千里山ワークショップ


九州旅行行程記
第2日目


3月30日木曜日  晴れ
→小倉→柳ヶ浦→別府→亀川→大分→別府→大分→宮地→いこいの村


◎ →小倉6:06

快速ムーンライト九州 博多行き

 何回乗ってもやはり椅子では寝にくい。首が痛くて何回も目がさめる。前の田舎女の携帯が4時ごろになっていた。何を考えているのか、迷惑以外何者でもない。またうとうととする。5時過ぎに厚狭(あさ)駅に止まった。早朝だが6号車からも何人かが下車していった。    

写真1:小倉駅駅舎。
モノレールのホームの下にJRの改札がある。

 徐々に夜が白んでくるとまもなく5時34分定刻に下関着。これだけ走っても1分も遅れていない。さすが日本の鉄道だ。ここでポーアイ氏は下車、お互いに「お気をつけて」と交わして山陰本線に乗り換えていった。他にも下車客がかなりあり、車内には若干の余裕ができた。機関車を交換するということで、10分少々とまる。空が次第に明るくなってくる。やはり夜明けというのはなんとなく清々しい。ホームでは駅弁の販売があり、下関名物の『ふぐ飯』に人だかりができていた。筆者はそんな販売があるとは知らなかったので、昨日のうちに朝食は買っておいた。洗面で顔を洗ったが、水が冷たい。

 下関を出ると関門トンネルをとおり九州入り。車内の洗面所で歯を磨こうと思ったが、手近の洗面台はずっと女性と思しき乗客が1人占拠していたので、隣の4号車の洗面へ向かった。4号車は喫煙車で、嫌煙家の筆者にはたまらない空間だった。6時06分、すっかり夜も明けた小倉駅についた。

 しばらく時間があるので、駅周辺をぶらつくことにする。いくら九州とはいえ、朝の6時過ぎではこの季節はさすがにひんやりとしている。が、寒いというほどではなく、むしろ心地よい。前に来たときは、小倉駅は大規模な改築工事をしていたが、もうすっかりきれいになっていた。駅前にローソンがあったと記憶していたので探したが見つからなかった。駅舎の改築とともにどっかへいってしまったのだろうか。仕方がないので駅に戻ろうと振り返ってびっくりだ。JRの駅舎の中へ、駅前から伸びてきたモノレールの線路が突っ込んでいた。梅田で阪急から地下鉄に乗り換えるとき、長い地下道を歩くことを考えると、なるほどこれだと乗り換えは便利かもしれない<写真1>。ちょっと度肝を抜かれる構造だが、ヨーロッパなんかでは異なる交通機関が同居する光景も珍しくはないと聞くので、これは今後の新しい都市交通の形かもしれない。

◎ 小倉6:43→ 柳ヶ浦8:06

各駅停車 宇佐行き

 駅の売店でスポーツ新聞を買い求める。ここではサンスポがないかわりに九スポ(九州スポーツ)、西スポ(西日本スポーツ)という見慣れぬ新聞もあった。何を買ったが忘れたが、とにかく買い込んで電車を待つ。まもなくぼろっちい普通電車が来た。まだラッシュ前なのでガラガラだ。席を確保し新聞に目を通す。まだプロ野球が始まってないのでめぼしい記事はない。電車は小倉を発車、各駅停車なので1つ1つ駅に止まっていくが、車内は少ない乗客が入れ替わる程度で変化はない。途中から車窓には瀬戸内海が広がってきた。海の好きな筆者は新聞に目を通しつつ車窓を眺めながらボーっとしていた。瀬戸内海といってもこのあたりは幅が広く島も少ないので、なんだが内海という気はしない。それに加えて朝の瀬戸内海は霧が多い。この日も水平線まで見渡すことはできなかった。

 新聞を読み終えると、やはり夜行列車の中ではよく寝られなかったのか、うとうととしてしまった。気が付けばもうすぐ乗換駅の柳ヶ浦駅だ。

◎ 柳ヶ浦8:20→ 別府9:16

各駅停車 大分行き

 あのまま乗っていてももう2駅先までいけるのだが、接続する電車がこの柳ヶ浦始発なのでここで降りる。ホームには、同じように普通電車を乗り継いで大分に向かう観光客が少なからずいた。なかには、ムーンライト九州の中で見た集団もあった。皆青春18きっぷで関西方面から来ているのだろうか。地元の客はわずかで、この切符のない普段はいったいどれだけの人がこの電車を利用しているのだろうか。

 やってきた電車はさっきとはうってかわって銀色の新型電車だった。しかし残念なことに椅子が地下鉄のような横並び方だった。これでは車窓もよく見えないし、旅気分もぶち壊しだ。でも仕方ないので車内に入り席を確保する。

5分ほどして電車は動き出した。さっきまでは海岸沿いを走っていたが、ここからは国東半島の付け根を縦断するために山あいに入っていく。国東半島には古くから高度な文化が発展していたことを裏付ける様々な遺跡類が残されているらしく、邪馬台国はここにあったとされる説もあるらしい。そういえば、かつての邪馬台国はどこにあったのかというのは今日でも議論されているところであるが、このあたりには、邪馬台国九州説において、後の『大和』朝廷へつながると言われている「山門(やまと)」という地名も残されている。

車窓に流れるのは、ほとんど人の手が入っていないと思われるような山林であった。これから九州を出るまでずっと感じつづけることになるが、九州にはこうしてまだまだ手のつけられていない大自然が数多く残っているようだ。

いくつかトンネルを抜けると急に視界が開け、再び海岸沿いを走る。隣には国道10号線が走っている。中央分離帯にはヤシの木が植えられていたが、少しわざとらしい気がした。次第に車窓が都会っぽくなり、人も増えてきた。まもなく別府である。

 別府は温泉の湧出量日本一を誇り、町のいたるところから湯気が立ち上る…、ガイドブックにはそう書かれていたので、もう少し落ち着いたイメージを持っていたのだが、別府駅は高架化された近代的な駅だった。改札を抜け、コインロッカーを探す。わずかな荷物だけを持って身軽になったところで、別府定番の『地獄巡り』に行くことにしよう。観光案内所に行って地獄巡り券を買う。天然の観光資源に金を取るとはなかなかおいしい商売だろう。受付のお姉さんにいわれたバス乗り場に行く。駅前も他の都市と大して変わりはない。

 20分ほどして目当てのバスが来た。行き先は立命館アジア太平洋大学前。こんなところで立命館の名前を聞くとは思わなかった。この町も神戸のような海岸沿いにへばりついたような地形で、すぐにバスは上り坂に入った。20分ほどたったろうか、海地獄前で下車した。

 しかし、どうやら間違えたようだ。もう2つ3つ進んだ本坊主で降りるべきだった。さしたる距離はなさそうだし、バスに乗るのももったいないので、歩いていくことにする。  

 付近では、あちらこちらから湯気が噴出しているのが見える。この辺は別府のイメージそのものだ。いよいよそれらしくなってきたところで、1つ目の坊主地獄についた。別府の地獄と言えば『血の池地獄』が有名だが、実はこの他に8つの地獄があり、それぞれ違った顔を見せている。坊主地獄はそのうちの1つだが、どういうわけかさっき買った共通券の適用外で、『別府8地獄巡り』からも外されている。仲が悪いのだろうか。

 400円払って中に入る。坊主地獄は、ぼこぼこと熱泥を吐き出している光景が坊主の頭に似ていたことからその名がついたらしいが、そうは見えなかった。確かに泥の中からぼこぼこと熱泥が湧き出る様は気持ち悪いし、あたりには鉱物の匂いが立ちこめてさらに気持ち悪い。ここには延内寺という寺があったらしいが、今から500年程前のある日、突然熱泥爆発を起こし、寺は住職とともに地中深く沈んでいったという。今も寺があったとされるところは大穴があいて、ぶくぶくと熱泥が噴出していた。1周しても10分もかからなかっただろうか。これで400円は高い。

写真2:海地獄。コバルトブルーが美しい。

 続いて海地獄へ。歩いて10分ほどだ。この日は天気もよく、次第に気温も上がってきた。5分も歩くと汗ばんでくる。さっきの新聞の天気予報によると、今日の大分地方は軽く20℃を越えるらしい。やはり京都よりはだいぶ暖かい。

 海地獄は、その名のとおり海のような青さで、さっきの坊主地獄からは想像できないほど美しい<写真2>。本当にきれいなコバルトブルーをしており、およそ地獄とは思えないが、水の温度は98℃と書いてあった。なんでも土中の硫酸鉄が溶け出してこのような色になるらしい。続いて山地獄へ。なぜか園内にはカバや孔雀や豚がいて、さながら動物園だ。なんでも温泉から出る熱を利用して屋外で飼育しているらしい。同様に温泉の熱を利用した温室では、バナナの木を発見! バナナの実がなっているところなんて初めて見た。そういえばバナナって木になるんだよな、などと知識の整理をする。

 山地獄は岩の間から煙がモクモク。それもあちこちからあがる。道の端っこからもシューシューと煙が吐き出され、子供がはしゃいでいた。帰り道でカップル風の男女が、孔雀に向けてカメラを向けていた。見るともう少しで羽を開きそうだ。これは珍しいものが見れるかもしれない、と筆者も立ち止まってじっと見ていた。周りの通行人も同じことを考えているらしく、足を止める人が多くなったが、どうもただ単にくちばしで羽の掃除をしているっぽかったので、もう見るのをやめた。出口近くに売店を発見、「ここだけ」という肩書きで『地獄蒸し温泉プリン』というものを売っていた。その言葉に釣られた筆者は購入して食べてみた。要は普通のプリンだが、蒸し具合に不自然さがなく、市販のものに比べて「本当に蒸した」という感じがする。

 次はかまど地獄。入ると大きな鬼が迎えてくれる。ここで名物『地獄蒸し温泉たまご』を食べる。要は単なるゆで卵だが、これも全く茹で具合が自然に感じられる。

 続いて鬼山地獄へ。猛烈な勢いで湯気とともにお湯が噴出されていた。ここではなぜか大量のワニが飼われていた。どいつも死んだように動かない。中には口が半開き状態で固まってるやつもいた。やっぱりどう考えても死んでいるようにしか見えない。どうもワニというのはこんな生き物らしい。

 今度は白池地獄。他の地獄は多くの観光客でにぎわっていたが、なぜかここはひっそりとしていた。一瞬入るのを躊躇したが、せっかくなので見に行くことにする。名前のとおり、真っ白な池なのだが、時々温泉の温度が下がるとコバルトブルーに変化するらしい。温度が下がったり色が変わったりする原因は、いまだ不明だという。さらに向かい側の金竜地獄へ。朝日に映る温泉より立ち上る白い噴気が、天へ昇る金竜のように見えることからそう名がついたらしい。実際はただの湯気にしか見えないんだが。そばには、地下1000mから湧き出る温泉水というものがあり、飲むことができるというので飲んでみた。98℃と書いてあったがそれほど熱くはない。長寿に効くというが、あんまりおいしくなかった。次のオバチャンも興味深げに筆者に「どんな味ですか?」と聞いてきたので、「硫黄臭くてあんまりおいしくないですよ」と答えておいた。

写真3:意外と茶色味が濃く、『血の池』という感じはあまりしない。

 ガイドブックによると、次の血の池地獄はここから2、3km離れているらしい。ということは歩いて30分くらいだろうか。バスにするかどうするか迷いつつとりあえず鉄輪(かんなわ)バスターミナルへ。バス停をのぞくとちょうど血の池地獄前を通るバスが来たので、なんとなく乗り込んでしまった。バスは山道をぐねぐねと曲がりトンネルをくぐっていく。10分ほどかかっただろうか。どうやらバスを使って正解だったようだ。眺めはいいのだが、こんな山道を歩くのは危険すぎるし、しんどい。

 血の池地獄は、別府地獄めぐりでももっとも有名ではないだろうか。血のように赤い池を想像していたのだが、実際に見てみるともっと橙色というか朱色というか、酸化鉄を含む粘土のせいでこのような色になるらしいが、赤粘土っぽい色だ<写真3>。

 その向かい側にあるのが龍巻地獄。ここはこれまでの地獄とは異なり、いわゆる間欠泉である。約25〜30分間隔で20mもの高さの熱湯を噴き上げるという。筆者がここに入ると、中にはぜんぜん人がいない。ちょうど噴出が終わったところのようだ。どうやら入る順番を間違えた。血の池地獄より先にここに来るべきだった。

写真4:勢いよく吹き上がる間欠泉。

 しばらく待つうちにだんだん人も増えてくる。間欠泉の周りには柵が張ってあり、近づくと危険なような気がしたので、後ろの石段に上がって視界を確保した。みんなも同じことを考えているらしく、柵からやや離れたところに人垣ができ始めたが、地元のタクシーの運ちゃんが自分の客に「もっと前から見ないのか」と手招きしたので、安全なことをみな確信したのか間欠泉の柵の周りはすぐ人垣ができてしまった。まもなく岩の間から湯気が上がり勢いよく熱湯が噴き出された<写真4>。あたりからは歓声が上がり、盛んにシャッターを切る音が聞こえた。5分間ほどこの状態が続く。なんでも地下の水圧と不純物を含んだ温水の沸騰温度なんかが微妙に関係しているらしいが、やはり自然は不思議に満ちている。

◎ 亀川13:37 →大分13:57

各駅停車 佐伯行き

 さて無事地獄めぐりも終わったところで駅へ戻ることにする。ここからだと、別府駅へ戻るよりも2つ手前の亀川駅のほうが近そうだ。本来なら別府を12時18分に出る電車に乗るはずだったが、すでに昼の1時を回っているので、大幅に予定を変更しなければならない。といっても1人なので、最終的に大分発15時39分の列車に間に合えばそれでいいのだ。この辺が一人旅の気楽なところか。

 血の池地獄前はちょっとしたターミナルになっていて、多くのタクシーが待機していた。その中になんとベンツのタクシーを発見! 特別料金でも取られそうで、なんか乗り難い。 

 ここでも運良く5分ほどで別府駅行きのバスが来た。だんだん山を下りていき、どうやら駅に近づいたのか、踏み切りで停車。そしてすぐに亀川駅についた。別府駅までこのままバスで行こうかどうか迷ったが、運賃を安くあげるためにやっぱりここで下車した。だがこれもまたしてもミスったようだ。次の電車は20分ほど待たねばならない。そういえばさっきの踏み切りで引っかかったのが別府方面行きの電車だったような気がする。駅前にも何にもない。同じ目にあった人がちらほらいたが、仕方がないので彼らと同様ホームに入っておとなしく電車を待つことにしよう。

写真5:九州のJRはとてもカラフル。

 電車を待っている間に何本か特急列車が行き交ったが、九州のJRはどれもこれもとても個性的だ。さっきの特急なんかおよそ電車とは思えない形をしている。まもなく普通電車が来た。さっきと同じ銀色の新型電車だが、これも外観はステンレスの銀を赤で縁取りがしてある。それも真っ赤。側面も銀色の車体にドアだけ真っ赤。車内に入ってもイスが黒でドアや運転室周りとトイレが真っ黄色。けばけばしいが、妙に似合っているのがまた不思議だ<写真5>。

 今度は別府駅を通り過ぎて大分まで行くことにする。電車はずっと海沿いを走る。青い海がきれいだ。車内は結構人が乗っていた。地方都市にしては結構JRもはやっているんではないかと思う。程なくして大分着。

 別に大分に見たいものがあったわけではないが、なんとなく時間つぶしに来てしまった。駅前をうろついてみるが、特に何の変哲もない。県庁所在都市なんて全国どこに行っても同じようなもので、道には車と人があふれ、しっかり銀行と百貨店があり、駅前にはファーストフードと携帯屋だらけ。ちゃんとN○VAもあった。ここでも駅前留学ができるようだ。

 駅近くの大分城をちらりと見てまた駅へ戻る。これもどこにでもある城だ。歩行者信号機が点滅をはじめると「まもなく赤です。これからの横断は止めましょう」という放送がかかる。そんなもん見たらわかるっちゅうねん。だいたい関西では点滅信号は「止まれ」ではなく「急げ」だと思うのだが、この放送が妙に気に障る。だが、この交通ルールに対する意識の違いは明日、あさってとさらに明白になっていくことになる。

◎ 大分14:43→別府14:54

各駅停車 日出行き

 行程的には、この大分から豊肥本線に乗って阿蘇を目指すのだが、荷物を別府駅のコインロッカーに預けたままになっているのでとりに行かねばならない。なんだか無駄がかかっているような気がするが、無駄なのは時間だけで、乗車券は引き続き青春18きっぷなので問題はない。今日はまだ2日目。ここまでの交通費は京都から4600円だ。

 またさっきと同じ銀色の普通電車で別府へ戻る。やっぱり車内はそこそこ込んでいる。今度は座れなかった。海側のドアにもたれてボケ−っと海を眺める。本当にこれはあのきたない大阪湾とつながっているのだろうか。そう思わせるほどどこまでも青い。10分ほどで別府である。

◎ 大分15:15→別府15:28

各駅停車 中山香行き

 どう考えても、県庁所在都市の大分よりも別府のほうが駅は立派だ。しばらく時間があるので、土産物屋をうろうろする。別府ではユズとカオスが名産らしく、みやげ物もそれらが中心だ。あとは温泉物である。ちょこっとだけ買い込んでコインロッカーから荷物を出し、ホームへあがった。隣のホームには、由布院を通るという緑の洒落た特急が止まっていた。いつかこんなやつで旅をしてやると思いつつ、普通電車の到着を待つ。ついでにあさって宮崎で使うレンタカーの予約も入れておくことにした。天候なんかが分からなかったので、ぎりぎりまで予約しなかったのだ。どうやら天気もいいらしいので、ひと安心である。無事予約も入れられたところで電車が来た。またしてもさっきの銀色の電車だ。このへんの普通電車はワンマン運転をしているらしく、車掌の乗務はない。無人駅では運転士が料金の収受をするので、降りれるのは一番前の扉だけ。2両連結なので、乗務員のいない2両目は無人駅では締め切りとなり、1両目の後乗り前降り形式をとる。無人駅では整理券をとらなければならない。まるでバスだ。またさっきと同じ線路をとおり大分へ向かう。もうこの区間も飽きてきた。

◎ 大分15:39→宮地17:52

各駅停車 宮地行き

 ここで今までたどってきた日豊本線ともお別れである。ここから先は九州山地を横断して熊本へ向かう豊肥本線へと乗り換えとなる。

 10分ほどしか時間がないので、すぐに乗り換えのホームへ。少し隔てられた感じの一番果てのホームだった。予想に反して列車を待つ人が多い。おまけにどう考えても地元の人という感じではなく、観光客風のいでたちをしている。中には今朝ムーンライトと柳ヶ浦と別府で見た集団もあった。同じ行程をたどる人は多いのだろうか。ということは下手をすれば終点まで座れないのではないか。少し不安に思いつつ売店をのぞいたが、めぼしいものがなかったのでやめた。まもなく2両編成のディーゼルカーが来た。さっきの大量に人が待っていたところは、後ろの車両のところだった。半ば諦め気分で集団から離れていた筆者の前には1両目が止まり、難なく席を確保することができた。後ろを見てみると座れない人が大勢いるらしいようだ。さっきの集団にまぎれてないでよかった。

 しかし暑い! 外は歩くと汗ばむ陽気なのに、車内は暖房ガンガンだ。やっぱりこれは山の中に入っていくからだろうか。そういえばインターネットで見た天気予報では、阿蘇地方の最低気温は1度くらいまで下がるとかいてあったような気がした。これは十分京都より寒い。暖房がかかっているのも納得できるのだが。

写真6:豊肥本線の車窓から(1)。
かなり山深い中を走る。

 大分を出発してしばらくは町の中を走るが、次第に山あいに入ってゆき、15分もすると人家もまばらになってきた。乗客もだんだんと減っていく。周りの乗客も暑さに耐えかねたのか、窓を開ける人が増えてきたので筆者も少しだけ開けて外の空気に当たる。涼しい。車内はやっぱり暑すぎだ。途中、瀧連太郎が3年間過ごしたという武家屋敷が近くに残る、豊後竹田駅を通った。町には瀧連太郎記念館なるものもあるらしい。そのゆかりで、ホームには「荒城の月」が流れていたが、こんな暗い曲流されたって気持ちがブルーになるだけだ。

 豊後荻駅を過ぎると車内は筆者のほか地元人とおぼしき2人の計3人だけになってしまった。それもそのはず、車窓に広がるのは、何もない。一面の杉林、いや森だ。とにかく杉の密林と山並みが広がるばかり。まさに未開のジャングルだ<写真6>。たまに開けても、そこには放棄されたと見受けられる田んぼやビニールハウスがあるだけ。どうやら列車はとんでもなく山の中を走っているらしい。さっきからずっと上り坂である。さらに日の当たる方向があちこち変わるので、カーブも結構きついのだろうか。

 他の客がいないので、思いっきり足を伸ばしてくつろいでやった。車窓は相変わらず山だ。終点までずっとこんな感じなのだろうか。

写真7:豊肥本線の車窓から(2)。
外輪山越えを終えた瞬間。

 17時31分滝水駅着。外の駅名表示板をふと見ると、ここは『九州のJR線でもっとも標高の高い駅』であるらしい。後ろの車両からオジサンがきて写真をとっていた。続いてオバハンが来て窓を全開にして写真をとっていた。それはいいのだが、窓閉めていけっちゅうねん。列車が出発してトンネルに入るとめちゃうるさい。仕方ないので自分で閉めた。どあつかましいおばはんである。

 まもなく終点の宮地駅である。車窓は依然として山である。水戸黄門でも漫遊してそうだ。そのくらい山深いというか、何もないというか…。宮地は阿蘇観光の中心と聞くが、一体どんなところなんだろう。

 そう思っていると、本当にぱっと視界が開けた。眼下には遥か阿蘇の町並みが広がっている。列車はどうやらかなり標高の高いところを山にへばりつくようにして走っているらしい。眼下の町並みが、夕日をうけて輝いていた<写真7>。

 阿蘇山は世界一のカルデラ火山として有名である。カルデラとは、巨大な火山の火口の中に平地ができてしまったと考えると分かりやすい。いわば阿蘇の町は阿蘇山の火口の中にできた町である。当然火口の中は周囲の山(外輪山という)より窪んだ形になっているので、阿蘇に入るのはこの外輪山を山越えしなければならない。列車はこれまでこの山の中を走っていたのである。道理で山深かったはずだ。だがこの風景の展開はなかなか感動的だった。特に不意に視界が開けたあたりなんてもう涙モノである。特にちょうど夕暮れ時にここを通過したことは正解だった。本当に町全体が美しく光っているようだ。

 次第に山を下っていき、周りが町らしくなると終点の宮地である。

◎ 宮地18:14→いこいの村18:17

各駅停車 肥後大津行き

 今日宿泊する『阿蘇いこいの村』は、ここから一つ進んだいこいの村駅が最寄駅らしい。パンフレットにも「いこいの村駅から車で10分」と書いてある。しかし、そんな田舎の駅にタクシーなんてあるんだろうか。この宮地駅なら、数台のタクシーが常駐しているのだが、運賃が高くなりそうだ。などと迷った挙げ句、観光地の中にあるのでいこいの村駅にも1台くらいタクシーがいるだろうと勝手に確信し、列車を待った。待ち合わせ時間が20分ほどあるので、駅前をのぞいてみたが、特に何もない。典型的田舎の駅だ。

 確かに寒い。とてもさっきまでの陽気は想像できない。思わずもう一枚羽織りたくなるほどだ。SL列車が走っているらしく、PRするポスターが多数貼られていた。時刻表にも確かに書いてある。だが時間が合わないので、またの機会に譲ることにする。

 時間が来たのでホームに入る。駅員は一人しかいないらしく、窓口には「ただいま列車の入れ替え中につき、しばらくお待ちください」と書き置きされていた。

 やってきたのは、これまた真っ赤なディーゼルカーだった。車内もきれいなので、新型車両だろうか。正面や側面にかかれたロゴマークも近未来的な感じがする。

 一駅だけ進んでいこいの村駅着。うーん、これまた失敗だったようだ。何にもない。降りたのも筆者1人だけだった。駅自体が最近できたという感じで、ホームがあるだけ。無論無人駅だ。駅前は広場というか空き地というか空間があるだけで、バス停やタクシーの姿などどこにもない。辛うじてファミリーマートの存在が観光地であることを表しているようだ。

 とにかくいこいの村まで行かなければならない。歩いていこうか。どうやら看板らしきものもある。だがもう18時を回っている。だんだん辺りも暗くなってきており、道に迷うとどうしようもなくなりそうだ。仕方ないのでタクシーを呼ぶことに決めた。普通こんな無人駅では、近所のタクシー会社の電話番号が張ってあるものだ。そう思ってホームを探すが、ない。万事休すか。そういえばガイドブックにタクシー会社一覧が乗っていたような気がする。そう思って阿蘇のページを見ると、おお、あったあった。6社ほど載っている。どれが一番近いのか分からなかったが、さっき宮地駅前に『大阿蘇タクシー』が止まっていたので、これに決めよう。さっそく携帯から電話する。こっちの情報を伝え向こうがそれを確認するのだが、おそらくその内容は「あんたは今いこいの村駅にいていこいの村まで行きたいんですね」と言っていたのだろう。だが方言がきつくて何いってるのかよく分からなかったので、だいたい雰囲気で「そうです」と答えておいた。

 まもなくしてさっきとは反対方向の列車が来た。女子高生1人が乗り込み、女子高生1人とオバチャン1人が下車。オバチャンは電話ボックスに入っていったがなにやらガチャガチャやって電話がかけれない様子だった。なんでも硬貨投入口に何かが詰まっていて10円玉が入らないらしい。タクシーが呼べないと困っていたので、筆者のテレホンカードを貸してあげた。テレかを使うのなんて何年ぶりだろうか。そんなことをしているとタクシーが来た。オバチャンは何回もお礼を言っていた。

 やはり歩かなくて正解だった。タクシーは案内板も何もない小さな交差点を何回も曲がっていく。歩いていたら絶対迷っていただろう。運転手氏が「この辺は寒いでしょ」(実際にはもっと方言がきつかったのだが、忘れてしまったので敢えて標準語で書くことにする)と話しかけてきた。「そうですね、さっきまで別府にいたもんで。あそことはぜんぜん違いますね」と答えると、「昨日だったかおとついだったか、雪が降って山肌には積もったんだが」という。指さされたほうを見ると、たしかに山肌に点々と雪があった。相当寒いらしい。まさかまもなく4月というこの時期に九州に来て、雪を見るとは思わなかった。

 5分くらいかけてタクシーはいこいの村へ着いた。運賃は2メーターで620円。初乗りは560円だったから、安い。

 建物の中に入り、フロントへ行く。建物全体が広く、まだ新しい感じだ。チェックインを伝え、部屋に案内される。明日の行動を聞かれたが、なんでもいこいの村駅までは送迎してくれるらしい。じゃあひょっとするとさっきも電話すれば迎えにきてくれたんだろうか。タクシー代を損してしまったようだ。

 部屋はとても広く、一人ではもったいない気がした。オートロックなので締め出されないようにと注意を受ける。ちょうど今が夕食の時間なので、夜8時までにレストランに来てくれという。外が寒いせいか、室内は暖房が入っていた。荷物を置いて一服してレストランへ向かった。阿蘇赤牛のステーキがこの施設の名物らしいが、そんな高いもの食べれないので普通の夕食を頼んでおいた。文字通り普通の夕食だった。どっちかいうと筆者は海の幸のほうが好きなので、少し物足りなかった。

 部屋に戻って大浴場へ。ミネラル温泉で、水が普通の水よりさらさらしている。熱さもちょうどよく、疲れた体に染み渡るようだ。

 部屋に帰るとすでに布団がしかれていた。まだまだこの旅は続く。明日は7時起きである。テレビを少し見て早めに寝るとしよう。



May.31.2000
無断転載を禁ず Written by HIRO.T