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民事訴訟法講義 訴え1/2 関西大学法学部教授 栗田 隆 |
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訴えるということは、「訴状」という標題を付した書面に133条2項所定の次の事項ならびにその他の事項を記載して、その書面を裁判所に提出することである(133条1項)。
この訴状の提出は、次のことを意味する。(α)Xが1998年5月5日にYと消費貸借契約(民587条)を締結して300万円を貸し渡したことにより300万円の支払請求権を有していることを主張して(請求の趣旨と原因によりこの主張がなされる)、(β)その権利の保護のために「被告は原告に金300万円を支払え」との判決を求める(請求の趣旨によりこの申立てがなされる)。 |
請求の語は、さらに、「原告の権利主張」+「その権利の保護に適した一定内容の判決の要求」の意味でも使われる。この意味での請求を広義の請求という。
請求の趣旨と原因
原告は、訴状において、保護を求める権利関係とその権利関係の保護のために原告が求める判決内容を明らかにしなければならない。それは、訴状の必要的記載事項である「請求の趣旨」と「請求の原因」で明らかにされる。
請求の趣旨は、特定内容の判決を求める旨の裁判所に対する原告の要求である。例えば、「被告は原告に金300万円を支払え、との判決を求める」と書く。金銭債権はさまざまな形で発生し、何時いかなる理由で発生した金銭債権であるかが明らかにされないと、審理・裁判の対象が明確にならない。そこで、当該債権の発生原因事実の記載が必要となる。このように、請求の趣旨だけでは請求を特定できない場合に、請求を特定するのに必要な事実を請求の原因という(規53条1項参照)[20]。例:
他方、「吹田市山手町99丁目99番地の土地について原告の所有権を確認する、との判決を求める」という訴えの場合には、この請求の趣旨だけで審理・裁判の対象となる法律関係(原告の目的物に対する所有権)が特定される。そのような場合には、請求原因の記載は必要ない。原告は、請求を根拠付けるために、所有権を取得した経緯を主張しなければならず、それも訴状に記載するのが通常であるが、所有権取得の経緯は訴訟物の特定要素にはならない。従って、例えば、原告Xが被告Yから購入したという事実を主張して敗訴した後で、その訴訟の口頭弁論終結前に時効により取得していたと主張して再度所有権確認の訴を提起しても、前訴判決の既判力(前訴の口頭弁論終結時においてXが所有者でないとの判断の拘束力)が及ぶ。
狭義の請求(権利関係の主張)は、原告のみならず、被告も、裁判所も、そして後の訴訟の裁判所も識別できるように、主張されている権利関係を特定してしなければならない。例(貸金債権について):
ここで、訴状の必要的記載事項としての請求(請求の趣旨+請求の原因)(133条2項)は、広義の請求であることに注意して欲しい。そこには、2つのものが込められている。一つは、請求の趣旨に表現された通りの判決要求であり、他の一つは、この判決要求を理由付ける権利主張である。
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「請求」には、2つの意味がある[4]。
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上記の2つが請求の基本的な意味であるが、実体法上の請求権の意味で使われることもある[52]。民事訴訟法の各条文における「請求」がどの意味であるかは、個別に検討する必要があるが、基本的な意味が上記の2つであることを前提にして、伝統的に、訴訟法の理論が組み立てられていることに変わりはない。
なぜ狭義の請求を観念するのか
判決は、訴え(判決要求)に対する応答であるのに、なぜ権利主張たる狭義の請求を観念するのか。
この疑問は、判決の内容的効力の中核をなす既判力との関係を考えるとわかりやすい。既判力が生ずるのは、法律関係の存否ないしその主張の当否についての裁判所の判断である。判決要求に対する判断そのものではない(「原告の主張する請求権は認められない」との判断であり、「原告の判決要求には応じられない」との判断ではない)。したがって、審理裁判の対象としての請求を法律関係の主張と構成する必要が出てくるのである。
(1)申立て
これは、裁判所あるいは裁判官(裁判長や受命裁判官など)に一定の行為(裁判、証拠調べ等)を要求する行為である。条件付申立ては、手続を不安定にするので、原則として許されない。ただし、条件を付す必要があり、かつ、手続が不安定にならなければ、許される。申立ての取扱いは、申立権の有無により、次のように2分される。
申立権のある申立てについては、裁判所は、申立てを評価してそれに応じた裁判をする。
申立ては、「意思表示」であるといわれることがある。しかし、意思表示は、それを要素とする法律行為が有効であれば、表示された意思(効果意思)に応じた法律効果が発生するという点に特徴がある。他方、申立ての効果は、申立人に申立権があれば裁判所がそれに応答する義務を負うことである。申立人は一定の行為(例えば請求認容判決)を求めているのに、裁判所に生ずる義務(法律効果)は、その行為をすることではなく、上記のような形で申立てに応答することである。申立人の意思内容と、発生する法律効果(裁判所に生ずる義務)との間にずれがあるから、申立てを意思表示というのは、誤解を招きやすい。この場合の「意思表示」は、広義の意思表示であり、精確に言えば「意思の通知」である[6]。申立ては、通常、理由付けを伴う。理由付けは、通常、法律関係や事実関係についての申立人の観念(認識)を裁判所に通知するという形でなされ、それを主張という。
申立ての一種としての訴え 訴えも申立ての一種である。それは、請求の趣旨に示された内容の判決(勝訴判決)を求める申立てである。「訴え」と広義の「請求」との関係は、次のように言うことができる:訴えは、原告の請求(判決要求[14]と権利主張)を裁判所に通知する外形的行為であり、請求は、訴えにより通知される内容である[1]。狭義の請求は、次に述べる主張の一種であるが、これも広義の請求の構成要素の一つとして、訴えにより裁判所に通知される。なお、この講義でも、民事訴訟制度の目的の一つとして紛争解決を挙げていることとの関係で、訴えを「紛争解決要求」ということがあるが、丁寧に言えば、「紛争を自己の望む形で解決してくれとの要求」である。
訴えについての評価は、次のように区分される。
(2)主張
これは、申立てを基礎づける(理由づける)資料を裁判所に提出する行為(観念の通知)である。法律上の主張(陳述)と事実上の主張(陳述)に区別される。
主張については、次の評価がなされる。
原告の主張も被告の主張も、直接には裁判所に向けられている。各当事者は相手方の主張を知る機会を与えられているが、だからといって「主張は裁判所ではなく相手方当事者に向けられた行為である」と理解することは、適当ではない。裁判所に向けられなければ、裁判所はそれを斟酌できず、主張をなした目的を達することができないからである[7]。請求の認諾は、原告が裁判所に向けてなした権利主張(狭義の請求)を知らされた被告が、その主張が正当である旨を裁判所に陳述することである。
次の事項については、いくつかの教科書でこの講義とは異なる説明がなされている。どの説明を採用するかで具体的な結論に差異が生ずるわけではないから、学生諸君は、自分が理解しやすい説明を採用すればよい。ただ、基本的な事項であるので、教科書によって異なる説明に混乱しないようにして欲しい。
| 事項 | 別の説明 | この講義の説明 |
|---|---|---|
| 狭義の請求 | 請求(権利主張)は、裁判所に向けられたものではなく、被告に向けられたものである[5]。だからこそ、被告がこれを認諾できるのである(もし裁判所に向けられているのであれば、被告が認諾する余地はない)。 | 狭義の請求は、訴えの提起により裁判所に通知される権利主張である。請求の認諾は、原告が裁判所に向けてなした権利主張(狭義の請求)が正当である旨を被告が裁判所に陳述することである。 |
| 訴え | 訴えは、「請求の当否について、裁判所へ審理判決を要求する訴訟行為」あるいは「請求についての本案判決の要求」である[2] | 訴えは、請求の趣旨に示された判決を求める申立てである。訴えが適法であれば裁判所は本案判決をなす義務を負う。 |
なお、狭義の請求が裁判所に向けられているのか、それとも被告に向けられているのかの問題は、「向けられている」という語の定義の問題でもある。下記の命題における「向ける」の意味の違いを読みとっていただきたい。
いずれの命題も正当であるから、狭義の請求は裁判所にも被告にも向けられていると説明することもできる。ただ、「向ける」の意味を必要最小限にするために、いずれの命題を重視すべきかと問われれば、Aの命題を重視すべきである。また、あえて図式的に言えば、裁判所と両当事者との関係は、次の2つのうちの最初のものとして把握されるべきである。
(a)「訴状」という標題
(b)訴え提起の手数料の納付 訴えの提起は、国民の税負担において運営される裁判制度の利用である。裁判制度を利用する者とそうでない者との負担の調整のために、手数料の納付義務が課せられている[23]。手数料は、訴訟物の価額を基にして、民訴費用法別表第1第1項により算出される額である(民訴費用法3条1項)。納付の方法には、印紙納付と現金納付とがある。(α)手数料は、これに相当する額の収入印紙を訴状に貼付(ちょうふ)する方法により納付するのが原則である(民訴費用法8条本文)。 (β)しかし、この方法では、手数料額が大きい場合には、多数の収入印紙を貼付することになり、不便であるので、平成15年の改正により、手数料額が100万円を越える場合には、現金で納付することが(やっと)認められるようになった(民訴費用法8条ただし書、民訴費用規則4条の2)。後者の場合には、日本銀行(本 店、支店、代理店又は歳入代理店)に納付するとともに、当該手数料の納付を証明する領収証書を裁判所に提出する(民訴費用規則4条の2第2項)。
(c)訴状の作成日付(規則2条1項4号)
(d)訴状の提出先である裁判所の表示(規則2条1項5号) 縦書の時代には末尾に記載するのが通例であったが、横書の時代となった現在では、この位置に記載するのがよいであろう。
(e)訴状作成者である原告またはその代理人の記名・押印(規則2条1項柱書。署名でなくてもよいことに注意) 氏名の前に原告あるいは原告訴訟代理人弁護士といった肩書を付す。
(f)当事者に関する事項
訴状の当事者欄の記載だけでは当事者の特定に不安がある場合には、さらに請求の原因欄で当事者の特性を記述する。例えば、法人については、設立年月日や主たる営業項目。個人については、生年月日や経歴。こうした記述は、請求を理由付けるための資料や事件の背景を明らかにするための資料ともなる。ただし、個人の特性を必要以上に記載することは、プライバシー保護の点から好ましいことではない。
(g)事件の表示(規則2条1項2号) 事件の内容を表すのに適当な名前を原告(訴状作成者)が付ける。例:貸金請求事件;所有権確認請求事件;請求異議事件。
(h)訴訟物の価額
(i)貼用印紙額
(j)請求の趣旨 請求の趣旨の中核は、原告が求める判決内容である。例えば、「被告は原告に金300万円を支払え、との判決を求める」と書く[40]。
(k)請求の原因 この項目名の下に、「請求を特定するのに必要な事実」(規則53条。法133条2項2号の意味での狭義の「請求の原因」)および「請求を理由づける事実」を記載する。この二つをまとめて、広義の「請求の原因」という。「請求を理由づける事実」は、「請求を特定するのに必要な事実」を含むので、両者を分離して書く必要はない。「請求を理由づける事実」は、可能な限り、いつ・どこで・誰が・何をしたという形で具体的に書く(規53条1項。正確な日時の特定は困難あるいは不安を伴うので、しばしば「頃」が併用される。時刻や日を特定できない場合には、その省略もやむ得ない)。例えば、貸金返還請求事件では、貸付の年月日・金額・被告が返還を約束したこと・履行期・利息の約定があればその利率等を書く。事故による損害賠償請求では、何年何月何日何時頃にどのような事故が起き、その事故の発生について被告にどのような過失あるいは故意があったのか、被告の行為が原因となって原告にどのような損害が生じたのかを具体的に書く。所有権確認請求にあっては、目的物の所有権をいつ・誰から・どのような原因(売買や相続など)で取得したのかなどを具体的に書く。請求を理由づける事実についての主張と当該事実に関連する事実についての主張とは、区別して書くべきである(規53条2項。具体例につき[最高裁*1997b]39頁以下参照 )。まだ確立されていない権利を主張する場合には、その事実関係のもとでその権利が認められるべき旨の主張(法律論)も書く。なお、簡易裁判所では、「紛争の要点」を明らかにすれば足りる(272条)。
訴訟物が何であるかは、「請求の趣旨」および「請求の原因」の項目の記載によって原告が何を訴訟物にしたかの解釈問題である。訴訟物論争は、一面において、その解釈の基準の定立の問題である。原告は、何が訴訟物になっているのかを裁判所と被告が読み取ることができるように書かなければならない。
(l)証拠方法の表示(リストアップ)
(m)付属書類の表示(規則2条1項3号) 証拠となる文書の写しや訴訟委任状、資格証明書などの一覧表示(文書の題名のリストアップ)
訴状の付属書類
原告は、訴状とともに次の書類を裁判所に提出する(必要に応じて提出する)。
横書
訴状及び判決は、平成12年末までは、明治以来の伝統に従い、B5版(またはB4版二折り)の紙に縦書で作成されていた。しかし、国際交流の進展は、裁判実務にもA4判横書化を迫るようになった。裁判所が作成する文書は、平成13年1月1日からは、この規格に従うことになった。それとともに、裁判所を利用する国民に対しても、これに協力することが裁判所から要望されている(簡易裁判所に提出する訴状については、裁判所のサイトにサンプルが掲示されている)。なお、訴状の実例については、縦書時代のものであるが、[最高裁*1997b]が有益である。
被告の特定のための証拠調べ
例えば、インターネット上の掲示板への書込や電子メイルによる名誉毀損の場合には、加害者を特定することが困難である。振り込み詐欺にあっては、振込先の預金口座は被害者に明らかになっても、その預金口座を開設した者を氏名・住所は被害者にはわからない。このような場合に、被害者が訴えを提起するにあたって、関係する電気通信事業者や金融機関に対して情報提供を求めることになる。そのための方法として、弁護士法23条の2の照会制度を利用することもできるが、直接的な強制方法がなく、これだけでは不十分である。このような場合には、氏名不詳のまま訴えを提起することを許し、起訴後においては、第2編第4章(証拠)に規定されている証拠調べの方法を利用することができるとすべきであろう。もちろん、第4章の規定は、本来は訴訟係属後の審理のための規定であるが、それは、民事執行手続や破産手続にも準用される規定である。そうであるとすれば、訴え提起後・訴訟係属前の段階も、4章の規定が類推適用される一つの手続段階とみてよい。被告を特定するために、第三者に対して調査の嘱託のみならず、文書提出命令や証人尋問を行うことができると解すべきである(調査の嘱託の例は、大阪地方裁判所 平成18年2月22日
第2民事部 判決(平成15年(ワ)第4290号)に見られる)。第三者は、民事裁判への協力義務として、この段階での証拠調べに協力する義務を負う。
併合の態様には、次の3つがある。詳しいことは、複雑訴訟形態のところで説明するが、訴訟物論の理解の前提知識として理解しておいてほしい。
| 訴訟類型と 訴えの名称 |
原告の求める判決類型の名称と 判決主文の例 |
判決の内容的効力 |
|---|---|---|
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確認訴訟 確認の訴え |
確認判決(一定の法律関係の存否を確認する判決)。 「別紙目録記載の土地につき、原告の所有権を確認する」(積極的確認判決)。 「被告が別紙目録記載の不動産について地上権を有しないことを確認する」(消極的確認判決)。 |
請求棄却判決は、原告主張の権利関係がないことを確定する。請求認容判決は、原告主張の権利関係があることを確定する。 認容判決・棄却判決のいずれにも、既判力がある。執行力や形成力はない。 |
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給付訴訟 給付の訴え |
給付判決(被告に一定の給付を命ずる判決)。 「被告は原告に金100万円を支払え」。 |
請求棄却判決は、既判力(請求権の不存在を確定する効力)のみを有する確認判決である。 請求認容判決は、給付判決と呼ばれ、次の効力がある。
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形成訴訟 形成の訴え |
形成判決(法律関係の変動を宣言する判決)。 「原告と被告とを離婚する」。 |
請求棄却判決は、既判力(法律関係の形成を求める地位が存在しないことを確定する効力)のみを有する確認判決である。 請求認容判決は、形成判決と呼ばれ、次の効力を有する。
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各訴訟類型についての説明は、訴えの利益の問題との結び付きが強いので、訴えの利益の箇所で述べる。
判決主文の文言形式(給付判決と確認判決)
給付判決は、「被告は、・・・せよ」という命令形で書かれるのが通常である。最高裁判所
昭和32年2月28日 第1小法廷 判決(昭和29年(オ)第444号)民集11巻2号374頁は、これと異なる珍しい例であり、「被告は原告に金・・円を支払わなければならない」という形式をとっている。その背後には、裁判所が国民に命令をしてよいのかという基本的な問題がある(被告が義務を履行しなければ義務は強制執行により強制的に実現されるが、執行の前提として国家が被告に行為を命令している必要はなく、被告が即時になすべき義務が明確にされていれば足りる。和解調書や調停調書では、命令文の形式は使用できず、「・・するものとする」といった形式になる)。確認判決は、「・・・であることを確認する」という形式で書かれる。日本法では、給付判決と確認判決とは、こうした文言形式の違いにより明確に区別されている。
裁判所は、当事者の求めに応じて紛争を解決しあるいは権利保護を与えるのであり、審判対象の決定権は当事者にある(処分権主義)。裁判所は、当事者が求めた範囲でのみ主文で判断し(すなわち、判決し)(246条)、かつ、主文に包含される判断のみが既判力を有するのが原則である(114条1項。例外として2項がある)。したがって、次の図式が成立し、訴訟物概念が重要となる。
訴訟物が関係する主要な問題を列挙しておこう[50]。使われているキーワードは条文ごとに異なるが、142条の「事件」を除けば、いずれの概念もその範囲は訴訟物により画される。また、多くのものは、訴訟物と同義であると理解されている。
| 問題 | キーワード |
|---|---|
| 判決事項(246条) | (当事者が申し立てた)事項 |
| 既判力の客観的範囲(114条) | 主文に包含するもの |
| 請求の併合(136条) | 請求 |
| 重複起訴の禁止(142条) | 事件 |
| 訴えの変更(143条) | 請求 |
| 再訴の禁止(262条2項) | 訴え |
| 仮執行宣言付き判決の変更と原状回復(260条2項) | 請求(259条1項) |
ただし、訴訟物の概念を上記の全ての問題について共通に統一的に定める必要があるか、あるいは、訴訟物概念を決定的基準にして上記の問題の全てを解決するのがよいかは、問題である。むしろ、各問題ごとに他の要素、特に各規定の立法趣旨を考慮して問題を解決すべきであり、訴訟物概念に過大な役割を与えるのは適当でない[10](このことは、特に、重複起訴の禁止や仮執行宣言付き判決の変更に伴う原状回復についてあてはまる)。
訴訟物概念の多義性
訴訟物の語も、実のところ、多義的である。もともとの語義は、「訴訟の対象」である。そこから、「審理裁判の対象」の意味が出てくる。これをどのようにとらえるかについて、次の3つの理解がある[42][48]。
訴訟物は、およそ上記の3つの意味で使われるが、日本では、B又はCの意味で使われることが多い。
訴訟物は、基本的な概念ではあるが、法律の規定にはない講学上の概念である。その意味について神経質になる必要はない。どの説が正当かと問うのは、あまり意味がない。訴訟物が何であるのかは、結局のところ、訴訟物という語の定義の問題だからである。裁判所は、最終的には判決要求に応答するのであるから、判決要求が正当であるか否かが最終的な審理裁判の対象である。しかし、そのためには、判決要求を正当化する権利主張の当否を審理判断しなければならないから、これも審理裁判の対象である。権利主張の当否を判断するためには、主張され権利の存否を判断しなければならないから、これも審理裁判の対象ということができる。このように考えると、いずれを訴訟物と定義しても差し支えないことになる。「どの考えをとることが体系的に最も美しいか」と言う視点から見ても、大差はないであろう。
ただ、自由心証主義を定める247条の規定からは、民事訴訟法が「当事者の事実に関する主張の真否」を裁判所の直接の判断対象としていることが窺える。これを訴訟物に延長すれば、裁判所の直接の判断対象は、「権利関係についての主張の当否」であって、「主張された権利関係の存否」ではないことになろう。247条が「主張された事実の存否」ではなく、「事実についての主張の真否」を判断対象とした理由にまで立ち入ることはできないが[51]、ともあれ、この講義では、「訴えをもってなされている権利関係の主張」(狭義の請求)を訴訟物と考えておくことにする。
重要なのは、訴訟物の語が個々の文脈で、どの意味でつかわれているかを読みとることがである。この講義では、主として2番目の意味で使うことにする。しかし、「訴訟物たる権利関係」という場合のように、Cの意味でつかうこともある。これは、権利主張説では、「訴訟物の内容たる権利関係」あるいは「訴訟物たる請求において主張されている権利関係」(同じことであるが「訴えをもって主張されている権利関係」)と表現すべきものである(長すぎるので「訴訟物たる法律関係」と縮める)[43]。
いくつか例を挙げて説明しておこう。
(a)ある不動産を巡ってXとYとが互いに所有権を主張し、互いに自己の所有権の確認を求める訴えを提起したとする。それぞれが提起する訴訟における訴訟物は、
この(c)の場合に、Yの提訴後にXが別訴を提起することは重複起訴に該当し、142条により許されないとの結論は、いずれの説によっても変わらない。説明が若干異なるだけである。権利説では、訴訟物が同一であるから重複起訴に該当する。権利主張説では、訴訟物は異なるが、同一当事者間で存否が争われている権利が同一であるから同一事件にあたり、重複起訴に該当する。
請求が特定されない場合には、不適法な訴えとして却下される。例:
他方、請求が特定されているとされた事例として、次の礼がある。
もっとも、形式的形成訴訟においては、原告は、どのような判決を求めるかを明確に述べる必要はない。例えば、共有物分割訴訟(民法258条)においては、分割の対象となる共有物と分割割合(持分)を特定することは必要であるが、分割方法の特定までは必要ない。原告によって分割方法が特定されていなくても、審理裁判の対象が何であるかは明らかであり、裁判所は、「適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、当該共有物の性質や共有状態の実状に合った妥当な」分割方法を定める(最高裁判所平成8年10月31日第1小法廷判決(平成7年(オ)第1962号)・判例時報1592号55頁)。原告がある分割方法を主張しても、裁判所はそれに拘束されない。裁判所は、当事者の希望として尊重するにとどまる。もし原告の主張に拘束されるとすると、裁判所がそれを適当でないと判断する場合には、請求が棄却され、紛争が解決されないままとなるからである。同様なことが、父を定める訴え(民法773条)や筆界確定訴訟について妥当する。
(A)実体法説(旧訴訟物理論)
(a)意義 「実体法上の権利主張=訴訟物」との命題を立て、「一つの実体法規範の要件の充足=一つの実体権の発生」と考える立場。古くからある伝統的な見解で、判例は現在でもこの立場にある。例えば、最判平成10.12.17(平成6年(オ)第857号)は、金員の着服を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求とその金員の不当利得返還請求とは別個の訴訟物であることを前提にして[36]、前者の訴えは、後者の請求権について時効中断事由としての裁判上の催告の効力を有するとした。
(b)請求権競合と法条競合 例えば、バスの転落事故により乗客が負傷した場合に、バス会社と乗客との間の運送契約に基づき、バス会社は乗客を目的地に安全に運ぶ債務を負っており、その不履行による損害賠償請求権が発生すると共に、運送契約の有無にかかわらず不法行為による損害賠償請求権も発生する。このうちの一方の請求権により損害の回復が得られると、他方の請求権も消滅する。このように、同一の目的に向けて複数の請求権が存在し、一つの請求権が満足を受けて消滅すると、他の請求権も消滅する関係にあることを請求権競合と言う[33]。請求権競合の場合には、権利者は、1回の給付を受けることができるだけである。請求権競合のその他の例:
これに対し、一つの生活事実関係に複数の法規範の適用の余地があるが、法規範相互の関係によりその内の一つのみの適用が肯定される場合を法条競合という[19]。例えば、自動車損害賠償法3条と民法715条1項のいずれもが適用可能な場合には、前者が優先的に適用される(反対の見解もある)[28]。
法条競合の典型例は、一般規範(例えば民法709条以下)と特別規範の関係にある複数の規範の競合であるが、原告が一般規範に基づく請求権を主張して訴えを提起している場合に、そのことが被告にとって特に不利でないときに、一般規範に基づく請求権は認められないとすることが妥当かと言えば、疑問である。他方、被告の利益保護のために特別規範が設けられていて、その特別規範の要件が充足される場合に、一般規範に基づく請求権を認めるわけにはいかない。したがって、同一の事件に適用されうる複数の規範が法条競合にあるか否かの問題は、基本的にを実体法の問題であるが、ただ、訴訟において意味のある意味のある法上競合は、特別規範が義務者の利益保護のために一般規範とは異なる要件又は法律効果が定められている場合であろう。その点からすれば、自動車事故に関しては、民法709条・民法715条(一般規範)と自動車損害賠償法3条(特別規範)とが法条競合の関係にあり、後者の要件が充足される場合には前者の適用はないとされているが、この場合には、特別規範は被害者の利益を保護するために設けられた規範であり、被害者があえて一般規範の適用を求めている場合には、一般規範の適用を肯定すべきであろう。そのような法条競合を弱い法条競合とよび、義務者の利益のために設けられた特別規範のみが適用されるべき場合の法条競合とよび、両者を区別すべきである(後者にあっては、特別規範の中に見られる一般規範の適用を排除する要件が重要である)。後者の例として、民法703条・704条とその特則である民法189条・190条をあげることができる。
(c)請求権競合の関係にある請求の選択的併合 原告は、各請求権を順次主張して別個に訴えを提起することもできるが、1回の訴訟で全部の請求権を主張する方が、紛争全体の迅速な解決となり、好ましい。この場合に、競合する請求権の主張をそのまま並列的に訴訟物とすると、裁判所は、同一の給付を命ずる主文を複数掲げることになり、あたかも複数回の給付を命ずるかのような外観が生じ、混乱を生じやすい。そこで、一つの請求権を内容とする請求が認容されれば他の請求権を内容とする請求については審判を求めないという解除条件を付す。このような解除条件を付して複数の請求を主張することを、選択的併合という。旧訴訟物理論では、請求権競合の関係にある複数の請求権を同時に主張する場合には、それらを選択的に併合すべきものとされている。
(d)不両立の関係にある請求の予備的併合 ところで、消費貸借契約に基づく貸金返還請求権と、消費貸借契約が無効と判断される場合に備えて主張する不当利得返還請求権とは、債権者が債務者に貸付けの意図をもって金銭を渡したという事実関係から生ずる請求権であるが、不両立の関係にあり、請求権競合の関係にはない。不両立の関係にある請求については、各請求間に順位を付して訴えを提起する(予備的併合)。[46]
(e)判決事項と既判力の範囲 裁判所は、訴訟物となった実体法上の請求権についてのみ裁判できる(246条)。請求が棄却された場合には、当該請求権の不存在についてのみ既判力が生じ、原告は他の請求権を主張して再度訴えを提起することができる。例えば、バスの転落事故の例で、訴状において不法行為による1000万円の損害賠償請求権のみが主張されている場合に、裁判所が短期消滅時効の完成(民法724条)を理由にこの請求権を否定して、代わりに、債務不履行による損害賠償請求権を肯定して1000万円の支払を命ずる判決を下すことはできない。裁判所は、請求棄却判決を下さなければならない。この判決は不法行為による損害賠償請求権の不存在についてのみ既判力を有するので、原告が債務不履行を理由に再度訴えを提起すれば、認容される可能性がある。しかし、これでは紛争が細切れに解決されることになり、相手方および裁判所の負担が重くなる。そこで、紛争の一回的解決を標榜して、後述の訴訟法説が主張された。
(f)信義則 − 紛争の蒸返しの禁止の法理 最高裁判例が採用している実体法説に対しては、紛争の細切れ的解決を招くとの批判が加えられていた。しかし、最高裁が、例えば債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟で敗訴した者が不法行為による損害賠償請求権を主張して再度訴えを提起して勝訴する可能性を一般的に認めているのかといえば、そうでもない。訴訟物論争を経た後のことではあるが、最高裁は、訴訟物を異にする場合であっても、後訴が実質的には、敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸返しに当たる場合には、後訴の提起は信義則に反して許されないとの法理を定立した(例えば、最高裁判所平成10年6月12日第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号)参照。下級審の印象的な事例として、折尾簡易裁判所 平成14年11月21日 判決(平成14年(ハ)第118号)がある)。
この法理が妥当する範囲では、実体法説による紛争解決の実効的範囲は、次に述べる訴訟法説とほとんど変わらない。違いは、原告の訴えを排斥する場合の判決形式の差異とこれに伴う若干の差異に過ぎなくなる。そして、上記の法理を攻撃防御方法の提出の段階においても認めるならば、その差異さえも消滅させることができよう。もっとも、140条の適用の可能性の有無などの差異は残ろう。
(B)訴訟法説(新訴訟物理論)
(a)意義 この説は、訴訟制度の目的として紛争の一回的解決(一つの紛争を一回の訴訟で解決すること)を強調し、この目的の実現のために訴訟物を大きな単位で捉えようする。すなわち、請求権と訴訟物との関係を切断し、審判対象としての請求は実体法によって承認されている利益の主張であり、1回の給付を求めることができるときにはその法的地位ないし受給権の主張が1個の包括的な訴訟物になると主張する。この説では、実体法上の請求権は、訴訟物たる法的地位ないし受給権を根拠付ける法的観点として扱われ、それ自体は訴訟物とはならない。
(b)不両立の関係にある請求 訴訟法説による包括的訴訟物は、請求権競合の場合に特に重要であるが、それに限られない。旧訴訟物理論では予備的に併合される複数の請求権も、請求の趣旨が同一である限り、1回の給付を正当化するだけであるので、単一の法的地位ないし受給権に包括される。例えば、消費貸借契約の有効を前提とする貸金返還請求権とその無効を前提とする不当利得返還請求権がそうである。他方、請求の趣旨が異なる場合には、訴訟物は別個と考えざるをえない。例えば、売主が売買契約の有効を前提にして代金の支払を求め、契約が無効と判断される場合にそなえて、売り渡した物の返還を求める場合がそうである。
(c)判決事項と既判力の範囲 バスの転落事故により負傷した乗客である原告が不法行為による損害賠償請求権を主張して1000万円の支払請求の訴えを提起したが、この請求権は、短期消滅時効(民法724条)が完成していて、被告の時効の援用により否定されるとしよう。この場合でも、(α)当事者の弁論ならびに証拠調べの結果から運送契約の成立が認められ、債務不履行による損害賠償請求権を肯定できる場合には、訴えの変更(143条)がなされなくても、裁判所は1000万円の支払を命ずる判決を下すことができる。他方、(β)原告が運送契約の成立を主張しないため債務不履行による損害賠償請求権も認めることができない場合には、請求棄却判決を下すことになる。この判決が確定すると、転落事故によって生じた損害の賠償を求める法的地位の不存在が既判力をもって確定される。原告が債務不履行による損害賠償請求権を主張して再度訴えを提起しても、前訴判決の既判力によりその請求は棄却される。
債権者が手形債権と原因債権の双方を有する場合については、(α)原因債権と切り離して手形債権が譲渡されるのが一般であること、(β)手形振出人など手形義務者は、前の所持人との関係で主張することができた抗弁(例えば、約束手形の受取人に対して主張することができた原因債権の不存在)を現在の所持人に対して主張することができないとしていること(人的抗弁の制限。手形17条)、(γ)手形債権のために手形訴訟という略式手続が用意されていることとの関係で、両者を別個の訴訟物と見るべきか否かについて見解が分かれているが、単一説が妥当であろう。
(C)新実体法説
訴訟法説が伝統的な実体法上の請求権概念を変更せずに訴訟物の単位を大きくしたのに対し、新実体法説は、実体法上の請求権概念を変更し、一つの請求権を包括的なものにしようとする。実体法上の議論として、いろいろなものがありうる。例えば、次のような見解がある。
(D)事実関係説
訴状における請求の趣旨と請求の原因に対応して、判決申立てと事実関係により訴訟物の単複異同を決すべきであるとの見解([中野*1994a]45頁以下、[松本=上野*1998a]135頁以下)。事実関係の単複異同の精密な決定基準があるとは言い難いが、多くの場合、生活事実として社会常識に基づいて決することができ、一応の基準として、「ある法規の構成要件を完結的に充たす部分事実が他の法規の適用に対する最終の要件を充たす部分事実と同一である場合」に一個の事実関係を認めることができるとする。
債権の存否のみの確認を求める訴え
債権者が債権の存在の確認のみを求める訴えを提起することができるかについては、争いがある。請求認容判決により被告が受ける不利益の上限は被告に認識可能であることを理由に肯定する見解もある[16]。しかし、債権の存否のみでは紛争解決として不十分であり[31]、これを必要とする特段の事情がある場合を除き、否定すべきである(直接の事案ではないが、最高裁判所昭和40年9月17日
第2小法廷 判決・民集19巻6号1533頁参照)。例えば、賃貸借契約の存続中に敷金の授受があったか否かが問題となり、賃借人の側からその存在確認を請求をする場合には、返還されるべき金額は未だ確定されないが、敷金として支払われた金額は確定可能であり、これを確定すべきである。
債務者が債務の不存在のみの確認を求め、存在する場合にその金額の確定を求めないことを内容とする訴えも、そのような確定を必要とする特段の事情がない限り、許されないとすべきである。これについては、債務不存在確認訴訟の項でさらに説明する。
(A)旧訴訟物理論(実務) 原告は、少なくとも一つの実体法上の請求権を意識して、その請求権の発生原因となる具体的事実を記載する方法で、特定する。その請求権について根拠規定がある場合には、その規定の要件に該当する具体的事実を挙げていく。例えば、自動車損害賠償法3条本文に基づく損害賠償請求であれば、次のような事実を書く([最高裁*1997b]137頁以下参照。なお、各項目の始まりのカッコ内は、説明の便宜のためのものであり、実際には不要である)。
この記載により、訴訟物となっている請求権が他の金銭債権から識別される(請求を理由付けるためにはこれだけでは不十分であり、事故により原告が受けた損害を償うのに必要な金額等も主張する)。一つの事実関係から複数の請求権が生じうる余地がある場合には、できるだけそれらを整理して書いておく。原告は、実体法上の請求権の根拠条文を書く必要はない[34]。書いても、裁判所はそれに拘束されない。例えば、自賠法3条と民法715条のいずれも適用可能な事実が請求原因として主張されている場合に、原告が民法715条の適用を主張していても、裁判所は優先的に適用されるべき自賠法3条を適用して、裁判することができる(大阪高判昭和37年7月26日下民集13巻7号1568頁)。とは言え、原告が特定の根拠条文に基づく請求兼を主張しているのであれば、その根拠条文を示しておくことが相互理解を確実にする上で有益である。
何が訴訟物になっているかは、訴状の記載の解釈問題となる。おおまかな基準にしかならないであろうが、原告が訴状に記載した事実によって根拠付けられるすべての実体法上の請求権が訴訟物になる。もちろん、処分権主義の下、原告の意思が尊重されるべきであり、不明確な場合には補正命令等により明確にさせるべきである。ただし、一個の紛争から複数の請求権が生ずる場合に、一つの請求権のみを主張して訴えを提起すれば、原告の意思に従いその請求権のみが訴訟物となるが、しかしその請求権を否定する判決が確定した後で別の請求権を主張して訴えを提起すれば、紛争の実質的な蒸し返しと評価され、特段の事情がなければ、後訴は却下される。この帰結を正当化する前提として、原告は、一つの紛争から複数の請求権が発生する場合には、可能な限りすべてを訴訟物にして、紛争の一回的解決に努める信義則上の義務を負うというべきである(2条)。
次のことは、訴訟物の差異をもたらさない。
(B)新訴訟物理論 一回の給付を受ける法的地位(受給権)を特定するのに足る生活事実関係を挙げれば足りる。バスの転落事故の例では、何時・どこで事故が発生し、その事故により原告がどのような傷害を負ったのかを特定すれば足りよう。不法行為による賠償請求か債務不履行による賠償請求かまで識別できるように記載する必要はない。
とはいえ、規則53条1項により「請求を理由づける事実」の記載が要求されているのであるから、実体法上の請求権を根拠付ける具体的事実を書くべきであることに変わりはない。旧訴訟物論との違いは、現象的には、訴状の記載に現れるのではなく、記載された内容から訴訟物として何を読み取るかの点に現れる[29]。訴状に記載された事実からある実体法上の請求権の主張が読み取られる場合には、その請求権に根拠付けられる受給権が訴訟物となり、裁判所はその受給権に包摂されるすべての実体法上の請求権を審理の対象にして裁判する。例えば、
不特定物の場合
金銭の場合と同じ。
特定物の場合
旧訴訟物理論では、目的物の特定と実体法上の給付請求権の発生原因を特定することが必要である[39]。新訴訟物理論では、給付を求めることができる法的地位が訴訟物となり、実体法規範ごとの請求権はそれを根拠づける法的観点にすぎず、個々の請求権ごとに訴訟物が異なるとは考えないので、給付対象となる目的物が特定されれば足りる。
法条競合の場合
一つの生活事実関係に複数の法規範の適用の余地があるが、法規範相互の関係によりその内の一つのみの適用が肯定される場合を法条競合という。この場合には、原告が優先適用されるべき規範から生ずる請求権のみを主張すれば、それが訴訟物となる。しかし、優先適用の規範は、後順位適用の規範の特別規範であり、後者の方が適用範囲が広いのが通常である。従って、原告は、優先適用規範の要件が充足を証明できない場合のことを慮って、後順位規範から生ずる請求権も主張することになる。これは、本来は、予備的併合として主張されるべきであるが、両請求権が原告にもたらす利益に差異がなければ、原告は選択的併合とするであろうし、それも許される。ただ、裁判所は、優先規範から適用すべきである。
原告が、優先規範から生ずる請求権を主張せずに、後順位規範から生ずる請求権のみを主張して訴えを提起した場合には、どうすべきか。その優先規範が被告の利益保護を目的としている場合には、請求は棄却されるべきである。また、優先規範が原告の証明の負担を軽減し、迅速な解決を可能にすることを目的としている場合に、裁判所の釈明権行使にもかかわらず原告がその規範から生ずる請求権を主張しないことは、場合によれば、裁判所との関係で不誠実な訴訟通行と評価され、請求棄却ないし訴え却下もやむを得ないこともありえよう。しかし、そうでない場合に、法条競合であることのみを理由にして後順位規範に基づく請求を棄却することが妥当であるとは思われない。この場合に、原告に行使する権利の選択の自由を認めることは、適用されるべき規範の選択の自由を認めることになり、法条競合関係を認めたことの趣旨に反するのは確かである。しかし、法条競合といっても、様々なものがあるであろう。被告の利益保護を目的としない限り、原告が適用を求めた規範により請求権の存否を判断することも許されると解したい。
婚姻取消しと離婚とが競合する場合には、両者を婚姻関係の解消という形でまとめることは許されず、主位的に婚姻取消し、それが認められなければ離婚という形で別々に特定しなければならない[47]。
金銭債権は、数量的に分割可能である(可分債権)。処分権主義により、債権者は、1億円の債権を有する場合でも、債務者の資力等を考慮して、さしあたり1000万円を請求するにとどめることができる。また、損害賠償請求訴訟にあっては、債権者は、例えば1億円の損害が生じたと考えている場合でも、一部敗訴となって訴訟費用の負担を命じられることを避けるために、さしあたり勝訴の見込みの確実な1000万円のみの一部請求にとどめておくことができる[38]。
そのような訴えが提起された場合に、訴訟物となるのは、1億円の債権全体なのか、それとも1000万円部分のみなのだろうか。この抽象的に設定された問題は、次の具体的問題と密接に関連する[R35][30]。
見解は、次のように分かれている。
(A)明示の一部請求肯定説(折衷説。判例・通説) 一部請求であることを明示した場合には、当該部分のみが訴訟物となり、請求認容判決が確定した後で残部を請求することも許される(最判昭和37.8.10民集16-8-1720・[百選*1998a]147事件(佐上))。しかし、一部請求であることを明示しなかった場合(黙示の一部請求の場合)には、一部請求認容判決により、当該請求権は認容された金額でしか存在しないことが確定し、残部請求は遮断される(既判力の双面性[27]))。判例は、このことを前提にして、時効中断の効果は訴訟物となった部分にのみ及ぶとする。すなわち、明示の一部請求の場合には当該部分にのみ及び(最高裁判所 昭和34年2月20日判決・民集13巻2号209頁・紹介)、黙示の一部請求の場合には債権全体に及ぶ(最判昭和45.7.24民集24-7-1177・[百選*1998a]79事件(吉井))。もっとも、明示の一部請求は、残部について時効中断事由としての催告(裁判上の催告)の効果があると判断される余地がある。最高裁判所 昭和53年4月13日
第1小法廷 判決(昭和50年(行ツ)第27号)は、極めて簡単な理由で当該事案限りでこれを肯定したが、最近の判例の傾向を考慮するとその可能性は一般的に高い。
(B)一部請求否定説 一部請求であることを明示したか否かにかかわらず、請求権全体が訴訟物となる。一部請求認容判決により、請求権は認容額の限度でのみ存在することが確定し、残部請求は許されない([高橋*重点講義・上]98頁)。時効中断の効果は、債権全体に及ぶ。ただし、債権そのものにつき、債権を法律上区分することができる標識(例えば、履行期の相違や担保権の有無)がある場合は、その標識により区分された部分のみを訴訟物とすることは、許される([三ケ月*1995a]114頁以下)。
(B')新一部請求否定説 一部請求の場合でも債権全体が訴訟物になり、請求棄却判決により債権全体の不存在が確定し、黙示の一部請求認容判決が確定すると既判力の双面性により残額請求が許されなくなる。しかし、明示の一部請求認容判決は残額請求を遮断せず、ただ残額請求についてはそれを正当化するだけの訴えの利益が要求されるに留まる([伊藤*1998a]178頁以下)。時効中断効は、明示の一部請求の場合でも、債権全体に及ぶ(同188頁)。
(C)一部請求肯定説 一部請求であることを明示したか否かにかかわらず、原告が請求した部分のみが訴訟物となる。請求認容判決の場合に残部請求は遮断されない。
それぞれ該当箇所で再度とりあげることにしよう。
一部請求であることが明示されていると解すべきかが争われる場合がある。追加請求の可能性がある限り、一部請求であることを明示すべきである。
債権額を明示しない債務不存在確認請求
原告が訴訟物とすることができるのは、被告が現に主張する債権債務関係である[35]。原告は、被告の裁判外での主張に従って債権債務関係を特定すればよい。この場合に、債権額は、債権の同一性の認識に役立つ限度で訴訟物の特定要素となる。例えば、原被告間に1999年2月1日の貸付金債権として100万円の債権と500万円の債権との2つがあると主張されていて、その一方の存在についてのみ争いがある場合に、いずれであるかを特定する要素として金額は意味がある。しかし、債権額は、訴訟物の特定要素として必須ではない。暴力団員風の債権者がささいな交通事故にかこつけて「誠意のある金額を払え」と迫ってくる場合に、債権額の特定などできない。債権額が特定されていなくても、被告が敗訴した場合に失うものの上限は被告自身が認識可能であり、また、紛争解決の実効性の点でも問題はない([浅生*1981a]368頁。ただし、反対説もある。例えば、[伊藤*1998a]175頁以下)。この訴えは、次の結果をもたらす。
債権額を明示した債務不存在確認請求
原告は、被告主張の債権額を明示して債務不存在確認の訴えを提起することもできる。例えば、債権者が1000万円の貸金債権を主張するので、債務者が「被告が主張する平成9年9月9日に締結された消費貸借契約に基づく1000万円の債務が存在しないことを確認する」との判決を求めて訴えを提起する場合がそうである。この場合でも、訴訟物は、債権全体と考えてよい。このタイプの訴えは、次の帰結をもたらす。
杞憂問題 被告である債権者が口頭弁論において債権額は1500万円であると主張したが、原告は請求の趣旨を変更しなかった場合に、裁判所はどうすべきか。また、原告が請求の趣旨を変更しない場合に、裁判所が被告主張の債権(1500万円)の存在は認められないと判断しつつ、請求の趣旨に従って「被告が原告に対して主張する1000万円の債権が存在しないことを確認する」との判決をし、それが確定したとしよう。債権者が、この判決は1500万円の債権のうちの1000万円部分の不存在を確定するのみであり、500万円の部分には及ばないとして、500万円の支払請求をしたらどうなるか。こうした問題が発生しうることは認めつつも、杞憂な問題として放置しておくことにしよう。
一定の債務額を認めた債務不存在確認請求
例えば、債権者の主張する1000万円の債権の内800万円は弁済によって消滅しているのに債権者がこれを認めない場合に、債務者は、残債務額が200万円であることを認めつつ、200万円を超えては債務は存在しないことの確認を求める訴えを提起することができる。この場合に、裁判所が、残債務額が200万円より多いと認定しても、現存債権額を明らかにすることなく請求棄却判決をすることは許されない(最高裁判所 昭和40年9月17日
第2小法廷 判決・民集19巻6号1533頁・[百選*1998b]139事件(坂田宏))。積極的に、現存債務額を明らかにすべきである(例えば、「債務が300万円を超えて存在しないことを確認する。原告のその余の請求を棄却する」)。
この場合の訴訟物の理解については、次の2つの選択肢がある:
前掲の最判 昭和40年は、一般論として、Bの選択肢を採用した[21]。一種の明示的一部請求である。全部説は、紛争解決の実効性の確保のために、このような一部請求を否定する立場である。両説の違いを表にまとめておこう。
| 全部説 | 一部説 | |
|---|---|---|
| 裁判所が残存債務は200万円であると判断した場合。 | 請求認容判決(「原告の被告に対する債務が200万円を超えては存在しないことを確認する」)。 残債権は200万円を超えては存在しないことが確定する。かつ、残債権200万円の存在も確定する。 |
請求認容判決(左に同じ)。 残債権は200万円を超えては存在しないことが確定する。しかし、残債権200万円の存在は確定されない。 |
| 裁判所が残存債務は100万円であると判断した場合。 | 本来は「100万円を超えては存在しない」との趣旨の判決を下すべきであるが、原告の求める以上の判決をすることは許されないので(246条)、請求認容判決(上に同じ)。 既判力の内容は、上と同じ。 |
訴訟物になった部分について原告の法律関係の主張が認められるので、請求認容判決(上に同じ)。 既判力の内容は、上と同じ。 |
| 裁判所が残存債務は300万円であると判断した場合。 | 一部認容判決(「原告の被告に対する債務が300万円を超えては存在しないことを確認する。原告のその余の請求を棄却する」) 残債権は300万円を超えては存在しないことが確定する。かつ、残債権300万円の存在も確定する。 |
一部認容判決(左に同じ) 残債権は300万円を超えては存在しないことが確定する。かつ、残債権300万円のうち訴訟物となった100万円部分の存在も確定する。しかし、訴訟物とならなかった200万円部分の存在は確定されない。ただし、その部分の不存在を後訴において主張することが信義則に反するとされる余地はある。 |
原告が一定の債務額の存在を認めていたことをどのように評価するかの問題となるが、一部説のとる結論は、後述の消極的一部請求を肯定した場合の結論と同じである。その点で、一部説は、債務額の自認を重視することなく、後述の消極的一部請求と同視する見解であるということができる。
消極的一部請求
給付訴訟について明示の一部請求が認められるように、消極的確認訴訟についても明示の一部請求が考えられる(黙示の消極的一部請求は、想定しにくい)。
(α)一部認容の場合に、訴訟物になっていない部分について、再度債務不存在確認の訴えを提起しても、前訴で主張したのと同じ弁済を主張して債務不存在確認を請求することは、特段の事情がない限り、紛争の実質的蒸し返しにあたり、許されないと考えるべきであろう。明示の積極的一部請求の場合に、請求が棄却されれば、残部の追加請求が紛争の実質的蒸し返しとして許されないのと同じである(最高裁判所平成10年6月12日第2小法廷判決(平成9年(オ)第849号))。
1998年7月2日−2007年5月21日