千里山ワークショップ


九州旅行行程記
第4日目


4月1日・土曜日 晴れ
 →宮交シティ→宮崎駅⇒青島⇒日南海岸⇒桜島⇒霧島高原⇒都城


◇ →宮交シティ7:10

フェニックス号

 やっぱり前が壁のせいか、窮屈だ。おまけに首が痛くて何回も目が覚める。夜中なので立ち歩く人もいないだろうと思い、思いっきり横へ足を伸ばしてやった。でも窮屈なので目が覚める。夜中にかなり長いこと停車していた。おそらくそれが霧島サービスエリアだったのだろう。

 ふと気が付くと、外はもう薄っすらと明るかった。時刻は5時半過ぎである。カーテンの隙間から外を見ると、バスは対向車も何も来ない高速道路を爆走していた。トイレに行って給水器で水を飲む。席に戻ったところで車内放送が再開された。まもなく都城である。車内には、おしぼりや紅茶、コーヒーサービスまで用意しているという。なんとも心憎いサービスだ。

 長くゆるい下りカーブを通過していたので、おそらくインターチェンジを下りていたのだろう。6時過ぎ、都城到着。ここでも停留所の名前が『都城・デパート前』というから、JRの駅前に着くのではなく、やや離れたところにあるらしい。カーテンが閉まったままなので外をうかがうことはできなかったが、この停留所で何人かが下車。終点の宮交シティまではまだ1時間ほどかかる。もう一眠りすることにしよう。

 とはいってももう目が覚めてしまったので、うとうとしているうちにどんどん時間が過ぎていく。車内も終点が近づくにつれて、下車準備をする乗客で次第にざわつき始めた。6時50分、予定よりもやや早く終点の宮交シティに到着した。

 昨日の西鉄天神バスセンターから考えて、ここもどんなすごいターミナルだろうと考えていたが、何の変哲もないバスターミナルだった。とはいえ、ターミナルの中にはショッピング施設や映画館、旅行カウンターなどが入り、なかなか立派なターミナルだ。たかだか人口数十万の地方都市において、駅前以外にこのようなバスターミナルを構えているのは、やはりバス天国の九州ならではだろう。ちなみに宮交とは宮崎交通の略らしい。

 今日も大隈半島を中心に、日南海岸、桜島、霧島高原など広大なエリアをレンタカーを使って回る。貸し出し営業所はトヨタレンタリースのJR宮崎駅前なので、ここからとりあえず宮崎駅まで行かなければならない。だが宮交シティの前にはトヨタレンタリースの営業所があった。ちゃんと調べておけばよかった。

 7時を回ってシティの中のミスドが開いたので、朝食をとる。明日から30周年記念ドーナツ30%割引が始まるらしい。今日から4月なんだからもう始めろよと思ったが、コーヒーとお好きなドーナツ合わせて90円セールというのをやっていて、どうやらこちらのほうがお得なようだった。

 ここからJRの南宮崎駅までは徒歩で数分、そこから宮崎駅へは一駅だが、荷物もあるし歩くのが面倒なので、ここから出るバスに乗ることにした。幸いなことに、かなり頻発運転しているようだ。バス停に行って待っていたが、なんだかいろんな行き先のバスが来て、よく分からなかった。しばらくして『宮崎駅行き』のバスが来たので、これなら間違いないだろうと思い乗り込んだ。

 バスが動き出すとすぐに南宮崎駅があった。想像以上に近かった。これなら十分歩けたかもしれないが、もう後の祭りである。

写真12:宮崎駅では、ヤシの木がお出迎え。

 バスは何回か交差点を曲がり、次第に繁華街の中へ入っていった。春休みの土曜日の朝7時半ということもあって、車内には筆者を含めて4、5人の乗客がいるだけだが、道路上には相当たくさんの宮交バスが行き交っていた。どう見ても供給過剰のような気がするんだが。しかし、バス王国の九州だけあって、これでも採算が取れるのであろう。だいぶん時間がかかって宮崎駅に到着した。

 宮崎駅は最近改装されたのか、近未来的な感じの建物だった。さらに、駅前広場にはヤシの木が植わっていて南国ムード満点だ<写真12>。

 しばらく時間があったので駅構内をうろうろした。まだ8時前だというのに異様に子供の姿が目立つ。宮崎の子供は皆早起きなのだろうか?

 地図によると、トヨタレンタリースの宮崎営業所は、駅前の道を線路沿いに南下したところにあるようだ。しかし、始めは方角が分からず迷ってしまったが、冷静に考えるとすぐに分かった。歩き始めてしばらくすると、道路の向こう側に公園を発見、桜が咲いているのが見えた。今日もとても暖かい。さっきまで雲がかかっていた空も、だんだんと日差しが指すようになってきた。

 営業所で手続きを済ませ、ドライブスタート。筆者ら客と話すときはわりと標準語だったが、営業所の社員同士が話している言葉は方言がきつくて何を言っているのかよく分からなかった。今回は熊本のときと同じP1というクラスだが、車種は新しい『ヴィッツ』だった。同じ借りるのなら、やはり燃費のいい車のほうが嬉しい。ここで重大なトラブルがあったのだが、まだ気づいていなかった。

 目指すは日南海岸である。九州の中でもほとんど南端に位置するこの海岸は、南国ムード漂うエリアであり、ここを走破する国道220号線は、フェニックスロードと愛称付けられている。頭に浮かぶのは、明るい太陽、青い海…。

 営業所の前の道が国道220号線だったので、そのまま南を目指す。片側2車線道路で、中央分離帯には背の高いヤシの木が植えられていた。とても走りやすい道で、ついついスピードが出がちだが、何回かオービス(自動速度取り締まり機)を発見して自分を戒めた。まもなく雲の間から太陽が顔を出した。今日一日、天気はいいらしい。

 しばらく行くと道が2つに分かれた。新しくつけられた国道220号線バイパスと、その旧線である。フェニックスロードは、その旧線のほうだ。この道は片側1車線の田舎道である。そこを進んでいくと、本日1つ目の目的地、青島である。

写真13:弥生橋の手前から青島を望む。
暗くてごめんなさい。

 沿道には、観光客を呼び込むためか、「青島P」と書かれた大きな板を持っている人がいたが、それには気づくのが遅れたため、ちょっと先にある割と大きな駐車場に入った。一回の駐車料金500円は都市部よりは安いが、土地なんてなんぼでもあるだろうに、ぼられた気分だ。土産物屋の並ぶ商店街を抜け、青島へと続く弥生橋のたもとへと着いた。

 この島は、日南海岸国定公園の北端に位置する、周囲1.5kmの小さな島である。島へ渡るにはその弥生橋を渡っていくが、今は干潮なのだろう、本土と島は俗に言う『鬼の洗濯板』とよばれる波状の岩によってほとんど陸続きになっていた<写真13>。

 橋を渡って島に入ると、ほとんど人影がなく寂しい気がした。怪しげな土産屋のオヤジが「青島の土産買っていって〜」と話しかけてきたが無視してやった。

 しばらく遊歩道を進むと朱塗りの鳥居があり、その先に青島神社がある。

写真14:海岸まで続く鬼の洗濯板。
意外と足場が悪い。

 青島には、本来は沖縄以南などの亜熱帯地帯でしか見られない亜熱帯植物が約30種も生育している。なぜこのような植物が青島で生育しているのかについては諸説があるらしいが、しかし南国ムードに包まれた瓦ぶきの神社というのはどうも不釣合いだ。境内は何のことはないいたって普通の神社であった。

 神社から出て遊歩道をさらに億へ進む。島の周囲はぐるっと先ほどの鬼の洗濯板によって囲まれていた<写真14>。この洗濯板は、今から1500〜3000万年前、海中にできた砂岩と泥岩の塁層が隆起し、長年の波の侵食によってできたもので、日南海岸を代表する風景となっている。あたかもそれが巨大な洗濯板に似ていることからその名がついたという。

 遊歩道沿いに1周できるようだったが、あまりに人気がなく不気味なので引き返してきた。洗濯板の先端で遊んでいる人たちがいたので、筆者もいってみたが、途中から波に洗われて進むことができなくなった。足元に気をつけながら歩いていると、その一つ一つの岩石がなんとも奇妙な形に侵食されていた。あるものは丸型で、あるものは穴が開き…、という具合で、自然が作り出したものゆえ全くの無秩序、不規則それでもって自然なものであった。

 とくに見るものもないので車に帰ろうと思い橋を渡ると、いつのまにか人が増えていた。さっき人気がないと思ったのは、時間が早すぎたからのようだ。また商店街を通り抜けて駐車場へ戻った。

 発進しようと思い何気に車内に残していた携帯電話に目をやると、着信ありが画面に出ていた。こんな早い時間に誰だろうと見てみると、市外局番が0985だった。これは宮崎市だ。そう思ってじっと考えたが、どうもさっきのトヨタレンタリース宮崎営業所の電話番号のようだ。何かあったのだろうかと不審に思いつつも、気になるので電話してみた。すると、貸し出し時にコピーを取った免許証を返し忘れていたという。そういえば返してもらってないような気がする。筆者もどうしていいか分からなくなったが、現在位置を伝えると、近くにあるトヨタレンタリース青島営業所まで持ってきてくれるという。この先ずっと免許証不携帯で運転するわけにもいかないので、そこまで待つことにした。しばらく時間がかかるそうなので、時間つぶしにスポーツ紙を買って出発した。

 5分ほど走ると青島営業所を発見、係りの人にその旨を伝え、しばらくそこの駐車場で待たせてもらうことにした。エンジンを切ってスポーツ紙に目を通す。プロ野球は昨日セ・リーグが開幕した。宮崎は巨人のキャンプ地でもあり、巨人びいきなのだろうか、一面は巨人ネタであった。上原が負け投手になったようだ。ざまあ見ろ。いつの日か「上原めった打ち」の見出しが出ることを夢見ていたが、今年はかないそうだ。われらが阪神はというと書くまでもない。今年も暗いスタートだ。

 かなり待っていただろうか。時刻はとっくに10時を回ってしまった。青島に着いたのは9時前だから、かなりの時間をロスしていることになる。向こうのミスなのだろうが、ちゃんと確認しなかったこちらにも非があるので、まあ仕方あるまい。

写真15:フェニックスドライブインから。
もう南国ムード満点だ!

 10時半くらいになって、やっと車が到着し、免許証を受け取った。かなりロスをしてしまったので少し行程を調整しなければならないだろう。まあなすようになればいいさと思って再出発した。次に目指すは『堀切峠』である。その名の通り単なる峠なのだが、急に山道から海岸沿いに出る、日南海岸屈指の好展望地だという。なるほど、しばらく町の中を走るが、次第に山道の様相を呈してきた。くねくねとカーブが続き、見通しが悪いが、結構交通量が多い。特に大型トラックが多いのですれ違いには神経を使う。所々『暴走行為取り締まり強化路線』という標識が見られる。夜になると馬鹿どもが繰り出すのだろう。オービスも数多く設置してあった。それに加えて、曲がりくねって見通しの悪い地点に、何の取り締まりだか警察が陣取っていた。やはり田舎の警察はいらんところで頑張りすぎだ。こういうのを見るとなんとなく地方の警察のほうが働いているような気がするが、昨今のように不祥事が相次ぐと、中央の目が届きにくい地方なんて…と疑いの目を向けてしまう。

 そして山道を抜けると、ガイドブックにあったように不意に視界が広がった。ここからは道はしばらく海沿いに走っているようだ。道沿いに植えられたヤシの木と、海岸に延々と続く鬼の洗濯板に青い海…<写真15>、これこそが求めていた九州の光景だろう。この辺りから天気もよくなってきた。さすがに日差しが強烈で暑いくらいだ。窓を開けて走るととても気持ちがいい。さらにしばらく走るとフェニックスドライブインというドライブインがある。ここに車を止めて周囲を散策することにした。

 ここにはすでに多くの車が止まっていて、やはりたくさんの人が建物の中や周囲を歩いていた。道路を横切り海岸側へ行くと、ヤシの木をバックに写真を撮っている人がいた。本当に南国ムード満点だ。鬼の洗濯板まで降りている人がいるところを見ると、どうやら道を下れば海岸沿いまで出れるらしいがなんとなくやめておいた。冬になると真っ赤なポインセチアが咲き乱れるらしいが、今はただの草原地帯だ。

写真16:サボテンハーブ園。
写真ではわかりづらいが、背後の山はサボテンまみれだ。

 ほどほどにして次の目的地へ向かう。といっても別にあてがあるわけではない。なんとなく発進して南を目指す。道路は海岸沿いにほぼ一本道で、信号もなく快適この上ない。ただしあまり海のほうに目を向けているとハンドル操作がお留守になって危ないかもしれない。しばらく走るとまもなくサボテンハーブ園に到着した。

 南国らしく、ハーブ園のある山には一面サボテンが植わっている<写真16>。中に入るには600円ほどの入場料を払わなければならないらしい。ぼちぼち財布の中が寂しくなっているので入ろうかどうか迷ったが、ガイドブックを見てみてもそれほど面白いものではなさそうなのでやめた。入り口周辺にある売店をうろうろしているとサボテンアイスクリームなるものを見つけたので食べてみた。緑色をしていていかにもサボテン然としていたが、筆者はサボテンの味を知らないので、なんとなく遠いところでサボテンの味がしていたような気がした。上のレストランでは『サボテンステーキ』というものを食べさせてくれるらしく、ガイドブックでもぜひ食べるよう勧めていたが、高いのでやめた。今考えるととても後悔しているのだが、4000円なんて値札を見せられると普通躊躇するだろう。

 特にすることもないので30分だけいて、また南に向かって出発した。相変わらず海岸沿いの一本道で快適だ。次にあるのはなぜかモアイ像のあるサンメッセ日南。本家本元、イースター島の許可を得て、世界で始めて修復されたモアイ像が並んでいるという。しかし入場料が高いうえ駐車料金まで取られるので、やめておくことにした。と決めてはいたが、いつのまにか通り過ぎていたようだ。

 ついで通りかかるのが鵜戸(うと)神宮である。ずっと続いてきた海岸沿いのフェニックスロードから外れ、少しぐねぐねとした山道を通り到着した。かなり大き目の駐車場があったが、観光バスなんかも止まっていて結構混雑していた。前を行く車が駐車した横も開いていたが、その車がベンツだったのでわざと他のところにした。駐車場内には立派な建物があり、土産屋か何かかと思ったらトイレだった。肝心の境内はさらに小山を隔てた海岸沿いにあるらしい。石畳の参道を歩き始めた。

 土産物屋が続き、割と多くの観光客でにぎわうかなりの坂道を登り、長いトンネルを抜けると赤い鳥居があり、さらに右手に海を見ながら長い階段を下り、門をくぐってアップダウンを繰り返すことしばらく、再び長い階段の下にようやく本殿が見える。本当に海にへばりつくように立てられ、さらに半分は洞窟に包まれていた。いかにもご利益のありそうな立地条件である。洞窟の中は本殿を囲むように一周することができ、本殿の屋根は洞窟の天井につくかと思われるほどギリギリに建っていた。

 洞窟の中はひんやりとして、天井から滴り落ちる水が時折肩や頭に当たる。一番奥辺りに、まるで天井から膨らんだ2つの乳房に見えるというおちちいわがあった。この由縁で、鵜戸神宮は安産の神様として祭られているのだが、筆者にはただの岩にしか見えなかった。

 ぐるっと本殿を一周して、再び外に出てみるとそこは海岸沿いの断崖絶壁である。眼下には、奇岩に荒波が砕け、ものすごい音とともに波が崩れ落ちてゆく。さながら東映のオープニングだ。その中に中央部の窪んだ亀石という岩があり、運玉という粘土をその中に上手に投げ入れれば、願いが叶うという。筆者の見ていたときも何人かの人が挑戦していたが、どうも男性は左手で投げなければならないらしく、なかなか入らないようだ。「おしい!」なんて叫んでいたが、それが彼の人生なのだろう。

 大して広くもないのでたいがい見終わってしまい、もと来た道を戻り始めた。再び門をくぐり、階段を上がって参道を歩く。道沿いの土産物屋をのぞくと、先ほど洞窟で滴り落ちていた水を引用しているというおちちあめなるものを売っていた。またさっきのトンネルを通り、駐車場の前まで引き返してくると、なにやら反対から来た老人グループが木を指差してしゃべっていた。なんだろうと思って立ち止まると、それはバナナの木だった。まだ実はほとんどなかったが、白い花を咲かせていた。この前別府の温室で見たが、野生のものは初めてだった。何度も書くが、本当に南国ムード満点だ。

 車に戻って車内に入る。暑い! 車内が日差しで熱されてサウナ状態だ。気温が高いこともあるが、それ以上に日差しが強烈だ。たまらずクーラーを入れてしまった。

 さて、次に行くところではあるが、これがまた決まっていない。漠然と日南海岸を抜けて、桜島へ行って…、程度にしか予定がなかった。地図を見ても特に魅かれそうなものもないので、少し早いが桜島へ行くことにした。車を出すと、前に若葉マークを貼った車が出てきた。ここから先の国道220号(フェニックスロード)までは先ほどにも書いたとおり、けっこうぐにゃぐにゃとしており走りにくい。前の初心者マーク君はかなり苦労していた。

写真17:フェニックスロード沿いの海岸線から。
青い海と明るい日差し…。

 再び220号線へ出て快適になった。ここから桜島までは、大隈半島を横切って220号線1本である。距離からするに、だいたい12時半くらいには着けるだろうか。

 しばらくは海岸線を走っていた<写真17>が、途中南郷というところからついに山あいへ入っていく。隣にはJR日南線の線路が並走していた。道沿いに桜が咲き乱れている個所を発見。提灯らしきものと場所取りらしいシートがあったので、花見の準備だろうか。

 しばらくは快調に走り、再度海が見えてきたところで宮崎県から鹿児島県に入る。また海岸線を離れ、海は見えなくなった。と、この辺りから行き足がとたんに遅くなった。別に渋滞しているわけでもなく、道が険しいわけでもない。この道はほとんどの場合ずっと50km/h制限なのだが、みんながみんなずっと50km/hで走ってやがる。なんとなく町の中なんかで見通しが悪くなり、40km/h制限になると、ご丁寧に40km/hで走ってくださる。めちゃうっとおしい。さっきまで70から80km/hで快適に走ってきたのに、なんなんだろう? 関西では考えられない。鹿児島では取り締まりが厳しいのだろうか? 鹿児島人はマナーがいいんだろうか? あるいは関西人のマナーが悪いだけなんだろうか?(おそらくこれだな) いずれにせよ、とにかくきれそうだ。あっという間に12時を回ってしまった。まだ先は長い。いつになったら着くんだろうか?

 腹を立てても前の車が進まない以上、どうしようもない。熊本の時にも書いたが、やはり郷に入れば郷に従え、だ。流れに任せて進んでいくしかない。まもなく大隈半島を横切って鹿屋市に入った。鹿屋市といえば、戦時中は航空隊の基地が置かれ、終戦前には多くの特攻機が沖縄方面向けて出撃していった。当時の町の雰囲気など知る由もないが、車から見る限りみんなが50km/hで走る平和そのものの町だ。

写真18:桜島の一般的風景。
火山の周りなんてみんなこんな感じなのだろうか。

 ここからは再び海岸線沿いに北上する。時間だけがどんどん過ぎてゆき、もう13時を回ってしまった。依然車は制限速度で走って行く。いいかげん腹が立ってきた。その腹立たしさが頂点に達したときである。向かいから走ってきた車がパトカーに呼び止められた。どうやらスピード違反の取り締まりに引っかかったようだ。そんなに速いようには思わなかったのだが、もし前の車が50km/hで走ってくだされなければ、筆者もこの車の二の舞だったかもしれない。以後、スピードに対するいらだたしさは消えてしまった。

 ようやく220号線と、桜島へ向かう224号線との分岐点に差し掛かった。迷わず桜島へと向かう。すると風景が一変した。何もないというか、阿蘇山のときと同じく、巨大な溶岩石がごろごろとし、それが島全体を覆っているようだ。今走っている国道224号線は別名溶岩道路ともいい、道の両側にも溶岩石が剥き出しになっていたり、さらに細かく砕けた溶岩石が散らばっていたりと見ていて飽きない<写真18>。道端の標識には、「この道は、桜島が爆発すると通行止めになります」なんて物々しいものもあった。

写真19:噴煙を上げる桜島。

 所々で車を止めながら(ちゃんとパーキングエリアがある)進んでいくと、有村溶岩展望所に到着。駐車場と小さな売店があり、車を止めて車外に出た。結局もう14時前だ。 

 ここからは徒歩で溶岩石の山に登ってゆく遊歩道があり、筆者もカメラ片手に歩くことにした。階段を上ることしばらく、展望所の一つに着いたところで背後を振り返ると、なるほど噴煙を上げている桜島の姿がそこにはあった<写真19>。しばらく見ていると、確かに休むまもなく白い煙を大量に上げているようだ。桜島の対岸にある鹿児島市では、桜島の灰が降ってくるため、年がら年中傘が必要という。もちろん実際にはここまで極端ではないだろうが、あながち嘘ではないのだろう。

 遊歩道を20分ほど散歩して、運転に疲れた体をほぐす。ここでも観光客がかなりいた。再び駐車場に戻り、休憩所の中に入る。食事のできるところはないかと探したが、あいにくここにはなかった。14時を回って食事などどうでもよくなってしまったので、まあ機会があればとることにして、再び出発した。

 ガイドブックによると、桜島も見る方向によって違った表情を見せてくれるらしいので、ガイドブックでも勧めてあったこの先の湯ノ平展望所へ行くことにした。溶岩道路に出て東へ向かう。道沿いにはやはりごつごつとした溶岩石がそこらじゅうに散らばっていた。  

 海岸にへばりつくようにして走ることしばらく、いつのまにか東の終点、桜島フェリーターミナルへとついてしまった。ここから対岸の鹿児島市までは、フェリーによって結ばれており、車も乗せていってくれる。だが、桜島はここでお終い。湯ノ平展望台へ行く道をいつのまにか行き過ぎていたようだ。そんな道あったかな−と再び戻ってみるが、やはり見つからない。ついにさっきの有村展望所へと帰ってきてしまった。うーん、今回の旅は実によく道に迷う。まあいいや。この次どこへ行くか決めることにした。

 予定では、再び220号線に出て、えびの高原へ行くつもりであった。だが、その予定を立てていた段階では、桜島を遅くとも13時ころには出るつもりをしていたため、今から行くと途中で日が暮れてしまいそうな気がした。地図を見る限りかなりの山道っぽく、しかも初めて走る道ときていて少し危険な気がするので、とにかく日が暮れるまでいけるところまで行ってみようと決めた。

 溶岩道路を抜け、桜島に別れを告げ、国道220号線にはいる。しばらくは山間部を走ったが、やがて左手に青い鹿児島湾が姿をあらわし、ずっと海岸沿いを進んでいく。前を行くのは大型トラックだったが、さっきとはうってかわって快適に走る。70km/hから80km/hくらいは出ていただろうか。やはりこのくらいのスピードで走ると気持ちがいい。捕まる恐れもないではないが、前のトラックと同じスピードなら大丈夫だろう。 

 ここでもまた海岸沿いにへばりつくように走る。日本人というのは、本当に狭いエリアを文化圏として切り開いているようだ。道路沿いの右手に、さっきから木々に埋もれるようにしてトンネルや橋梁らしきものが見え隠れしていた。後で調べてみると、かつての国鉄大隈線の線路跡であるらしい。大隈半島には、今でこそJR日南線が辛うじて東海岸に沿うように、1日11往復走っているが、その終点志布志から国道220号線に沿って鹿児島県の国分まで、線路のあった時代があった(さらに、志布志−都城間にも志布志線というのがあったらしい)。廃止は昭和62年3月というから、JR発足を待たなかったことになる。全通からわずか15年だったという。

 いいかげん海岸ドライブも飽きてきたところで、国分市の市街地に差し掛かった。ずっと田舎道ばかり走っていたので、高速道路の入り口を示す緑の標識が妙に懐かしい。国道10号線などを経て、えびの高原へと向かう国道223号線に入る。しばらくは大都市近郊のような街中を走るが、信号が減り車の数が少なくなりカーブが多くなると完全に山道となり、山あいをうねうねと蛇行する道の脇には小さな川がせせらぐようになった。この辺りは九州有数の温泉街で、静かな雰囲気の中多くの温泉宿が佇んでいた。

 どうやら上り坂も終わり、道が平坦になった。かなり標高の高いところまでやってきたらしい。そもそもえびの高原とは、韓国岳、甑岳、白鳥山などに囲まれた、標高1200m前後、約600haの高原地帯のことを指す。高原内には数箇所の火口湖を持ち、至るところから湯煙を上げる九州有数の温泉地帯でもある。また、それに隣接するのが、霧島連山一体にひろがる霧島国立公園である。

 車はその高原地帯の入口に差し掛かった。だが時間はもう16時。あまり遠くへ行ってしまうと途中で夜になってしまう。こんな山の中、街灯も見当たらず夜になれば暗闇になるに違いない。このままえびの高原を走破するえびのスカイラインを通り、小林インターチェンジから宮崎自動車道を通って帰る事も考えたが、最短経路をとり223号〜高原インターチェンジ〜宮崎自動車道という経路に決めた。

写真20:霧島連山からの眺め。

 しばらく高原地帯を走ると、今度はなんだか都会っぽくなった。またしてもコンビニがあり、このあたり一帯はレジャー開発されてしまっているようだ。

 信号を右に曲がり、えびの高原へと向かう道からは完全にそれてしまった。このまままっすぐ223号線を進むと、宮崎自動車道の高原インターチェンジへ出られるはずだ。道はすぐに下り坂に入った。もう山を下りていくらしい。所々で山並みが途切れ、眼下に平地が広がっているのが見えた。夕方の淡い光を浴びて、とても美しい。何回か車を止め写真を撮った<写真20>。九州というところは、本当にまだ大自然が残されているようだ。東京や大阪から遠いせいもあるだろうが、何にしてもいいことだと思う。

 またしても道は山あいに入ってしまい、景色はまったく見えなくなってしまった。どこぞで道沿いに滝があり、小さな駐車スペースも設けられて何人かの人がその滝に見入っていた。そこそこの規模だったろうか。カーブを曲がると唐突に現われたので、あっという間に駐車スペースを行き過ぎてしまった。引き返すのも面倒なのでもうそれだけにしたが、去年和歌山で見た那智の滝に比べるととてもしょぼい。

 再び道が平坦になったところで、霧島神宮に到着。時間も押していることなので外から眺めただけだが、奥には高さ23mあるという大鳥居があった。もともと霧島連山の中にある高千穂峡に建てられたものだが、火山爆発により焼失。さらに高千穂河原に移された後も再度火山爆発により焼失し、1715年に現在の場所に移ってきたものだという。度重なる噴火で文化財や古文書はほとんどが焼失してしまったという。

 というのはガイドブックで読んだが、立ち寄ることなく素通りしてしまった。

 もう夕暮れモードが漂ってきた。時刻はまもなく17時である。平地ならまだまだ日中といったところだろうが、山間では十分もう日の暮れ時刻である。

 しばらくいくと、道が二手に分かれていた。片方が今走っている国道223号線の続き、もう片一方が霧島バードラインであった。案内標識によると、霧島バードラインを通ったほうが、都城への近道であるらしい。それならばわざわざ高速道路を通る必要もあるまい。迷わず霧島バードラインへと入った。

 なぜ霧島バードラインというかは、この部分を走る限りは想像できないが、国道223号線を通らずに霧島温泉郷から続いてきており、かなり山深いところを走るからだという。だからなぜバードラインなのかは知らないが、きっと鳥がたくさんいるのだろう。

 しかし今走っているところは確かに山深い山道だが、急カーブと急坂が連続しているためとても鳥のさえずりに耳を傾けるひまはない。まわりには地元民と思われる(だって鹿児島ナンバーの軽トラだったりするんだもん)がえらいスピードで坂を駆け下りていくので、それに合わせなければならない。なかなか大変だったが、負けじとがんばった。

 前後の車につられてかなりのスピードで山を下っていると、警察の検問を発見! スピード違反の取り締まりらしい。こんな連続下り坂の途中でスピードの取り締まりとは汚い! と思ったが、もう奴らは帰り支度をしているようだった。危ない危ない。後何十分か早かったら、2、3点ほど減点を食らうところだった。

 山道はまもなく終わり、次第に平坦な道へと変化してきた。さっき山の上では夕暮れモードだったが、やはりまだまだ日は高い。都城まではこのまま一本道なので、迷うこともなく、単純な運転にそろそろ疲れてきた。家並みが増えてくると、都城市である。

 JR西都城駅のそばを通り、国道10号線に入ると風景は完全に都会になった。しばらく走って右折すると、車を返却するトヨタレンタリースの都城営業所があった。時刻はまだ18時で、一応20時まで借りていられるのだが、取り締まりの厳しい地方都市のこと、いらん切符でも切られたらたまらないので、もう返却することにした。だが、ガソリンを満タンにしなければならず、ついでに今夜の夜食も買うためのコンビにも探すことにした。

 営業所の前を通りすぎ、しばし走ってみるがコンビニがない。幹線道路沿いなのにどうしてないんだろうか。適当に勘でこの辺を右に曲がってみたりしたのだが、それがいけなかったのだろうか。でも5分ほどするとファミリーマートがあった。

 適当に買い物をして、今夜お世話になるサンピア都城へ電話をかけてみた。はじめの予約では、到着が20時ころになるといってあったので、今から行っても部屋の準備ができているか問い合わせるためだ。問題ないとの返事なので、もう宿舎へ行くことにした。

 再び営業所へ戻りたいのだが、なんとなく道に迷ってちょっと時間がかかってしまった。途中完全に迷ってしまったが、なんとなく曲がってみるとそこが営業所の前だった。隣にあるガソリンスタンドでガソリンを補給。本日の走行距離は300kmを越えていたが、消費燃料はわずか14.7リットル。すばらしい燃費だ。

 車を返却し、タクシーを拾うため都城駅へと歩いた。さっきまで車だったので、重い荷物がたまらなくこたえる。しかし、その途中の道で運良く捕まえることができた。

 走り出すと、交差点を何回も曲がるのですぐに方向感覚がなくなってしまった。時間にすると5分くらいだったろうか。すぐにサンピア都城に着いた。運賃は3区間で720円。初乗りはやはり560円だった。

 サンピア都城は、1991年築と書いてあったので、予想通りかなりきれいな建物だった。早速中に入りフロントへ。前の家族連れがなんか知らんが手間取っていたので、しばらく待たされた。チェックインを告げると、部屋のキーを渡され、若干の諸注意を受けた後、朝食券を受け取とった。すぐに部屋のある3階へ上がり、ドアを開けると中は真っ暗。ドアのそばにキーの差込口があり、そこにキーを差し込むと電源が入る仕組みだ。中に入ると、なんと洋室。今まで日本中様々なところを旅し、色々なところへ泊まったが、洋室は数えるほどしかなかったように思う。これで1泊朝食付諸税込みで6000円ちょいだから安いだろう。

 荷物を置き、窓に引かれたカーテンの隙間から外を覗くと、わりと町の中にあるようだった。新しい施設だというので、もっと田園地帯の中にあるかと思っていたのだが、予想を裏切られた。

 一休みしたところで、夕食を取りに1回のレストランへ。ショーウインドーのメニューを覗き込んだが、なんかイマイチというか、ちょっとよさそうなものは高いし、そうでなかったらしょぼいし、まあとにかく中に入った。メニューを見るとなんだ、他にもいろいろあるじゃないか。適当に選んで注文した。

 さっきから気になっているのだが、この宿舎の職員の人はなぜか全員一流ホテルのホテルマンのように応対が丁寧だ。サンピア都城は、厚生年金組合によって経営されており、このように民間ではなく公共団体によって出資されている施設というのは、だいたいにおいて無愛想なものだが、なかなか立派である。しかし、きれいな建物にホテルマンの応対…、貧乏人の筆者は落ち着かないが。

 適当に食事をしてレストランを出ると、横に売店があったので覗いてみた。なんと最高級宮崎牛、100g1万円也! しかも2切れ入りなので、1切れのサイズなんてこーんな小さいのに。一体どんな味がするんだろうか。きっと一生知ることはないだろう。

 部屋に帰ると、そういえば部屋に冷蔵庫がないことに気づいた。さっきファミリーマートで買ってきたビールと、明日のためのお茶を冷やすところがない。だがないものは仕方がない。そこでお茶を入れようと思って水の入った容器をホットプレートへかけようとした。どうやら容器の中には氷水が入っているらしい。そこで氷水をコップに開け、その中でビールを冷やすことにした。

 ベッドに寝転ぶと、ついつい寝そうになってしまうので、温泉へ向かった。都城に温泉とはあまり聞かないが、天然温泉であるらしい。先客が誰もいなかったため、思いっきりくつろいでやった。

 さっぱりしたところでつまみを片手にひとりで晩酌。明日の朝食は7時半かららしいが、都城発8時10分の電車に乗らなければならないので、忙しい。少し早めに起きなければならない。昨日は夜行バスだったので、きっと疲れているだろう。そう思って早めに寝た。おそらく22時くらいだったと思うのだが…。



May.31.2000
無断転載を禁ず Written by HIRO.T