には、要件要素に該当すると評価される事実の存否(事実主張の真偽)が不明であるときに、法律効果の発生を認めるのか、認めないのか、あるいは中間的な解決(例えば、裁判官がいだいた心証の度合いに応じて認容金額を決めることができるとしたり、個々の事件の裁判官の自由裁量に委ねることが考えられる)をとるのかを定める必要があるが、通常は、法律効果の発生を認めるか否かの二者択一で足りる(それで法律関係の合理的な規律ができる)。

主要事実の主張の真偽が不明であるにもかかわらず、法規範が定める法律効果の発生が肯定あるいは否定されるのであるから、それは一方当事者の不利益と観念することができる。この不利益を証明責任という。事実の存否不明という客観的状況に対応できるように予め(立法の時に)決まっている責任であり、弁論主義とは関わりなしに妥当する責任であり[66]、当事者に対する当為要素(「当事者は**の証明をすべきであり、しなければ非難されるという要素、あるいは為すべきことを怠ったから不利益を課せられるという要素)を含まないということを強調する意味で、客観的証明責任(確定責任)ともいう。
  伝統的見解 新しい見解
要件事実の存否不明の場合の処理 法規不適用 事実の存在又は不存在の仮定
証明責任 法規が適用されないことによる不利益 事実の存在又は不存在が仮定されることによる不利益
証明責任規範 観念する必要がない(ただし「証明責任分配を定めた規定」の意味でこの語を使うことができる) 事実の存在又は不存在の仮定を指示する規範
責任分配の表現と読取り 法規不適用の原則を前提にして、法規範の構成によって表現される 規範の構成から読み取る(実質的には伝統的見解と同じ)

もっとも、細かな説明方法については、次の2つの考え方の対立がある。
  1. 伝統的な多数説は、「事実の存否が不明の場合には、その事実を要件要素とする規範が適用されないとの原則」(法規不適用の原則)を前提にして、法規不適用の結果生ずる不利益が証明責任であると説明する[72]。
  2. 比較的最近の有力説は、事実の存否が不明の場合には、まず、その事実の存在又は不存在の仮定を指示する規範が存在するべきであり、その規範の適用の結果、法規の適用・不適用が定まると考えた上で、その規範(事実が存在するものとして裁判する又は存在しないものとして裁判することを定める規範)を証明責任規範と呼び、その適用により生ずる不利益(事実が存在するものとしてあるいは存在しないものとして扱われることにより一方当事者に生ずる不利益)を証明責任と呼ぶ[73]。

事実の存否が不明であるにもかかわらず、最終的には法規が適用されるか適用されないかの決着をつける必要があり、そのことから一方当事者に不利益が生ずるという点では、両説とも共通している。違いは、存否不明と法規の適用・不適用の決定の中間項として「事実の存在又は不存在の仮定を指示する規範」を入れるか(少数説)、入れないか(多数説)である。中間項を入れる説明の方が当然長くなり、長くなった分だけ精密で柔軟性のある議論あるいは首尾一貫した議論が可能になるという利点がなければならない。しかし、そうした利点が伝統的な見解と比較して特に高いようには見えない。同じ事の別の説明の範囲内の対立のようにみえる。各人がわかりやすいと考える見解を採用すればよい問題であろう。この講義では、従来の多数説に従って説明することにしよう。

「証明責任規範」の語は、狭義では、少数説の意味で使われる。多数説では、これを観念する必要はない。しかし、この語を少数説の専売特許とする必要はなく、多数説にあっても、「真偽不明の場合に一方当事者に生ずる不利益を定めた規範」あるいは「証明責任分配を定めた規定」の意味で使うことができる(その具体的な中身は、「法規不適用の原則を前提にして構成された規範(要件効果を定める規定)」ないし「法規不適用の原則とそれを前提にした規範の振分け(規範を権利根拠規定、権利障害規定等に振り分けること)の総体」である)。

「自由心証主義が尽きた時に、証明責任の作用が始まる」
裁判所が自由心証主義により事実の存否について確信をもつ(事実の存否を認定する)ことができる場合には、その認定結果に従って法規の適用の有無を判断することができる。この場合には、証明責任は問題にならない。証明責任が問題になるのは、自由心証主義を尽くしても、裁判所が事実の存否を認定できない場合である。

弁論主義を前提にすると、各当事者は、自己に有利な判決を得るためには自己の主張した主要事実を証明しなければならないという責任(行為責任)を負う。これを主観的証明責任といい、客観的証明責任の弁論主義の世界への投影であると説明される([三ケ月*1995a]442頁)。その分配は、客観的証明責任の分配に従う。

「主張責任の分配は、証明責任の分配に従う」
客観的証明責任は、要件事実の存否不明のため法規が適用されないことから生ずる不利益である。それは、弁論主義か職権探知主義かに関わりなしに作用する。他方、主張責任は、要件事実が主張されなかったために法規が適用されないことから生ずる不利益であり、弁論主義の下で問題となる。したがって、証明責任の方が一般的ルールであり、「主張責任の分配は、証明責任の分配に従う」と説明される。

もっとも、主張責任の分配と証明責任の分配とを常に一致させなければならないとすることには疑問が提示されており、例外のありうる原則というべきであろう。その点はともあれ、原則は、「主張責任の分配は、証明責任の分配に従う」のであるから、誰がどのような事実を主張すべきかの問題、すなわち、要件事実の主張責任の問題と証明責任の分配の問題とは、表裏一体の関係に立つ。

主張責任の分配は証明責任の分配に従うが、実際の訴訟では、主張責任を負う当事者から事実の主張がなされ、相手方がこれを争うと、主張された事実の証明のための立証(証拠提出活動)が必要になる。この時間的順序関係を考慮して、「主張立証責任」の語がよく用いられる(「立証主張責任」の語は用いられない)。なお、それほど重要なことではないが、主張責任と証明責任の違いとして、次のことにも注意しておくのがよいであろう:事実の証明については、「主張された事実の(存在の)証明」、「主張された事実の不存在の証明(反対事実の証明)」、「主張された事実の存否の不明(真偽不明)」の3つの状態が観念され、証明責任は「真偽不明」の状態を処理するための概念である;これに対して、事実の主張については、「主張された」と「主張されていない」の2つの状態のみを観念すれば足りる(現に進行中の訴訟に関する限り、「主張されたか否か不明である」のであれば、釈明権を行使して明確にすればよい)。

証明責任の分配とその表現方法
証明責任の分配は、要件要素に該当する具体的事実の存否が不明の場合に、法規範の定める法律効果を認めるか否かの問題であるから、法規範の要件を設定する際に立法者が決断すべき問題である。当該法規が実体法の領域に属する場合には、その決断をどうするかは、基本的に実体法の政策問題である[65]。決断に当たって、証明の難易等が考慮されることもあるが、そのことは前記の基本的性格を左右するものではない。

証明責任の分配の決断は、法規のなかに表現されなければならない。その最も原始的でかつ確実な方法は、要件要素ごとにその証明責任を明示することである(例:「A、B、Cの場合には、権利Rが発生する。前項の規定中、要件AとBは、前項の権利を主張する者が、要件Cは、前項の権利を争う者がその不存在を証明しなければならない。」)[77]。しかし、このような規定の仕方は、冗漫である。

立法者が証明責任の分配を簡潔に表現する立法技術が求められる。それを実現する一つの方法が、次に述べる法律要件分類説の考えである。それは、同時に、その立法技術が採用されている法領域における解釈技法であり、立法者と解釈者との間のコミュニケーションのルールである。

法律要件分類説
証明責任の分配は、次の基本命題(法規不適用の原則)を前提にすると、法律要件の規定の体裁(法規範の構成)を通して、簡潔に表現できる。民事法の領域において、証明責任はこの方法で予め法規の中で定められていると考える立場を法律要件分類説という[9]。
法規は、その要件事実の存在が証明されたときにのみ適用される。

これを前提にすると、要件のなかに、「・・・が証明されたときは」、あるいは「・・・が明らかなときは」といった文言が含まれていても、本質的な差異はないことになる(後述の「権利障害規定の形式」の項における(1a)(2a)の説明は、これを前提にしている)。ただし、当然のことながら、ニュアンスの差異はあり、その差異の解釈として、証明度の違いを読みとることは可能である。もちろん、証明度の違いを読みとる必要がない場合もある。 多くの場合は、証明責任の分配を明確にするために補助的に使用されたと見てよいであろう。例:
法規範の構成方法として、次の3つないし4つが認められている(権利阻止規定を独立の規範類型に挙げない立場もあり、この立場では、3つになる。司法研修所は4分説を採用している。例えば、[司法研修所*2016a]5頁以下)。
権利障害規定の例
はYに対して負っていた債務を弁済したが、その時の領収書を紛失した。Yからの再度の支払の請求があり、やむなく、また弁済した。その後、最初の弁済のときの領収書が発見されたので、XはYに対して不当利得の返還請求(民法703条)の訴えを提起した。

は、悪意の非債弁済の抗弁(民法705条)を主張して争った。
債務の二重弁済[根拠]
 | Xが証明責任を負う
 |
 |←─悪意の非債弁済[障害]
 | Yが証明責任を負う
 ↓
不当利得返還請求権


4分説の敷衍  所有権に基づく引渡請求に対して占有者が賃借権を主張する場合に、4分説では、賃借権はどこに位置づけられるのであろうか。[司法研修所*2016a]58頁は、占有者が正当な占有権原を有していることを所有権に基づく引渡請求権の発生障害要件としているので、占有権原に該当する賃借権は引渡請求権の障害要件に位置づられる。占有権原を引渡請求権行使を阻止することができる権利と考えてもよいと思われるが、いずれと考えるかで具体的な結論に相違が生ずると思われず、おそらく体系的な整理の問題(端的に言えば、趣味の問題)と見てよいであろう。

証明責任の分配  権利の発生を主張する者は、権利根拠規定の要件事実の証明責任を負う。逆に権利の不発生を主張する者は、権利障害規定の要件事実の証明責任を負う。一旦発生した権利は、その消滅を定める規定の要件が充足されるまで存続すると考えて規定するのが素直であり、かつそれを前提にして規定されていると考えられるので、権利消滅規定の要件事実については、権利の消滅を主張する者が証明責任を負う。

ある権利(例えば所有権に基づく引渡請求権)の障害要件あるいは阻止要件が他の権利(例えば占有者の占有権原)の存在を含んでいる場合には、ある権利の不発生あるいは行使不許を主張する者は、他の権利に該当する具体的な権利(例えば、「・・・の内容の賃借権」)の発生要件についても証明責任を負う。同様なことは、ある権利(例えば所有権に基づく引渡請求権)の発生要件が他の権利(所有権)の存在を含んでいる場合にも妥当し、ある権利を主張する者は他の権利の取得についても証明責任を負う。ある権利(例えば売買契約に基づく代金債権)の消滅要件が他の権利(例えば解除権)の存在を含んでいる場合も同様である。

別の説明(法規の分類の最小化)  「権利の発生」も「権利の消滅」も、「法律効果の発生」ということができる。「権利行使の阻止」も、「権利行使の阻止という法律効果の発生」ということができる。このように考えると、法規範の分類は次の2つに単純化される。
このことからわかるように、証明責任の分配を考える上で特に重要なのは、根拠規定と障害規定の区別である。

法律要件分類説による証明責任の分配の特徴
例えば、貸金返還請求権の発生要件は、民法587条によれば、貸主から借主への金銭の授受と、借主によるその返還約束である。
  1. 貸金返還請求権の成立を主張する者は、これらに該当する主要事実について証明責任を負う。しかし、相手方は金銭の授受のないことや返還約束のないことについて証明責任を負うことはない。一般化して言えば、ある者がある事実について証明責任を負う場合に、その相手方がその反対事実について証明責任を負うことはない。もし、相手方にも反対事実の証明責任を負わせると、真偽不明の場合に、最終的にどちらに不利益を負わせるべきかが不明瞭になるからである。
  2. 法規不適用の原則を前提にすると、裁判所は、自白の成立している場合を別にすると、証明された主要事実のみを基にして、法規の適用の有無を判断すればよく、主張されたが証明されていない主要事実は、無視することができる。

規範的評価の責任分配
「真正な証明責任」と「擬似的証明責任」
  上記a, bの特質を有する証明責任分配を「真正な証明責任分配」とよび、そのように分配される証明責任を「真正な証明責任」と呼ぶことにしよう。ところで、「合理的なもの」とか「信頼関係の破壊」といった概念は、「金銭の交付」といった事実的概念との対比において、規範的概念と呼ばれ、規範的概念が要件に取り込まれている場合に、その要件が充足されるか否かの判断は、種々の事実の総合的評価としてなされ、規範的概念に該当するか否かの評価であるので、しばしば「規範的評価」とよばれる。規範的評価は、どのような事実あるいは事実群があれば肯定されるかを予め特定することが難しいところに大きな特徴がある。

規範的評価が要件に取り込まれている法規については、「法規の適用を求める者は、評価を基礎付ける事実について主張立証責任を負い、その相手方は、評価を妨げる事実について主張立証責任を負う」と言われることがある(例えば、最判平成30年6月1日 第2小法廷 判決)。しかし、ある事実が評価を基礎付ける事実であるとすれば、その反対事実は評価を妨げる事実であるので、この主張立証責任は、前記aの特徴を具備していないことになる。このような証明責任を「擬似的証明責任」と呼ぶことにしよう。両者の違いは、立証(証明)の対象の違い(一方は要件要素に該当する特定の事実であり、他方は規範的評価を左右する様々な事実であるという違い)に起因する。

規範的評価が要件に取り込まれている法規に関する責任分配を一瞥しておこう。
規範的評価概念が要件に取り込まれている法規については、後ほど「2.3 発展問題」でさらに論ずることにして、以下では、主として真正な証明責任(法律要件分類説が妥当する証明責任)について説明を続けることにしよう。ただし、規範的評価概念を要件に取り込んだ規定を避けることはできないので、その規定との関係で評価根拠付責任にも言及することになる。

責任分配の妥当性の検証
日本の私法分野の法律の立法者が証明責任の分配を細部にわたって考え抜き、その結果を条文の構成の中に完璧に表現しているかと言えば、必ずしもそうでもない。例:
その上、証明責任の分配以外の局面でも、法規の実質的内容は解釈によって精緻にされ、さらに各時代の社会状況にあわせて変容させられているのであり、そのことは証明責任の分配にも妥当する。例:
そして、法規は、正義、公平、効率性といった高い視点から妥当性を常に検証されるべきであり、そのことは証明責任の分配にもあてはまる。

以上のことを認めつつも、 しかし、(α)証明責任の分配はどのように表現され、証明責任の分配を法律の文言からどのように読み取るかの視点と、(β)その分配の妥当性の検証の視点とを混同してはならない。

法律要件分類説の限界
民法などの私法法規は、私法上の法律関係をどのように規律するかを最大の目的として作られるのであるから、法律要件分類説に従って規定を作ること、すなわち、要件規制に必要な要件要素を特定し、その証明責任をどのように分配するかを決断しながら要件要素を根拠規定あるいは障害規定に振り分けていくことが容易にできる。しかし他の法領域においては、ある規定が行政的取締りや刑事制裁の要件規定の役割も果たすと同時に、私法上の法律関係の規律の役割も果たすことがある。労働法の領域にこの傾向が特に見られる[86]。その場合には、取締目的の規定と法律関係の規整規定とを分離すれば、後者の規定の中に証明責任の分配を確実に組み込んでいくことができるのであるが、実際には、前者の目的を念頭において規定が作られ、それが同時に法律関係の規整規定として扱われることになりやすい。その場合には、規定の文言は必ずしも法律要件分類説に従って作られているとは言えないので、同説を適用して証明責任の分配を読み取ることには慎重でなければならない。すなわち、解釈の段階での法律要件分類説の適用は、立法の段階で法律要件分類説に従って規定が組み立てられていることを前提にしているのであり、このことに十分注意すべきである。

法律要件分類説の枠組み内での変種  法律要件分類説に属する論者の間でも、日本の法律の規定が証明責任の分配をどの程度考慮して作られているかの認識は、論者によって異なる。したがって、規定の体裁・文言をどの程度尊重すべきかの意識も異なる。一方の極に、規定の体裁・文言に忠実であろうとする規範説がある。他方の極に、法律要件分類説の手法を採りながら、法律の規定はその要件に該当する事実の存否が明確であることを前提にして作られており、存否不明の場合が生ずる裁判の場において適用されるべき「裁判規範としての民法を定めた民法典というものが実際に存在するわけでない」から、「裁判規範としての民法としての要件は、通常の民法を基にして解釈によって構成していかなければならない」([伊藤*2003b]184頁)と論ずる者がいる。両者の中間に、多様な見解がある。証明責任の分配の妥当性の検証の必要性と解釈による修正の許容性を強調する立場は、「修正法律要件分類説」と呼ばれることがある[75]。

権利障害規定の形式
)権利障害規定のもっともわかりやすい形式は、ある項において一定の要件の下で一定の権利が発生することを定め、後の項において「前項(あるいは、第*項)の規定は、・・・の場合には適用しない」とするものであろう(例えば、国税徴収法24条6項。1項が権利発生規定である)。

1a)証明責任の分配を明確にする趣旨で、「・・・を証明したときは、」の文言を用いている例もある(例えば、金融商品取引法21条2項。同条1項が権利発生規定である)。

)権利障害規定は、ただし書の形式をとることが多い。これは、本文で権利あるいは法律効果の発生の根拠を定めた後、「ただし、・・・の場合は、この限りでない」と規定する形式(例えば、民法246条(加工))、あるいは、「ただし、・・・の場合は、その法律効果は生じない」と規定する形式である(「その意思表示は無効とする」と規定する民法93条(心裡留保)も後者の例に含めることができる)。しかし、ただし書の形式で定められているものが常に権利障害規定だというわけではない。本文で定める要件の追加にすぎない場合もある。例えば、破産法162条1項1号のように、「ただし、・・・の場合に限る」と規定されている場合がそうである。

2a)証明責任の分配を明確にする趣旨で、「ただし、AがBを証明したときは、この限りでない」と規定されることもある(例えば雇用機会均等法9条4項)。これは、「ただし、Bのときは、この限りでない」と等価である(前述「法律要件分類説」の項を参照)。なお、雇用機会均等法9条4項については、ただし書所定の証明がなされると本文(「妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。」)の適用は排除されるが、そのことは、当該解雇の有効までは意味しないことに注意する必要がある(労働契約法16条により解雇が無効とされる余地がある)。

)「・・・を証明した場合を除き」と規定されている場合には、この部分が権利障害規定であることは明瞭である(この例として、「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律[79]」5条2項がある)。この場合の「証明」は、第一次的に、証明責任の分配を明確にするために用いられていると見てよい(高い証明度を要求する趣旨も含まれているかは、個々の規定の解釈問題となろう)。

3a) 「・・・を除き」と規定されている場合にも、「・・・」の部分が例外であり、その例外に当たることを主張する者が証明責任を負うと考えてよい。例えば、会社法125条2項が株主・債権者に株主名簿の閲覧・謄写請求権を認め、3項が「株式会社は、前項の請求があったときは、次のいずれかに該当する場合を除き、これを拒むことができない」と規定している。3項各号の除外事由が証明された場合に限り請求を拒むことができると解しないと、規定の趣旨が生かされない。したがって、閲覧等の請求を拒む会社側が除外事由の証明責任を負う。

もっとも、個々の規定について、その趣旨を考慮しながら検算をすることは必要である。例えば、参加的効力を規定する民訴法46条も「次に掲げる場合を除き」の形式を採用しているが、参加的効力を否定する者(通常は、前訴の補助参加人)が「次に掲げる場合」に該当することの証明責任を負い、主張責任も負うと解釈することについては、検算が必要であろう(46条4号の場合に該当する事実の存否不明の場合が特に問題となろう)。なお、「・・・の場合を除き」の表現が当然の場合分けを示していて、証明責任の分配についてはほとんど意味を有しない場合もある(例えば、民訴法362条2項)。

他方、ある規定の要件部分の中で、かっこ書により、(**を除く)と規定されている場合については、そのかっこ書はその前にある文言の注釈であり、その規定の適用を求める者が**に該当しないことの証明責任を負うことを本則とすべきであろう。ただ、比較的新しい形式であり、立法者がそのように証明責任を分配する趣旨でかっこ書を置いたのではないこともありえよう。個々の規定ごとに検証が必要である。

)「ある事項について当事者の合意があるときは、その合意による。合意がないときは、法律の定めRによる」と規定されている場合はどうか。この場合に、前段の規定が適用されるためには、当事者の合意の存在が証明されることが必要である。当事者の合意が証明されない場合に初めて後段の規定が適用される。したがって、後段の規定だけをみれば「合意のないこと」が要件であるかのような外観を呈しているが、そのように解すべきではなく、「合意のあること」が後段の規定の障害事由になると解すべきである。

例えば、 民法404条1項は、「利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による」と規定している。「別段の意思表示がないとき」の部分が要件の一部であるかのような外観を呈している。しかし、この規定は、「利息を生ずべき債権の利率について別段の意思表示があるときは、その意思表示による」ことを前提にして、「その意思表示がないとき」すなわち「その意思表示の存在が証明されないとき」は、「その利率は、・・・法定利率による」ことを定めたものである。したがって、平成29年改正前の民法404条についていえば、年5分の法定利率とは異なる利率の適用を求める者が「別段の意思表示のあること」を主張立証すべきである([司法研修所*2011a]30頁)。すなわち、債権者が法定利率を超える利息を求めるときは債権者が、債務者が法定利率未満の利息支払義務しか負わないと主張するときは債務者が、各々「別段の意思表示の存在」の証明責任を負う。404条1項は、次のように書き換えることもできる:
)「**の規定にかかわらず」の語句の基本的機能は、当該規定(その語句が用いられている規定)と他の規定との論理的関係ないし関連性を示すことにある。例えば、226条(文書の送付嘱託)がそうである。同条本文の「第219条の規定にかかわらず」の文言により、226条が219条と並列的に読まれるべき規定であることが示されている。文書送付嘱託の申立てについては、同条ただし書で障害要件が規定されているので、そのような要件のない文書提出命令等と219条の中で一緒に規定することを避けたにすぎない[90]。

しかし、この語句によって、原則例外の関係(他の規定が原則で、当該規定が例外であるという関係)が示されていることもある。その場合には、原則規定の要件の充足が証明されれば、例外規定の要件の充足の証明責任は、その適用を求める者が負う(例えば、破産法68条2項)[51]。

)要件Aが充足されると権利Rが発生することを前提にして、「ただし、Bの場合に権利Rが認められるためには、Cであることが必要である」(以下「例1」という)と規定されている場合はどうか。Aが権利発生要件で、Bが権利障害要件で、Cが権利障害の障害要件になる。このことは、「ただし、」の文言の有無にかかわらない。権利Rの主張者はBの場合だけCの証明責任を負うからである。権利主張者が原告である場合には、Bは抗弁事由で、Cは再抗弁事由である。ただし書を二重に用いて原始的に表現すれば、次のようになる:「(原則)要件Aが充足されると権利Rが発生する。(例外)ただし、Bの場合は、この限りでない。(例外の例外)ただし、Cの場合は、この限りでない」。次のものも、基本的にこれと同類である
  1. 「Bの場合に権利Rの行使が認められるためには、Cであることが必要である」(以下「例2」という)  これは、Bを権利行使阻止事由に位置づけた点で例1と異なるにすぎないが、要件Aの充足により権利Rが既に発生していることを前提にすると、例1よりは例2の方がわかりやすいであろう。
  2. 「不動産に関する物権の得喪及び変更は、[中略]その登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」(民法177条)  ここにいう「第三者」は、判例通説により、「登記の欠缺を主張することについて正当な利益を有する第三者」と解されているが(制限説)、以下では単に「第三者」という。また、議論の単純化のために、不動産の二重売買がなされたが、いずれの買主も登記を得ていない状態で、第2買主(原告)が不動産を占有している第1買主(被告)に対して所有権に基づいて明渡しを求める場合について述べることにする([司法研修所*2016a]69頁以下で検討されている事例である)。例1のBに相当するのが、「被告が第三者であること」であり(「対抗要件の抗弁」と呼ばれる)、Cに相当するのが「原告は所有権移転登記を得ていること」である。「被告は第三者である」との事実が主張されれば足りるのか(第三者性事実抗弁説)、それでは足りず、第三者であることの利益(登記が経由されていないから権利取得を認めなくてもよいという利益)の享受の意思も被告により明示されるべきであるのか(第三者性権利抗弁説)の点については、見解が分かれる([司法研修所*2016a]74頁参照)[89]。
  3. 上記bを一般化して書けば、次のようになる。「権利Rは、Cが満たされるのでなければ、Bに対抗する(主張する)ことができない」  例えば、民法178条・467条1項(債権譲渡の対抗要件)、借地借家法34条1項・38条4項、電子記録債権法48条1項、保険法44条2項・73条2項、原子力損害賠償・廃炉等支援機構法7条2項、信託法14条・94条1項・195条1項・200条1項・2項・206条1項。

)ある項において、「A,B,Cの場合には、法律効果Rが発生する」と規定されていて、次の項において、「前項のAは、Mであることが必要である(Mでなければならない)」と規定されている場合には、AがMであることについて、法律効果Rを主張する者が証明責任を負う。これに対し、「前項のAは、N(あるいは非M)であってはならない」と規定されている場合には、相手方がN(あるいは非M)の証明責任を負うと解すべきであろう。

例えば、平成27年7月10日法律第55号による改正前の特許法35条3項では、「従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は・・・ときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する」と規定され、4項において「契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、(中略)その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない」と規定され、5項において「前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、・・・その他の事情を考慮して定めなければならない」と規定している。不合理性の証明責任は、「対価の額は、勤務規則等の定めによって決定されるべきでない」と主張する者(5項の適用を求める者)にある。不合理であることが証明されると、第5項により対価を定めることになる。

)上記のような形式をとっていなくても、文脈から、権利の発生を一定の要件の下で妨げる趣旨の規定は、障害規定である。例:
相手方に説明責任を課すことにより正当化される証明責任分配
一方の当事者に証明責任を負わせるにあたって、相手方に「証拠により裏付けられた説明をなす責任」(以下「説明責任」という)を課すこともある。法律の明文の規定の中から例を挙げることはできないが、目を判例法にまで広げてみると、後述の、原子炉施設の安全性に関する最判平成4年による証明責任の分配は、そのような例であると見ることができる(後述「行政法規と行政処分取消訴訟」の(c)参照)。この事例では、原子炉施設が安全なものであると判断した行政庁にその判断の過程・根拠について証拠により裏付けられた説明責任が課された(この説明責任は、「事案解明義務」と呼ばれることが多いが、自己の関知しない事実についての解明ではなく、自己の行動についての説明が求められているのであるから、この講義では、「説明責任」の語を用いる)。当該事案限りでの説明責任というより、原子炉設置許可処分取消訴訟において、原告側に証明責任を負わせることを正当化するために必要な被告(行政庁)側の説明責任であり、証明責任分配の一つの要素と見るべきである(したがって、この説明責任の負担は、証明責任の分配と同様に、一般的ルールである)。説明責任の懈怠の効果は、「行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される」ことである。

なお、説明責任が証明責任分配の根拠の一つになっていない場合でも、個々の事案の状況に応じて、当事者間の公平を図るために(2条)、その事案限りで、証明責任を負う者の相手方に自己の行動について証拠により裏付けられた説明をなす責任を課すことも許されるとすべきである。責任が果たされない場合には、そのことが弁論の全趣旨の一部として斟酌される。

  挙証者───→要証事実←───相手方
      本証      反証

要証事実の証明が必要    要証事実の証明を動
              揺させれば足りる。
              反対事実の証明は不要
本証と反証と間接反証
本証は、要証事実について証明責任を負う当事者(挙証者)の提出する証拠またはこの者の立証活動である。本証は、裁判官に確信を抱かせるに足るものでなければならない。

これに対し、反証は、相手方の提出する証拠またはこの者の立証活動である。反証は、要証事実についての裁判官の確信を揺るがせば足りる。裁判官の確信を動揺させるためにどの程度の反証をする必要があるかは、裁判官が抱いた確信の度合いに依存する。ある事実について裁判官が抱いた確信が非常に高く、それを揺るがすために必要な反証の度合いが高い場合には、「高度の反証が必要である」と言うのが適切である。ただ、実際には、「高度の反証が必要である」という意味で「相手方はその事実の不存在について証明しなければならない」と表現することもある。これは誤解を招きやすい。裁判例等を読む際に注意が必要である。
                         挙証者
     主要事実を      主要事実   間接本証│
     否定する       を肯定する  (証明)↓
間接事実──経験則─→主要事実←─経験則───間接事実
 ↑                         ↑
 │ 間接反証          間接事実についての │
 │(証明が必要)       直接反証(確信の動揺)│
相手方                       相手方

間接反証は、ある主要事実について証明責任を負う者(挙証者)がこれを推認させるのに十分な間接事実を一応証明した場合に、相手方が≪その間接事実とは別個の しかもこれと両立しうる間接事実≫を立証することにより、主要事実の推認を妨げる立証活動である[10]。この間接事実は、経験則の適用の前提となる事実であるので、原則として、証明が必要である(証明されないと経験則が適用されない)。ただし、当該間接事実の証明がなくても、その存在について定量的な蓋然性が明らかになれば、経験則自体の推定力と組合わさって一定の反証力を有する場合があることも認めるべきである(浜上=加賀山説)。

証明責任分配規定の解釈
証明責任分配規定も、一般の解釈原則に従い解釈され、また、必要に応じて、解釈により変更あるいは補充されることがある。例:
明文の規定の解釈という形をとって新たな要件(積極的要件又は消極的要件)を追加したり、あるいは新たな要件を含む新たな規範を定立する場合にも、その要件の証明責任あるいは評価根拠付責任(以下では両者を併せた意味でも「証明責任」の語を用いることができるものとする)の分配を明確にする必要がある。実質は新規範の定立であるから、証明責任等の分配の新たな定立が当然に必要になるのである。
  1. 最高裁判所 昭和41年1月27日 第1小法廷 判決(昭和40年(オ)第163号)  土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなくその賃借地を他に転貸した場合においても、「賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法612条2項による解除権を行使し得ない」との規範(権利障害規定)が設定され、前記の特段の事情の存在は、土地の賃借人において主張、立証すべきものであるとされた。
  2. 最高裁判所 昭和43年11月21日 第1小法廷 判決(昭和42年(オ)第1104号)  家屋の賃貸借契約において、賃料1箇月の不払いがあれば無催告で解除することができる旨の特約は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であるとされた。この判旨は証明責任の分配にも注意して立言されていると解されており、同判旨に言う「不合理とは認められないような事情」については、賃貸人が証明責任を負う([司法研修所*2011a]103頁。「不合理とは認められないような事情」を「背信性」に置き換えた場合に、同じ「賃借人の背信性」でも、前記判例aの場合と証明責任の分配が逆になっていることに注意)。

行政法規と行政処分取消訴訟
行政法規が法律要件分類説の考えに立って証明責任の分配を規定の文言に表示しているかは、微妙である。そうしている場合もあれば、そうでない場合もあるといったところであろう。行政処分の取消訴訟において、原告が取消事由たる処分の瑕疵について原則的に証明責任を負うのか、被告が処分の正当性(処分に瑕疵がないこと)について証明責任を負うのかをみてみよう。

申請に基づいて処分がなされるべき場合に、申請を却下する処分の取り消しを求める訴えが申請者から提起されたときは、却下処分の取消事由の証明責任分配は、申請された処分の要件の証明責任分配に従う。したがって、申請された処分の要件に関する規定が証明責任の点も考慮して立言されていることを前提にするならば、原告(申請者)が申請された処分の根拠規定の要件要素に該当する事実について主張立証責任を負い、被告が障害規定の要件要素に該当する事実について主張立証責任を負う[71]。次の先例がある。
その他の場合については、取消訴訟の類型ごとに、個別の検討が必要となろう(その類型の基本的な特定要素は、処分内容と取消請求者である)。

申請に基づかない処分の取消しを被処分者が求める場合  課税処分の取消訴訟においては,原則的に,課税要件を充足する事実を課税主体側で立証する責任があるとの見解が有力である。例えば、最高裁判所 平成22年6月3日 第1小法廷 判決(平成21年(受)第1338号)における裁判官金築誠志の補足意見がこの立場を明示している[74]。

第三者が取り消しを求める場合  原子炉設置許可処分についての取消訴訟においては、被告行政庁がした許可の判断に不合理な点があることの主張立証責任を原告が負うのが本来である。。ただし、原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、行政庁の側において、まず、その依拠した具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、行政庁が主張、立証を尽くさない場合には、行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される。これが最高裁判所 平成4年10月29日 第1小法廷 判決(昭和60年(行ツ)第133号)の立場である。
 この立場が支持されるべきであろう。(α)原子炉施設の設置は、その安全性が確認されてから許可されるべきこと、安全性審査に関する資料をすべて行政庁の側が保持していることを考慮すると、行政庁が許可判断の合理性について立証責任を負うとすることにも十分に合理性がある。しかし、(β)次のことを考慮すると、司法審査の段階では、不合理であることが証明された場合にのみ許可処分を取り消すにとどめることにも合理性がある:(β1)第1に、電力の安定供給と原子力の安全性という困難な問題の解決についての行政機関と裁判所との間の役割分担が問題になる;国民生活にとって電力の安定供給が重要であること、裁判所が安全性審査について専門的判断をするためには専門家の補助が必要であるが、許可処分が原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてなされていること、もし原子炉施設の安全性について行政庁に証明責任があるとすると、取消請求を棄却した後で事故が生じたときに、裁判所自体も責任を問われることになるが(裁判所は、その安全性について確信を持つことができる場合にのみ取消請求を棄却することができるのであるから、弁論主義の下でも、社会的には、請求を棄却したことは裁判所が安全性について保証を与えたと評価される)、法律家から構成される裁判所に原子炉の安全性を保証するだけの評価能力はないこと等を考慮すると、安全性の判断は第一次的に専門の行政機関にさせ、原告がその判断の不当を証明した場合にのみ裁判所は許可処分を取り消すという消極的な形で関与する方が、裁判所の能力に見合った役割分担である;(β2)第2に、当事者間の公平が問題になる;原子炉施設の安全性に関する専門的・技術的情報を保有していない原告に証明責任を負わせることは、原告と被告との間のバランスを欠くことになるが、この点は、許可処分の前提として、設置される原子炉施設が安全であると判断したことの説明責任(自己の行動について証拠により裏付けられた説明をする責任)を課すことにより、かなりの程度回復することができる。前記(α)(β)の選択肢の何れにもそれなりの合理性がある中で、最高裁は、逡巡の末に後者の選択肢をとることを決断したものと見たい。この見地からすれば、本判決は、「行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要」を行政庁に負わせることにより初めて正当化される証明責任の分配を述べたものとみるべきである。個々の事件において処分庁にどの程度の説明責任を課すべきかは、2011年3月11日の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の大事故を経験した後では、再度検討されることになろう。

契約に基づく権利の証明責任の分配
契約に基づく法律関係については、当事者は、私的自治の原則の範囲内で、証明責任の分配を自由に合意することができる。これを前提にして、契約、とくに約款に基づく権利の証明責任の分配の定めについても、上記の枠組みが妥当する。ただし、契約や約款の文言が証明責任の分配についてまで配慮して構成されているとは限らないので、配慮されていないと考えられる場合には、証明責任の分配について当事者の明確な合意が欠けることになる。その場合には、裁判所は、さまざまなことを考慮して、証明責任の分配を定める。
損害保険契約に関しては、監督官庁との関係をひとまず脇に置くならば、詐欺的な保険金請求の防止のために、保険金請求者が事故の偶発性について証明責任を負うことを合意すること、あるいは、保険料の割引と引き換えにこの合意をすることもできる。裁判所は、そうした合意を尊重しなければならないが、ただその合意を不合理と判断すれば、強行法規違反、公序良俗違反あるいは信義則違反等を理由に、その合意を無効あるいはその合意の効力の主張を禁止して、裁判所が合理的と判断する証明責任の分配に従って裁判することになる。

消費者契約法10条
消費者契約法10条は、下記の要件を満たす消費者契約条項を無効としており、同条は証明責任の分配に関する契約条項にも適用がある。
  1. 民法や商法等の法律の任意規定による場合に比し、消費者の権利を制限し又は義務を加重する条項であり、かつ
  2. 民法1条2項の原則(信義誠実の原則)に反して消費者の利益を一方的に害するものであること

例えば、損害保険契約に関し、保険法17条1項(商法旧641条・665条ただし書)所定の事由による損害(保険契約者・被保険者の悪意・重過失によって生じた損害等)については、保険者は填補の責任を負わないとされている。それらの事由による損害であることの証明責任は、同条の適用を求める保険者が負うことになる。消費者契約法の対象となる保険契約において、この点の証明責任を消費者に負わせる条項は、消費者契約法10条の第1要件を満たす。その条項が第2要件をも満たすものと評価されるか否かは、様々な事情に依存することになるが、第2要件も充足すると評価されれば、その特約は無効であり、保険者が保険法17条1項所定の免責事由の存在について証明責任を負うことになる([榊*2005a]930頁。[笹本*2006a]103頁は、証明責任転換条項を約款において定めることは、「現行消費者契約法10条の存在を無視できず、不可能である」とする)。

具体的事件における証明責任の転換
このように証明責任は法規により予め分配されているのであるが、個々の事件における個別的要因を考慮して、信義則に基づき(民法1条2項)、裁判所が証明責任を転換することも許される[28]。

因果関係の存否が不明である場合の中間的処理
例えば交通事故による損害賠償請求事件において運転手の過失ある行為と発生した損害との間の因果関係について、因果関係があるとの心証も、ないとの心証ももつことができない場合には、証明責任の法理に従い、その損害についての賠償請求は棄却されることになる。しかし、それでは、特に和解による紛争解決の場合と比して実情に適った紛争解決が困難であること、そして、過失に関しては過失相殺により中間的解決が認められていることも考慮して、因果関係に関する心証の度合いを考慮した中間的解決も主張されている。

これと似たような中間的解決が、医療過誤事件については、次に説明する要件効果規定の変更によりなされている。

要件効果規定の変更
一般規定に従ったのでは、要件事実の証明が困難であるために権利者(特に被害者)の救済が不十分である場合に、一定の要件の下で法規によって保護されるべき利益を変更して新たな要件効果規定を定立することもある。例:

2.3a 発展的問題

「証明されたときは」・「証明されないとき」の文言を用いた証明責任分配の明確化
前述のように、「証明されたときは」の文言は、証明責任の分配を明確にするために用いることができ、その実例もある。ここでは、「証明されないとき」を用いて証明責任の分配を明確にすることを考えてみよう。
不作為義務違反
一般に(大まかな原則であるが)、ある義務の存否については、義務の存在を主張する者が証明責任を負い、義務履行の有無については、義務者が証明責任を負う。しかし、不作為義務については、義務履行の証明が困難であることを考慮して、義務不履行を主張する者が証明責任を負うとされるのが通常である。例えば
権利根拠規定の要件と権利障害規定の要件との関係
ある規定が「要件aが充足されると、権利Rが生ずる」と規定し、次の規定が「ただし、要件bが充足されるときは、この限りではない。」と規定しているとしよう。議論の一般化のために、前者を先行規定、後者を後行規定と呼び、説明の便宜上、以下では先行規定は権利根拠規定であるとする。そして、「要件aが充足されるときには、要件bが充足されることはあり得ない」という関係(あるいは、その対偶としての「要件bが充足されるときには、要件aが充足されることはない」という関係)があるときには、要件aの成立範囲と要件bの成立範囲とが重なり合うことはなく、後行規定は、先行規定の障害規定にはなりえない。このことに注意すると、次のように場合分けをすることができる。
 (α)要件aと要件bとの間に両立可能な領域が存在する場合  後行規定は、先行規定の障害規定にはなり得る。
 (β)要件aと要件bとの間に両立可能な領域が存在しない場合  「要件aが充足されるときには、要件bが充足されることはあり得ない」という関係があるので、後行規定が法的に意味のある規定となるか、どのような意味の規定になるかが問題になる。それは、aとbの内容に依存する。
(α)の場合
(代表例)
(β)の場合

前記(β)の場合について、もう少し検討しておこう(なお、「要件aが充足されるときには、要件bが充足されることはあり得ない」という前提条件があるので、非bの範囲はaの範囲と同じかそれよりも広いことに注意)。
否認者の理由付け責任
訴訟では、事実は具体的に主張されるべきであり、具体的事実の存在が証明の対象になる。実体法等においては、具体的に主張することが容易な事項が要件要素とされるのが通常である。例えば、債務者が弁済の事実を具体的に主張する(「***年*月*日に、債務者が債権者の事務所に赴き、本件債務の弁済として、現金100万円を債権者自身に手渡した」と主張する)ことは容易であり、領収書があればその立証も容易である。このような事実を≪主張立証のしやすい事実≫と呼ぶことにしよう。では、≪主張立証のしやすい事実≫の不存在が要件要素になっている場合はどうなるか。例えば、ある規定において、弁済の事実の不存在について債権者が証明責任を負うものとされているとしよう。債権者が弁済の事実の不存在を主張しようとしても、彼は「**年*月*日の弁済期の到来後現在まで弁済を受けていない」といった程度の主張しかできず、この具体的とは言い難い事実の立証はどのようにしたらよいのかという問題が生ずる。

≪主張立証のしやすい事実≫の不存在が要件要素になっている規定にあっては、しばしば、証明責任を負う者に全面的な主張責任を負わせることが酷であり、要件の充足を争う相手方に≪主張立証のしやすい事実≫の存在をある程度まで具体的に主張させ、証明責任を負う者は当該事実の不存在を証明すれば足りるとすることが必要になる。 例:
同様な処理は、程度と態様に差があるにせよ、公害訴訟等において原告(被害者)が自己に生じた損害の原因が被告(公害発生企業)の行為にあること(因果関係)を主張するに際して、被告工場内での被告の活動を知ることができない場合にも必要となる。

こうした場合の相手方の具体的な主張をなすべき責任をどのように位置づけるかが問題となる。主要事実は、本来、具体的事実として主張されなければならないが、前記のように具体的に主張することが困難な場合には、当初は、可能な範囲で具体化された事実を主張すれば足りるとすべきであろう。そして、一般に、否認をなすときには、理由を付すべきである(民訴規則79条3項はそれを前提にしている)。証明責任を負う者が主要事実を具体的に主張することが困難な要件要素については、彼がある程度まで具体化された事実を主張すれば、それを否認する相手方の理由付け責任は強化され、相手方は、不存在が証明されるべき事実を具体的に主張すべきである。その理由付けのない否認は、157条2項の規定により却下され得るとすべきである。

根拠規定と障害規定の分離
権利根拠規定と権利障害規定は、通常、別個の文で規定される(例えば、根拠規定を本文で書き、障害規定をただし書で書く)。両者を一つの文の中にまとめて書くと、文が長くなり、証明責任の分配が読み取りにくくなる。また、議論をする際に、根拠規定部分と障害規定部分とを指し示すことが面倒になる。したがって、両者を一つの文にまとめて書くことは、好ましいことではない。

しかし、次のように、両者を一つの文の中にまとめて書いている例もある。
この規定の全体は、事業主に一定の義務を負わせるものである。「当該措置の対象となる業務の性質に照らして・・・その他の合理的な理由がある場合でなければ」の部分は、義務発生の障害事由を規定しており、障害規定であり、この障害規定以外の部分が根拠規定である(私法上の法律関係を規律する規定としてはそのように読むべきである)。本文・ただし書の形で、2つの文に分けて書くと、次のようになる。
本文・ただし書の形式の方がはるかに分かり易いにもかかわらず、何故一文にまとめられたのか。その理由は定かではないが、次の推測は可能であろう。すなわち、雇用機会均等法7条の違反者に対しては厚生労働大臣は是正勧告等をすることができ(29条1項)、勧告に従わないときにはその旨を公表するという制裁を科すことができる(30条)。この勧告・制裁との関係では、業務遂行上の必要性の有無の証明責任を厚生労働大臣に課すのが妥当であると思われる。もしこの推測が正しいとすれば、7条は取締規定の性格を有するとともに、私法上の法律関係を規律する規定の性格も有し、条文の文言は前者に適するように作られたと見ることができる。

抽象的要件要素の評価根拠事実
評価根拠事実  民法587条の「返還約束」や「金銭その他の物の授受」といった具体的要件要素についても、当事者が主張する具体的な事実がその要件要素に該当するかどうかについて裁判所による法的評価が必要であるが、「背信行為と認めるに足りない特段の事情」といった抽象的要件要素(「規範的要件要素」ともいう)については、その法的評価の重要性が格段に高い。当事者が主張立証すべき主要事実となるのは、この抽象的事実そのものであるとする見解もあるが、現在では少数説である[85]。多数説は、「要件要素に該当すると評価される具体的事実」、あるいは「要件要素が充足されるとの評価を根拠付ける具体的事実」であるとする([司法研修所*2004a]30頁は、これを「評価根拠事実」と呼ぶ)。

評価根拠事実も主要事実である以上、口頭弁論において主張されることが必要である。そして、当事者によって主張され、裁判所によって認定された一切の事実が評価根拠事実となり得る。このように無限定であると、具体的な事件において当事者は何を主張すべきかにとまどうことになる。そこで、抽象的要件要素の具体化が解釈により徐々に行われ、具体化された要件要素に該当する具体的事実を主要事実として主張すれば足りるとされることになる。しかし、その作業を網羅的に行うことは困難であり、一切の事実関係が評価根拠事実になり得ることには変わりはない。そのため、裁判所が評価の根拠になると判断する事実を当事者が的確に漏れなく主張することができるだろうかという問題が生ずる。問題となるのは、当事者が主張していないが証拠調べの結果明らかになった事実である。証拠調べの結果を考慮して行われる主張の整理の段階で、主張の追加がなされるべきであり、裁判所は必要に応じて釈明権を行使すべきであろう([司法研修所*2004a]32頁以下参照。例えば、「証拠調べの結果***の事実が明らかになりましたが、[***の要件要素との関係で考慮されてもよいものと思われますが、]主張されないのですか」)。

評価障害事実  評価根拠事実が主張された場合には、相手方は、あるときはその事実を否認するにとどめ、あるときはその事実が裁判所によって認定される場合に備えて、要件要素が充足されるとの評価を妨げる事実を主張することになる。後者の事実は、「評価障害事実」と呼ばれる(例えば、解雇権濫用法理との関係で、[荒木*2013a]288頁)。評価障害事実も主要事実である。「評価障害事実」の定義としては、次の2つ方法が考えられる。
  1. 形式定義  抽象的要件要素が充足されるか否かの評価は、評価根拠事実と評価障害事実とを総合的に考慮して判断されることを前提にして、「要件要素が充足されるとの評価を妨げる事実」と定義する方法。
  2. 実質定義  評価障害事実が証明されれば抽象的要件要素が充足されないとの結論がもたらされるように、「個々の訴訟において主張立証された評価根拠事実を重要性の点で上回り、抽象的要件要素の不充足という評価をもたらす事実」と定義する方法。

いずれの定義を採用するかは、いずれの定義が解りやすい説明をもたらすかの問題になるが、次の理由により、この講義では形式的定義を採用することにしよう:実質的定義を前提にすると、個々の訴訟において何が評価障害事実に該当するかは、評価根拠事実として何が主張され立証されたかに依存することになろう;そうした定義付けが不当であるとか不適切であるというつもりはないが、それでも、実際の訴訟の展開においては、抽象的要件要素を含む規定の適用を求める者が、評価根拠事実を主張し、その事実の重要性や立証されたか否かに関わらず、相手方が評価障害事実を主張し、その後に集中証拠調べを行い、その結果に基づいて裁判所が抽象的要件要素が充足されたと評価できるかを総合的に判断することになると思われる;それを前提にすると、形式的定義を前提にして説明するのが思考の便宜に叶うと思われる。

実質的定義を前提にすると、「評価障害事実」にいう「障害」の意味は、「権利障害規定」におけるそれと同じになる。他方、形式的定義を前提にすると、「評価障害事実」にいう「障害」は、「権利障害規定」にいう「障害」と意味合いが異なる。すなわち、権利障害規定の主要事実にあっては、それが証明されれば権利障害規定が適用され、権利根拠規定の主要事実がいかに証明されようとも、権利の発生は認められない(もちろん、権利障害規定の適用を妨げる規定がもしあれば、説明は異なってくる);他方、評価障害事実は、その存在が証明されたからといって、「抽象的要件要素の充足が否定されて、その要素を要件に含む規定の適用が否定される」ことに直ちになるわけではない。評価根拠事実と評価障害事実とを総合的に考慮して、抽象的要件要素が充足されたか否かを判断する(評価)するからである。

証明責任の分配について  抽象的要件要素を含む規定について、評価根拠事実についてはその規定の適用を求める者が証明責任を負い、評価障害事実については、相手方が証明責任を負うと言われることがある。よく見かける命題であるが、何が根拠事実であり、何が障害事実であるかを予め定立することなく、そのような命題を述べても、あまり意味はない。例えば、規定の適用を求める者がある事項について善意であることが評価根拠事実になるとともに、それについて悪意であることが評価障害事実になるのであれば、善意であるのか悪意であるのか不明である場合の処理が予め決められているとは言えない。本来の証明責任(確定責任)は、真偽不明の場合の処理を定めるものであり、ある事実が証明されるべきか、その反対事実が証明されるべきかが予め決められている場合に初めて意味を持つものである。それを予め決めておくことが困難なのが抽象的要件要素である。抽象的要件要素については、何が評価根拠事実であり、何が障害事実かを議論することが重要であり、冒頭に述べ命題は、半ば定義のような命題であり、それゆえ誤りではないが、それを述べるだけではあまり意味がないことに注意すべきである。

評価根拠付責任  以上のことを前提にすると(そして弁論主義を前提にすると)、抽象的要件要素を含む規定の適用を求める者には、次の行為責任が課せられているということができる。 このような行為責任は「評価根拠付責任」と呼ぶことができる。

考慮要素の証明責任
考慮要素
  法律効果の発生条件(構成要件ないし要件要素)が充足されているか否かが複数の事項を総合的に考慮して判断される場合に、考慮されるべき要素を「考慮要素」(略して「要素」)という。例えば、労働法の世界において、整理解雇が有効であるための要件として、(1)整理解雇の必要性、(2)整理解雇回避の努力、(3)整理基準・人選の客観性・合理性、(4)労働者・労働組合との誠実な協議の4つが定立されたが、その後この4要件を全て充足する必要があるかが議論され、これら4つの要素を総合的に考慮して整理解雇の有効性を判断すべきであると考えられるようになった。その変遷を、標語的に、「4要件から4要素へ」と言う([三井*2010a]8頁参照)。ここにいう「要素」を要件要素の意味にとると、混乱が生ずる。前記の標語は、前述の用語法に従って丁寧に言えば、「4つの要件要素から4つの考慮要素へ」と表現される[78]。

考慮要素を含む規定として、労働契約法10条がある。同条本文は次のように規定している。
この規定の中で、「変更後の就業規則を労働者に周知させ」は一つの要件要素である。その後にある「就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」も一つの要件要素であるが、厳密な意味で要件要素となるのは、「就業規則の変更が合理的なものである」ことである。これについては、同条本文の適用を求める者(通常は使用者)が証明責任(正確には、評価根拠付責任)を負う(合理的あるとも、合理的でないとも判断できないときには、同条本文は適用されない)。「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」は、合理性の判断の考慮要素である。この考慮要素の証明責任はどのように考えるべきであろうか。

真正な証明責任を観念すべきか──その1
考慮要素については、通常は、真正な証明責任を考える必要はないであろう。なぜなら、証明責任は、予め法規で分配が確定されている責任(確定責任)であり、その分配が法規のなかで予め規定されていることが必要である;このことを前提にすると、真偽不明の場合の処理が個々の訴訟の状況により定まるような事項については、証明責任は問題にならない。すなわち、(α)一般に、事実Aがある当事者に有利である場合に、その反対事実(事実Aの不存在)は相手方当事者に有利であるが、要件要素となるのはいずれか一方の事実であり、その事実が証明されないこと(特に真偽不明であること)により生ずる法規不適用の不利益は当事者のいずれか一方にのみ生じ、いずれの当事者に生ずるかは予め法規で確定されている(不利益分配の確定性);したがって、裁判所は、証明されない事実を顧慮する必要はなく、証明された事実に基づいてのみ法規の適用の有無を判断することができる(真偽不明事実の無視)。(β)では、考慮要素についてはどうか。条文の文言からあるいは解釈により、「特定の考慮要素に該当する事実が証明された場合にのみ、その事実を考慮することが許される」とのルールが定立されることは、理論的にありうることであるが、それは例外的なことと見るのがよく、通常は、立法者は、考慮要素に該当する事実が真偽不明であることも考慮して要件(先の例では「就業規則の変更が合理的なものである」)が充足されているか否かを判断することを裁判所に委ねたと考えるのが合理的である;換言すれば、「労働者の受ける不利益の程度」に関する事実Aの存否が不明である場合に、裁判所は、「事実Aの証明がない」ことを理由付けに用いることも、「その反対事実(事実Aの不存在)の証明がない」ことを理由付けに用いることもできると解すべきである(真偽不明事実の顧慮可能性)。)したがって、考慮要素に該当する事実については、その事実が真偽不明であることにより生ずる法規不適用の不利益が当事者のいずれか一方に生ずることが予め法規で確定されていると言うことはできない(不利益分配の確定性の欠如)。

もちろん、訴訟当事者は、自己の有利に考慮されるべき事実を主張・立証する必要がある。しかし、その必要は、本来の意味での証明責任(確定責任)ではない。

仮に労働契約法10条が列挙する考慮要素について証明責任を観念することが可能であるとした場合には、「労働者の受ける不利益」の発生及び「不利益の程度」が高いと評価させる事実は労働者側が証明責任を負い、「不利益の程度」が低いと評価させる事実及び「労働条件の変更の必要性」の存在は、事業主が証明責任を負うことになろう。ところが、同条は、これらの要素を単純に並列しており、証明責任の分配を適切に表現しているとは言い難いこと、少なくとも、法律要件分類説を前提にして規定の形式により証明責任の分配を表現しているとは言い難いことに注意する必要がある。

証明責任を観念すべきか──その2
ある法律行為が不合理と評価される場合には、その法律行為は無効とする、といった規定(「不合理」といった規範的評価が必要な要素が要件に取り込まれた規定)を考えてみよう。そのような規定として、例えば労働契約法20条がある。同条について、最高裁は、≪「不合理であるとの評価を基礎付ける事実については」その規定の適用を求める者が、「不合理であるとの評価を妨げる事実については」その規定の適用を争う者が,それぞれ主張立証責任を負う≫、と説示している(例えば、最高裁判所 平成30年6月1日 第2小法廷 判決(平成28年(受)第2099号,第2100号))。この主張立証責任が「主張立証の必要性」を意味するのであれば、特に問題はない。しかし、そうでないとすると、それがいかなるものか、特に真正な証明責任(法律要件分類説の下で問題になる客観的証明責任)と言えるのかが問題になる。

ここで対比のために、真正な証明責任が問題になる規定として、「債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は消滅する」との規定(民法473条)を取り上げてみよう。(α)債務の弁済に該当する具体的事実が主要事実として証明の対象になり、証明責任を負うのは債務者である;その主要事実の反対事実(債務の弁済がないこと)は、債権者に有利な事実であるが、それについて債権者が証明責任を負うとは考えない。そして、(β)法規不適用の原則を前提にすると、裁判所は、法規の適用の有無を判断するに際して、証明されていない事実を無視することができることになる。

これと、前記の最高裁の説示とを比較すると、どうだろうか。ある事実Aが評価を基礎付ける事実であるとすると、その事実の反対事実(Aの不存在)は、評価を妨げる事実である。これを前提にすると、最高裁の前記説示に従えば、いずれの事実についてもいずれかの当事者が主張立証責任を観念することになり、(α)の命題から離れることになる。したがって、前記説示における「主張立証責任」の分配は「真正な証明責任」の分配とは別個のもの(擬似的証明責任)である。

その上で、立証された事実のみを考慮すべきであるか否かを問題にしてみよう。
  1. 立証された事実のみを考慮すべきであるとの立場をとれば、真正な証明責任の(β)からの乖離は生じない。
  2. ある事実の存否が不明であることも規範的評価に際して考慮してよいという立場をとれば、真正な証明責任の(β)からも乖離することになる。そして、「証明責任を観念すべきか──その1」で述べたことが妥当する。

例えば、有期雇用労働者が無期雇用の終了後の再雇用労働者であるか否かは、合理性を判断する上で重要な考慮要素であるが、その事実が真偽不明であるとしよう(これが真偽不明であるということは実際には希有なことであろうが、ここではそうであるとする)。B説に従えば、労働契約法20条の適用の有無を判断するに際して、再雇用労働者であるとは言い切れないこと、あるいは再雇用労働者でないとは言い切れないことも考慮できることになる。A説では、そのような考慮はできないことになろう(もっとも、判決理由では、結論にあわせて、「再雇用労働者であるとの証明はない」、あるいは「再雇用労働者でないとの証明はない」という形で考慮されるとみる余地はある)。いずれを是とすべきかは、実体法の解釈の問題であるが、労働契約法20条が「その他の事情を考慮して」と規定している以上、B説を採るべきように思われる。そうだとすれば、前記最高裁の説示における「主張立証責任」は、「立証されてない事実(真偽不明の事実を含む)は無視して法的評価をなすべきである」との趣旨を含まないと理解するのが妥当であると思われる。

2.3b 若干の例

  1. 個人情報保護法28条1項では、個人情報取扱事業者が保有する個人データについて、事業者に対する本人の開示請求権が規定されているが、同条2項ただし書に規定されている場合には、開示しないことができるとされている。ただし書に該当することの証明責任は、個人情報取扱事業者が負う。他方、開示請求されているデータが「保有個人データ」に該当することは、請求者が証明責任を負う。「保有個人データ」は、同法2条7項で定義されていて、「・・・個人データであって、その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの又は一年以内の政令で定める期間以内に消去することとなるもの以外のものをいう。」と規定されている。そこで、「・・・以外のもの」に該当するか否かについて誰が証明責任を負うのかが問題となる。先に、「A(Bを除く)」の形式の場合にはAに該当しないと主張する者(ここでの例では、開示請求を受けた事業者)がBに該当することの証明責任を負うことを論定したが、今問題になっているのは、「AであってB以外のもの」という形式である。立法者がこの形式を採用することにより証明責任をどのように分配しようとしたかは、必ずしも明瞭ではないが、「AであってCであるもの」の形式においては、Aに該当すると主張する者がCにも該当することについて証明責任を負うことは明らかであり、そのCが「B以外のもの」に置き代わったのであるから、Aに該当すると主張する者が「B以外のもの」であることについて証明責任を負うと解すべきであろう。ただ、それを前提にして、個人情報保護法2条7項については、そのような証明責任の分配が妥当であるか否かについて議論の余地があるように思われる。
  2. 民事執行法151条の2第1項は、確定期限の定めのある扶養定期金債権について、「その一部に不履行があるときは、・・・当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる」と規定している。債務の不履行について債権者に証明責任が負わされている珍しい例である。そのため、立案担当者([谷口=筒井*2004a]103頁注110)は、債権者が弁済を証明することが困難であることを理由に、差押命令の発令段階では、債権者は定期金債権の一部の期限が到来したことを主張すれば足りるとする。これによれば、証明責任の分配が実際に機能するのは、債務者からの執行抗告があって、抗告審が弁済の有無を判断する段階である。ただ、弁済方法を特定の金融機関の預金口座への振込みに限定しておけば、当該預金口座の通帳の記録から、債務の弁済がないことの証明は、比較的容易にできよう。この前提が成り立つ限り、条文の文言通り、発令段階においても、債権者に債務の履行のないことを挙証させてよい。
  3. 特許法29条は、特許の要件を定めているが、1項柱書にいう「産業上利用することができる発明」の要件については、出願人が証明責任を負い、同条2項の進歩性の要件については、同項の適用を求める者が進歩性の欠如について証明責任を負う。このことは、規定の文言から容易に導き出される。29条1項各号の要件(新規性に関する要件)については、ただし書の形で規定されていないため迷うことになるが、[吉藤=熊谷*v13]106頁は、「(新規性の判断については)出願に係る発明が29条1項の規定により特許を受けることができないものであるとの審査官の一応の心証を真偽不明になる程度まで否定できた場合には、拒絶理由は解消する」と述べている。おそらく、それが妥当な解決であろう。したがって、発明の新規性の欠如が特許付与の障害事由となり、特許を付与すべきでないと主張する者が29条1項各号の要件について証明責任を負う。
  4. 消費者契約法9条1号にいう平均的な損害及びこれを超える部分については,事実上の推定が働く余地があるとしても,基本的には,違約金等条項である不返還特約の全部又は一部が平均的な損害を超えて無効であると主張する学生において主張立証責任を負う。最高裁判所 平成18年11月27日 第2小法廷 判決(平成17年(受)第1158号)
  5. 民法94条2項の保護をうけるためには、第三者において、自己が善意であつたことを主張、立証しなければならない。 最高裁判所 昭和35年2月2日 第3小法廷 判決(昭和32年(オ)第335号) 。ただし、これと異なる見解も主張されている:(α)民法109条とのバランスから、虚偽表示の当事者(無効主張者)が第三者の悪意を証明しなければならないとする見解;(β)第三者に自己の善意の証明責任があるとしても、信頼に値する外観から善意は事実上推定され、信頼に値する外観がないにもかかわらず善意が証明される場合には、無効主張者は第三者の過失を証明すれば、94条2項の適用を妨げることができるとする見解。[内田*民法1v4]186頁参照。
  6. 民法536条2項の適用が雇用契約について問題になる場合に、使用者の帰責事由によって履行不能になったこと(因果関係)の証明責任は、条文の文言に従い、同条の適用を求める者(労働者)が負う([荒木*2013a]110頁)。因果関係が肯定される場合として、使用者が無効な解雇の意思表示をして労務の受領を拒絶する場合がある。この場合に、因果関係が認められるためには、労働者の労務提供の意思と能力の存続が必要か、労働者はその主張立証責任を負うかについては、議論がある([荒木*2013a]111頁は、消極的)。
  7. 抽象的要件は、しばしば解釈により具体化される。それは、次のような形をとることが多い:(α)一定の具体化された原則的要件に該当する場合には抽象的要件が充足されるが、その場合でも、(β)一定の例外的要件に該当する場合には、抽象的要件は充足されない。そのように具体化がなされた場合に、前者の証明責任は抽象的要件の充足を主張する者に、後者の証明責任はその相手方に負わされることが多い。しかし、常にそうだというわけではない。具体化された原則的要件と抽象的要件との結びつきが強くない場合(前者から後者への距離がある場合)には、例外的要件に該当しないことの証明責任も抽象的要件の充足を主張する者に負わされることがある。例として、原則的要件が法規で定められていて、例外要件要件が解釈により設定された事例であるが、次の先例を参照:最高裁判所 平成14年2月28日 第1小法廷 判決(平成9年(行ツ)第136号,137号)(知事の交際費のうちの各種会費に係る文書(領収書等)が公文書公開条例6条1項9号の定める非公開文書(事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれのあるもの)に該当するかが争われた事件において、非公開決定をした被告が、9号所定の文書に該当することのみならず、裁判所が設定した例外要件(交際の相手方及び内容が不特定の者に知られ得る状態でされる交際に関するものなど)にも該当しないことを主張立証すべきであるとされた)。
  8. 民法627条1項本文は、期間の定めのない雇用契約について解雇自由の原則(いつでも解約の申入れをすることができる)を定めている。しかし、判例は、これを制限するようになった。その際に、解雇権の発生には正当事由が必要であるとする構成(正当事由説)と、解雇自由の原則を前提して、濫用的な解雇権行使は効力を生じないとする構成(権利濫用説)とがあり得るが、裁判所は、後者の構成を採用し、労働者が濫用の評価を根拠付ける事実を主張立証すべきであるとしつつ、その主張立証を比較的容易に認め、使用者が負うことになる濫用評価を妨げる事実の主張立証を厳格にした。いわゆる解雇権濫用法理である。2003年の労基法改正に際して、解雇ルールの明文化が要望され、政府は、新設の18条の2本文に解雇の根拠規定(「使用者は、・・・法律の規定により・・・解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる。」)を置き、ただし書に権利障害規定(「ただし、その解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」)を置く原案を提出した。しかし、この本文が「解雇は自由である」というアナウンス効果をもち、これまでの訴訟実務における実際上の主張立証負担の配分を変更する虞があることを危惧して、労働界が猛烈に反対し、国会で修正され、ただし書部分のみが(些細な字句修正を施して)労基法18条の2として規定され、それが現在の労働契約法16条に受け継がれた(以上につき、[荒木*2013a]274頁以下参照)。このように神経質な経過を経て成立した規定であるので訴訟実務における主張立証負担の配分についての注釈は必要であるが、単純化して言えば、民法627条1項本文が期間の定めのない労働契約の解約申入権(解雇権)の根拠規定であり、労働契約法16条がその障害規定である、と言うことができる。
  9. 一般に、権利障害規定は、権利根拠規定で定められているものとは異なる要素を要件として規定し、本文の要件要素とただし書の要件要素とは両立しうる関係にある。例えば、民法95条ただし書の要件要素である「表意者に重大な過失があったとき」は、本文の要件要素「法律行為の要素に錯誤があったとき」と両立しうる。ところが、労働組合の要件を定める労働組合法2条では、本文において抽象的要件を掲げ、これとは両立しうるとは考えがたいもの(具体的な例)をただし書の要件要素としている。そのため、ただし書は、「この限りではない」の形式を取っているが、内容を考慮すると、本文に該当しないものの例示(その意味で本文の内容の具体化)と見ることも可能な規定となっている。そこで、ただし書1号・2号について、これを障害規定とみる消極要件説と例示説との対立が生じている([荒木*2013a]537頁参照。[片岡*労働法1v4]78頁は例示説である。[荒木*2013a]541頁は、3号・4号について例示とみる)。消極的要件説は、2条本文の要件を満たし、かつ1号・2号に該当しないものを法適合組合と呼び、2条本文の要件は満たすが1号・2号に該当するものを憲法組合と呼んで区別する([荒木*2013a]638頁)[87]。
  10. 破産法253条1項柱書本文が免責決定の効力を規定し、そのただし書が免責の効力の及ばない債権(非免責債権)を規定している。同ただし書各号に該当することの証明責任は、各号の適用を求める者(破産債権者)にある。この証明責任の分配は一般論としては正当であるが、6号については問題がある。同号は、「破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権」を非免責債権としているが、裁判所における債権者名簿の保存期間が過ぎた後では、破産債権者は自己の債権が債権者名簿に記載されていないことの証明手段を欠くことになるからである。証拠への近さの点からすれば、債務者に≪特定の破産債権が債権者名簿に記載されていること≫の証明責任を負わせる方が好ましい。ただ、そのように決断すべきか否かは、6号の規定による非免責債権性をどの程度重要と考えるかに依存しよう。
  11. 著作権法114条1項本文の規定は非常に長い。記号を用いてその構造のみを示すと、次のようになる。「Aのときは、Bの額を、Cの限度において、著作権者が受けた損害の額とすることができる。」。「Cの限度」について主張立証責任を負うのは誰か(損害賠償請求者か、侵害者か)。この規定と同趣旨の規定を提言した[著作権政策研究会*1998a]9頁は、条文の構造上、Cの中にある「能力の範囲」については、権利者が立証責任を負うとする。1項には障害規定と位置付けられるただし書があるので、本文は、純然たる権利根拠規定であると位置付けられているのであろう。そうであれば、「Bの額がCの限度内であること」(前者が後者を超える場合にはCの金額)についても、権利者が証明責任を負うことになる。

2.4 法律上の推定

前述のように分類される法律要件を通して証明責任の分配を表現することは、確かに簡便であり、また実際上も主要なものである。しかし、これだけでは、証明責任の分配の表現手段が少なすぎる。法律上の推定という方法も、証明責任の分配の表現方法として用いられる。法律効果を定める規定を効果規定と呼ぶことにしよう。法律上の推定は、ある事実から、≪効果規定所定の要件要素に該当しうる他の具体的事実≫又は≪効果規定の要件要素の充足(抽象的事実の存在、法的評価の成立又は権利の存在)≫を推定することを法規が定めている場合を指す。経験則による推定は事実上の推定と呼ばれ、これに該当しない。

法律上の事実推定
これは、ある事実(A)から効果規定の要件要素である抽象的事実又は(B)抽象的事実に該当しうる具体的事実の存在を推定するという形式をとる。

) 多くの推定規定は、具体的事実を推定するというよりも、抽象的事実そのものを推定する。
推定原因事実A─→被推定事実B(要件要素たる抽象的事実)⊆要件─→法律効果

推定原因事実(A)に該当する具体的事実の存在が認められると、効果規定の定める要件要素たる抽象的事実Bの存在(したがって、その要件要素の充足)が認められるのであり、Bに該当する具体的事実の存在が推定されるわけではない。挙証者は、Bに該当する具体的事実を主張する必要もない。推定が成立すると、相手方は、非B(「Bでないこと」、「Bの反対事実」)に該当する具体的事実(Bが抽象的要件である場合には、非Bであるとの評価を根拠付ける具体的事実)を主張して、その具体的事実を証明する責任を負う(証明責任の転換)。例:
) 要件要素たる抽象的事実ではなく、それに該当しうる具体的事実を推定する規定として、次のものがある。
弁論主義の第1命題との関係  法規範は、国民に平等に適用されるように、通常は、一般性・抽象性のある言葉で記述される。要件要素たる事実は、抽象的事実であり、訴訟においては、当事者は、その言葉に当てはまる具体的事実を主要事実として主張立証することが求められる[64]。しかし、例えば破産法15条2項の推定にあっては、推定規定を援用する者は、効果規定で定められた要件要素たる抽象的事実に該当する具体的事実(主要事実)を主張する必要はないのであるから、主要事実が推定されるというより、要件要素の充足そのものが推定されると言うべきである。このことから、推定規定を援用する者は、推定原因事実を主張すれば足り、効果規定で定められている抽象的事実あるいは法的評価の成立を主張する責任も負わないとしてよいかは迷うところであるが、負わないとしてよいであろう([藤田*2007a]108頁)。なぜならば、推定原因事実が認定されればどのような推定規定が適用され、その結果どの効果規定が適用されることになるかは裁判所の職責たる法の適用の問題であると言うことができるからである(このことは、破産法15条2項に限らず、法律上の事実推定により効果規定の要件要素が直接推定される場合について一般的に妥当する)。もちろん、審理を円滑にする趣旨で被推定事実も主張することは、何ら妨げられないし、むしろそうすることが望まれる。

ここで、事実推定を用いた証明責任の分配の表現をただし書を用いたそれに変換することができるかを考えてみよう(主張責任の問題は度外視できるものとする[54])。下記の[A2]の表現は、[A1]の表現と等価ではない。「支払不能であるが支払停止という債務者の行為がない」という場合もあり得るが、[A1]ではその場合も包摂されるのに、[A2]ではそれが包摂されないからである。この場合をも包摂するためには、[A3]の表現にしなければならない。
[A1]法律上の推定を用いた表現 [A2]ただし書を用いた表現1

[A3]ただし書を用いた表現2

(1) 債務者が支払不能にあるときは、(中略)、破産手続を開始する。
(2) 債務者が支払を停止したときは、支払不能にあるものと推定する。
債務者が支払を停止したときは、破産手続を開始する。ただし、債務者が支払不能でないときは、この限りでない。 次の各号に掲げるときには、(中略)、破産手続を開始する。
  1. 債務者が支払不能にあるとき。
  2. 債務者が支払を停止したとき。ただし、債務者が支払不能でないときは、この限りでない。

[A1]と[A3]のどちらの方がスマート(美的外観が良い)かは趣味の問題であるが、[A1]と答えたい。そして、規定を分かりやすいものにするためには、法律効果の発生にとって本質的なもの(法律効果の発生を正当化するもの)を要件に挙げるべきであり、その際の考慮要素と推定規定を設ける際の考慮要素とは異なるとの立場に立てば、推定規定を用いるか否かは、個人的な趣味の問題ではなく、立法の際の作法の問題である(過度に誇張して言えば、法律の文言が分かりやすいか否かという民主主義にも係わる問題である)。この立場に立って、かつ、支払停止など破産手続開始の原因として本質的でないと考えれば、[A3]の表現は悪趣味であり、要件と効果の本質的関係を不明瞭にした分かりにくい規定でしかない。ここまで考慮すると、推定規定をただし書でもって書き換えることはできないと言うのが正しい[43]。しかし、単純に誰が何を証明すべきかの問題に限って言えば、[A1]と[A3]とは等価である。

次に、[A1]の規定を少し変えて[B1]のような推定規定を考えてみよう。「『支払不能』とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態(中略)をいう」(破産法2条11項)との定義を前提にする限り、「一つの債務を弁済期に支払うことができなかったこと」は「支払不能」の必要条件のはずである(支払不能の場合には、その前提として、一つの債務を弁済期に支払うことができなかったという状況になっているはずである)。そして、支払不能の証明よりも、一つの債務の不履行の証明の方が容易である。これらのことを前提にすると、[B1]と[B2]とは等価である。[B3]の1号は2号に吸収させることができるので、その吸収を行うと、[B2]に帰着する。
[B1]法律上の推定を用いた表現 [B2]ただし書を用いた表現1 [B3]ただし書を用いた表現2
(1) 債務者が支払不能にあるときは、(中略)、破産手続を開始する。
(2) 債務者が一つの債務を弁済期に支払うことができなかったときは、支払不能と推定する。
債務者が一つの債務を弁済期に支払うことができなかったときは、破産手続を開始する。ただし、債務者が支払不能でないときは、この限りでない。 次の各号に掲げるときには、(中略)、破産手続を開始する。
  1. 債務者が支払不能にあるとき。
  2. 債務者が一つの債務を弁済期に支払うことができなかったとき。ただし、債務者が支払不能でないときは、この限りでない。

以上のように、権利根拠規定と推定規定の組合せは、[B2]のような単純な本文+ただし書に置き換えることができる場合もあり、他方[A3]のような幾分込み入った形で本文+ただし書に置き換えることができる場合もある。両者の分かれ目は、推定原因事実が効果規定の要件の充足の必要条件の関係にある(典型的には、推定原因事実を充足する事例集合が被推定事実を充足する事例集合を包摂する関係にある)か否かである。必要条件の関係(包摂する関係)にある場合には、[B2]のように書き直すことができる(後述の暫定真実に似る)。そうでなければ[A3]のように書き直さざるをえない。推定原因事実と効果規定の要件(典型的には、被推定事実)との関係は、多くは、後者である。



否認権に関し、旧破産法72条2号と3号は、受益者の善意・悪意の証明責任の分配を、ただし書を用いて表現していた。これを法律上の推定を用いて表現しなさい(下記の表の左の(2)を埋めること)。ヒント:現破産法は、多くの事項について旧法よりもきめ細かな規定をおいているため、旧破産法72条に直接対応する規定というわけではないが、現破産法161条が参考になる。
法律上の推定を用いた表現
(現行161条1項3号・2項3号参照)
ただし書を用いた表現
(旧法72条参照)
(1) 破産者が支払の停止又は破産の申立ての後にした担保の供与、債務の消滅に関する行為その他破産債権者を害する行為は、これによって利益を受けた者がその行為の当時支払の停止又は破産の申立てがあったことを知っていたときに限り、破産財団のために否認することができる。

(2)相手方が破産者の親族又は同居者であるときは、







と推定する。
次に掲げる行為は、破産財団のために否認することができる。
 1 (略)
 2 破産者が支払の停止又は破産の申立ての後にした担保の供与、債務の消滅に関する行為その他破産債権者を害する行為。ただし、これによって利益を受けた者がその行為の当時支払の停止又は破産の申立てがあったことを知っていたときに限る。
 3 前号の行為で破産者の親族又は同居者を相手方とするもの。ただし、相手方がその行為の当時支払の停止又は破産の申立てがあったことを知らなかったときは、この限りでない。


一般化しておこう。次の2つは、誰が何を証明すべきかの問題に限って言えば、等価である
法律上の推定を用いた表現 ただし書を用いた表現
(1)要件AとBが充足される場合には、法律効果Xが発生する。
(2)CならばBと推定する。
次の場合には、法律効果Xが発生する。
 1 要件Aが充足されるとき。ただし、要件Bが充足されるときに限る。

 2 要件AとCが充足されるとき。ただし、要件Bが充足されないときは、この限りでない。

ただし書方式をとるものとして、例えば、旧破産法72条3号(危機否認)、現破産法170条1項2号(転得者に対する否認)がある。推定方式をとるものとして、現破産法161条1項3号・2項3号(危機否認)がある。

法律上の事実推定にあっては、通常、推定原因事実Aは効果規定の要件の一部ではない。従って、効果規定との関係で、推定原因事実の重要性は軽い。他方、推定原因事実が同時に効果規定の要件の一部であるときには、推定原因事実のもつ重みは非常に大きい。この違いのために、後者の事実推定は、他から区別されて、特に「暫定真実」と呼ばれる。これについては後述する。

権利推定
これは、ある事実から権利関係を直接推定するものである。
推定原因事実─→権利関係

なお、登記の推定力については、民法188条と同様な法律上の権利推定を主張する見解もあるが、判例・多数説は、権利の存在自体又は権利取得原因事実を事実上推定する効力のみを認めている([司法研修所*2011a]72頁以下参照)。不動産の財産としての重要性に鑑み、民法が取引の安全(動的安全)よりも真実の所有者の保護(静的安全)を尊重し、不動産登記に公信力を否定していることに鑑みれば、不動産登記に法律上の推定力まで認めるのは行き過ぎである。多数説を支持すべきである。

暫定真実
「暫定真実」の語は、もともとは、「推定原因事実のない事実推定」に付された名称である。しかし、事実推定も一つ法律効果であり、暫定真実を定める規定も法律効果の発生を定める規定である以上、その要件を観念することができる。その要件が事実であるならば、通常は、その事実が推定原因事実となる。そうなると、暫定真実は、「推定原因事実が明示されていない事実推定」であり、その特質が「推定原因事実のない事実推定」にあるとはいえないことになる。

効果規定 A,B,Cの場合には、法律効果Xが発生する。
同じことの別表現 推定 Aの場合には、Bと推定する。
暫定真実
(注釈)
Bと推定する。
(注釈:この推定は、Aを要件要素とする効果規定に適用される)
暫定真実の特質は、次のように説明することができる:ある推定規定がA(推定原因事実)からB(被推定事実)を推定している場合に、他の規定(要件と効果を定める規定=効果規定)がBのみならずAも要件としているときは、効果規定の要件事実の一つとして推定原因事実(A)の証明が必要である;その証明がなされると被推定事実(B)が推定され、被推定事実の不存在の証明責任を相手方に負わせることになる;この場合の推定は、その効果規定との関係では、推定原因事実(A)の証明の意味が通常の推定の場合とは異なるので、通常の推定から区別される;そして、効果規定の要件の一つであるAが証明されることを前提にすると、この推定規定からAが推定原因事実にされていることを捨象することができ、この推定規定は被推定事実(B)を無条件で推定する規定(暫定真実)とみることができるので、「暫定真実」と呼ばれる。換言すれば、ある推定規定が暫定真実であるか否かは、効果規定との関係で決まる;要件の中にBを含んでいるがAを含んでいない効果規定が存在すれば、その規定との関係では、その推定規定は、通常の(真正の)事実推定である。

暫定真実を用いた証明責任の分配は、ただし書を用いても表現できる。効果規定において、推定原因事実を要件に残し、「ただし、被推定事実が存在しない場合は、この限りではない」と規定すればよい(前述の(真正の)事実推定の場合と異なり、この変換可能性に異論はなく、また変換が容易であるので、ニセの事実推定といわれることもある[68])。ただし書を用いる方が、法律効果の発生・不発生の要件が一つの条文にまとめて書かれることになるので、証明責任の分配状況を把握しやすい(暫定真実の方式だと、推定規定と効果規定とが離れた場所に置かれることになりやすく、証明責任の分配状況が把握しにくくなる)。ただ、関係する効果規定が複数ある場合には、個々の規定においてただし書を置くよりも、この規定の仕方の方が簡潔となり、その点で意義がある。
暫定真実を用いた表現 ただし書による表現
効果を定める規定 A,B,Cの場合には、法律効果Xが発生する。 A,Cの場合には、法律効果Xが発生する。ただし、非Bの場合は、この限りでない。
推定規定 形式1
「Aの場合には、Bと推定する」
不要
形式2
Aを要件とする規定に関し、「Bと推定する」

暫定真実の例
暫定真実は、複数の要件要素のうちの1つから他の要件要素の充足を推定する点に特徴があるが、その推定が法規で定められている限り、これも法律上の推定の一種である(「法律上の推定」の概念をそのように拡張しておこう)。

障害規定と暫定真実との互換性の確認のために、前者から後者への書直しが可能であることを例示しておこう。
「又は」で結ばれた要件要素の証明責任の転換としての推定
  「[A又はB]の場合には、法律効果Rが発生する」という規定の中の「A又はB」の証明責任をDの場合に転換することを考えてみよう。この証明責任の転換は、Dの場合に「(Aでない)及び(Bでない)」の証明を相手方の負担とすることである。それを推定の形で表すと、「Dの場合には、(Aを推定する)及び(Bを推定する)」すなわち「[A 及び B]を推定する」ことになる。

「[A又はB]をXが知っていた場合には、法律効果Rが発生する」という規定については、要件部分は、「[AをXが知っていた場合]又は[BをXが知っていた場合]には」と書き直す方が確実な議論ができるが、その書換えを経由することなく、[A又はB]の部分のみを取り上げても結果は同じである。すなわち、証明責任の転換を推定の形で表現すると、「Dの場合には、[A 及び B]をXが知っていたことを推定する」ことになる。

適例は、破産法162条2項のかっこ書である。
「及び」で結ばれた要件要素の証明責任の転換としての推定   「(A及びB)及びCの場合には、法律効果Rが発生する」という規定の中の(A及びB)の証明責任をDの場合に転換することを考えてみよう(ここで問題にしているのは、この証明責任の分配の論理学的な意味での否定形を作ることである)。それは、Dの場合に「(Aでない)又は(Bでない)」の証明を相手方の負担とすることである。それを推定の形で表すと、Dの場合に「(Aを推定)又は(Bを推定)する」すなわち「(A 又は B)を推定する」ことである。意味を了解するのにとまどう表現であるが、これは、Dが証明される場合に「法律効果を主張する者がAを証明すればBが推定され、Bを証明すればAが推定される」ことを意味する。このような形での証明責任の分配も論理的にはあり得るが、おそらく実例はないであろう(そのような分配をすることが法政策的に好ましい場面はあまり考えられない。なお、Dが証明される場合に「(A及びB)を推定する」ことは、ここで問題にしている場合との関係では、過剰な推定になる。

法的属性の推定  商法503条2項は、「商人の行為」は「その営業のためにするもの」(商行為)と推定している。「その営業のためにする」というのも一つの事実であるが、「商人の行為」の法的属性ということもできる。このように、ある事実Aの法的属性Bについての推定は、その法的属性に合致した事実を要件要素とする効果規定との関係で、一種の暫定真実を定めた規定である(もっとも、「暫定真実」と言うよりも「暫定属性」と言う方が適切であろう)。この場合に、前述の商法521条がそうであるように、法律効果を定める規定がある範囲の事実(商人の行為)について適用されるときには、「法的属性」(商行為)を示す語が「その法的属性に合致した事実」(商行為の性質をもつ商人の行為)の意味で使われていることになる。

事実上の暫定真実  明文の規定がない場合でも、複数の要件要素のうちの1つが充足されること自体から他の要件要素を推定することもできる。その推定が、「事実上の推定」にとどまる場合には、「事実上の暫定真実」と名付けることができる。その推定が、判例法により「法律上の推定」に高められると、「暫定真実」になる。

例えば、自白の撤回要件の一つとして、「自白が真実に反し、錯誤によりなされたこと」があるが、この要件に関しては、一般に、「反真実が証明されれば、錯誤が推定される」と解されている。この推定が、「法律上の推定」に高められているとみれば、それは暫定真実であり、前記の撤回の要件は、「自白が真実に反すること。ただし、錯誤によりなされたのでない場合には、撤回は許されない」と書き換えることができる。「事実上の推定」にとどまる場合には、この書き換えはできない。最高裁判所 昭和25年7月11日 第3小法廷 判決(昭和24年(オ)第219号)は、「当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明がある以上、その自白は錯誤に出たものと認めることができる」と述べるにとどまり、いずれと理解すべきかは、明瞭ではない。

その他
次のものは、法律の規定では「推定」という言葉が使われていても、要件事実の証明責任の転換をもたらすという意味での事実推定ではない。
推定を覆すために必要な事実主張
要件事実(要件要素)の一つについて法律上の推定が成立するときには、相手方は、その要件要素が充足されないことを明らかにするために、具体的な事実を主張し、証明する必要に迫られる。具体的事実として何を主張すべきかは、推定された要件事実が何であるかに依存する。いくつかの例を挙げておこう。

)自主占有の推定  所有権の取得時効を定める民法162条は、占有者が所有の意思を以てされていること(自主占有であること)を要件の一つとしているが、これは民法186条1項によって推定される。占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負う。所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、表見相続人が被相続人の死亡後単独で土地建物を占有していることを確定しながら、占有者がその後に自己が所有者又は持分権者でないことを知ったという内心の意思の変化のみによって所有の意思の推定を覆すことは許されない(最高裁判所 平成12年1月27日 第1小法廷 判決(平成7年(オ)第1203号))。

)特許法104条の推定  物の生産方法の発明について特許権を有する原告が「被告の行為により特許権が侵害された」と主張して損害賠償の訴えを提起する場合には、原告は、(1)自己が特許権を有すること、(2)被告がある生産方法を業として実施していること、(3)その生産方法が原告の特許発明の技術的範囲又はこれと均等な範囲に属することを主張立証しなければならない((2)の要件は、被告が業として実施している生産方法を原告は具体的に主張立証しなければならないことを意味する)。特許法104条は、原告の主張立証負担の軽減のために、その物が特許出願前に公然と知られた物でない場合は、特許権者以外の者がその物を生産したときに、特許を受けた方法により生産したものと推定している。この推定を打破するために、被告が何を主張すべきかについて見解が分かれている(この項の記述は、[田邊*1995a]に多くを依拠している)。
  1. 非侵害抗弁説  これは、104条により上記の(2)(3)が推定されるとする見解である。(2)の推定の打破のために、被告は自己が実施する生産方法を開示(主張)して、それを立証する責任を負うとする((3)についての推定を打破するためには、後述の開示義務否定説の主張するような方法では不十分である)。
  2. 侵害否認説[67]  これは、上記の(2)が推定され、(3)は推定されないとする見解である。(2)が推定されることの帰結として、被告は自己が実施する生産方法の主張立証責任を負うことになるとする点は、非侵害抗弁説と同じであるが、被告がその生産方法を開示して立証すれば、それが原告の生産方法の技術的範囲又はこれと均等な範囲に属するかについては、原告が主張立証責任を負うとする(生産方法を開示することなく、(3)の要件が充足され得ないことを後述の開示義務否定説の主張するような方法で主張立証(反証)することでは足りない)。
  3. 開示義務否定説  これは、上記(3)のみが推定されるとする見解である。(3)の推定の打破のためには、被告は自らの生産方法を開示する必要は必ずしもなく、例えば、特許発明の実施に必要不可欠な材料を調達し得ないから被告生産方法は原告の特許発明の技術的範囲又はこれと均等な範囲に属し得ないことの主張立証でも足りるとする。

判例法による推定  一般に、法には判例法も含まれ、法規の中には判例によって確立された法規範も含まれる(反対の見解もある)。これを前提にすると、「判例法によって認められた推定」を「法律上の推定」の中に含めることも可能である。

判例が認める推定のうちのどれを法律上の推定と見るべきかは迷うが、ここでは、一つの例を議論のための参考に挙げておこう(この例は、事実の推定というより法的評価の推定(そこに示された事実関係(評価根拠事実)がある場合には、原則として「悪意の受益者」という抽象的要件要素に該当すると評価すべきことの原則)を示した先例とみる余地もある)。
整 理
一口に推定と言っても、さまざまなものがあるので、表の形にして並べておこう。
推定の根拠 推定されるもの 相手方がなすべき立証活動 名称 メモ
推定規定 要件要素(権利) 反対証明 法律上の権利推定 占有から占有本権の推定(民法188条
推定規定 要件要素(抽象度の高い事実) 反対証明 法律上の事実推定  
推定規定 要件要素(抽象度の低い事実=具体的事実) 反対証明 法律上の事実推定  
(高度の蓋然性のある)経験則 要件要素(抽象度の高い事実) 反対証明 (過失の)一応の推定 証明責任転換説(証明責任分配説)
経験則 要件要素(権利) 反証 事実上の権利推定 所有権に関する登記の存在から所有権の移転を推定
経験則 要件要素(抽象度の高い事実) 反証 (過失の)一応の推定 抽象的事実推認説
経験則 要件要素(抽象度の低い事実=具体的事実) 反証 事実上の事実推定  

2.5 損害額の認定(248条

賠償されるべき損害額の認定に当たっては、認定が恣意的にならないように、損害額の算定方法ができるだけ明確にされるべきである(通常は、考慮されるべき要素を特定し、それらを組合せた数式(多くは、簡単な加減算の数式)でもって表現される)。これらの算定方法の定立は、民法709条等の実体法の規定の解釈の問題であり、上告審の審査に服する。

しかし、実体法の解釈として算定方法を設定すること自体が困難な場合もあろうし、算定方法が設定されても、個々の事件においてその算定方法に組み込まれた要素の具体的金額を確信をもって認定することが困難な場合もあろう。その場合に、損害が生じていることは認められるにもかかわらず、損害額の算定ができないことを理由に被害者の損害回復を否定することは、被害者に酷であり、正義に反する。そこで、「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」と規定された(248条)。 なお、この規定は、不当利得の額の算定には適用されないことに注意する必要がある(その理由としては、不当利得返還請求権は返還義務者の故意・過失がなくても発生することを挙げてよいであろう)。

(a)損害の算定の基礎となる事実の主張・立証の困難   建物が他人の放火あるいは重過失による失火で焼失し、損害賠償請求訴訟が提起されたとしよう。建物の中にあった動産の損害額の証明は、原告が、個別に品名をあげ、購入時期・購入価額を明らかにして、現在の価額の算定に必要な事実と証拠を提出してするのが本来である。しかし、それは、主要な動産については可能であるとしても、全部についてすることは極めて困難である。原告が主張・立証することができたものだけについて被告は賠償すれば足りるとしたのでは、正義に反することになりやすい。このような場合には、裁判所は、248条により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

(b)損害額の推計的算定  人身損害の賠償請求訴訟においては、逸失利益も賠償されるべきであり、その重要な要素として、事故がなければ将来得たであろう所得額が問題となる。それは、現に生じた事実に基づいて算定されるのではなく、さまざまな仮定を置いて推計されるものである。そのような推計的算定は、従来から許容されると解されていた。したがって、推計的算定の許容性は、民法709条の問題と見ることもできる。この見方を徹底させると、これまで推計的算定が許容されていなかった損害については、248条が新設されたからといって、それが許容されることにはならない。しかし、248条が新設された趣旨に鑑みれば、同条は、そのような損害について推計的算定を許容するものであると見るべきである。
 ただ、そうなると、推計的算定の許容の根拠規定が、民法709条等の実体法の個別の規定と民訴法248条とに分散することになり、議論の集約がしにくくなる。民訴248条が新設された現在では、別段の規定(実体法の領域における特則規定)がない限り、推計的算定は同条により原則的に許容され、どのような方法の推計的算定が許容されるかは同条の解釈適用の問題であるとみる方がよい(位置付けの問題であり、反対の見解を否定する趣旨ではない)[70]。次のような場合には、損害額の算定は推計的方法によらざるを得ず、合理的な推計方法で算定することが248条により許容される:
合理的な推計的算定ができない場合の相当額の認定  民法710条は、非財産的損害の賠償請求を許している。代表例は、身体傷害による精神的苦痛に対する慰謝料であるが、これについては合理的な推計方法はないといってよいであろ(入院日数や通院日数に一日あたりの適当な金額を乗じて慰謝料額を算定することはあるが、これは、事件ごとに金額がばらつくことを回避するためであり、いわば世間相場の形成である)。このような場合には、裁判所が相当と認める金額をもって賠償額とせざるを得ない。このような形で賠償額を決定することは、民法710条の解釈として従前から許容されているが、同様のことが財産的損害の算定においても許容されるかが問題になる。それは民法709条の問題にも民訴法248条の問題にもなり得るが、民訴法248条は、損害の合理的な推計方法を見出しがたい場合をも対象とし、その場合について、最後の手段として、相当な損害額の認定を許容したと解してよい。

248条の適用要件
要件は、次の2つである。(1)損害が生じたことが認められる場合であること、(2)損害の性質上その額を立証することが極めて困難であること。ここに言う立証の困難は、立証されるべき事実の証明のみならず、主張の困難も含むと解すべきである。第2の要件には、次の場合が含まれる。
  1. 損害額の算定の基礎となる事実の証明が困難な場合  損害賠償の対象となるべき動産が多数あり、それらが被告の不法行為により滅失した場合が代表例である。
  2. 損害額を推計的評価方法で算定せざるをえない場合  損害の評価方法が法律に規定されている場合あるいは判例法により確立している場合にはそれによるが、そうでない場合には、裁判所が当該事案に即して合理的と判断する方法で算定する。算定方法ないし算定基準は、判決理由中で明らかにすることが望ましい。算定方法が数式で示される場合に、数式の要素の金額が推計的評価方法により決定されることもある。例: 人身事故の場合の逸失利益の額の算定、将来の介護費用等の算定、各種の無形損害(信用の侵害による損害、無体財産権の侵害による損害)の算定 。 なお、合理的な推計方法を見いだすことができない場合は、独立の類型にするのがよいであろう(次のc)。
  3. 合理的な推計方法を見いだすことができない場合  合理的と判断される算定方法を見いだすことができない場合には、算定方法を示すことなく相当な額を認定する(これも248条の適用範囲に含まれる)。

例えば、滅失した動産について、損害賠償請求者がそれを逐一主張しているが、その証明ができない場合は、前記aに該当し、その主張すらも困難であるために、焼失動産を逐一積み上げる方法以外の方法により損害額を算定する場合には(例えば損害保険で慣用されている方法により算定する場合)は、前記bに該当する。

効 果
要件が充足される場合には、「裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」。この場合に、認定する損害額が相当であることについて裁判所は確信を抱く必要があるかという問題を設定することができるが、その必要はないと考えるべきであろう。この点については、次のようなモデルを想定すべきであると考えたい:認定する損害額について裁判所が抱く相当性の度合いを仮に数値化することができるものとすると、それ(y)は損害額(x)に依存する(y=f(x))。裁判所が認定すべき損害額は、yをもっとも高くするxである。すなわち、xを横軸に、yを縦軸にして、グラフにすれば、y=f(x)のグラフは、通常は山形のグラフになろう。その頂点におけるxの額が認定すべき損害額である。もともと、「損害の性質上その額を立証することが極めて困難である」場合であるので、相当性について確信を要求するのは適当でない。

具体例  248条は、次のような場合に適用される([樋口*2004a]に多数の判例が整理されている)。
248条の法的性質
248条の法的性質については次のように見解が分かれている(ただし、各見解の中でも具体的な適用範囲は区々に分かれている。適用範囲についての相違は無視している。詳しくは、[高橋*重点講義・下v2]52頁以下参照)。私見は、立証負担軽減説である。
  1. 証明度軽減説  損害額の算定の基礎となる事実について証明ができない場合に、その証明度を軽減して事実認定を容易にするものである。
  2. 裁量説・法的評価説  損害額の認定は本来的に評価の問題である事を前提にして、評価方法の確立されていない損害について裁量的評価を許容するものである(竹下守夫[竹下ほか*1999a]320頁、[高橋*重点講義・下]55頁)。
  3. 立証負担軽減説  248条は、立証負担の軽減のために設けられた規定であり、同条所定の要件を充足する限り、証明度軽減の事例にも、法的評価の事例にも適用される([樋口*2004a]28頁(立法経緯及び濫用の防止の視点から、248条の新設以前において立証負担の軽減が認められていた事例又はこれに相当する事例に限定して適用を認めるべきであるとする。しかし、この限定を必要なかろう))。

実体法規の解釈の問題と民訴法248条の問題との区分け
前掲の 最判平成23年9月13日は、虚偽記載と相当因果関係のある損害の額を次のように算定すべきであるとした:
 (α)[取得価額と処分価額との差額] −
 (β)[公表時までの下落分のうち本件虚偽記載とは無関係な要因によるもの]
算定方法のこの説示は、民法709条の解釈を説示した部分と見るべきである[69]。この内で、(α)「取得価額と処分価額との差額」は比較的容易であるが、(β)の算定は困難であろう。判旨中の「算定すべき損害の額の立証は極めて困難であることが予想されるが,そのような場合には民訴法248条により相当な損害額を認定すべきである」 は、(β)を念頭においた説示と見るべきである。換言すれば、この段階では、(β)の算定は、民法709条の解釈問題ではなく、民訴法248条の適用問題である。差戻し後の原審が、(β)の部分について不合理な認定をすると、再び上告審において破棄され、その際にどのように推計すべきかが説示される可能性がある。そうなった場合のその説示は、個々の事件を離れて通用する(β)についてのより具体的な説示(民法709条の解釈の一部となる説示)と位置付けることもできるし、個々の事件における民訴法248条の適用に関する説示と位置づけることもできよう。その意味で、(β)の算定に関する問題は、境界線上の問題である。いずれに位置づけるにせよ、民訴法248条の適用の当否も民法709条の解釈適用の当否と同様に民訴法322条の職権調査の対象になることには変わりはないのであるから、その位置付けに神経質になる必要はない。

248条の類推適用
248条は、直接には、損害賠償請求権者の証明の困難の救済規定である。しかし、一定範囲の金額は賠償義務の範囲から除外されると規定されている場合に、賠償義務者がその一定範囲の金額を証明することが困難であるときは、その救済のために類推適用されることがある。
補 論

賠償されるべき損害額は、当事者が主張立証した事実に裁判所が法規を適用して定めるものである。そのような法規の例としてもっともわかりやすいのは、民法710条であるが、民法709条により財産上の損害の賠償を命ずる場合でも基本的には同じである。法の解釈・適用をするのは裁判所の職責であり、弁論主義の対象とならない。事実について当事者間で争いがない場合に、裁判所は原告主張の損害額を全額認定しなければならない、というわけではない。

民訴法248条と同趣旨の規定  民訴248条と同趣旨の規定は、他の法律にも見いだされる。要件に微妙な差異があることに注意すべきである。
損害の額の推定等の規定
  賠償すべき損害の範囲、損害額の算定基準又は損害額の推定に関する規定を置く法令は、多数ある。また、「推定する」と規定されている場合のみならず、損害賠償義務発生要件を定める規定と並べて「・・・の損害の賠償を請求することができる」といった形で規定されている場合に、その規定も推定規定と解されることがある。
推定規定ではないが、次のものも参照に値する。

2.6 直接主義(249条

裁判は、事実に法を適用してなされる。審理は、適用が予想される法規範の定める要件の充足の有無を確認しながら進められる。そこで判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がするものとされた。口頭弁論への関与は、口頭弁論終結時に裁判官と当事者とが裁判の基礎資料を共有していることを意味する。その裁判官が判決内容の確定に関与していればよく、判決書に署名できなくても、また言渡しに関与できなくてもよい。詳細は、すでに審理の基本原則の項で述べたので、それを参照。

2.7 合議体における評議と評決(裁判所法75条以下)

多数意見の形成
合議体で裁判する場合には、過半数の意見をもって合議体の意見とする。合議体の各裁判官は、評議において意見を述べる義務を負う(裁判所法76条)。

口頭弁論の途中での合議
裁判長の訴訟指揮について異議が申し立てられた場合のように、口頭弁論の途中で合議(評議)の必要が生じた場合には、一時休廷を宣言して、法廷の近く(通常は裁判官席の後方)にある合議室で合議を行う。合議は非公開であるが、司法修習生に傍聴を許すことができる。

簡単に合議がまとまる問題については、休廷を宣言することなく法廷で合議することもできる。

判決の内容形成
判決の内容形成にあたっては、最初に結論について評議をするより、結論に至る論理経過にしたがって順に評議をする方が、客観的な意思形成が期待できる。例えば、貸金返還請求については、消費貸借の成立、被告の抗弁(弁済、消滅時効期間の経過、免除など)、原告の再抗弁(時効の中断など)の順で評議を行う。

最終的な意見形成の仕方については、理由合議説と結論合議説とがある。
  1. 理由合議説は、結論にいたる論理過程上の各論点ごとに多数意見を形成し、先行の論点について少数意見となった者も、多数意見を前提にして後行の論点の評決に加わるべきであり、その結果、合議体としての結論が各人の結論の集合の多数意見と異なってもやむ得ないとする見解である([兼子=竹下*裁判法v3]305頁。[伊藤-民訴v4.1]486頁)。
  2. 結論合議説は、各人の結論の多数をもって合議体の意見とすべきであるとする見解である。

このように見解は分かれているが、結論に至る意見形成をどのような方法で行うかも、法律と条理の範囲内で、合議体の評議と評決に委ねられているとみてよいであろう。結論合議説に従った場合には、どのように理由を付しても、理由付けには反対だが結論には賛成するとの意見が多数になる場合がある。この場合には、それでもその結論を取るか否かを決め、その結論を取る場合には、どの裁判官の理由によりその結論を支持するかを決める。

3 判決の成立(250条−254条)


判決は、重要な裁判(判断)である。重要な判断は、信頼される判断でなければならない。信頼されるためには、いったん外部に表明した後では撤回することができないこと(自己拘束力)を前提に、熟慮の末になされなければならない。判決が熟慮に基づいて形成され、正確に外部に表明されることを担保するために、まず判決書を作成し、判決書を朗読する方法で言い渡すことが要求されている。

判決の発効(250条)−自己拘束力
判決は、言渡しにより効力を生ずる(判決として成立する)。判決が判決として成立するためには、必ず言い渡されなければならない(言渡しがなければ、有効な判決として存在しえない)。一旦言い渡した判決は、判決確定前でも撤回できないのが原則である。これを、不可撤回性、あるいは自己拘束力という(ただし、256条257条で例外が定められている)。これと、既判力や執行力といった内容的効力とは、区別しなければならない。後者は、114条民執法22条で規定されており、判決が確定して始めて生ずるのが原則である(ただし、仮執行宣言の制度がある。259条、民執法22条2号参照)。自己拘束力は、判決に特徴的な効力である。

決定・命令の発効   決定や命令は、法廷での言渡しではなく、告知という簡易な方法で申立人あるいは利害関係人に裁判内容を伝えれば足り、告知により形式的効力が生ずる(決定・命令として成立する)のが原則である(例外的に、言渡しが要求されている決定もある。例:民執法69条)。また、内容的効力も、告知の時に効力が生ずるのが原則である(ただし、例外もある。例:引渡命令は確定の時に内容的効力(執行力)が生ずる(民執法83条5項))。決定や命令の多くは民訴法120条の適用を受け、いつでも取り消すことができ、また、個別に取消しが規定されていることもある(例:172条)(これらの規定が適用される範囲で、自己拘束力がないことになる)。即時抗告に服する決定・命令は、120条の適用を受けないのが原則であるが、即時抗告がなされれば原裁判所がそれを更正することができ(333条)、この範囲で自己拘束力はない。即時抗告期間の徒過あるいは即時抗告の却下・棄却により原裁判が確定すれば、特別の規定のない限り、もはや撤回は許されないが、これは不服申立て手段が尽きたこと(確定)の効果である。

判決言渡(251条252条
判決は、口頭弁論終結後2月以内に言い渡さなければならない。ただし、特別の事情がある場合は、この限りでない(251条。訓示規定である)。判決は、その言渡しにより成立し、撤回不能となる。当事者は、この時から上訴を提起することができる。判決の言渡しは、このように重要な効果が結びつけられた行為であるので、判決の言渡しの年月日時刻を、口頭弁論期日調書に記載する[12]。しかし、判決言渡期日に当事者がなすべき訴訟行為は何もないので、言渡しは、当事者が在廷しない場合でもすることができる(251条2項)。

言渡しは、期日を指定して、その期日に言い渡さなければならない。第1回口頭弁論期日に弁論を終結すると共に、その日を判決言渡期日に指定し、当事者に告知し、直ちに判決を言い渡すこともできる([北澤*1999a]366頁以下)。

判決の言渡しは、判決書原本に基づいてする。すなわち、判決の言渡しの前に判決書を作成しておき、言渡期日には裁判長が主文を朗読して言渡しをする。理由の朗読はしなくてもよいが、裁判長は、相当と認めるときは、判決の理由を朗読し、又は口頭でその要領を告げることができる(規155条1項・2項)。ただし、実質的な争いのない事件については、判決書の原本に基づかずに判決を言い渡すことができ(254条)、この場合には裁判長が主文及び理由の要旨を告げてする(規155条3項)。

判決言渡期日への呼出し(94条)と通知(規則156条
判決は裁判所が当事者に言い渡すものであるから、その言渡期日には当事者が出頭するのが本来である。しかし、この期日は、通常の口頭弁論期日とは異なり、次のような特質がある。

そうであれば、判決言渡期日への当事者の呼出しは、常に厳格に行う必要があるとは言えない。(α)口頭弁論終結の期日において言渡期日を告知する等の方法により当事者を呼び出すことを原則としつつ[57]、(β)口頭弁論を経ることなく訴訟判決または本案判決をする場合については、言渡期日への呼出しを不要とすることも可能であり、また、最高裁判例はその立場に立っている。このことを前提にして、規則156条が、期日の呼出しがなされない場合について、補充的に期日の通知をすべきものとしている。

もっとも、この点については上記とは異なる見解もある[22]。整理しておこう(上記の説明は、下記のAの見解に従うものである)。
  1. 判決言渡期日も94条の呼出しの対象になることを前提にしつつ、前述のように一定の場合には呼出しは必要でないとし、その場合について、規則156条ただし書に該当する場合(通知すらも必要のない場合)を除いて、同条本文の通知が補充的になされる([条解*1997a]324頁以下、[注釈*1997b]198頁(須藤典明))。
  2. 判決言渡期日は94条の呼出しが必要な期日には当たらないことを前提にして、規則156条が設けられている([伊藤*民訴4.1]494頁注122)[56]。

Aの見解に立って説明することにしよう。判決言渡期日には当事者のなすべきことはないとはいえ、憲法82条が判決の言渡しを公開の法廷で行うことを要求しており。そこに言う「公開の法廷」は、「当事者に出頭の機会が与えられた公開の法廷」でなければならず、94条において明示的に排除されていない以上、判決言渡期日も94条の呼出しが必要な期日に含まれると解するのが妥当と思われるからである(256条3項も参照)。

)口頭弁論を開いて審理し、口頭弁論終結の期日に言渡期日を告知しなかった場合(「追って指定する」とした場合を含む)には、民訴法94条による呼出し(典型的には、呼出状の送達による呼出し)が必要である。送達の効力の発生時期は一般原則に従う。ただし、変更判決の言渡しのための呼出しについては特則があり、公示送達による場合を除き、送達をすべき場所にあてて呼出状を発した時に、呼出状の送達があったものとみなされる(256条3項)。

)次の場合には、判決言渡期日への呼出しは、既になされており(1の場合)、なされているとみなされ(2の場合)、あるいは必要ないと解されている(3・4の場合。判決内容の形成のための期日が開かれておらないのであるから、その判決の言渡期日に当事者を呼び出す必要性は乏しい[81])。しかも、規則156条ただし書により、言渡期日の通知も必要ない。
  1. 弁論終結の期日に言渡期日を告知した場合には、弁論終結の期日に出頭していた当事者については、この告知が呼出しになる(法96条1項)。
  2. さらに、告知の効力は、122条251条2項により、期日に出頭しなかった当事者にも及ぶから、この者への期日の呼出しも必要ない[62]。不出頭当事者は、現実には言渡期日を知らないままとなるので、補充的に、規則156条の通知が必要のようにも思えるが、弁論終結期日への呼出しを適法に受けながらその期日に出頭しなかった者はその不利益を甘受すべきであるとの立場にたって、規則156条ただし書の適用は不出頭当事者に及び、この者にも通知は必要ない([条解*1997a]326頁注3)[21]。
  3. 不適法な訴えを口頭弁論を経ずに判決により却下する場合。原告には判決の送達により上訴の機会が与えられるのであるから、不適法な訴えを迅速に処理して裁判資源の浪費を防止することを優先させてよいとの考慮に基づき、期日の呼出しも通知も必要ないとされている。
  4. これと同様な状況であると評価できる次の場合([条解*1997a]326頁注4)。
    • 口頭弁論を経ずに控訴・異議を判決で却下する場合(140条290条359条
    • 不適法な訴えを140条により却下した判決に対する控訴を口頭弁論を経ずに棄却する場合
    • この控訴審判決に対する上告を口頭弁論を経ずに棄却する場合。

)次の場合には、94条の呼出しは必要でないが、規則156条ただし書に該当しないので、通知がなされる。

なお、不適法な上告の却下は決定でなされるので(316条・317条1項)、これについては期日の呼出しは問題にならない。上告を決定で棄却する場合(317条2項)も同様である。

通知は、あらかじめ(つまり、相当な期間をおいて)相当な方法でなすことが必要である(規156条4条1項。4条5項により、通知を受けるべき者が所在不明の場合は省略できることにも注意)。規156条は訓示規定であり、通知を怠っても、そのことにより判決言渡しが違法となるわけではない([条解*1997a]325頁)。

判決書(253条
判決書には、253条1項所定の事項を記載する。順番は、裁判官により異なるが、例としてあげれば、次のようになる。
  1. 「判決」という見出し  手形訴訟・小切手訴訟にあっては「手形判決」・「小切手判決」(規則216条221条)、少額訴訟にあっては「少額訴訟判決」(規則229条)、その異議訴訟にあっては「少額異議判決」(規則231条)と表示する[48]。
  2. 当事者・法定代理人(名称・住所)(5号)
  3. 主文(1号)
  4. 事実及び理由(2号・3号)  事実と理由を別の大見出しの下に書くこともあるが、第一審判決では、このように一つの大見出しの下にまとめて、この中で「請求」「事案の概要」「争点及びこれに関する当事者の主張」「当裁判所の判断」といった小項目に分けて書いている判決書がよく見られる[29]。
  5. 口頭弁論終結の日(4号)  事実審の判決については、既判力の標準時として重要である。もちろん、口頭弁論が開かれなければ、記載の必要はない。これと判決言渡期日とを比較することにより、251条が遵守されているかを判断することもできる。最近の知的財産事件の判決の言渡しは、かなり早い。ほとんどが、口頭弁論終結から2月以内になされている。
  6. 裁判所(6号)  官署としての裁判所名・部・裁判官の署名・押印(規157条1項)[13]。

判決書の作成は、かなりの事務作業である。負担を軽減して、裁判資源を有効に活用するために、事実の記載にあたっては、請求を明らかにし、主文が正当であることを示すのに必要な当事者の主張を摘示しなければならないが、また、それで足りるとされた(253条2項)。例えば、損害賠償請求訴訟において、賠償責任がないことを理由に請求を棄却する場合に、損害に関する事実は、請求の特定に必要な範囲で記載すれば足り、損害額の算定の基礎となる事実についての主張まで記載しなくてもよい[82]。しかし、それを記載することは許されるし、また記載している判決書も少なくない[1]。

調書判決(254条
判決は、判決書の原本に基づいて言い渡すのが原則であるが、次の場合に原告の請求が認容されるときは、控訴が提起される見込みは極めて少なく、また、判決の内容も原告の訴状等の記載内容に基づく定型的なものとなるので、判決書の原本に基づかずにすることができる(254条。実例として、大阪地方裁判所 平成12年9月14日 第21民事部 判決(平成12年(ワ)第6722号)がある。[最高裁*1997b]29頁以下も参照)。

この場合の必要的記載事項は、(α)当事者及び法定代理人、(β)主文、(γ)請求並びに理由の要旨である(254条2項)。(α)と(γ)は訴状に記載されており、その引用で足りる(訴状そのものを引用(著作権法の視点から言えば、参照指示)してもよいし、訴状の標題をとるなどの加工をしたものを調書ないし別紙に複製してもよい。規則69条)。(β)は、通常、訴状の請求の趣旨に記載されている判決内容(原告が求める判決内容)である。

4 その他−判決の送達・裁判の脱漏(255条・258条)


4.1 判決書等の送達(255条

4.2 裁判の脱漏(258条

4.3 判決のまとめ

判決は、さまざまな視点から分類することができる。

目次文献略語
1999年12月23日−2018年8月5日