千里山ワークショップ


九州旅行行程記
第3日目


3月31日金曜日  曇りのち雨のち曇り
 いこいの村→阿蘇⇒熊本⇒天草⇒熊本→博多→西鉄天神バスターミナル→


 布団をちゃんと着ているつもりだったが、夜中に寒くて目がさめた。寝る前に切った暖房のスイッチを入れて再び寝た。
 
7時前に目が覚めた。障子越しに日差しが差し込んでくる。どうやら今日も天気はいいようだ。かなり朝早く起きたので行動にはかなりゆとりがあった。だが、テレビの天気予報によると、今日は一日下り坂と言う。夕方には雨が降り出すらしい。まあ今日一日は車と電車で行動するので、別にかまわないのだが。
 8時になったので朝食をとりに再びレストランへ。牧場の多い阿蘇らしくミルクを注いでくれた。筆者は牛乳はあまり好きではないのだが、せっかくなのでいただいた。普段飲まないせいか、普通のものとどう違うのか分からなかった。なぜか漬物、酢の物系統が多く、朝から苦労した。

◎ いこいの村9:01→赤水9:20

各駅停車 肥後大津行き

 朝食後もしばらく時間があったので、テレビを見るなどして時間をつぶした。今日から

 セ・リーグの開幕である。朝のニュース番組もその話題でもちきりかと思いきや、どうやら昨日有珠山が噴火したらしい。その映像は雲仙・普賢岳を髣髴させる。よく考えればこの阿蘇山も日本有数の活火山である。地元の人々にとっては決して他人事では済まされないだろう。

 8時40分ころになったのでフロントへ行ってチェックアウトする。清算を終え、駅へおくってくれるバンが玄関に現われた。どうも昨日のタクシーとは違う道を通って駅へ向かう。たしかに空には雲が広がってきた。また5分ほどで駅に着いた。

 駅で列車を待つのは筆者1人だけであった。こんな駅作ったところで維持費のほうが高くつくのではないだろうか? いや、その前に一日に何人の人がこの駅を使っているのだろうか。そう思わせるほど寂しい。駅前の国道57号線は、途切れることなく車が行き交っているが、まるで駅なんて存在しないかのように通過していくだけである。この辺りではほぼ100%車社会なのであろう。どこから現われたのだろうか、いつのまにかホームにはオバチャン1名がいた。

写真8:カルデラの中から外輪山を眺める。

 やってきた列車は昨日と同じ赤いディーゼルカーだった。整理券をとって車内に入る。これもワンマン運転なので、ここのような無人駅では1両目のみの後乗り前降り方式である。そのためみんな1両目に乗っているので、すいている2両目に移動した。

 先に書いたとおり、阿蘇山は巨大なカルデラを形成している。車窓をぐるっと見渡しても、たしかに高い山に囲まれているのが分かる<写真8>。9時20分赤水駅着。すっかり有人駅だと思い込んでいたが、無人駅だった。下車できるのは1両目の1番前のドアだけである。そのため、慌てて2両目から一番前まで移動しなければならなかった。

 大手のレンタカー会社のうち、阿蘇周辺に営業所を構えるのはトヨタレンタリースだけだった。その営業所が、ここ赤水駅の駅前にある。電話で聞いていたとおり、駅前を出て国道を挟んだ向かい側にあった。それにしてもここも何もない駅だ。

 レンタカーを利用したことのある人は少ないかもしれないが、実は意外に使い勝手がよい。このトヨタの場合、一番小さいクラスでは保険など諸費込みで一日6300円である。さらに県内乗り捨て(借りたところと違う営業所へ返すこと。その辺に放っておくわけではない)無料というのも嬉しい。営業所では、免許証を提示し、契約書とキズチェックの書類に署名するだけというごく簡単な手続きだけで出発できる。今回借りたのは一番小さいP1というクラスである。今はやりの『ヴィッツ』を期待していたのだが、今は生産中止となった旧型の『スターレット』であった。『ヴィッツ』よりも一回り居住空間が狭く、燃費も多少悪い。しかし、こういった乗り比べができるところもレンタカーのメリットかもしれない。

 地図を頼りに、まず北側の外輪山を目指すことにしよう。ここにはカルデラを一望できる『大観峰』と呼ばれる展望台があるらしい。やはりここに行かねばなるまい。だいたいこっちかな、と思われる方向へ走らしていくと、次第に道は山道の様相を呈してきた。はじめのうちはグネグネとしていただけだったが、そのうち片方が崖になり、森の中を走っていたと思ったら、そのうちに一面草原地帯になってしまった。

写真9:阿蘇スカイラインからの眺め。
何もない。

 本当に何もない。ただ茶色の草原地帯が広がるだけだ。さらに空が曇ってきたこともあって、とても寂しい雰囲気がする。この方向でいいんだろうか? とさっきから疑問に思いつづけているのだが、案内板が1つもない。少し不安になってきたところでようやく案内板を発見。どうやら道はあっていたようだ。ここから阿蘇スカイラインに入る。多少急カーブがあるものの車も少なく見通しもいいので、80km/hくらいのスピードでも遅く感じてしまう。事故ったら死ぬななどと考えながら運転していたが、周りの車もかなりの速度で運転していたように思う。

 この道は連なる外輪山の山頂付近を這うように走っているらしく、遥か下のほうに平地が広がっているのが時々見える。かなり高いところのようだ。相変わらず外は一面の草原だ<写真9>。所々に『〜牧場』という看板があるので、牛でも飼っているのだろうか。だがどう見ても放棄された土地にしか見えない。ナンバーをはずされ、錆びついた軽トラが草に埋もれている光景もあった。もう牧場はつぶれたのだろうか? それとも冬の間は暖かいところへ移動しているのだろうか? 

 まもなく道の名前が『ミルクロード』と変わった。その名からしてやっぱり牛が飼われているのだろうか。まもなく大観峰である。

 かなり大きな看板が出ていたのですぐに分かった。駐車場に車をとめて展望台を目指す。展望台までは徒歩で5分ほどらしい。カメラ片手にぶらぶら歩く。ますます天気が悪くなってきたようだ。それにしても寒い。

写真10:大観峰からの眺め。
雲のかかっているあたりが阿蘇五山。
天気が悪く、残念ながら南側の外輪山は見えなかった。

 だが、展望台からの景色はその寒さを吹き飛ばすほど素晴らしかった。標高は936mという。若干雲が垂れ込めて南側の外輪山が見にくいが、それでも眼下に広がる阿蘇の町並みとぐるっと取り囲む外輪山、カルデラ中央に位置する阿蘇五山は見事だ<写真10>。

 しかしなかなかスリリングな展望台だ。先端の部分には柵も何もなく、舗装が終わるといきなりかなりの急斜面になっている。たぶん足を踏み外すと二度と帰ってくることはないだろう。子供がぎりぎりのところに立っている望遠鏡の周りで遊んでいたが、かなり危なっかしかった。

 またぶらぶら歩きながら駐車場に戻る。遊歩道の周りも一面の草原地帯である。遮るものが何もないので風もかなり強い。オバチャン団体が帽子を押さえながら歩いているのとすれ違った。

 駐車場のそばには売店兼食堂があり、みやげ物がずらっと並んでいた。入り口は室内保温のためか2重扉構造で、もう4月だというのにここでは暖房がかかっていた。どれほど寒いか想像いただけただろうか。まだ10時半前であり昼食には早いため、土産物屋をのぞく。阿蘇牛を使った肉類と乳製品が多く並んでいたが、多くは要冷蔵のため、まだ数日帰れない筆者は買うことができなかった。奥のほうにあったサブレを試食するとこれがおいしかったので、ここでの土産はこれに決めた。

 それほど急ぐ必要もないのだが、雨が降る前に行きたいので先を急ぐことにしよう。次なる目標はというと…、実はいいかげんにプランを立てていたため、この先は特に予定がない。まあ少し時間があるので、ドライブガイドに『おすすめ』タイトルのあるやまなみハイウェイを通ってくじゅう高原へ抜けるとしよう。最終的に目的となる熊本市とは全く逆方向だが、どうにでもなるわいと思って出発した。

 さっきと同じミルクロードを快適に走る。すれ違う車も他府県ナンバーやレンタカーの“わ”ナンバーが圧倒的に多い。平日だが結構観光客はいるようだ。

 まもなくミルクロードが終点になり、やまなみハイウェイに入る。ここは、様々なガイドブックでもイチオシで紹介されている。出発前に九州人に聞いた情報でも、綺麗なところなのでぜひ行くべきだといわれた。なるほど、さっきまでのミルクロードとは異なり、周りは一面緑の草原だ。茶色から緑に変わっただけでこんなに印象が変わるものなのだろうか。目に優しい光景であることも確かだが、やはり山は緑のほうが美しい。

 このままこの道をまっすぐ行くと、温泉で有名な由布院を通って別府へ出てしまう。どこかで引き返さなければ、熊本へ帰ることはできない。はじめは11時になったら引き返そうと考えていたが、せっかくここまで来たのだからくじゅう高原まで行くことにした。しかし、くじゅう高原といっても広い。ガイドブックを見ると、やまなみハイウェイで最も標高の高いところにある牧の戸峠というところがおすすめらしい。なんでも標高は1300m。冬には樹氷が見れるらしい。

 車窓に美しい緑の草原を見ながら快適に進む。くじゅう高原を囲むようにしてこの辺りには1000m級の山が35峰もあり、ハイウェイはその合間を縫うようにして走っているらしいが、その割には一部を除いて急カーブや急勾配も少なく、山道という感じがしない。ただし、急なところはかなり急なのだが。

 一面の緑の大草原を通り抜け、森の中を抜け出ると信号を発見。周囲もなんとなく都会っぽく感じられるところに出た。周囲にはホテルやコテージ風の建物が見受けられるので、このへんがくじゅう観光の拠点となっているようだ。大自然の中で見る文明の利器というのはどうも不自然だ。さっきの信号を越すと道は山の中に入り、急カーブが連続するようになった。カーブを曲がるたびに、遥かかなたまでひろがる山並みを見ることができた。これがこの道の名の由来なのだろう。山道を抜けると牧の戸峠だ。

 駐車場に車を止める。着いたのはいいが、どうも場所がよく分からない。ここは展望台というより登山者のための基地となっているようだ。しかも猛烈に寒い。雪が降ってもおかしくないくらいだ。仕方がないので、トイレだけ済まして帰ることにしよう。水道の蛇口の下に、「凍結するので冬季は水を止めないでください」と書かれていた。九州=冬でも暖かいというイメージは間違っていたようだ。もっとも場所によるのだろうが。

 車に戻って、さっきと同じ道を引き返す。出発してすぐのところに『牧の戸展望台→』の看板が立っていた。行き過ぎていたようだ。だが今度も気づくのが遅くそのまま行き過ぎたので、もうどうでもよくなった。

 次は今度こそ阿蘇山へ登ることにする。もう一度やまなみハイウェイを通って阿蘇へと戻る。途中前の1BOXがとろくてめちゃむかついた。うしろの1BOXもずっと追い越しの機会をうかがっているようだった。さいわいにもその1BOXは途中でわき道にそれてくれた。

 とちゅうからはミルクロードに入らず、そのままやまなみハイウェイを下って宮地駅方面に出る。まもなくお昼である。お腹もすいてきた。昨日見た宮地駅前を通って、JR沿いに国道57号線を走る。阿蘇駅前で国道から離れ、阿蘇登山道路に入る。ここは有料道路である。例によってしばらく森の中を走り、次に一面茶色の草原になった。空は今にも泣き出しそうな色になってきた。草原といい空といい、とても寂しい。

 この道は有料道路である。草原の中にある料金所で通行料1240円を払う。来週から無料解放されるらしい。ひょっとして今来た筆者はかなり損しているんだろうか。

 さっきの阿蘇スカイラインやミルクロードと風景に大差はない。依然として茶色の草原である。阿蘇登山道路には3ルートあり、これはそのうちの1つ坊中線という。

 茶色い草原の中を行く筆者の前に、緑の山が現われはじめた。いつのまにかかなり登ってきたようだ。途中で景色のよいところに駐車スペースがあり、車を止めて写真を撮る。さらに進むと有名な『草千里』があった。一面の草原の向こうに池と山並みを見ることができるらしいが、さっき車を止めたところと大差はないし、よく見ると駐車料金を取られるようなのでやめた。その先に阿蘇山頂ドライブインがある。

 ここから阿蘇山中岳にある火口西まで、ロープウェーが出ている。なんとここでは、阿蘇山中岳噴火口を間近で見ることができるのだ。さぞ感動的なものが見れるのだろう。だが残念なことに、ここで雨が降り出してきた。でもせっかく来たのでぜひ火口を見てみたい。駐車場に車を止め、荷物を持って外に出る。傘も持っていかなければならない。おまけにとても寒いので、持参したコートを着ていくことにした。

 建物の中に入り、ロープウェーの切符を買う。ここ阿蘇山西駅から山頂駅まで往復820円、15分間隔で運転されていた。次の便まで7、8分あるようだ。ここの標高は1000mほどあるらしい。本当に寒い。駅の中や改札の周りには「阿蘇山は活火山で、火口周辺には二酸化硫黄が発生しています」という警告ポスターが多く貼られていた。「気管支や心臓に異常のある人が近づくと命にかかわる可能性があるので、絶対にこれより上に入らないでください」という。さらに「万が一の場合は係員の指示に従って速やかに非難するとともに、口や鼻を押さえるための濡れたハンカチをご用意ください」と書いてあった。そんなもの持ってないぞと思い、さりげなく周りの人を見ても持っている人はいなかったので無視することにしたが、なんとなく恐怖感をあおられた。改札前に掲示板があり、山頂の気温は7℃という。

 時間が来たので、改札を通ってロープウェーに乗り込む。筆者は後ろのほうに陣取った。はじめ乗客のほとんどが前に集中したために、車両は大きく前へ傾いた。ガイドさんが「前後の均等乗車にご協力ください」と言うので、何人かが後ろのほうに移った。

 ガイドさんの案内によると、上下の駅間で標高差は250mほどあるらしい。車窓から見えるのはごつごつとした黒い岩だけである。これは溶岩が固まったものだそうだ。まるで廃ビルの解体現場がどこまでも広がっている感じだ。ロープウェーはかなり高いところを進んでいるので分かりにくいが、岩の一つ一つはかなり大きく、人の背丈の倍以上もあるのものもあるという。

 前方に火口西駅が見えてきた。所要時間は5分くらいだったろうか。

 幸いにも雨はやんだようだ。駅の中では石油ストーブがたかれていた。駅から一歩出ると寒い! さらにびゅうびゅうと風も吹いて手が凍えそうだ。周りの人も寒い寒いと連発していた。

 火口までは歩いてすぐだった。ここもあたり一面溶岩石が散乱している。緑が一つもないためとても殺風景だ。

写真11:阿蘇中岳火口。
写真では迫力が伝わりきらないのが残念。

 ようやくたどり着いたので、火口の中を覗き込んだ。なんと形容したらいいのだろうか。今現在いる頂上付近から火口までは高低差約100m、火口の中にはコバルトブルーの湖ができていて、その端から湯気が噴き出していた。水温も熱いのか、水面からも湯気が立ち、強い風に吹かれて水面を移動し、火口の壁にぶつかると天高く舞い上がる。時には少なく、時には激しく噴き出される蒸気が、確かに地球が活動していることを感じさせ、それと比較したとき思い知らされる人間の小ささに、いいようのない恐怖感さえも感じられた。とにかく、これは自分で見なければ感じ得ない感情だろう<写真11>。

 火口に沿って遊歩道があり、奥へと進んでみるが、すぐに行き止まりとなって火口とは反対の方向へ進んでいた。そこには、そこらじゅうに転がる溶岩石すらない、地層剥き出しのどうやら爆発したような跡もあった。また火口の方向へ戻り、今一度中を覗く。すごいというか、壮大というか、めったに見れないということも確かだが、感動を通り越した何かがある。

 しかし風が強い。柵の向こうにも飛ばされた帽子やなんかがたくさん落ちていた。年中こんなものなんだろう。雨は降っていなかったが、降っていれば傘があったところで役に立ちそうはなかった。写真撮影のおじさんがいたが、この人の格好はまるで雪山登山だ。

 ほどほどにしてさっきのロープウェーの駅へ戻る。あまりに寒かったのでストーブに当たった。周囲を見渡すと、フィルムやみやげ物を売る売店のほかに、屋台風の店があった。見てみるとメニューの中に『肥後牛串焼き』があった。前に飛騨高山に行ったときに『飛騨牛串焼き』を食べたが、それと似たようなものらしかった。九州に来て名物らしきものを食べていなかったので、400円で購入。半焼けの状態でおいてあって、注文をしてからもう一度焼きなおしてくれた。焼けるのを待っている間に店のオジサンが「どっから来たん?」(言うまでもないが、こんな関西弁で語りかけてはこなかった)と聞いてきた。「京都です」と答えると、オジサンは京都が好きらしく、「京都は瓦の屋根がたくさんあってきれいだ」と答えてくれた。そして例によって「ここは寒いですね」と言うと、「2、3日前は気温が氷点下になって、霧も出たおかげで道が凍ってチェーン規制がかかった」と教えてくれた。もう春も間近の九州でチェーン規制とは…。

 焼きたての肥後牛は、とてもやわらかくおいしかった。400円は少し高い気もするが、この味に免じて許すことにしよう。

 ちょうどロープウェーの時間になったので、山を下りることにする。車内は研修中と思しきバスガイドでいっぱいになった。動き出すと、かなり激しい勢いで雨が降ってきた。かなり運のいい間に火口にいたようだ。ガイドさんによると、この場所がすっきり晴れるのは、夏の短い期間だけだという。

 ドライブインに戻った時には、もう昼の1時も近かった。幸いレストランもあるので食事にすることにしよう。メニューを見てもこれといって名物はなさそうなので適当に済ました。雨はまたやんだようだ。山の天気は変わりやすい。

 食事も済んだので、車に戻って熊本方面に向かうことにする。帰りはさっきとは違う赤水線を通る。グネグネと曲がる山道をひたすら下る。そのうちに料金ゲートがあり登山道路は終了、一般道路に入った。この辺りでまたしても雨が降ってきた。今度は本降りのようだ。とりあえず行く先を失ったので、熊本市内へ向かうことにしよう。雨の国道57号線をひた走る。隣には、JR豊肥本線が並走していた。

 途中から片側2車線道路となり、快適になったところでコンビニで休憩。ついでに行き先を決めることにしよう。現在時刻はだいたい14時。あと30分もすれば熊本駅につくだろう。なんとなく決まらなかったので、とにかく熊本駅まで行くことに決めた。再び車を走らせると、また雨はやんだ。なんという不安定な天気だろうか。車だからいいようなものの、歩きだったらめちゃうっとおしい天気だったところだった。

 熊本市内へは案内板もたくさん出ているので迷うことはなかったが、困ったのは市内に入ってからだった。だいたい知らない町というのは運転しにくいものだが、それに加えて熊本市内では路面電車が活躍しており、右折車線なんかが勝手が違ったりしてどうにもこうにもならない。バスで前が見えないまま信号待ちしていたら実は左折車線だった、なんてありがちなワナにも引っかかり、ついに熊本駅へはたどり着かずじまいになった。

 仕方がないのでまたコンビニの駐車場で休憩。この先の行動を再度検討することにした。時間はまだ14時半。とはいえ十分な時間があるわけではない。そこで前から行きたかった天草方面へ行くことに決めた。ただし遅くとも熊本駅20時発の電車に乗らなければならないので、そんなに遠くに行くことはできない。おそらく途中で引き返すことになるだろう。決まったところで再び発進、国道3号線を南に下る。

 天草とは、有明海の出口付近に位置し、大小120あまりの島々の総称である。九州本土とは、熊本県三角から国道266号線にかかる天草五橋によってつながっているほか、長崎県側からも多くのフェリーが就航している。リアス式海岸など美しい自然を見せる傍ら、島原の乱にまつわる史跡や悲哀などを島内随所に残している。熊本市内から入るには、いったん国道3号〜57号を経由して、三角港を目指さなければならない。

 国道3号線を南下している途中、道路情報版を発見。なんと三角までは1時間を要すると出ているではないか。時刻はすでに15時。これは行って帰るだけになってしまうかな? などと考えたが、せっかく途中まできてしまったので引き返すのはもったいない。それにしても国道3号線はずっと片側2車線だ。結構交通量が多いとはいえ、どうして地方に行くほど道路事情がいいんだろうか。

 ひたすら南下してやっとの思いで国道57号線との交差点にたどり着いた。ん? ちょっとまて。国道57号線って、さっき阿蘇から熊本へ来るとき走った道じゃなかったか。どうやら熊本駅を探してかなり遠回りしてしまったらしい。

 気を取り直して走り出したところで、また雨が降り出した。国道57号線は片側1車線である。隣にはJR三角線が走っている。今度はずーっと一本道なので迷うことはない。そして沿道にさくらの花を発見! さすが九州、やはりもう咲いていたのだ。一つ見つけたと思ったら道沿いにたくさん咲いていた。ちょうどそのときラジオで、今日熊本市内に桜の満開宣言が出されたことを知らせていた。

 次第に町並みが途切れてきたと思ったら、田んぼの向こうに海が見えはじめた。雨に煙ってはいるが、やはり青い海だ。山沿いの海岸をへばりつくようにして走っていく。また雨がやんだ。まもなく半島の先端に到着した。

 さっきも述べたとおり、天草というのは大小120あまりの島々から成り立っているが、その中でも大きさ的にも物の流れ的にも中心になる5つの島を天草五島という。これらの島々は、本州側から天草五橋で結ばれ、車で移動できるようになっている。この五橋で結ばれた部分は別名天草パールラインと呼ばれる通り、リアス式の沿岸に浮かぶ真珠の養殖場が美しい光景を作り出し、俗に天草松島と呼ばれているほどである。

 その5つの橋のうち、2号橋から5号橋までを一度に眺められる千厳山(せんがんざん)展望台というのが、5つの橋を渡りきった天草上島というところにあるらしいので、そこに行くことにしよう。この天気では、ガイドブックにあるような、コバルトブルーに澄み切った雄大な有明海を一望、とはいかないが、仕方あるまい。

 いよいよ天草五橋の1号橋に差し掛かる。全長は511mなのでたいした橋ではないし、おまけに運転しているとあってキョロキョロできないので普通の橋と大差ないような気がした。

 橋を渡ると本州から離れて大矢野島である。橋を渡ったのはいいが、今度は島の中央を横断するために普通の田舎道と変わりはない。通り抜けるのにかなりかかったので、もうこの辺で引き返そうかと何回も思ったが、引き返す場所がなくてなんとなく進んでしまった。道沿いには、島原の乱で知られる『天草四郎メモリアルホール』なんかもあった。

 やっと大矢野島を通り抜けた。次は2号橋から5号橋まで連続して4つの橋を渡る…、はずだった。ところが3号橋の真ん中辺りでぴたりと流れが止まってしまった。ちょうど橋の上なので、びゅうびゅう風が吹いて車がゆれる。いいかげんいらいらしてきたところで動き出した。どうやら工事で片側通行をしていたようだ。それなら仕方あるまい。

 ふたたび橋を渡って天草上島へようやくたどり着いた。たしかにガイドブックとおりの美しい海岸美だが、遠くのほうは雨に煙ってほとんど見えなかった。

 おまけにどうも千厳山展望台の位置がわからない。地図に従ってそれらしき方向に進んでは見たが、なんか地元の道に迷い込んだらしくて明らかに間違っているようだ。あまりがむしゃらに進んで迷い込んでしまうと本当に帰り道が分からなくなってしまいそうなので、ほどほどにしてさっきの道へ合流した。そこにヤマザキデイリーストアーがあったので、買い物ついでに駐車場に車を止めて改めて地図を見たが、イマイチ分からない。もう時間が時間だし、仕方がないのでもう戻ることにしよう。何のために来たんだか…。

 さっきと同じ道を戻っていると、千厳山展望台とかかれた標識を発見。ただ単に道を間違っていただけのようだ。でももう帰る気満々なのでそのまま無視して通り過ぎた。またさっきの浅草五橋を渡って帰るのだが、どうも同じ道を通るのは退屈だ。3号橋の工事は5時を回って終わったらしく、車線規制はなかった。

 大矢野島を通り抜け、1号橋を渡り本州へ戻った辺りで、また雨が降ってきた。今度は行きしなとは逆に左に海を見ながら走る。残念ながらさらに雨がきつくなって海はほとんど見えなくなった。一本道なので迷うことなく国道57号線を戻っていく。ラジオから流れる地元のFM放送が、屋外から放送しているらしく、それによると熊本市内はもう雨が降っていないという。やっぱり海沿いの山沿いだから、天気が変わりやすいようだ。

 やっと国道3号線まで帰ってきた。今度は北に向かい、熊本市内を目指す。この車は、熊本市内のトヨタレンタリース大甲橋営業所というところに返却しなければならない。営業時間は夜の8時までだが、熊本駅を20時に出る電車に乗らなければならないので、もっと早くに帰り着かなければならない。

 しばらくは国道3号線上を快適に走る。ちょうどラジオから交通情報が流れてきた。それによると、熊本市内は年度末、月末、週末、夕方ラッシュが重なって(今は3月31日金曜日、時刻は18時前)激しい渋滞があるという。最悪だ。

 まもなく到着というところになって、その激しい渋滞に巻き込まれてしまった。もうにっちもさっちも行かない。こういうなんらかの特定の条件下で発生する渋滞は、公共交通が発達していない分地方都市のほうが激しいようだ。時間だけがどんどんたっていく。なんだかわけのわからんうちにどうも行き過ぎてしまったらしい。仕方がないのでぐるっと迂回してきた。小さい道から大通りへ入って、すぐに左折するために一番左の車線に入った。当然の行動だとは思ったのだが、どうやらここはバス専用レーンらしかった。しかも間の悪いことに後ろにポリがおって、パトカーのマイクから「その車線から出なさい」なんていってくる。バスレーンだぁ? そんな概念は地元の京都では存在しない(決してバスレーンが存在しないのではなく、守ってる人がいないだけ。狭い京都の道でそんなん守ってられるか!)。大阪なんて、たいがい一番歩道よりの車線は駐車違反レーンではないか。レンタカーを示す“わ”ナンバーの車で、よそ者だと思ってくれたのか幸い切符は切られなかったが(本来なら1点減点の罰金7000円)、田舎の警察はいらんところで頑張りすぎだ。それとも関西の交通マナーが悪いだけだろうか。なんていろいろ考えたが、郷に入れば郷に従えということなんだろうか。

 なんとか目的の営業所に着いて、車を返却。返却手続きは貸し出しよりもっと簡単で、書類にある返却営業所とガソリンが満タンかどうかをチェックするだけ。ものの1分ほどで終わった。今度は公共交通機関を使ってJR熊本駅へ向かう。

 熊本市内は、路面電車が活躍している。ちょうど目の前を電車が通り過ぎていったが、付近の停留所で待つとすぐに次の電車がきた。これだけ頻繁に走っているところを見ると、どうやら立派に都市交通の中心としての役割を果たしているらしい。

 路面電車というと、普通抱くイメージとしては、なんとなくぼろく、しかも道路の真ん中を悠々と走って邪魔者だ、というものかもしれない。しかし、世界規模で考えた場合、排気ガスを出さない路面電車(路面電車に限らず鉄道全般)は自動車に代わる新しい都市交通として見直されつつある。すでにヨーロッパでは、パリ、ロンドンなどよほどの大都市を除くと自動車は脇役であり、なかには都心部への自動車の乗り入れを禁止している都市もあるという。地球規模で環境問題が懸念されている今、日本にもこうした流れは着実にやってくるだろう。

 やってきた電車は、真っ白のなんだか新しそうな電車だった。それもそのはず、車内の広告によると、何でもドイツで製造された最新型の電車で、乗降口に段差がないため、車椅子やベビーカーでもそのまま乗降できるのが特徴だという。なるほど、そういえば入り口に階段がない。ヨーロッパではこうした車両はあたりまえだという。

 電車はラッシュで混雑する車を横目に、通りの真ん中をすいすいと走る、と思いきや交差点では道路にあわせて直角カーブ。河原町、祇園橋などなんとなく京都人にはなじみのある名の停留所に止まり、10分ほどで熊本駅に着いた。

◎ 熊本20:00→鳥栖20:55

特急つばめ24号 博多行

 もう時刻は20時前である。道路の混雑は別にして、地方都市の駅の夜8時というと、信じられないくらい寂しい。田舎は夜が早いというのは本当のようだ。

 そういえば夕飯をまだ食べていなかったが、列車の時間なので博多まで諦めることにする。ちょっと遅くなってしまったので、特急を使うことにしよう。みどりの窓口で博多までの乗車券と、途中の鳥栖までの特急券を買い求める。本当は博多まで特急で行けたらいいのだが、お金がもったいないので途中からは普通列車だ。

 さっきも述べたとおりもう駅前にはほとんど人通りがない状態だったので、きっと電車もガラガラだろう、なんてタカをくくっていると、予想に反してホームには列ができていた。これは困った。高い特急料金払って座れなかったら、これは阿保らしい。なるべく人の少なそうなところを狙って待つことにする。まもなく電車が入ってきた。シルバーメタリックの、どう考えてもフランスのTGVをパクッたとしか思えない型だ。ここは関西人の意地を見せて、得意の割り込みで強引に車内に入った。運良く飛び込んだ先に空いている席があったので、2人分占拠してやった。めでたしめでたし。

 やっぱり普通電車とは比べ物にならないほど快適だ。特急なので当然車内販売もあるし、この電車にはビュッフェの営業もあるらしい。座席も快適だ。

小さな駅をどんどん飛ばし、あっという間に40分くらいたってしまった。もっと乗っていたい気もするが、鳥栖駅で乗り換えだ。

◎ 鳥栖21:08→博多21:49

各駅停車 博多行き

 次の普通電車までは20分ほど時間がある。しかし、こことて地方の小駅。まして夜9時を過ぎたホームでは売店も閉まっているし、何もすることがないのでぼけっとベンチに座って待つことにする。駅前にはなにやら怪しげな運動場らしきものがあったが、結局何かわからなかった。特急は頻繁に行き交うが、普通電車は一向に来ない。退屈してきたな、と思ったころにやっと来た。ながーい編成を連ねてきたので、車内はガラガラだ。しかもなんだか後ろのほうが乗り心地のよさそうな座席だったので、わざと後ろのほうに乗った。しかし、動き始めると車内放送で「後ろ3両は途中の○○駅までです」といっていたので、次の駅で前の車両へ移った。

 外を見てみると、この辺りもついさっきまで雨が降っていたことをうかがわせるように、濡れた道路が闇の中に浮かび上がっていた。だが、もう降っていないようだ。iモードで天気予報を見てみると、明日は九州全般に天気はいいらしい。なんか初めてメール以外のiモードが役に立ったような気がする。

 しばらくは田園風景の中を走ったが、次第にマンションや家が増え、都会っぽくなってきたら終点の博多である。

 福岡市は人口約120万人、名実ともに九州の中心都市である。さすがに週末の夜とあってか、博多駅はまだ多くの人でごった返していた。とにかく改札を出た。広い駅構内には多くの土産屋などが出店し、さながら商店街を形成していた。

 せっかく博多に着たので、やはり名物のラーメンを食べたい! と思ったが、あさってにまた博多駅にくるので、ラーメンはそのときに譲ることにしよう。今日はなんとなくご飯系が食べたい気分だ。そこで地下街をうろうろしたが、さすがに夜の10時とあってかすでに閉店している店も多く、その足で地下鉄に乗ることにした。きっぷを買って電車を待つ。さすがに100万都市だけあって、22時を過ぎても車内は混雑していた。かなり満員状態になるが、どうも地下鉄の整列乗車は普段見慣れていないせいか、気持ちが悪い。

 ここでもなんとなく京都人にはなじみのある祇園という駅を通り、福岡市の中心、天神へと着いた。

 今日のこれからの行程は、ここ天神にある西鉄天神バスセンターから、宮崎市にある宮交シティ行き夜行高速バス“フェニックス”号に乗車する。九州内は、JRのほかバスのネットワークが非常に充実しており、近郊輸送はもちろんのこと、京阪間、阪神間に相当するような距離や、高速道路を使用するような長距離路線でも、頻繁なところでは10分程度の間隔でバスが走っているのが普通である。これだけバス網が発達すると、通常見られるように駅とバスターミナルが併設されるのではなく、バスターミナルが単体で町の中心を形成してしまうことになり、ここ福岡でも、博多駅前よりも西鉄福岡駅、西鉄天神バスセンターを中心として天神周辺が経済活動の中心となっている。宮崎も同様で、JR宮崎駅とは別に宮交シティが、あるいはさっきの熊本でもJR熊本駅とは別に熊本交通センターというものが存在し、いずれもそちらがあらゆる意味で町の中心を担っているのである。

◇ 西鉄天神バスターミナル23:10⇒

フェニックス号

 さて天神へついたのはいいが、さっぱり地理が分からない。バスの発車は23時10分で、現在時刻はもう22時を回っている。地下から地上に上がると、バスセンターのほうは西鉄福岡駅と併設されていることもあってすぐに分かったが、食事をする場所に困った。周り一面オフィス街である。これだけ会社があれば食事くらいなんとでもなるだろうと思って歩き出したが、探してみると見つからないものである。少し裏道に入ると、これまたどこにでもある飲み屋街といった感じで、週末の夜ということもあって賑やかだった。

 最悪の場合はさっき見つけたロッテリアか、などと思っていたところへ、地元のなか卯風の店を発見し、迷わず入った。ぜんぜん博多へ来たという気がしないでもないが、それほどお金が余っているわけでもないので仕方あるまい。

 600円ほどの定食物を食べたような気がするが定かではない。バスの時間も迫ってきたのでもう行くことにする。まもなく夜11時だというのに、この路線バスの数は半端ではない。ただし、繁華街とはいえ、大阪のようにタクシーが何重にも駐車するという光景はなかった。これもバス網発達の故か。途中にあったコンビニで軽食とアルコールを調達、西鉄天神バスセンターに向かった。

 ここは西鉄(西日本鉄道)福岡駅と百貨店とバスターミナルが併設されたかなり大きな建物だった。バスターミナルは3階なので、エスカレーターで上へとあがる。途中壁がガラス張りになっており、2階にある西鉄の駅が見えた。

 3階のバスターミナルは、なんだか空港のような雰囲気だった。チケットカウンターがあり、乗客はそこで発券を受ける。車道との間はガラスの壁で仕切られ、各乗り場の上には電光式の発車案内板がある。乗客は、その乗り場ごとにおおよそ分かれながら空港の待合室にも似たベンチに腰掛けて待つことになる。バスが到着すると、構内放送とともにガラス戸が開く仕組みになっている。

 筆者は京都にいる間に乗車券を受け取っていたので、おとなしくベンチに腰掛けて待つことにした。さっきも思ったのだが、もう夜の11時だというのに、各地へ向かうハイウェイバスはひっきりなしにやって来るのには本当にオドロキだ。

 しばらくしてほぼ時間どおりにバスが来た。今はやりの、3列シートのハイデッカ−バスだ。乗務員にチケットを渡し、大きな荷物は階下のトランクに入れて車内に入った。ここ始発ではないので、すでに半分以上の席が埋まっていた。指定されていたのは、中ほどのトイレへと降りる階段のすぐ後ろだった。そのため、足元が壁で他の席のように足が伸ばせず、少し窮屈だ。しかし、シートのリクライニングは大きく、さらにお茶やジュースの無料サービスまであってかなり快適だ。23時10分、ほぼ定刻どおり発車した。

 残念なことに、窓にはすべてカーテンが閉められていたので、外は全く見えなかった。開けてしまうとまぶしくて他の乗客に迷惑なのでそっと間から覗いてみると、バスはネオンきらびやかな繁華街を通り抜けていた。乗務員から放送があり、まもなく高速に入るとのこと、次は福岡県内の久留米駅というところに停車した後は、明朝宮崎県の都城まで乗降扱いはしないこと、途中霧島サービスエリアで2時間ほど停車する旨が告げられた。

 出発してまもなく、さっき仕入れたアルコールを体内に流し込むと、すぐにうとうとしてしまった。だが乗務員の放送でまた目が覚めた。久留米駅らしい。時刻は0時半、降りる人がいるわけでもなく、耳障りだ。だが、発車を待たず寝てしまったようだ。



May.31.2000
無断転載を禁ず Written by HIRO.T