目次文献略語

民事訴訟法講義

訴 え 2


関西大学法学部教授
栗田 隆

4 訴え提起後の措置(137条−139条)


文献

4.1 訴状審査(137条

訴状が提出されると、予め定められた基準に従って、事件が裁判機関(合議体または単独裁判官)に配点される[3]。裁判機関が合議体の場合には、そのうちの一人が裁判長となる。単独裁判官の場合には、その裁判官が裁判長の職務を行う。訴状送達前の段階では裁判所*・原告間の訴訟法律関係のみが存在することを考慮して、事件の簡易迅速な処理のために、裁判長が訴状に不備がないかを審査する。

注* この裁判所は、合議体と裁判長を区別しない意味での裁判所である。

補正の促し規56条
審査の対象となるのは次の事項であり、不備がある場合には、裁判長は原告に補正を促す。 裁判所書記官に命じて補正を促すこともでき、通常そうしている(規56条)[31]。
  1. 訴え提起の手数料相当額の収入印紙の貼付(民訴費用法3条)
  2. 133条2項所定の事項(必要的記載事項)[22]
  3. 規則で記載すべきとされている事項(準必要的記載事項)

被告情報の入手についての裁判所の協力  原告が相当の努力をはらったにもかかわらず被告の住所・居所・最後の住所(以下「住所等」という)を把握することができないために訴状の記載に不備が生じている場合には、裁判所は、原告からの求めがあれば、次のような方法で、被告の住所等の情報の入手について、原告に協力をすべきである。
訴状の補正命令と却下命令(137条[30]
原告が上記aとbについて補正の促しに応じない場合など訴状が補正されるべき状態にある場合には、裁判長は補正命令を発する(137条1項)[9]。原告が補正命令に応じない場合には、裁判長が訴状を却下する(137条2項)。裁判長の訴状却下命令に対して、原告は即時抗告をすることができる(137条3項。抗告状には却下された訴状を添付する。規57条)[11]。補正命令の当否は、訴状却下命令に対する即時抗告の中で判断すれば足りるので、補正命令に対する独立の不服申立は認められていない。

一般に、手数料不納付の申立書であっても、上級審において追納されれば当初に遡つて有効となる[36]。したがって、手数料の納付を命ずる裁判長の補正命令を受けた者が,当該命令において定められた期間内にこれを納付しなかった場合においても,その不納付を理由とする却下命令が確定する前にこれを納付すれば,その不納付の瑕疵は補正され,申立書は当初に遡って有効となる[37]。この理は訴状にも妥当する[38])。同様なことは、申立書の記載内容の補正を命ずる裁判にも妥当すると解すべきである。

4.2 第1回口頭弁論期日までの手続

第1回口頭弁論期日前における参考事項の聴取規則61条)−原告側
訴状審査に並行して、裁判長は原告から訴訟進行に関する参考事項を聴取する。例えば、[最高裁*1997b]48頁に挙げられた「訴訟進行に関する照会書」では、次の事項が聴取される。
この聴取は、裁判所書記官に行わせることができる(規則61条2項)。これらの聴取事項を参考にして、裁判所は、実質的に争いのある事件とそうでない事件とをある程度まで振り分け、後者については調書判決(254条)で裁判することを前提にして手続進行の予定を立てることができるようになる。

訴状の送達(138条
訴状審査に合格すると、被告に訴訟の開始を確実に知らせるために、送達(98条以下)という特別な方法で、訴状が被告に送り届けられる(138条1項)[25]。訴状の送達は、原告から提出された訴状副本によってなす(規58条1項)。訴状と共に、訴状の添付書類の写しも一緒に送るのが通常である。訴状が送達できない場合には、裁判長は補正命令を発し、補正されなければ訴状を却下する(138条2項・137条)。送達不能の理由としては、次のことがある。
第1回期日の指定と期日への呼出し139条
訴状を却下する場合を除き、裁判長は、速やかに口頭弁論の期日を指定して、当事者を呼び出す(139条)。ただし、次の場合は、この限りでない。
最初の口頭弁論の期日は、特別の事情のある場合を除き、訴え提起の日から30日以内の日に指定しなければならない(規60条2項)。被告に対する期日の呼出状は、訴状とともに送達するのが通常である。訴訟代理人のいる原告に対しては、電話により連絡して確認のファックスを送り返してもらうといった、簡易な呼出方法がとられることが多い(94条1項の「その他相当と認める方法」と2項「期日の呼出しを受けた旨を記載した書面」の提出。後者の書面は、実務では、「期日請書」と呼ばれる))。

答弁書の提出期間の指定と告知(162条
裁判長は、被告の最初の準備書面である答弁書の提出期間を指定する(162条。事案により異なるが、たとえば、第1回口頭弁論期日の1週間前)。提出期間の告知は、通常は、期日呼出状に記載して、訴状副本と共に被告に送達する方法により行われる。第1回口頭弁論期日を指定しないで、書面による準備手続に付した場合には、別の方法で答弁書提出期間を告知することになる。

第1回口頭弁論期日前における参考事項の聴取規則61条)−被告側
被告側についても、必要に応じて、参考事項の聴取を行う。第1回口頭弁論期日への出頭の予定、和解の希望などが聴取の対象となる。

5 訴え提起の効果 − 訴訟係属


文献

5.1 訴訟係属の意義と効果

訴訟係属の位置付け
訴え提起の最大の効果は、裁判所がそれを無視することは許されないということである。国民から訴えが提起されたにもかかわらず、裁判所がそれを無視すること(司法拒絶)は、憲法32条違反である([小山*1998a]88頁)。裁判長が訴状を無視することも、司法拒絶であり、許されない。国民の司法に対する信頼の第一歩は、ここにある。

訴え提起の効果には、次のものがある。
訴状提出の時点
で生ずる効果
訴状が被告に送達された時点
で生ずる効果
実体法上の効果 ◆期間遵守の効果(147条)[19]
  • 時効中断の効果(民法147条1号・149条
  • 除斥期間遵守の効果(民法724条など)
◆善意占有者の悪意擬制(民法189条2項)
◆手形法上の償還請求権の消滅時効の進行開始(手形70条3項・77条1項8号)
訴訟上の効果 ◆裁判所と原告との間の訴訟法律関係の発生
  • 裁判所は訴状を無視できない(裁判長が訴状を審査する)。
  • 手続進行のために適切な措置をとらなければならない(137条以下)。
◆訴訟係属の発生
◆訴訟係属の発生に伴う効果
  • 裁判所の審理・裁判義務
  • 請求の趣旨・原因の変更は、143条の規制に服す
  • 訴訟告知(53条)や反訴の提起(146条)など、訴訟係属を前提とした訴訟行為が可能となる
  • 重複訴訟の禁止(142条
  • 当事者照会をなしうる(163条
訴訟係属の意義
訴状が被告に送達されることにより、訴訟は被告を巻き込んだ新しい段階に入る。この段階に入ったことを「裁判所に訴訟が係属した」という[40][CL1]。訴訟係属後は、裁判長ではなくて裁判所が事件を審理し、判決で裁判する(例外は141条)。

実質的定義から形式的定義へ
訴訟係属の定義の仕方には、次の2つがある。
  1. 実質的定義  裁判所が事件について審理・裁判すべき状態を訴訟係属という[1]。事件の中核をなすのは訴えであり、第一審においては、訴訟係属は、裁判所が訴えに対して法で定められた手続を経て裁判(原則として判決、例外的に決定)でもって応答すべき状態を意味する。上訴審においては、上訴に対して応答すべきことが訴訟係属の内容に追加される。
  2. 形式的定義  訴状が被告に送達されることにより、訴状に記載された事件(紛争)について、裁判所と両当事者間に訴訟法律関係が成立し、この法律関係が存続している状態を訴訟係属という([伊藤*民訴v3.2]189頁)[6]。

伝統的な定義は、実質的定義である。この講義でも従来(1999年6月28日まで)は、実質的定義を採用してきた[5]。しかし、実質的定義では、次の2つ点を簡潔に説明することができない。
以上のことを考慮すると、「裁判所が事件について審理・裁判すべきこと」を訴訟係属概念のなかに含めることをやめて、訴訟係属の効果の一つと位置付ける方が、説明が簡潔となる。

効 果
訴訟係属の主要な効果は、次のことである。

5.2 訴訟係属の発生・移転・消滅

訴訟係属の発生時期
形式的定義に従えば、訴状送達時が訴訟係属の発生時点であることは、訴訟係属概念の定義の一部である。

しかし、実質的定義に従えば、かならずしもそうではない。次のような見解の対立がある。
  1. 訴状送達時説  訴状が被告に送達された時とする説。これが現在の通説である[17]。
  2. 問題区分説  起訴に結びつけられる個々の効果から帰結して個別的に論じるべきで、これと離れて抽象的一般的に論じる実益はないとする説([新堂*1998a]193頁)。
  3. 訴状提出時説  原告が裁判所に訴状を提出した時とする説。かつて主張された見解であり、現在では支持者はいない。

実質的定義に従った場合には、訴訟係属の時点を論ずる主要な意義は次の点にあり、いずれの点からも訴状送達時説が妥当である。
訴訟係属の移転
訴訟係属は、次の事由により他の裁判所に移転する。
訴訟係属の消滅
訴訟係属は、次の事由により、訴えに対して裁判所が応答する必要が確定的になくなった時に消滅する[2]。

5.3 裁判所による応答

訴状送達により被告との間にも訴訟法律関係が発生(訴訟係属が発生)する。その後は、裁判所が原則として判決により応答する(例外は141条345条)。裁判長による訴状却下は、もはや許されない。例えば、訴状に申立手数料相当額の印紙が貼用されていない場合、あるいは訴訟物が特定されているとはいえない場合でも、訴訟係属発生後は、裁判所が補正を命じ、補正されなければ判決で訴えを却下する。

もっとも、訴状が実際には被告に送達されていなくても、裁判所が被告に送達されたと認めれば、口頭弁論が開始され、被告欠席のまま原告勝訴判決が下されることがある。この判決は、上訴(上訴期間経過後は上訴の追完)または再審の訴えにより取り消される余地が広い(338条1項3号の類推適用)。しかし、訴状が被告に送達されていないことを理由に当然に無効になるわけではない。

訴訟係属発生前の訴え却下判決
訴状に必要的記載事項が記載されていて、申立手数料も納付されており、訴状を却下すべき事由がない場合には、裁判所が訴えに応答することになる。この場合に、原告の訴えが被告の主張を聴くまでもなく不適法であることが明白であり、原告の訴訟活動により適法とすることが全く期待できないときには、裁判所は、訴状を被告に送達することなく訴えを却下することも許される(140条により口頭弁論を経ずに却下する。最高裁判所 平成8年5月28日 第3小法廷判決(平成7年(行ツ)第67号)[4]。訴状の被告への送達は、被告に応訴させるためになされるのであり、被告が応訴する必要のない不適法な訴えについて、訴状送達の必要はなく、また、送達すれば、被告に無用な負担(特に精神的負担ならびに弁護士への訴訟委任の負担)を課すおそれがあるからである。この訴え却下判決は、訴訟法律関係が裁判所と原告との間でのみ生じている段階でなされるので、被告に送達しなくてもよい[18]。前掲最判は、次のような事件おいて、この取扱いを肯定した:通算老齢年金の支給裁定の変更を求める請求を棄却した第一審判決が上告棄却により確定した後で、その訴訟の原告が、再審事由に相当する事実を主張することなく確定判決無効確認の訴えを提起した事件である。

6 重複起訴の禁止(142条


文 献

初めの1歩
XがYを被告にして、ある不動産について所有権確認の訴えを大阪地裁に提起した(第1訴訟)。その訴状がYに送達された後に、YがXを被告にして、その訴訟の係属中に、同一不動産について所有権確認の訴えを東京地裁に提起した(第2訴訟)。
  • Yは、第2の訴えを提起する必要ないし利益があるか。
  • 第2の訴えを適法として審理・裁判することを許せばどのような問題が生ずるか。
  • 第2の訴えを適法として審理・裁判することは許されるか(142条)。
  • 第2の訴えは、どのように処理されるか。
  • 第2の訴えについて先に本案判決が下されて確定すると、第1の訴えはどうなるか。

6.1 制度趣旨

裁判所に係属する事件について当事者は、更に訴えを提起することができない(142条)。根拠:
  1. 訴訟経済(異別の訴訟手続で重複審理するという無駄の防止)
  2. 既判力のある判断の矛盾の防止
  3. 二重に訴訟追行することを強いられることになる後訴の被告の不利益の防止(前訴の原告が後訴の被告となる場合も含める*)。ただし、この根拠はそれほど重要ではなく、時に省略されることもある[20]。

どのような場合に上記の制度趣旨が妥当するかを、場合を分けて考えてみよう。
別の訴訟手続で審理されるように訴えを提起する場合(別訴の場合) 同じ訴訟手続で審理されるように訴えを提起する場合(訴えの追加的変更あるいは反訴の場合)
原告が重ねて同じ内容の訴えを提起する場合 3つの制度趣旨が妥当し、重複起訴の禁止に違反する。

原告は二重に勝訴判決を得る利益を有しないという理由でも訴えは不適法であり、却下される。
3つの制度趣旨は妥当しない。

しかし、原告は二重に勝訴判決を得る利益を有しないので、後の訴えは却下される。
同一不動産について、XがYに対して所有権確認の訴えを提起した後で、YがXに対して所有権確認の訴えを提起する場合(設例の場合) 3つの制度趣旨が妥当し、重複起訴の禁止に違反する*。

同一の訴訟手続で審理されるための措置がなされなければ、後の訴えは却下される。
3つの制度趣旨は妥当しない。また、Yはこの訴え(反訴)を提起する必要があるので、後の訴えは許される。

* この講義では、従前(1999年11月30日以前)は、制度根拠 c を「二重に応訴することになる被告の不利益の防止 」と説明し、前訴の原告が後訴の被告となる場合については妥当しないと説明してきたが、妥当範囲を根拠aやbとできるだけそろえるために、説明を変更することにした。

6.2 要 件

142条の適用要件は、次の3つに分けることができる。
主観的要件  当事者が同一であること。当事者が異なれば、原則として既判力の抵触のおそれはなく、また、二重応訴による被告の不利益も問題とならない。しかし、当事者が異なっても、115条1項2号等により既判力が拡張される場合には、既判力ある判断の矛盾が生ずる可能性があり、また二重に審理する必要はないので、主観的要件は充足される。

用語上の注意
この講義では、客観的要件について、「事件の同一」という用語を用いた。これに対して、重複起訴禁止の要件を「事件の同一」とした上で、客観的要件について次の用語を用いている教科書もある[16]。
 「訴訟物の同一」
 「事件の対象の同一」
 「審判の対象の同一」
客観的要件  係属中の事件と同一の事件であること。これについては、次の3つの見解がある。2番目の見解が現在の通説と見てよいが、3番目の見解も有力である。
  1. 訴訟物が同一であること。
  2. 訴訟物たる実体法上の権利または法律関係が同一ないし関連すること(同一物に対する紛争当事者双方からの所有権確認請求)。
  3. 請求の基礎(143条)が同一であるか又は主要な争点が共通すること([新堂*1998a]195頁)、あるいは、請求の基礎となる社会生活関係が同一であり主要な法律要件事実を共通にすること([伊藤*民訴]183頁)。

後訴の提起態様  係属中の訴訟とは別個の訴訟手続で審理される結果をもたらす訴え(別訴)であること(独立の訴えでも、訴え変更による新訴・反訴でもよい)。もっとも、この要件は無視されることが多い[34]。次の点に注意が必要である。
既判力ある判断の矛盾の防止という制度趣旨の点から、上記(a)(b)の要件を見ておこう。例えば、冒頭の設例において、大阪地裁がXの請求を認容する判決を下し、東京地裁もYの請求を認容する判決を下し、両判決がこの順番で確定したとしよう。その後にXが当該不動産について所有権に基づく明渡請求権を主張して、明渡しの訴えを提起した場合に、最後の訴訟の裁判所は、「Xに所有権がある」という判断と「Yに所有権があり、同一物に二重に所有権は存在しないから、Xに所有権がない」という矛盾した判断に拘束されることになると、裁判ができなくなる。そこで、確定判決の既判力の維持のために、338条1項10号が、前に確定した判決と抵触することを再審事由としている。後で確定した判決は、再審の訴えにより取り消されるべきである。しかし、再審の訴えにより取り消されるまでは、後で確定した判決が先に確定した判決に優先するという原則が解釈により採用されている。ともあれ、こうした混乱を回避することが142条の制度の趣旨の一つである[23]。逆に、既判力が及ばない者の間の訴訟には142条は適用されない(例えば、XがYに所有権確認の訴えを提起するとともに、ZもYに所有権確認の訴えを提起する場合)。重複審理の無駄を省くという意味では、併合審理が望ましいが、各当事者の行動の自由も尊重されなければならない。39条参照)。

複数の請求が密接に関連する場合でも、異種の訴訟手続で裁判されるべき請求については、別訴が許される(ただし、訴えの利益の有無が問題にされることがある)。例:

6.3 いくつかの例

)訴えの利益の不存在  次の場合には、別訴の提起も、訴訟係属中の新訴の提起も許されない。第2の訴えで得ようとする利益は、第1の訴えで勝訴することにより得られるから、第2の訴えには、訴えの利益がないからである。
a')債務不存在確認訴訟の係属中に、その被告からの同一債務の給付の訴えが提起された場合はどうか。判例は、適法に提起された先訴の訴えの利益が後訴の提起により消滅すると解している(最高裁判所 平成16年3月25日 第1小法廷 判決(平成13年(オ)第734号,平成13年(受)第723号)[29](ただし、反対の見解もある)。債権者が給付の訴えを反訴の形で提起する場合には、この解決でも不当な結論が生ずることはない。しかし、債権者が給付の訴えを別訴で提起する場合はどうか。債務不存在確認訴訟の審理がかなり進んでいる場合、特に第一審の請求認容判決に対する控訴を提起された後で債権者が別訴を提起する場合が問題になる。こられの場合に、給付の訴えが提起されたことを理由に、債務不存在確認の訴えを単純に却下することは明らかに不当である。債権者は、給付の訴えを反訴の形で提起すべきであり、それを強制するために、まず142条が適用され、反訴の形で給付請求が提起さりることにより債務不存在確認の訴えは却下されるべきものとなる、と説明すべきである。なお、給付請求の反訴が何らかの理由で不適法として却下される場合があることを考慮すると、債務不存在確認請求の本訴の却下の裁判は反訴についての本案の裁判とともに、一つの判決の中ですべきである。

)別訴の禁止  次の場合には、訴訟係属中の新訴の提起(143条以下の訴えの変更・中間確認の訴え・反訴の提起)は許されるが、別訴の提起は許されない。
)別訴の許容  次の場合には、多数説によれば、別訴も許される。

6.4 相殺の抗弁が関係する場合

単純相殺(非予備的相殺)の場合
被告が原告主張の債権を認めて相殺する場合に、その相殺に供されている反対債権を別訴で訴求することは許されない。相殺についての判断は理由中の判断であるが、相殺を認めて請求を棄却する場合でも、反対債権の不存在を理由に請求を認容する場合でも、相殺に供された債権の不存在について既判力が生ずるからである(114条2項)。

予備的相殺の場合
被告が相殺の抗弁を予備的になすとともに、同一自働債権を別訴により訴求することが重複起訴の禁止に触れるか否かについては、争いがある[R35a]。原告の訴求債権が当初から不存在あるいは弁済により消滅していると判断され、相殺の抗弁について判断する必要がないこともあるからである。次の2つに場合分けされる[15]。
抗弁先行・別訴後行型
被告が原告の債権を争いつつ予備的に相殺の抗弁を提出し、その後に自働債権を別訴で訴求する場合。
(1) X--------------->Y 予備的相殺の抗弁

(2) X<---------------Y 自働債権を訴求:これは許されるか?

別訴先行・抗弁後行型
相手方が提起した訴えにおいて、先に係属した別訴で訴求中の債権をもって予備的に相殺する旨の抗弁を提出する場合。
(1) X<---------------Y 自働債権を訴求

(2) X---------------->Y 予備的相殺の抗弁:これは許されるか?

後行の別訴または抗弁が許されるかについて、見解は次のように分かれている。
  1. 全面否定説  抗弁先行型、別訴先行型のいずれにおいても、142条を適用ないし類推適用して、後行の別訴あるいは抗弁は許されないとする見解。相殺が予備的に主張されているとしても既判力の抵触の可能性のあること、審理の重複が生ずることを理由とする。
  2. 全面肯定説  抗弁先行型、別訴先行型のいずれにおいても、142条の適用も類推適用も否定して、後行の別訴あるいは抗弁は許されるとする見解。判決で斟酌されるかどうか不確定な反対債権につき重複起訴の禁止に準ずる制限を設けることは、被告の防御の自由を実質的に害する結果となることなどを理由とする[14]。
  3. 折衷説  抗弁先行型の場合には、被告は反訴により反対債権を訴求すべきであることを理由に142条の類推適用を肯定する。他方、別訴先行型の場合には、相手方の行為により既判力の抵触の可能性等の問題が生じたのであり、別訴を取り下げなければ相殺の抗弁を提出できないのでは相殺の担保的機能が阻害されることなどを理由に、類推適用を否定する([佐野*1997a]51頁以下、[高橋*重点講義・上v2.1]141頁以下我妻・リマークス53号112頁中段は、別訴先行型について類推適用を否定するのが学説の多数であるとする)。

判例は、現在では、全面否定説であると見てほぼよい。
学説は、従前は全面肯定説が多数説であったが、現在では全面否定説が多くなってきている。しかし、肯定説もなお有力である([中野*2001a4]92頁以下・100頁)。いずれが多数説かは。

同一債権が訴求債権でありかつ自働債権となっている場合にも、それが同一の訴訟手続において審理裁判されることが原則的に予定されているときには、重複起訴禁止規定の趣旨は及ばない。例::

ここで「同一の訴訟手続において審理裁判されることが原則的に予定されているとき」との限定句を付したのは、最判平成3年が、「2つの訴訟が152条により併合された場合」にも重複起訴の禁止の趣旨は及ぶとしているためである[39]。

6.5 重複起訴の禁止に触れる訴えの取扱い

重複起訴禁止の消極的効果
重複起訴の禁止に服する複数の請求については、弁論の分離や一部判決は許されず、1個の判決で裁判すべきである。また、上訴が提起された場合、控訴審においてもすべての請求が同一手続で審理されるべきである(上訴不可分の原則の内容的拡張としての同時審判原則)。重複起訴の禁止に違反する別訴を弁論の併合により適法とした場合でも同様に、弁論の分離や一部判決は許されないとすべきである。しかし、判例は分離可能であるとする(最判平成3.12.17民集45-9-1435の事案では、控訴審で一旦併合されたが後に分離され、同日に判決が言い渡された)。

重複起訴禁止の積極的効果
重複起訴の禁止にふれる場合には、裁判所は、被告の抗弁を待たずに、職権で次の措置をとる。

)同一の訴えの繰返しの場合のように訴えの利益が欠ける場合には、そのことを理由に訴えを却下する。

)その他の場合  見解は次のように分かれるが、併合説をとるべきである。いずれの見解をとるべきかは、 弁論併合後に弁論分離を禁止することができるかと関係する。
  1. 併合説  弁論併合後の分離を禁止できることを前提にして、(α)同一裁判所に係属する場合には、弁論を併合すべきである。(β)異別の裁判所に係属する場合には、可能な限り移送して、受送裁判所で弁論を併合すべきである(移送された事件が受送裁判所に先に係属している事件と併合審理されるかは、受送裁判所が決めることになり、弁論の併合がなされなければ、受送裁判所で後訴を142条違反として却下することになる。受送裁判所において弁論が併合される余地がある限り、後訴の裁判所は移送すべきである)[43];しかし、移送ができない場合には却下せざるを得ない。なお、併合された別個の事件について、原告と被告が別々に上訴を提起した場合には、同一判決(同一の判決書に併合された判決)に対する上訴として、同一の裁判官に事件が配点されるようにすべきである(異別に配点された場合には、弁論を再度併合すべきである)。
  2. 却下説(判例)  弁論を併合した後の分離を阻止できるとは限らないことを前提にして、併合することなく却下すべきである(最判平成3.12.17民集45-9-1435)[27]。

重複起訴の禁止に触れることを看過して後訴について本案判決がなされた場合には、その判決は上訴により取り消されうる。しかし、後訴の本案判決が先に確定した場合には、係属中の前訴の裁判所が後訴の確定判決に拘束される(重複起訴の禁止違反は再審事由(338条)ではないことに注意)。

6.6 別訴禁止との区別

例えば、人事に関する紛争は、(α)一つの手続で(β)一回で解決することが望ましいという政策的配慮の下に、
  1. 訴訟係属中にあっては、訴えの変更や反訴提起の要件が緩和され(人訴法18条
  2. 判決確定後にあっては、前訴において訴えの変更や反訴の提起の方法により提起することができた請求についてさらに訴えを提起することが禁止されている(人訴法25条)。


上記2を別訴禁止の原則と言う。これは、上記(β)の政策的配慮に基づくものである。重複起訴の禁止は、そのような配慮を含まない。

6.7 練習問題

 Xは、Yに対して1000万円の売掛代金債権を有している。その債権の一部であることを明示して、400万円の支払請求の訴えを提起した。これを前提にして、次の2つの場合について、142条の適用または類推適用の有無を検討しなさい。なお、それぞれの事例は独立であるとし、(2)の場合には(1)の別訴はないものとする。
 (1) その訴訟の係属中に、Xが別訴で残りの600万円の支払請求の訴えを提起した。
 (2) その訴訟の係属中に、YがXに対して600万円の請負工事代金債権を主張して別訴を提起した。Xは、Yの債権を争いつつ、予備的に、Yに対する債権の残額600万円で相殺すると抗弁した。 

6.8 その他

「請求の基礎」の概念は、次のような場面でも使用される。もちろん、同じ言葉が使われていても、趣旨と効果が異なる以上、要件にも差異が生じざるを得ず、概念の流用である。

7 時効中断の効力(147条


7.1 時効中断の根拠

訴え提起は、民法147条の時効中断事由のうちの「請求」に該当し、そのうちの「裁判上の請求」(民法149条)にあたる。

裁判上の請求による時効中断の根拠については、次の2つの見解がある([中島*1995b]325頁参照)。両説は、論理的に矛盾対立する関係にあるわけではなく、両方の説明が妥当する範囲では、時効中断が強く根拠付けられ、一方のみが妥当する範囲では弱く根拠付けられると考えてよい。
  1. 権利行使説  断固たる権利主張の態度をとったことにより、彼はもはや権利の上に眠る者ではないことを根拠と見る見解。
  2. 権利確定説  訴訟物である当該権利が判決の既判力によって確定されることを根拠と見る見解。時効中断時期が判決確定時とされなかったのは(147条)、訴訟中に時効が完成することを防ぐ趣旨である。

7.2 時効中断の範囲

訴訟物をなす権利関係
訴訟物をなす権利関係について、訴え提起により原告のために時効中断の効果が生ずる。さらに、被告の応訴行為が訴訟物についての自己の権利主張を含む場合には、応訴行為により被告のために時効が中断する。債務不存在確認の訴えに対して被告が債権を主張して応訴する場合がそうである。

一部請求の場合については、議論が分かれている。判例は、(α)明示の一部請求の場合には当該部分のみが訴訟物となり、残部請求も許されるが、(β)黙示の一部請求の場合には請求権全体が訴訟物となり請求認容の場合でも残部請求を認めないことを前提にして、訴訟物となった部分についてのみ時効中断を認める。
判決理由中で判断される先決的法律関係
訴訟物となっていない権利関係が訴訟において主張された場合には、裁判上の請求に準じた時効中断効が認められる。

被告からの権利主張について、下記の先例a・b・cがある。先例aは、当該権利関係が判決理由中で肯定された場合(さらには、引換給付を命ずる主文中の引換部分に掲記された場合)でも、催告(民法153条)に準じた時効中断効(裁判上の催告)のみを認めた。しかし、これは、後掲先例b・cにより黙示的・実質的に変更された見るべきであろう。したがって、時効期間は、権利主張が裁判上なされた時に中断し、訴訟終了時に更に進行を開始する(民法157条)。ただし、当該権利関係を積極的に肯定する判決が確定しなかった場合には、民法149条の類推適用により、裁判上の請求に準じた時効中断効は生じなかったことになり、催告としての時効中断効のみが残る[21][26]。
  1. 最(大)判昭和38.10.30民集17-9-1252  株券の所有権に基づく引渡請求に対して被告が留置権の抗弁を提出して、その被担保債権を主張した事案において、この主張に催告(民法153条)に準じた時効中断効を肯定した。しかし、民法174条の2の類推適用はなく、権利者は訴訟終了後6月以内に、他の強力な時効中断措置を取らなければならないとした。
  2. 最(大)判昭和43.11.13民集22-12-2510   所有権に基づく登記手続請求の訴訟において、被告が自己に所有権があることを主張して請求棄却の判決を求め、その主張が判決によつて認められた場合には、右主張は、裁判上の請求に準ずるものとして、原告のための取得時効を中断する効力を生ずる。
  3. 最判昭和44.11.27民集23-11-2251  抵当債務者の提起した抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟において被告が被担保債権を主張した場合に、この主張には裁判上の請求に準ずるものとして時効中断の効果が認められる。

原告が先決的法律関係を主張した場合にも、同様に、その先決的法律関係について裁判上の請求に準じた時効中断効を認めるべきである(ただし、実際上の例は少ないであろう)。

訴訟物と密接に関連するが原告の主張しなかった権利関係
原告については、さらに、明示的に主張されていない権利関係に関し、それが訴訟物と密接な関係がある場合(典型的には請求権競合の関係にある場合)には、訴えの提起に裁判上の催告としての時効中断効が認められている(裁判上の催告の説明の後で詳しく)。

主観的範囲
時効中断事由の生じなかった者の時効の利益を保護するために、時効中断の効果は、原則として、中断事由の生じた当事者および承継人にのみ及ぶ(民法148条。同趣旨規定として、手形法71条、小切手法52条がある。同趣旨の特則として、民法155条284条2項がある)。しかし、次の例外が民法で規定されている:

7.3 時効中断の効果の発生時期(147条

時効中断に必要な裁判上の請求の効力は、次の時点で生ずる(147条参照)。
民事調停法による調停の申立てにも時効中断効が認めらているが、相手方が出頭しないとき又は調停が調わないときは、1箇月以内に訴えを提起しなければ、時効中断の効力は生じなかったことになるが(151条。調停の申立てにより生じた時効中断効が遡及的に消滅する、149条も参照)、1箇月以内に訴えを提起すれば時効中断効が維持される(ここにいう訴えの提起が訴状の提出を意味することは言うまでもない。ただし、口頭起訴の場合は、裁判所書記官の面前で申述を意味する)。類似の規定が裁判所以外の公的機関による調停の申立てについても認められていることがある。

7.4 時効中断の効果の消滅・維持・承継

時効中断の効果の帰趨は、次のように場合分けされる。
言葉の遊び
民法153条の催告も時効中断事由としての請求(民法147条1号)の一種である[32]。この点を強調して、「裁判外の請求」と言うことがある。「裁判上の催告」における「催告」をこれで置き換えると、「裁判上の裁判外の請求」という奇妙な表現になってしまう。
裁判上の催告
訴えが却下あるいは取り下げられたときは、時効中断の効果は、当初から生じなかったことになるが(民法149条)、それでも、催告(民法153条)以上に強力な権利主張があったことには変わりはなく、この権利主張に催告より強力な時効中断効を認めるのが適当である。そこで、この権利主張は、訴えが取下げあるいは却下されるまでは継続的になされており、より強力な中断措置をとるべき6カ月の期間(民法153条)の起算点は、訴え取下げの時又は却下判決確定の時であると考えられている。このような催告を裁判上の催告という(民法153条の催告の特殊なもの)[24]。

裁判上の催告の拡張
裁判上の催告による時効中断の範囲は、旧訴訟物理論を前提にした場合には、訴訟物たる権利関係に限定されない。訴えの提起により、訴訟物たる権利(α請求権)と密接に関連する権利 (β請求権)が明示的に主張されていなくても、後者について、訴訟係属中、時効中断事由としての催告が継続していたと評価される。
明示の一部請求の場合の残部の時効中断についても同様である。
裁判上の催告による時効中断と裁判上の請求による時効中断(ないしこれに準じた時効中断効)とは、訴訟終了後にあらためて時効中断措置をとるべき期間の起算点は同じであるが、その期間の長さが異なる。裁判上の催告の場合には、6カ月であるが(民法153条)、裁判上の請求の場合には、その権利に認められた時効期間である(民法157条民法174条の2の適用のある場合にはその期間が10年に延長される)。なお、裁判上の催告の理論に頼るのではなく、既判力対象となる権利関係と経済的利益が同一の範囲で裁判上の請求としての時効中断効を肯定すべきであるとの見解も有力である([梅本*民訴v4]288頁)

裁判上の承認
被告が原告の請求権を争う際に、前提となる法律関係(債権関係等)を承認している場合には、訴訟中に態度変更がなければ、その承認は口頭弁論終結の時まで継続していると認められ、原告の請求を棄却する判決が確定した場合でも、前提となる法律関係については口頭弁論終結後に時効期間が再進行すると判断される。(東京高等裁判所 平成13年12月19日 第20民事部 判決(平成12年(ネ)第5379号)の事例参照)

中断の効果の維持・承継
訴えが却下あるいは取り下げられたときは、時効中断の効果は、当初から生じなかったことになるが(民法149条)、これは権利の確定に至ることなく手続が終了し、再開されることはないという通常の場合を想定してのことである。民法149条の文言に関わらず、ある権利確定手続に並行してあるいはその終了に接続して、同一の権利あるいは密接に関連する権利について新たな権利確定手続が開始され、新訴提起の中断効を旧訴提起の時に遡及させることが正当化されるときは、旧訴の時効中断効が維持あるいは承継される。次の場合がこれに該当する。
  1. 訴訟参加・訴訟引受の場合  この点を明確にする規定が置かれている(49条・50条3項・51条)。
  2. 任意的当事者変更の場合  常にというわけではないが、旧当事者と新当事者との特殊な関係に基づきおおむね時効中断効は維持される。
  3. 重複起訴の状態になったため前訴を取り下げて後訴を維持した場合には、前訴の提起により生じた時効中断の効果は後訴に引き継がれる(最判昭和50.11.28民集29-10-1797)。≪この場合の訴えの取下げは、権利行使を中止するという意思を含まないからである≫と説明されている。
  4. 訴えの変更の場合  訴訟物を細分してとらえる旧実体法説においては、旧請求と新請求とが密接な関係にある場合に中断効の承継を認める必要がある。追加的変更の場合にも交換的変更の場合にもこれを認める必要がある。

なお、最後の2つの場合には、2つの訴えが並行あるいは連続するので、裁判上の催告の理論を用いて説明することも可能である。4の場合につき、前掲の最判平成10.12.17平成6年(オ)第857号参照。
次の2つの場合について、訴訟物および時効中断を論じなさい。

 (1)Yが1980年5月にXの5000万円相当の有価証券を着服した。Xは、そのことに直ちに気が付き、Yに損害賠償を求めて交渉を続けたが、不調に終った。Xは1988年5月に不法行為を理由に損害賠償請求の訴えを提起し、1993年5月になって不当利得返還請求を追加した。

 (2)XはYが製造した商品を購入した。その商品の欠陥によりXの自宅が1980年5月1日に全焼した。1982年5月に、XはYに対して、損害額は5000万円であるが、さしあたりそのうちの一部である2000万円の損害賠償を求めて訴えを提起した。その訴訟係属中である1985年5月に請求を拡張して、5000万全額の賠償を求めた。

目次文献略語
1998年7月2日−2016年9月30日